イノセントDays   作:てんぞー

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イングヴァルト家

「―――お邪魔します」

 

「どうぞ、居間の方で時間を適当に潰していてください。その間に夕飯の準備をしてしまいますので」

 

 クラウスとアインハルトの家、イングヴァルト家へとやってきたのは何も初めての事ではない。諸事情でイングヴァルト家が日本へと移ると、そこで不幸な出来事があり、イングヴァルト夫妻は亡くなってしまった。そういう事からクラウスとアインハルトは日本に住み、そして遺産を切り崩す様に生きている。故に今、この家にはクラウスとアインハルトの二人しかいない。

 

 ―――日本に留学を決めたのはこの二人を見る為……も、あるのかもしれない。そしてティーダとこうやって留学先がブッキングしているのも、そう言う所があるのかもしれない。なんだかんだで三馬鹿は結局三馬鹿で考えたりすることは一緒なのかもしれない。そんな事を思いつつ玄関で靴を脱いで、イングヴァルト家に上がる。

 

 既に良く知っている場所である為、玄関からそのままリビングへと移り、ソファを見つけたらそれを丸一つ占領する様に横に倒れて座る。ソファ自体は四つあるので、一つ占領した所でほかの二人も座れる事は座れる。ただ、普通は客としてやって来ている家でこんなことはしないだろう―――アインハルトとクラウスに対する信愛の表現みたいなものだ。この二人、ティーダを含めて三人に関しては心の底から思っている。故に遠慮はしない。

 

「ぷっはぁ―――……あー……疲れた……」

 

「おっさんみたいな声を出すなよ」

 

「修行が足りん、修行が」

 

 笑いながら面子が何時も座っている席にそろうと、クラウスがテレビをリモコンでつけ、それを放置する。適当なニュース番組で、別段見ている訳ではない。ただこうやって流しっぱなしにしておけばある程度賑やかになるし、それに話題を拾うことだって出来る。そう言う意味でテレビはつけっぱなしにしておくと面白い。それにしても、とティーダが口をはさむ。

 

「イスト、お前はそこまで疲れてないだろ実際は。軽く体動かした程度だし。何よりオリヴィエの相手をしていたんだから疲れるってよりは寧ろ癒されるって方が正しいだろ。それにお前、ああいう清純系超タイプだろ。一緒にいられて今日は楽しかっただろ?」

 

 いやいや、と体を持ち上げながら手を横に振る。

 

「いや、そりゃあオリヴィエは可愛いし、タイプだぜ? だけどアレって純粋っ子すぎるだろ。恋愛とかそういうタイプじゃなくて、純粋に友達としてよろしくしたいタイプ。まあ、うちらの芸風がちょっと特殊すぎるってーか……アレだ。何時もの芸風に慣れすぎているから、控えめに行くとちょっと疲れるな」

 

「ん? どうした愚妹。何故貴様そんなに嬉しそうに料理しているんだ? ん? なるほど、ついにこの賢兄への敬意に覚醒したか。そして俺への奉仕の喜びを覚えたか。うむ、くるしゅうない―――」

 

 キッチンから飛んできた包丁をクラウスが人差し指と中指でキャッチし、それを指一本で回し始める。兄妹で見せる大道芸らしき何かにティーダと二人でそろって拍手を送る。クラウスが立ち上がって包丁を返しに行くのを見ながら、視線をティーダへと戻す。そう言えば、と彼女とか恋愛の話をすると思い出す事があった。

 

「ティアナちゃん来るんだっけ」

 

「あぁ、うん。触れたら殺すぞ」

 

「ティアナの事にだけ関してはお前目つきがガチになるからイストさん、ネタの挟みどころが解らないわ」

 

「この目の時はガチ、こっちの時がネタがオーケイな感じ」

 

「いやどっち見ても解らねぇよばぁかばぁか! ばぁかじゃねぇの! ばぁか!」

 

