本日も"キミメトロ"をご利用いただきありがとうございます。この列車は回想線、■■■行です。まもなく■■■、■■■。お出口は右側です。■■■を抜けますと終点、■■■に停まります。
 」



※誤字・脱字などがあるかもしれません、温かい目でお読みください…。
※無理やり展開、主人公補正的な描写があるかもしれません。
※作者はボカロPです(?)

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 遠くから列車の汽笛が聞こえてくる。私はある場所に向かうために列車が到着するのを待っている。
 向かうため…いや、すこし目的は違うかもしれない。
 数分後に列車が到着して扉が開かれる。車内は向かい合うように座席が設置されていて、真ん中にはテーブルが置かれている。
「居た…」
 一人の男性が、座席に座って気持ちよさそうに眠っている。
 私はその人の真正面に座り、持ってきていた小説を開く。
「…やっぱり」
 所々、モヤがかかったように文字がかすれて読めない。
「…。」
 目の前の彼が起きるのを待ちましょう。





回想列車 さつき1814号

 

 

 

 

 

 ガタンゴトン…ガタンゴトン…

 目が覚める。

 僕は今、電車に揺られている。なぜだろうか…どこに向かっているのか、何のために電車に乗っているのかわからない。

 座席が向かい合うように設置されており、間にはテーブルがある。そして見知らぬ女性が向かいの席に座って本を読んでいる。周りはガラガラなのに、なぜ僕の真正面に座っているのだろう。なんてふと思う。

 窓の外は一面の海。海の上を走っているみたいだ。本当に行き先がわからない。

 車内を見渡す。電光掲示板的なものに行き先や停車駅が書かれているだろうと思ったのだが、掲示板らしきものは見当たらない。

 少し気恥しいが、真正面の女性に聞いてみるか。

「あの…すいません」

「…?はい」

 彼女は読んでいる本を閉じて、僕と目が合う。

「ごめんなさい、この列車ってどこ行きですか?」

「私も、どこに向かっているのかわからないのです」

「そ、そうなんですか…」

 これは困ったな。二人とも行き先がわからないなんて。

「よろしければ、お話しませんか?」

「え?」

 思わぬ提案に少し動揺する。まぁ、特にやることないし…超美人だし…。

「いいですよ。次の停車駅までお話しましょう」

 すると、彼女は先ほどまで読んでいた本をテーブルの上に広げて話始める。

「私の読んでいる本。所々に文字がぼやけているというか、かすれて見えないところがあるのわかりますか?」

 確かに、彼女の開いた本のいたるところにモヤというか、かすれて読めない部分がある。

 何度か目をこすってみる。しかし変わらない。こんな非現実的なことが目の前に起こっている。

「確かに、読めないところがありますね」

「一緒に読み解いてくれませんか?あなたとなら、読める気がするのです」

「どういうこと…ですか?」

 何を言っているのだろう。そう思いながらもう一度本を眺める。すると、だんだんと視界がぼやけてくる。光に包まれるような。そんな感覚。

「う…」

 強い睡魔のような…僕は抗うことができず、そのまま瞳を閉じる。

 

 

 

 

 

  △▼△▼ 回想列車 さつき1814号 △▼△▼

 

 

 

 

 

 学校のチャイムが鳴り響く。

「…。」

 眠い。とてつもなく。

 さっきの授業中、眠たすぎて寝ていたんだ。きっとこれは授業が終わったチャイム。

「んんん~」

 体を起こして背伸びをする。ぐっすり眠ったあとの背伸びは、なぜか心地よく感じるよね。なんて考えながら時間割を眺める。

「あ!やばい!つぎ移動教室じゃん!」

 僕は急いで荷物をまとめる。教室を飛び出して次の教室へ向かう。

「次の先生、遅刻するとめんどくさいんだよな」

 廊下を走る。先生に見つかったら厄介だが、今は致し方なし。

 それに、だれかとぶつかるなんてそんな。なんて思いながら角を曲がる。すると。

「うわ!」「きゃ!」

 誰かとぶつかってしまう。

「いってて…」

 目の前には、しりもちをついて座り込んでいる女子生徒がいる。こんなベタベタな展開あるんだな~。なんて。

 その少女は黒髪に眼鏡。制服も着崩すことなくちゃんと着ている。いかにも真面目そうな女の子だった。

 僕は少女へ手を伸ばす。

「ごめん!大丈夫だった?」

「あ…すいません。前ちゃんと見てなかったです」

「僕の方こそ」

 その子は、僕の手を取って立ち上がる。

「…。」「…。」

 お互い手を離さず、十秒ほど見つめあう。

「…あ!ごめん!移動教室行かないと」

「わ、私も!授業に遅れちゃう!」

 お互い気恥ずかしくなったのか、手を振りほどいて目的地へ走り去る。

 

 教室にはぎりぎり到着。間に合ってよかった。

「にしても、さっきの子…かわいかったな」

 なんて考えながら授業を受ける。

 

 学校のチャイムが鳴る。

 よし!終わり!教室に戻るついでに自動販売機で飲み物でも買って帰るか。と思い自動販売機の所へ向かう。

「おっと、先客がいる」

 自動販売機の前で悩んでいる少女がいた。

 …どこかで見たことあるような?

「ん~。これ飲みたかったけど…10円足りない。諦めて別の…」

 僕は後ろから近付いて10円を自販機へ入れる。目の前で悩んでいた少女が、さっきぶつかった子だった。

「ほれ、飲みたいの買いな」

「あ!先ほどの…いいのですか?」

「いいよ。さっきはごめんよ。ちゃんと謝れてなくてさ、お詫びみたいなものだよ。10円だけど…」

「いえいえ!ありがとうございます!飲みたかったので、すごくうれしいです!」

 そう言ってメロンソーダを購入。地味に高いもんね。これ。

「よろしければ、お名前聞いても?」

「あぁ、僕は■■■■」

「■■さん。ありがとうございます!私の名前は■■■■です」

「■■さんかぁ、すごく可愛らしい名前だね」

「そ、そんなことないですよ!」

 照れている少女の顔が、なんだかすごく可愛らしく見えた。

 

 

 

 

 

 ガタンゴトン…

「…あれ?ごめんなさい!寝てましたか?」

 目が覚める。やばい!お話しようって言われていたのに寝てしまった。めっちゃ失礼なことした。

「いえ、大丈夫ですよ。それよりほら」

 目の前の彼女は本を指さす。

「あれ!?」

 さっきまでかすれて見えなかった文字が、今ははっきりと読むことができる。どうしてだ?眠ったことで目がさえて、ちゃんと読めるようになったとか?