 立ち上がってガンを飛ばしあい、クラウスが期待に満ちた表情を此方へと向けてきているので、ティーダと無言で停戦協定を結ぶ。もはや昔の様な飢えをクラウスは持っていないとはいえ、それでも喧嘩や祭りがあったら即座に乗っかってくるぐらいにはまだまだ蛮族気質だ。というか、今日ブレイブデュエルをクラウスへと紹介したのはちょっとマズったのかもしれない。感覚的な感じだが、またクラウスが少し、危なくなってきている様な―――。

 

「―――何を考えているかは知らんが、俺の心配をする必要はないぞ。このクラウス・イングヴァルト、決して約束を違える程愚かではない。友と共にたてた誓いを己の身へ敗北と共に永遠に刻むと決めている。む、あの高校の夏は実に良かった」

 

「大変だったねぇ……」

 

「そうだなぁ……」

 

 クラウスは生まれついての化け物だった。実家の流派、覇王流、それを完全に使う為だけに生まれた怪物。それがクラウスという存在を表現する上では一番適切なのだろう。事実、中学の頃には既に覇王流で出来る事は全てマスターしていた。それ以外の技術には一切触れず、知ろうともせず、クラウスは完璧、完成された存在とも言えたかもしれない。それが非常につまらなかったクソガキが世の中には四人ほど存在した。

 

 つまり自分、イスト・バサラ、ティーダ・ランスターとティアナ・ランスター、そしてアインハルト・イングヴァルト。

 

 中学の頃にはこの四人で大いにクラウスを連れ出した―――あの頃のクラウスは今では信じられないほどのクソガキだった。勿論面白い意味でのクソガキではなく、最悪の意味でのクソガキだったのだ、クラウスは。そしてそれが嫌だったから振り回して遊んでた。

 

「中学生だったし、ありゃあ軽い正義の味方ごっこだったかね」

 

「だったねぇ。僕もこう、なんとなーくヒーロー願望みたいなものあったしねぇ。今からすると物凄い笑いものだよ。お前一体何に首を突っ込んでのか知ってるのか? って感じでさ。あー……昔の話を始めたら飲みたくなってきたなぁ」

 

「ビールを買ってきて正解だったな」

 

「あんまり飲みすぎちゃだめですよ―――?」

 

 キッチンからのアインハルトの声に三人で声を揃えて答えつつ、買ってきたばかりの生温い缶ビールを開け、そのまま飲む。高校、中学の頃はこうやって馬鹿話をしながら酒を飲めるようになるなんて考えた事もなかった。まあ、正直未来の話なんて誰にも解ったことではない。だから今何をする、何をしたい、そう計画した所で将来がどう転ぶかなんて解ったものではないのだ。

 

「えーと……で、どうしたんだっけ」

 

「俺だ。俺が離れることにしたんだ。あの頃の俺はクソ真面目なクソガキでな。頭の中には覇王流。二つ目には最強。そして三つめには戦う事ばかりだ。不良を殴ったりしていい感じにストレスを吐いていたりはしたがな、それでも足りなくてな。どうしても俺に匹敵するぐらい強い奴と戦いたかった」

 

「んでティーダが死んだんだっけ」

 

「死んでねぇよ」

 

 いやぁ、懐かしい、と声を零しながらビールを飲み、缶をテーブルの上に置いて、昔の事を思い出す。研究所で話題に出てきたせいでどうしても思い出してしまう。身内以外に聞かせればあの時やった事はかなり”アレ”な内容に入ってくるのだ。だから極力オリヴィエ、アミティエやキリエにも勿論聞かせたくはなかった。

 

「武器に麻薬を使ったのは初めてだったわ。ティーダの手段の選ばなさを初めて実感したわアレで」

 

「俺も全部終わってから聞いてドン引きだったぞ。最初は毒でも盛られたと思ったがまさか麻薬とは想像もつかなかった。俺も割と人の事は言えないぐらい殺す気で殴ったが、それでもお前らがやったことはかなりドン引きの類に入るぞ」