 でも何ページ化進むと、またかすれて読めなくなっている。目が冴えたというわけではなく、文字にかぶさっていたモヤのようなものが消えた…ということなのだろうか?余計わからん…。

「あなたは今、夢のようなものを見ていましたか?」

「ええ、夢といえば夢なのかもしれません」

 改めて、読めるようになっているところを読み返してみる。すると驚くことに。

「…僕が見た夢の内容と全く同じです」

「なるほど」

 僕が見た夢がこの本に記されている。なんだこの感覚は…とても不思議、というより不気味だ。

「きっと名前が記されている部分は、かすれたままですね」

 彼女が指さした部分は、まだかすれたままだった。確かに前後の文章から名前が記されている箇所だと容易に想像がつく。

「そうですね…夢の中でも、名前だけは聞き取れなかった気がします」

「君となら読み解ける気がする…。私の勘はあたってました。では続きも読み解きましょう」

 そう言って、彼女はページをめくり、次の章へ。

 するとまたもや睡魔に襲われる。

 僕は再び、瞼を閉じる。

 

 

 

 

 

 今日も今日とて学校へ向かう。夏が近づいてきて外の気温も高くなってきている。暑い。

 いや、いま暑いなんて考えていたら夏本番なんて死んでしまうんじゃないか?なんて思いながら通学路を歩く。すると

「あ、■■さん!」

 後ろから僕の名前が呼ばれて振り返る。

「あ、■■ちゃん。おはよう」

「う…いきなりちゃん付けは、恥ずかしいです…」

 昨日、盛大にぶつかって、お詫びの10円を送った少女が目の前にいた。僕の名前、覚えててくれたんだな。

「ごめん。普通に呼んだ方がいい?」

「…いえ、そのままで、お願いします」

 若干照れ顔の少女。何この生き物かわいすぎる。

「家、このあたりなの?」

「そうなんです。いままで何度かすれ違ってるはずですよ」

「あ…そうなんだ。昨日ぶつかるまで認知してなかったわ」

「まぁ、私影薄いですし、覚えてもらえるほど大した人間じゃないですし…」

「そ、そんなことないって…僕が周り見てなかっただけだからさ」

 ネガティブ思考なのかな?この子

「■■さんって、何年生ですか?そういえば学年を聞いていなかったなって思って」

「あ、僕?三年生だよ。君は?」

「私は一年生です。じゃあ先輩ですね」

「そんな気がしてた」

「そんな、後輩感ありますか?」

「まぁ、小さくてかわいいなぁって思ってたから」

「…先輩、ナチュラルにそういうこと、だめです」

「本心だからな、仕方ないね」

「もう!」

 ゆでだこのように真っ赤になった少女が、とても可愛らしい。こんなにかわいい後輩ができて、僕は幸せ者だな。なんて思った。

「■■ちゃん。部活は何入ってるの?」

「実は、何も入ってなくて。入りたい気持ちはあるんですけど…どこもパッとしなくて」

「…よかったらさ、軽音楽部に入らないか?」

「え?」

「僕が部長してて、メンバー募集中なんだよね。楽器の経験とか全くなくて大丈夫!楽器自体も貸し出すし、初期投資はゼロ円!」

「あ、先輩が居るなら入りたいです!」

「おっけ、じゃあ体験入部ということで一週間ほど入ってみて、それで決めようか」

「はい!」

 よかった!とりあえず部員をゲットすることができた。

 …うちの軽音部は、いろいろと問題を抱えているから、いやにならないといいんだけど…。

 少女はニコニコ笑顔で「楽しみだなぁ」とつぶやいている。

「部活のこととかで連絡とりたいからさ、連絡先交換しない?」

「いいですよ!」

 こうして、連絡先を交換した二人。

 お互いにスタンプを一回ずつ送りあう。

「えへへ。私のスマホに公式以外から連絡が来る…!うれしすぎ!」

 …まじか。

 

「とりあえず、今日の放課後、連絡するわ」

「わかりました。待ってます」

 学校に到着し、昇降口で別れる。

 各自、自分の教室に向かう。早く授業がすべて終わって放課後になってほしい。なんて思うようになった。

 

 授業が始まるや否や、頬杖をついて窓の外を眺める。授業が退屈だからだ。しかしテストで赤点を取るわけにもいかないし、ちょうどいい塩梅で頑張る。

 大体のテストは一夜漬けすれば何とかなる。謎に記憶力がいいからな。

 さすがに退屈過ぎるので、先生にばれないようにスマホを取り出す。すると。

「あいつ…」

 あの後輩ちゃんから連絡が来ていた。10分前ということは普通に授業中だ。

『先輩~』

『どうした?今気づいたわ』

『お話しましょ』

『あの、授業中だぞ?僕は別にいいけど、そっちは大丈夫なのか?』

『バレなきゃ犯罪じゃないのです。それに、こうしてチャットできる相手ができてうれしいのです』

 まぁ僕以外、全部公式らしいしな…。

『今、何の授業ですか?』

『今は、現代文だよ』

『現代文?何するんですか?』

『あぁ、これ二年からか。普通の国語と変わらないな。読み物が比較的新しめってだけで』

『そうなんですね!楽しいですか?』

『くっそ暇』

『真面目に授業聞いてるんですか~?』

『今の君には言われたくないな』

『www』

 なにわろとんねん。

『私は今、数学の授業ですよ~』

『一年の数学ってなんだっけ?』

『いま、集合とか言ってますよ』

『あぁ~数Aだっけ?』

『そうです!高校に上がっていきなり数1とか数Aとか別れて気持ち悪いですね』

『なんも考えてなかったわ』

『先輩は理系ですか?』

『ん~どっちだろうな?どっちも得意じゃないからなぁ』

『あぁ~先輩は文系っぽいなぁって勝手に思ってました』

『ほう。そのこころは?』

『先輩、頭悪そうだし』

『君、それは僕以外にも喧嘩を売ることになるけど大丈夫かい?』

『ごめんなさいw』

 案外楽しいな。誰かとチャットするの。

 後輩ちゃん以外全員公式ってわけではないけど、こうやって頻繁に連絡をしてくれる友人はいないから。なんか新鮮だ。

『そういう君は、理系文系どっち?』

『私は、理系ですよ。頭いいので』

 この子の中では、文系は馬鹿、理系は賢いなのか…。

『そっか…』

 せっかくだから、部活の話もしておこうかな。

『軽音部入るとして、楽器は何がしたい?』

 既読がつく。

 しかし、返信がない。

 あれ?悩んでいるのかな?

 その後、放課後になるまで返信が返ってこなかった。

 

 

 

 

 

 ガタンゴトン…

「おはようございます。見てください」

 彼女は本を指さす。先ほどまでかすれていた部分が見えるようになっている。

「おはようございます。これはいったいどういうことなんでしょうか…?」

「さぁ、でもすべてを読み解けば、答えが見つかると思います」

「そういうもんなのでしょうか」

「ええ」

 この小説の主人公。名前がわからない男の子視点で物語が進んでいく。そして僕は、その男の子視点で夢を見ているようだ。

「授業中にスマホでひっそり連絡とるなんて、青春してますね」

「たしかに、先生にばれないのでしょうか」

「こういうのは、結構バレてるんです。先生も対応がめんどくさくて放置していることが多いイメージありますね」

「そういうもんなんですか?」

「ええ、きっと」

 そして、彼女は文字がかすれているところまでページをめくる。

 瞳を閉じる。

 

 

 

 

「■■ちゃん!」

「先輩…」

 今にも泣きそうな顔をしている後輩ちゃん。職員室の前で立ち尽くしている姿を見つけて声をかける。

「急に連絡途絶えるし、電話出ないしで心配した」

「ごめんなさい…スマホ触ってるのが先生にばれて、没収されたんです」

 あぁ、そういうこと。

「これから職員室へ行って、叱られる予定です…」

「まぁ…僕も止めずに連絡返してたから…ごめんな」

「いえ、先輩は悪くないです」

「と、とりあえず、行ってらっしゃい…ここで待ってるから」

「はい」

 少女は、重い足取りで職員室へ入っていった。

 数分して、涙目の少女が返ってきた。これはこっぴどく叱られたな…。

「うん。まぁ、大丈夫か?」

「怖かった…」

「とりあえず、部室行く?」

「はい…」

 ここで帰らないの強いなって思った。

「わかった、鍵もらってくる」

 そう言って、僕も職員室へ入り、鍵を借りてくる。

 

 部室は校舎から少し離れた場所にある。楽器の音が本校内に響くのを防ぐためだ。しかし、空調設備がクソデカ扇風機だけなので、夏場と冬場は地獄と化す。

「ここだよ」

「お邪魔します~」

 無駄に広い教室に10個ぐらいの椅子と机。部屋の奥にはドラムキット、そしてギターとベースが一本ずつ飾られている。そして電子ピアノが一台。ギターアンプ一台。ベースアンプ一台。シンプル構成だ

「おぉ!」

 最初に部室に入った人は、こぞってみんな同じ反応をする。

「他の部員はまだ来てないんですか?」

「…これで全員だ」

「…。」

「…。」

 数秒見つめあう。少女漫画みたいにキラキラした意味ではなく。困惑というまなざし。そりゃそうだ。僕と後輩ちゃんの二人しか部員がいないのだから。

「入学したときにさ、部活動紹介みたいなのあったじゃん」

「はい…」

「軽音楽部、いた?」

「居なかったです…」

「去年、僕以外の全員が辞めちゃった☆」

「そんなニッコニコで言われましても…え、まじですか」

「まじなんだなぁ」

 また数秒見つめあう。

「ごめん!騙すつもりはなかったんだ!■■ちゃんが来ることでピンチを打破できると思ったんだ!」

「…別に私、怒ってないですよ?」

 優しい笑顔を向けてくれる。天使か。

「ほ、ほんとか!?ありがとう!」

「…先輩と二人きりになれてラッキーだし」

「ん?なんか言った?」

「なにも言ってないです!」

 絶対、何か言った気がするが聞こえなかった。

 

 さて、まずはパートを決めたいね。僕は一通りできる。しかしボーカル…歌だけは苦手分野なのだ。なので、ぜひとも後輩ちゃんにはボーカルを担当してほしいところ。それプラス楽器一つ。

「■■ちゃんは、何がしたい?僕の個人的な要望としてはボーカルと何か楽器一つって感じかな?」

「先輩は、何担当ですか?」

「僕はどれでもできるよ」

「え、すごいですね」

「でも、歌だけは苦手でな。だから歌える子が欲しかったんだ」

「私も、歌の自信はあんまりないですよ?」

 う~ん。あ、そうだ!

「カラオケ行かない?」

「え?急ですね…」

「課外学習ということで。部活の一環でカラオケで歌練習だ」

「でも、いいですね!家族以外とカラオケ行くの初めてです!」

 …まじか。

 

 部室のカギを職員室に返して、カラオケに向かうことに。これはデートなのでは?なんて恋愛経験の全くない童貞くんは思うのであった。

「カラオケとか久々すぎる。僕があんまり歌得意じゃないから行く機会無いんだよね」

「私は、家族とたまに行きますよ?母親が歌うの好きで」

「ほえ~。ということは娘さんである■■ちゃんも歌がうまいと」

「い、いや、家族以外に聞かせたことないですし!うまいかどうかはわからないですよ!」

 まぁ、僕よりは確実にうまいだろう。

 ということで、受付を済ませて部屋に入る。

「僕、ドリンク取ってくるよ。何が欲しい?」

「あ、ありがとうございます!メロンソーダで」

「了解」

 そうして、二人分のコップをもってドリンクを入れに行く。流れで誘ってしまったが女の子と二人きりか…。緊張するな。

 いやいや、これは部活動の一環。遊びに来たわけではないのだ。邪な気持ちなど一切ない。

 うん…。

 

「おまたせ」

 メロンソーダとジンジャーエールをコップに入れて、自分たちの部屋に戻る。

「ありがとうございます!」

「いえいえ、さて、早速歌ってもらおうか」

「う…緊張しますね」

「まぁ…そうだな」

 数秒の沈黙。

「よし!歌います!」

 そして意気揚々と曲を選び、歌い始める。

 曲調はかなりロックでかっこいい感じ。軽音部に合わせてくれたのかな?普段の喋り声とは打って変わって力強い歌声。正直びっくりしている。

「うますぎる…」

 そして、かなりの実力者であること。これはとてもいい人材を捕まえたのかもしれないぞ!

 

「…ふぅ」

 曲が終わり、そっとマイクを置く。僕は思わず拍手をしてしまった。

「最高だ…」

「あ、ありがとうございます!うれしいです…!」

「というか上手すぎるんだよ!行く前は自信なさそうだったのに、隠してたのか~?」

「い、いえいえ!本当に家族以外に聞かせたことなくて!家族って下手でも上手だねって言ってくれるじゃないですか。お世辞かと思ってたんです」

「あ~そういう。■■ちゃんはマジでうまい。僕が保証するよ!」

 少女は、恥ずかしそうに「うれしい…」とつぶやいた。

 

「先輩は歌わないのですか?」

「僕は…いいかな」

「なんでですか!先輩も歌いましょうよ!」

「本当に下手だよ?」

「またまた~実は上手いんですよね?」

「まぁ、一曲だけなら…後悔しないでよ?」

「わくわく!」

 とてもニコニコ笑顔でこちらを見てくる。そんな期待されても…と思いながら一番自信がある曲を選ぶ。

 そして曲が始まり歌い始める。

 

「…と、まぁ、こんな感じだ」

「…。」

 そんな、正直に言ったら傷つきそうだし、かといってお世辞にもうまいとは言えない。どういう返答すればいいのかわからないよ的な顔するのやめて。

「なんていうか先輩…独特というか…あ!そう!芸術的ですね!」

「無理にフォローするな!つらいだろ!」

「ごめんなさい…」

 この後は、少女のワンマンライブが開催されたとか。

 

 

 

 

 

 ガタンゴトン…

「やっぱりバレてましたね。スマホ」

「はい。しかもちゃんと没収されて叱られてます。自業自得といえばそうなのですが、ちょっとかわいそうですね」

「せっかくできたお友達って感じですもんね。はしゃいで当然です」

 そして、本を見る。

 やはり文字が見えるようになっている。

 本の分厚さ的に、まだまだ先がありそうだ。なんだか学生の頃に戻った感じがして楽しい。

「物語の主人公。音痴なんですね。軽音部のくせに」

「ふふ。確かにそうですね」

「僕も歌はあんまり得意ではないんですよ。それもあってなんだか没入感が。というか夢に見てるから没入感とかそんなレベルじゃないですけど」

「あら、そうなんですか?私は割と得意ですよ?」

「へぇ~何かやってたんですか?」

「軽音楽部の所属して、ギターボーカルしてましたね」

「おぉ!かっこいい!」

「いえいえそんな。初心者がちょっと背伸びした程度の実力ですよ」

 音痴の僕からすれば、歌えるみんなはプロなのだ。

「さて、続きを読み解きましょう」

「はい」

 

 

 

 

「先輩!」

 今日も今日とて部活動。この子が入部してから大体一か月がたったかな?弾き語りをしたい。ということだったのでギターボーカルを担当してもらうことに。エレキギターを片手に歌う後輩ちゃんの姿は、とてもかっこよかった。