 

「だけど一番怖いのはお前だよ。それブッ刺して、ボールペン突き刺して、んで鉄パイプで不意打ちで殴り飛ばして漸く対等で殴りあえる状態ってお前明らかに人類としておかしいだろ。絶対にヒューマンカテゴリーじゃねぇだろ。人間なら死んでおけって。今なら」

 

 ふふ、とクラウスが笑みを浮かべながらキメ顔で笑う。

 

「俺こそシュワちゃんの生まれ変わり、現世のターミネイター……!」

 

「シュワちゃん死んでねぇよ。しかもターミネイターって4で死ぬじゃねぇか」

 

「兄さんが死んでくれたら適当な家に養子に引き取ってもらえるのに……」

 

 カタン、と包丁で野菜を切る音が室内に響く。視線をキッチンへと向けると、笑顔で包丁を動かすエプロン姿のアインハルトがそこに入る。十四歳なのに家の家事を全て一人で取り仕切り、そしてこの世界で最も駄目な兄と暮らしているスゴイ少女だ。正直な話、尊敬している部分もある。だが現在、一番彼女が怖く感じるのは何故だろうか。

 

「俺の本能が言ってる、愚妹に逆らうなと」

 

「これが献上品のイストですお嬢様」

 

「おい、親友を売るな」

 

「いや、待て、それはいい考えだ。そこのマルチ馬鹿を俺の愚妹へと捧げよう。そうすればどうなるか解るか? 我が愚妹の機嫌が良くなる。我が愚妹が我が家の家事の全てを担っている。つまり我が愚妹に生贄をささげる事によって充実された人生が俺には約束されるのだ。素晴らしいな……完璧すぎる……」

 

「おい、注射はどこだ注射は。高校の頃やったリアルデバフをもっかいやるぞ」

 

「同じ弱点を残す程俺が愚かだと思ったか」

 

「マジかよ……」

 

 やはりこの男クラウス、年々歳を取るたびにどうも人間を止めてる臭い。というかそういう部分ばかり目立ってきている。今はこうやって馬鹿になってくれて、昔の様な事は二度とないのだろう。それを馬鹿が断言してくれた。そう思うと大分肩の荷が下りる。

 

「しかし今こうやってビール飲みながら思ったんだけどさ―――こうやって年下の少女に全部任せてお酒を飲んでる僕らって控えめに言って屑だよね」

 

「働こうか」

 

「あ、いえ、キッチン割と狭いので逆に手伝われると邪魔になるので、そっちで待っててくれた方が寧ろ助かります。あと兄さんは生きているだけで邪魔なので私の人生設計から出てってください」

 

「聞こえたか友達よ。アレが我が愚妹だ。何故こうも素晴らしい兄を邪険に扱うのだこの愚妹は。む? そうか、この愚妹、俺の才能に嫉妬しているのだな」

 

「兄さんは嫉妬というよりむしろshitの方です」

 

「アインハルトちゃーん、お兄さん達そう言う言葉遣い良くないと思うんだけど」

 

「生きている兄さんのほうが悪い」

 

 不思議と説得力のある言葉だった為、それ以上追及する事はやめて頷く。クラウスが傷ついたような表情を浮かべるが、三歩歩けば忘れる馬鹿なのでそれはそれでいいと思う。今日も馬鹿な事をやっているなあ、と思いつつ缶ビールの中身を飲み終わる。中学の頃に馬鹿をやって、高校になっても馬鹿をやって、

 

「そして大学にはいってもまぁだ馬鹿やってるよ俺ら。ホント腐れ縁って言うよりはいつまで馬鹿やってるんだろうな、俺らって」

 

「まあ、付き合っている間は一生こんなペースで馬鹿をやってると思うよ。だって今までこんな感じだったし。多分結婚して家庭を持ってもこんな感じにやってるんじゃないかな?なんというか、家族が出来てもこんな感じに集まって昔の話をして馬鹿をやる計画してそうというか」