「どした?」

「文化祭とか、発表する場はあるんですか?」

 そう。部員が一気にいなくなって発表する場が無くなったが、いまはこの子がいる。先生と相談して文化祭に出させてもらえるように交渉しよう。

「文化祭に出られるように、先生と相談してみるよ」

「ほんとですか!?」

「おお、まだまだ先の話だけどな」

「こういうのって、案外すぐに時間が来るもんなんですよ!備えあれば患いなしです!練習しましょう」

 後輩ちゃんがギターボーカルを担当して、僕はドラムをやろうと思う。リズム隊はやっぱりほしいと思い。ベースという案もあったが、パフォーマンスとして映えるのは、やっぱりドラムだろう。ということだ。

 ほかのパートは、音源を再生する形でいいだろう。もしくは僕が音源作ってくるか…。めんどく…そんなこと言っちゃいけないね。

 ギターは完全な初心者で、一から教えている。さすがに歌がうまいからと言って、すんなり楽器ができるわけではなく。かなり苦戦しているようだ。

「せんぱ~い…Fコードが鳴らないですぅ」

「まぁ、セーハコードは難しいからな。地道にやっていくしかない」

「セーハコード?」

「セーハは人差し指で全部の弦を抑えるコードのこと。ちなみにFコードがボスなら、裏ボスのBコードが潜んでいるから覚悟しておくように」

「えぇ…。Fコードも倒せる気がしないのに…」

「いずれ慣れるよ」

「が、頑張ります…」

 うんうん唸りながらギターを弾いている。

「さて、僕も練習するかな」

 ドラムキットの前に座り、曲を聴きながら同じリズムをなぞる。いろんな楽器をやってきたが、個人的にドラムが一番楽しい。ストレス発散になる。

 僕が叩いていると、後輩ちゃんが近くまで寄ってきてじっと見つめてくる

「ん?どうした?」

「先輩…かっこいい」

「…あ、ありがと」

 いきなりそんな。照れるだろ。

「あ、先輩照れてる」

「うっさい」

「仕返しです~。最初さんざん私にかわいいって言って照れさせてきたので」

「くっ!反応が良かったからだよ」

「…そういえば、最初はあんなにかわいいって言ってくれてたのに、最近は全然言っくれないですね」

「…え?」

 いきなり曇った表情になる。え、どうした?急に。

「もしかして、かわいくなくなったんですか?それとも、全部嘘だった?」

「い、いや!そんなことないけど!」

「だって、言ってくれないじゃないですか!」

「いや…その、面と向かってかわいいっていうの、照れるっていうか」

「なんでですか!?最初はあんなさらっと言ってたのに!」

「なんでだろ…言いづらくなった」

「やっぱり私のこと、かわいくなくなったんだ!」

「それはちがうぞ!」

「違う?ほんとに?」

「あぁもちろん」

「じゃあ、ほかに女ができたんだ」

 今度は目のハイライトが消える。怖いよぉ

「なんでそうなるんだよ!」

「誰ですか?その女。紹介してくださいよ」

「居ないって、女友達なんて■■ちゃん以外居ないっての」

「それ本当ですか?」

「ほんとだよ!君だけ」

「…君だけ…ふふふ。そうなんですね!先輩には私しか居ないんですね!」

 急に元気になるやん。

「全くもう先輩ったら、女の子をもてあそぶなんてよくないんだ~」

「君が勝手に勘違いしただけだよ?」

「なんか言いました?」

「いえ、なにも…」

 新たな一面が知れた一日でした。

 

「よし!そろそろ時間だな」

 時計を見ると午後6時手前。部活が終了する時間だ。

「お疲れ様です。先輩」

「お疲れ~。着実にギターうまくなってて、見てて楽しいよ」

「ほんとですか!?ありがとうございます!」

 着実に上達しているのが目に見えてわかる。これは教えがいもあるし、成長する姿を見るのってなんだか楽しい。

「先輩の安定したドラムがあるからこそ、しっかり弾いて歌うことができるんですよ!ボーカルにとってリズムってとても大事ですから」

「え、ありがと。褒められるとうれしいね」

「えへへ」

 微笑ましい空気が流れる。

「先輩、この後時間ありますか?」

「ん?特にないけど」

「あの…よかったら帰り道にあるカフェ。一緒に行きませんか?新作のパフェが食べたいんですけど…。一人だと緊張したって」

「いいぞ~逆に僕でいいのか?」

「はい!先輩と行きたいです!」

 屈託のない笑顔で僕と行きたい。なんて言われたら…。

「…。」

「なんで顔そらしたんですか?」

「いや、あの…。かわいいなって」

「もう!また私のこともてあそぼうとして!」

「ちがうちがう。ん~まぁ!とりあえず行こ!」

「あ、はい!」

 

 

 

 

 ガタンゴトン…

 目が覚める。目の前の彼女はおっとりした表情で「かわいらしいですね」という。確かに微笑ましい。早く付き合っちまえよ!なんて思う。

「お似合いの二人ですね」

「ええ」

 読み返す。かすれていたところが見えるようになる。

「あ、この子も軽音楽でギターボーカルするらしいですね」

「ええ、Fコードは本当に難しかったです。ちょっとブランクがありすぎて今できるかどうかわかりませんが」

「裏ボスのBコードって何ですか?」

「Fコードより難しいフォームしてるんですよ。この二つが弾けるかどうかで初心者と中級者が決まるって感じですね」

「そうなんですね」

「ちなみに、Bコードは弾けませんでした」

「え、それって困らないんですか?」

「ギターにはカポタストって言って、あの指板の上にクリップみたいに挟むアイテムがあるんですけど、あれ使えば何とかなります」

「へぇ~そうなんですね」

「はい。逃げです」

「あ、そうなんだ…」

 ペラペラと彼女はページをめくる。

「さ、続きを読み解きましょ」

「はい」

 再び、目を閉じた。

 

 

 

 

 廊下を歩く。先生からめんどくさいお使いを頼まれて、理科準備室へ向かっている最中だ。

「まったく、なにが、お前はいっつも寝てばかりだから、こういうところで平常点稼いどけ。だよ!まったくその通りだよ!」

 なんてグチグチ言いながら、理科準備室の方向へ進む。あっちの方って生徒がほとんどいなくて怖いんだよな…。たまに不良どもが群がってる時があるから。

 噂をすればなんとやら、理科準備室の扉が開いており、中から話し声が聞こえる。

「うわぁ…まじかよ」

 こっそり入って用事だけ済ますか。と思いゆっくり入ろうとすると

「■■ちゃん…?」

 4人ほど女子生徒が教室の中央に居て、一人の女子生徒を取り囲むように三人が立っている。その中心に後輩ちゃんがいる。

「■■!おまえ最近さ、調子乗ってんじゃねぇの」

「そんなつもり…」

 ガシャン!と一人の女子生徒が椅子を蹴り上げる。

「ヒッ!」

「口答えすんな。その長い前髪、邪魔だよなぁ?切ってやるよ」

 そう言って、リーダー格っぽい生徒がハサミを片手にとる。残りの二人が後輩ちゃんの腕を抑えて、身動きが取れない状態になっている。

 キャハハと薄気味悪い笑いを出す生徒ども。そして怯え切って涙目になっている後輩ちゃんがいる。

 ガラガラ!と、僕は怒りのあまり扉を思いっきり開ける。

「おい、なにしてんの?」

「誰、あんた」

 僕はその生徒どもに近づいていく。

「誰でもいいだろ。その子を離せよ」

「アハハ。ヒーロー気取りですか?誰か知らないけど、さっさ帰り…」

 僕は、気づけば椅子を投げて窓ガラスを割っていた。パリン!とガラスが割れる音が響き渡る。

 そして、リーダー格と思われる女の胸倉をつかむ。

「次、そいつに手を出したら、わかってるな」

「…くそ」

 そいつらは、教室から逃げ出すように出て行った。

 