 

「まあ実際俺は中学だが貴様らは生まれた時から同じような馬鹿を続けているのだろう? だったら結婚した程度で変わるものか。今の俺らを見ろ。国が変わっても同じことをやっているのだ。これはもはや腐れ縁というよりは運命の類だ。どうせ世界が違っていたとしても、関係は変わっていたとしても、似た様な事をやっているに違いない」

 

「ハハ、違いねぇ」

 

 クラウスのその言葉は妙に説得力があった。そう、多分違う世界だったとしてもまた出会って、馬鹿な事をやる。そんな付き合いになっていたであろうと思う。今までがそうだったのだからそうに違いない。そう確信した所で、

 

「あーやべぇ……レポート月曜日までなのに終わってねぇ……」

 

「そこで急に現実に戻らないでようわぁ火曜日までのプレゼン準備終わってないぃ……」

 

「大変そうだなぁ、貴様ら大学生は。俺は大学行かず遺産切り崩して暮らしているから楽だぞ」

 

 そう、クラウスは社会人でも何でもない―――ニートなのだ。

 

 強いのにニートなのだ。

 

 かっこいい事を言っているが、ニートなのだ。

 

 しかも働く気は皆無。

 

 将来、ヒモの未来待ったなし。

 

「いや、クラウスが楽しければクラウスはそれでいいんだけどさ。ぶっちゃけ俺ら結構不安よ君達兄妹の事。遺産切り崩して生きているって言ってるけど、一体どれだけ余裕あるの君達。今までめんどくさいから聞いてなかったけどさ、遺産で一生食っていけるって訳じゃないでしょ?」

 

 ティーダの言葉にそうだな、とクラウスが言う。

 

「我が家系が元々は欧州の流れをくむ貴族の家系である事は知っているか? つまりそこそこ金のある家だったのだがな、基本質素に暮らしていたせいか貯金や遺産の類は割とあって、ふざけた使い方をしなければ普通に暮らしていけるぞ」

 

「―――と、まあ、この駄目兄は働く気皆無なんですが、それとは違って私ちゃんと就職するつもりですから。やっぱり世の中何かしらの職業についておかないと不安ですし。いざという時の為に準備しておきたいですし……」

 

「お前アインハルトちゃんをマジで見習えよ」

 

「だけど俺は働かない」

 

「こいつマジで殺した方がアインハルトちゃんの為だよなぁ……」

 

「俺の様なイケメンを殺すことは人類に対する損失だぞ……!」

 

 ネタではなく真面目に殴りたくもなるが、こんな奴でも必要な事は必要なのだ。というより今、イングヴァルト家で成人しているのはクラウスだけで、親戚筋も存在しない。その為にアインハルトの面倒を見れるのはクラウスだけど……そういう所だけは何故かちゃんと”お兄ちゃん”が出来ているのだ。それさえなければ問答無用で殴り飛ばしていたが―――なんだかんだでやるべきことはちゃんとやっている。そういう事なのだろう。

 

「あ、イストさんビール切れてるなら兄が部屋に隠してたボトルを持ってきますけど」

 

「待て愚妹、それは兄がお小遣いを少しずつ貯めてこっそり買っておいた秘蔵の品、何故貴様が場所を把握しているのだ」

 

「駄目兄の部屋を掃除しているのが私ですから。ちなみに机の引き出しが二重構造になっているのは数年前に発見済みです」

 

 クラウスが倒れた。やはり兄とは妹に勝てない生き物なんだろうな、と思い、

 

 イングヴァルト家での夜が更けて行く。




 クラウスは生まれる時代じゃなくて世界を間違えてるどころかジャンルが間違ってると思う今日この頃。割と大概なハルにゃん。そしてこいつらの友情は揺るがないだろうなぁ、と。

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