「やっべ…怖かった…!めちゃ怖かった!うわぁ!」

 さっきまでの威勢はどこへやら、膝から崩れ落ちるように座り込んでしまった。

「…先輩。ここで怖かったとか言っちゃったら台無しですよ」

「なん…!せっかく助けてあげたのになぁ」

 後輩ちゃんは僕に思いっきり抱き着いてくる。

「嘘。冗談です。うぅ…怖かった…髪切られると思った…」

「無事でよかった」

「ありがとうござます…先輩…うぅ」

 そのあとはわんわんと泣く少女を強く抱きしめていた。

 

「あいつらの名前とかわかるか?」

「はい。同じクラスです」

「これは、またやり返しに来る可能性があるな。先生とかに報告して何とかしてもらおう」

「そうですね…」

「大丈夫だ。僕もいる」

「ありがとうございます…」

 それに、この割ってしまった窓ガラスのことも報告しとかないとな。

 

 そのあとの話。

 先生にこのことをすべて報告した。リーダー格だった生徒は停学処分。場合によれば警察を間に挟む。など結構強気な学校でびっくりした。

 その他二人に関しては、間接的に関与したということで、停学まで行かず、反省文と補修処分。半ば強制的に付き合わされていたため。とのこと。個人的には納得いかないが後輩ちゃんが、これ以上大事にしたくない。ということで飲み込んだ。

 窓ガラスに関しては、助けようとした功績は認めるがやり過ぎだ。ということで反省文。まぁ、もうちょっといいやり方があった気がするが、あの時は気が動転していたのだ許してくれ…。

 しかし、反省文以上に大変だったことは。

「僕と■■ちゃんの二人が付き合ってる。という噂が学校中に出回ったことだ」

「…廊下を歩いていても、たまに窓ガラス割った男の彼女なんて言われる…恥ずかしい」

「まぁ、ほんとごめん」

「先輩は何も悪くないですよ!助けてくれたんですから!」

「僕も、朝登校すると、よ!ヒーロー!とか煽られる」

「私が…いじめられたばっかりに…ごめんなさい」

「いやいや、悪いのは全部いじめた側だよ。■■ちゃんが気にする必要はないって!」

 この話題は、向こう数か月続いたとか…。

 

 

 

 

 ガタンゴトン…

 目が覚める。

「いや、ほんと許せないですね!髪を切ろうとするなんて」

「全くです!女の子にとって髪は命なんですよ!」

 ご立腹のようだ。確かに見ていて僕も腹が立った。あんな1対3で取り囲むなんて卑怯だ。

「でも、助かってよかったです…。主人公ナイス」

「窓ガラス割るのは、ちょっとやりすぎ…?いや、このぐらいしないとだめだったと僕は思いますね」

「確かに私も思います。ああいうことする人たちは、大きな衝撃を与えないと引きませんから」

 こういう他人をいじめて楽しいと感じる人たちの心理がわからない。何が楽しいのか。ただ虚しく感じるだけだろう。

「そして、噂として広がるのはあるあるですね」

「ええ!あるあるなんですか?」

 目の前の彼女は喜々として話す。

「だって、高校生ですよ!?恋愛話の噂なんて一瞬ですよ。それに今回は彼女を救った英雄。女の子たちが対好きなシチュです」

「まぁ、かっこいいとは思いますが」

「本人たちは困るでしょうが、これは仕方のないことなのです」

「そ、そっか…」

「さて、続き。行きましょ」

「はい」

 

 

 

 

「先輩…めちゃ緊張します」

「僕は慣れたなぁ。なんなら今までより穏やかな気分だ」

「え、ずるい。私の緊張もらってください」

「難しいこと言うね君」

 体育館の舞台袖。隙間から観客席を眺める。

「めっちゃ生徒いるね」

「やばい…手、震えてきた…」

「大丈夫!こんなこと言っちゃなんだが、ただの文化祭だ。見ているのは生徒と一部の先生のみ。しかも見てる生徒も全校生じゃなくて一部だけ。出店とかに行ってるしね」

「う~ん…。でも人生初の人前で歌う。しかも演奏しながらですよ!緊張で吐きそう」

 う~ん。どうしようか。

 こればっかりは慣れの問題なんだよな。場数をこなしていくことが大事。文化祭までに人前に立つ練習をしておくべきだったな。

 あ、そうだ。

「よし!これが成功したらさ、僕がなんでも言うことを一つ聞いてあげよう!」

「え?」

「カフェの限定パフェおごりでも、僕の私物を上げる…いやいらんか。とにかく、なんでもいい。一つだけ聞いてあげましょう」

「…それ、嘘じゃないですか?」

「嘘なんかつかないよ。まぁ無理難題以外なら…」

「…わかりました。がんばります!」

 お!やる気になってくれてうれしい。

 生徒会の生徒が僕たちのところまできて「警音さん、準備お願いします」と呼びに来る。そろそろ出番だ。

「頑張るぞ!」

 僕は、後輩ちゃんの頭をくしゃっと撫でる

「あ!もう!セットが!」

 そして、二人はステージに立つ。

 

「こんにちは!軽音楽部です!」

 MC役として、僕がマイクをもって話し始める。客席からは「ガラス割り男」だの「ラブラブ~」だの「二人なんかよ」だの、ほんと様々な反応が返ってくる。

「去年の演奏を見てくれていた人は違和感があると思いますが、部員がほぼ全員飛びました!」

 あはは!と会場は笑いの渦に包まれる。

「そして、一年生の■■さんの二人で活動しています」

 またしてもワイワイし始める会場。「結婚はいつなんだ~」とか「愛の巣じゃねぇか」とか。

「おう、だまれだまれ~!さて尺稼ぎはこのぐらいでいいかな?では聞いてください!」

 そして、マイクを後輩ちゃんへ渡す。

 僕はドラムの前に座り、スティックで4カウントを取る。

 

 

「おつかれさま!めちゃよかったぞ!」

「めっちゃ緊張した~!ありがとうございます!先輩!」

 演奏は無事成功。ミスすることなく完璧に演奏して歌い切った。今までの文化祭の中で、一番楽しかったのかもしれない。

「打ち上げでも行くか!」

「お!いいですね!どこ行きます?」

「ん~豪勢に焼き肉とかお寿司とかいくか!」

「お!おおお!家族以外と行くの初めてです!」

 …まじか。

 でも、今日はとても頑張ってくれたからな。ご褒美的な感じだ。

「さて、どっちがいい?お金は僕が用意するから」

「い、いや!それは申し訳ないですよ!」

「いいんだ。今日頑張ったから、僕がおごりたいんだ」

「えぇ…い、いいんですか?」

「もちのろん」

 すこし困惑した表情を浮かべる。まぁ安くはないからね。でも僕がおごりたいと思っているんだ。ここは断固としておごらせてもらう。

「じゃ、じゃあ、お寿司に」

「よっしゃ決まり!今日の放課後な!」

「は、はい!」

 

 そのあとは、文化祭のステージを二人で見ていた。そしてすべての演目が終わった後。ベスト盛り上がり賞ということで、先生方が独断と偏見でランキングを付けて、上位三組には、トロフィと賞金が贈られる。

 そして、教頭先生がステージに立ち、順々に発表していく。

「栄えある一位は、軽音楽部!」

「…え?」「うそ!?」

 まじかよ。

 部長はステージに呼ばれて、トロフィと賞金を受け取る。客席で座っている生徒たちからヤジが飛んでくる。

 演奏が、というよりこいつらが騒いだせいじゃない?とか思った。もしそうならありがと…。

 賞金のおかげでお寿司代が浮きそうで、正直助かる。

 そして、ステージから戻ってきて隣に座る。

「もらっちゃった」

「えへへ、なんか目立っちゃって恥ずかしいですね…」

 まったく同感だ。

 

 閉会式の挨拶が終わり、片付けのお時間。これが終われば二人でお寿司って考えると、がぜんやる気が出てくる。

 ぱぱっと済ませていこう。

 まぁ、楽器の片づけと観客の椅子を片付ける程度なのですぐ終わった。

 自由解散だったので、その流れでお寿司へ。

「回転寿司でごめんな」

「いえいえ!目の前で握ってくれるお寿司なんて、怖すぎていけないです!」

 お互い庶民的な考えの持ち主でよかった。

「さて、改めて今日はおつかれさま。よく頑張った!人前で演奏してみてどうだった?」

 後輩ちゃんは少し悩んで。

「緊張で吐きそうになったり、手が震えたり、歌詞とか演奏とか忘れちゃいそうでしたけど、とても楽しかったです!演奏が終わった後の拍手がとても気持ちよかったです!また、ステージに立ちたいって思いました!」

 とてもうれしいことを言ってくれる。思わず泣きそうになる。

「う…そっか…」

「ちょっと!泣きそうな顔しないでくださいよ!」

「ごめんごめん。さぁ、好きなだけ食べていいぞ!」

「わぁい」

 そして、各々好きなものを注文して食べていく。しかし二人そろってサーモン炙りとかハンバーグとか海老天とか、似通ったものばっかり注文する。二人とも子供舌すぎて笑ってしまった。

 

「やっぱり私も少しは…」

「だめ!財布しまいなさい!賞金があるんだから大丈夫!」

 会計の時、後輩ちゃんはやっぱり財布を取り出して、自分の分だけでも…と支払いをしようとする。それを阻止。男が出すべき。というのもあるが、今回ばかりはご褒美なんだから。となだめる。

「うぅ、ありがとうございます…!どこかで必ず返します」

「気にしなくてもいいのに」

「じゃ、じゃあ!またどこかにご飯行ったときは、私が出させてください!」

 それは、また僕とごはんに行ってくれるという確約のようなもの。素直にうれしかった。

「わかった。その時はゴチになります!」

「えへへ」

 そして、お店を後にする。

 

 すっかり暗くなった帰り道。

「先輩」

「ん?」

「…あの、舞台袖での会話。覚えてますか?」

「舞台袖?」

 え、なんか話したっけ?

「忘れちゃったんですか!?あ~あ…先輩、最低です」

「いや!忘れてないぞ~!あれだろ!あれ!」

 なんだっけ!?やばい!思い出せ!

「…。」

「…。」

「…あ!なんでも一つ言うこと聞くってやつだ!」

「忘れてたんですね」

「忘れてないぞ!うん!それで!何をお願いするのかな?」

「…。」

 あれ、怒っちゃった?まじごめん…。

「先輩…」

「はい。ごめんなさい」

「なんで謝るんですか?」

「いや、忘れかけてたこと」

「それはもういいですよ」

「ありがとう…」

「…噂。流れてるじゃないですか」

「噂?」

「私たちが付き合ってるって」

「あぁ、まったく好き勝手いうもんだな」

「本当にしませんか?噂じゃなくて」

「…。」

 え、それはつまり…。

「私、先輩のこと、好きです」

「…。」

 こんな経験、今までしたことないから、すこし同様している。しかし、ここでもったいぶるのは、相手に失礼だ。それに。

「僕も、好きだよ」

 

 

 

 

 ガタンゴトン…

 目が覚める。なんだか夢の中なのに実体験のような感覚がして、とても幸せに感じる。僕にこんなかわいい彼女ができたんだって。

「ようやく付き合いましたね」

 彼女もどこか嬉しそうに話す。

「そうですね。これから甘々なカップル生活が始まるんだろうなってわくわくしてます」

「ええ、なんだか自分たちのことのように思いますよね」

 

「そういえば、次の停車駅になかなか着きませんね」

「確かにそうですね…。かなり時間がたっているはずですが、ずっと海の上を走ってます。日も落ちていません」

 言われてみれば、外を見てもずっと海上に居る。日が落ちることもなく晴天のままだ。

「僕たちは一体、どこに向かっているのでしょうか」

「…これもすべて、この本を読み解けばわかる気がします」

「でも、ただの本ですよね?」

 この本をすべて読み解けば分かる?今の現状とこの本の因果関係がわからない。

「でも、君はこの本に書かれている夢を見ている。そしてぼやけて見えなかった文字が見えるようになっていく。この時点でもう現実離れしています。今の現状となにか関係があると思いませんか?」

 ん~そう言われると確かにそんな気がしてきた。

「なんか、そんな気がしてきました」

「では、早速続きを見ましょう。どんな甘々な展開が待っているのか」

「楽しそうですね」

「ええ!なんだか…昔を思い出してるみたいで」

「昔…?」

 そこでパッと意識が途絶えた。

 

 

 

 

 

 キーンコーンカーンコーンと学校のチャイムが鳴り響く。本日の授業がすべて終わり、放課後を知らせるチャイムだ。

「よし」

 僕は意気揚々と荷物をまとめて、部室へ向かう。

 こんなに部活が楽しみなのは、生まれて初めてかもしれない。だって昨日、僕に彼女ができた。こんなかわいい彼女と二人きりで部活動。

 ちょっと、ここだけ聞くといかがわしく聞こえるな。いつも通りギターを教えるだけになるだろう。

 しかし、今まではただの後輩だったのに、これからは恋人なんだって思うと胸が高鳴る。

「早く部室に行こう」

 

 部室に到着。彼女はまだ来ていない。

「ドラムでも叩いてようかな」

 最近ハマっている曲を聴きながらドラムを叩き始める。このスティックもそろそろ変え時かもしれないな~。なんて思う。チップと言われる先端の丸いところがすり減って、丸みがほとんどなくなっている。多分僕が入試たときからずっと愛用しているスティックだから、そろそろ三年近くになるのか。

 なんて思いながらドラムを叩いていると。

「あ…」

 クラッシュを叩いた瞬間にスティックの先端が折れてしまった。

「あら~。買え変え時かな?って壊れる感じ。タイミングすごいね」

 そして、ふと時計を見ると部活の開始時間をとっくに過ぎている。珍しい、あの子が遅刻するなんて。

 なんだか心配になってきた。気にし過ぎかな?いや、大事だったらどうするんだ。そう思い電話をかけることにする。

「…。」

 コール音が聞こえる。

 そして、コール音が止み、通話がつながる。

「あ、■■ちゃん?今…」

「先輩!助けて!」

「…どうした?今どこにいる?」

「理科準備室に向かってます!お願い助け…きゃ!」

 受話器からガサガサと大きな物音が聞こえる。スマホを落としたのか?

「待ってろ、今すぐ行く」

 通話はつないだまま、理科準備室へ向かう。

 

 走る。

 校舎内を全速力で走る。

「何があったんだ…」

 そして、ふと思い出す。

「あの女。今日から登校再開じゃなかったか?」

 彼女をいじめていた集団のリーダー格。あいつの停学期間が今日までだったはず。もしかするとそいつに何かされているんじゃないか?

「くそ、急げ」

 理科準備室まで走る。

 

 

 放課後になってすぐ、あの私をいじめていた子が「話がある」と言って私を呼び出し、教室から出てあんまり生徒の通らない廊下に連れてこられた。

「なんですか?」

 私は警戒しながら、その子についていくことにした。

「私がいない間に、ずいぶん楽しそうにしていたそうじゃない」

「だから…なんですか」

「お前のせいで!人生真っ暗よ!彼氏には振られて、親からは「こんな子にするつもりがなかった」とか言われるしさ!どうしてくれんの!?どう責任取ってくれんのよ!?」

 自業自得だ。私にそんなこと言われても困る。

「自業自得、じゃないですか」

「うるさい!お前がいなければ、私はこんなことにはならなかった!」

「…。」

 とばっちりがすごいな。責任転嫁のプロだね。なんて少しのんきに考えてしまった。

「死ね…。私が殺してあげる」

 そう言って、その女はカッターを取り出す。そして思いっきり振りかぶってくる。

「ひゃ!」

 間一髪でよけることができた。あたったらひとたまりもない。それほどまでに本気であることがわかる。

 逃げないと。

 そう思い、走り始める。

「待て!」

 当然、あの女も追いかけてくる。どうしよう。とにかく遠くへ逃げることだけを考えていた。

 その時、スマホに着信が来る。

「あ、■■ちゃん?今…」

「先輩!助けて!」

 先輩からの電話だった。先輩の声にすがるように助けを求める。

「…どうした?今どこにいる?」

「理科準備室に向かってます!お願い助け…きゃ!」

 足がもつれてしまい、盛大に転んでしまう。そのはずみでスマホを投げ飛ばす。

 後ろを向くとすぐそこまで来ていた。また思いっきりカッターを振り下ろしてくる。今度は横に転がりよけることができた。

 立ち上がり、走りながらスマホを回収する。画面がバキバキに割れてしまい、もう壊れたかもしれない。

 とにかく理科準備室。先輩に助けてもらったあの場所に向かう。

 

 ガラガラと扉を思いっきり開ける。しかし今は誰もいない。

「はぁはぁ…。」

 息を切らして、もう体力の限界を感じていた。走れない。

「まるで袋の中のネズミね」

 振り返ると、あの女が入ってくる。

 先輩。早く来て…。そう願いながら後ずさりしながら距離を取る。

 しかし…。

「死ね。死ね…。しね!」

 一気に私の近くまで走り髪をつかんだ。そしてカッターの首めがけて振りかぶる。

「くっ!」

 私は目を瞑る。

 ごめんなさい。先輩。

 せっかく、先輩の彼女になれたのに。こんなすぐに終わっちゃうなんて。

 ごめんなさい…。

 

 

 僕は、カッターを持った腕をつかんだ。

「髪をつかんでる手を放せ」

「へ、また来た…」

「先輩!」

 この女は手を離す気配がない。

 僕は怒りに任せて拳を握り、女の溝内めがけて殴る。

「…。」

「ぐはっ!」

 ひるんだ女は髪とカッターを手放して、お腹を押さえて座り込む。しかし僕の怒りは収まらず、女の胸倉をつかみ立ち上がらせる。そのまま壁まで押し付ける。

「言ったよな。手を出したらどうなるかって」

「殴ってみろよ。ほら」

 反対の手で拳を握る。これは煽られたからではない。彼女をひどい目に合わせた罰だ。

 そして、思いっきり振りかぶり殴ろうとした瞬間。

「やめて!」

 彼女が大声で叫ぶ。涙目になりながら。

「先輩…。やめてください。これ以上…誰かを殴っているところ、見たくないです…」

「■■ちゃん。でも」

「いいんです。これで殴ってしまえば、そこの女と同じです」

「…。」

 僕は拳を下し、胸倉をつかんだ手を離す。

 下に落ちたカッターを回収して、女に告げる。

「二度とこんなことするな。わかったか」

「…。」

 女は答えない。僕らも無視して教室から出ていく。

 

 

 部室へ帰ってくる。

「…無事でよかった」

「…。」

 彼女は僕に抱きついてくる。涙を流しながら。

「怖かったです…」

「もう大丈夫だ」

「ありがとうございます。先輩」

 僕は彼女の頭を撫でる。

「ほんと、無事でよかった」

「…先輩」

 彼女は顔を上げ、僕と目が合う。

「ん?」

「…。」

 すると、彼女はつま先立ちして、顔を近づけてくる。

 その勢いで唇が触れ合う。

「先輩。大好きです…」

「…僕もだよ」

 学校の部室だというのに、二人は抱き合ってキスを続けた。

 

 

 

 

 ガタンゴトン…

「やっぱり、また来やがりましたね。あの女」

 怒り奮闘といった感じの彼女は、自分の太ももをパシパシと叩いていた。

「しかし、これで少しは懲りたんじゃないですかね?」

「だといいのですが。しかし主人公君はかっこよすぎです」

「確かに。イケメンでしたね」

 僕も、彼女のピンチに駆けつけて、あんな感じに助けたいものだ。

「結局、最後はどこまでしたんでしょうか!?私、気になります」

 あえて触れなかったのに、彼女は嬉々として話始める。

「え、まぁ…どうなんでしょう」

「学校の部室で二人きり…。萌えますね」

「そうですね…」

 なんて答えればいいのかわからず、とりあえず相槌。

「おっと、話がそれましたね。さて、続きを見ていきましょうか」

「はい」

 彼女は再び、ペラペラとページをめくる。

 

 

 

 

 あの一件以来、女は何もしてこなくなった。また何かしてきそうだな。なんて思っていたので肩透かしを食らった気分だ。

 いや、これでいいんだ。何もないのが一番だから。

「先輩。楽譜のこの記号ってどんな意味ですか?」

 今日も今日とて、二人きりで部活動。

「これは、ピッキングハーモニクスって言って、ピックで弦を弾くときに、少しだけ親指を当てるんだ。そしたら高いきれいな音が出る」

「へぇ~。やってみてください」

「いいぞ~」

 いつも通りの日常だ。

 すると、ガラガラと部室の扉が開き、一人の女子生徒が立っていた。二人とも全く見覚えがないといった感じに困惑している。

「あ、突然すいません!私、香良洲 愛華(からす まなか)って言います。体験入部したいと思ってきました!」

 おお!入部希望者が現れるとは!これはうれしい。正直、僕が卒業したら軽音部はかなり厳しいだろうな。とは思っていたところだ。一人でも多くの部員が入ってくれれば、今後も安泰だな。

「おお!体験入部だね!僕は■■■■。こっちは■■■■。よろしくね」

「はい!よろしくお願いします!」

「…。」

 香良洲さん…。と呼ぶのはなんだか。失礼って思う方が失礼なのかもしれないが、少しはばかられる。

「愛華さん。でいいかな?」

「あ、はい!呼び方は自由で大丈夫です!」

「…いきなり下の名前」

「では愛華さんは、何の楽器がやりたいんだ?」

「えっと、私、■■先輩が演奏しているのがかっこよくて、それでドラムをやってみたいです」

「お…ありがとう。いやぁ照れるね」

「私、あっちで練習してます」

 彼女は不機嫌そうに部室の端っこへ行ってしまった。どうしたんだろ?

「…ま、とりあえずドラムだね。試しに叩いてみようか」

「はい!」

 そうして、愛華さんをドラムキットの前に座らせる。

「足元にペダルが二つあるのわかる?」

「あ、はい、右と左に一つずつあります」

「右足がキック。バスドラムとか言われるね。一番低い音がするんだ」

「ほうほう」

「そして左足にあるのがハイハットを開閉するためのペダル。踏んだままでハイハットをたたくとチッチッチッって細かい音が鳴って、踏まずに叩くとチーチーチーって音が伸びるんだ」

「あ、チキチーチキチーみたいなやうですか!?」

「そうそう」

「お~ロック曲聞いてるときに聞いたことあるやつだ~!ハイハットって言うんですね。あの音で細かく刻んだ曲とか好きなんです!」

「おぉ!いいね!好きな曲を目標にすれば頑張れるからね!」

「はい」

 なんて解説をしていると、部室の端っこに居た彼女がギターをかき鳴らす。なんとも荒っぽい演奏をしている。彼女らしくない。

 時折、ピックスクラッチやヘッドピーンなどの、奇抜の奏法をしている。なんだか威嚇しているような感覚がした。

「…どうしたんだろ」

「…私、お邪魔でした?」

「ううん!そんなことないよ」

 あれはちょっと、後で注意しとかないとな。

「じゃあ基本的な8ビートからやってみようか。キックを4拍、スネア…この真ん中のドラムね。これを2拍目と4拍目。ハイハットをキックの倍でたたく」

「いきなり、難しすぎます!」

「まぁ…そうだな。じゃあ、キックをこのリズムでたたいてみて」

 と、僕はスマホアプリからメトロノームを取り出し120BPMで鳴らす。

「が、頑張ります」

 愛華さんは、あまり力を入れずに踏んでいるためか音は小さめ、でもちゃんとぴったりのリズムでたたけている。リズム感覚はあるようだ。

「そうそう。それでハットを追加する」

 ハットを追加した瞬間におぼつかなくなる。かなりリズムが狂ってきた。

「ちょっと、手、触るね」

「わ!」

 僕は愛華さんの手を握って、ハットをたたく。

「足にだけ集中してて」

「はい!」

 そして、ちゃんとリズムを刻めるようになった。

 そのまま、数秒ぐらい続けて

「じゃあ、僕の補助なしでやってみようか」

「え、いきなりできるかな…?」

「大丈夫」

「が、頑張ります!」

 すると、愛華さんは問題なくキックとハットをリズムよくたたくことができている。

「あ!先輩!できました!すごいです!」

「おお!すごいぞ!呑み込みが早いんだな」

「い、いえ!先輩の教え方がうまいんですよ」

 そんな感じで、手取り足取り教えていると、もう8ビートは問題なくたたけるようになった。

 

「ほんと上達早いな…」

「ほ、ほんとですか!うれしいです!」

「これが基本になるから、ここからおかずを追加していく感じだ」

「おかず?」

「例えば、基本的に曲って4小節で一区切りつくんだ。その区切りと区切りの間に~ここのタムって言われるやつ。ポコポコなるやつね。あとはクラッシュ。しゃーん!ってやつとか。そう言うのをいい感じに入れていくんだ」

「む、難しそうです…」

「これは慣れだね。慣れて余裕が出てくると自由にたたけるようになるよ」

「わ、わかりました!頑張ります!」

「と、いうことで体験入部だったけど、どうだい?続けれそうかい?」

「はい!先輩とてもやさしいですし、ドラムが上達していくのがとても楽しかったので、また来たいと思いました!」

「うんうん!僕はもう泣きそうだよ」

「ええ…!どうして」

「部員が増えなかったら、来年どうなるんだろうって思ってたからね。入部してくれると非常に助かるよ」

「わ、私でよければ…!」

「うん!これからもよろしくね」

「はい!よろしくお願いします」

 ふと時計を見ると、もういい感じの時間になっている。

「そろそろ部活終わりだね。先に帰ってもいいよ。後片付けは僕たちがしておくから」

「え、手伝いますよ?」

「大丈夫!また明日よろしくね!」

「…はい!では先に失礼します。お疲れ様です」

「うん。お疲れ~」

 そうして、愛華さんは部室を後にした。

「さてと…」

「…。」

 不機嫌な彼女とお話だね。

「■■ちゃん。今日どうしたの?」

 彼女は黙って僕のそばまでやってきた。そしてハグする。

「他の女に鼻の下伸ばしてましたよね」

「いや…。体験入部だからいろいろ教えてあげないと」

「手を握る必要ありましたか?」

「まぁ…その方が教えやすかった」

「呑み込みが早いって褒めてましたよね?私にはそんなこと言ってくれてないのに」

「あの子が特別早いだけだよ」

「他の女を特別扱いしないでよ!」

 ん~困ったな…。

「先輩。ごめんなさい。私がわがまま言ってるのはわかってるんです。でももやもやして、むしゃくしゃして、抑えきれなかった」

「■■ちゃん」

「ねぇ、先輩。好きって言いて下さい」

「好きだよ」

「もっと」

「大好きだよ」

「じゃあ、チューしてください」

「一応、ここ部室なんですけど」

「この前は、もっとすごいことしたじゃないですか。今更です」

「ん~」

 この前。いじめっ子から彼女を助けたとき。まぁ…誰も来ないし、部室の位置的に声が本校に届くこともなかったので、行くとこまで行ったのだが…。さすがに恥ずかしい。

「してくれないんですね」

「わかった。顔上げて」

「ん」

 そこでキスを交わす。

 

 何秒経っただろうか。ゆっくりとお互いが離れていく。

「先輩。ごめんなさい。無理言って」

「いいよ」

「すっごく寂しかった。端っこの方で一人練習するの」

「もう、あの子が来た時に威嚇するような演奏しないでって約束できる?」

「はい。もうしません。ごめんなさい」

「うん。ありがとう」

 そうして僕は彼女の頭を撫でる。

「えへへ」

「さて、僕たちも帰るか」

「そうですね」

 と、扉を開けた瞬間

「わ!」「きゃ!」「うお!」

 愛華さんが扉の前に座り込んでいた。

「え、愛華さん!?何してるの?」

「あ、あはは…忘れ物しちゃって、取りに戻ってきたら…二人が抱き合ってたので…入りずらかったというか盗み聞きしてたというか…ごちそうさまです」

「恥ずかしい!やば!恥ずかしすぎる!」

「…。」

「お二人が付き合ってるって噂は聞いてたんですが、まさか本当に付き合ってるとは思っていませんでした」

「まぁ、正真正銘の恋人同士…だな」

「キスし始めたときは、どうしようかと思いました!キスだけで終わってよかったです。というか、この前すごいことしたって何ですか!?私、気になります」

「やめて!触れないで!」

 愛華さんはにっこにこしているが、僕と彼女はゆでだこのように顔を真っ赤にして恥ずかしがっていた。

 

 

 

 

 

 ガタンゴトン…

「可愛すぎますね。彼女」

 目が覚めると、真剣なまなざしで彼女が言う。確かにかわいい。こんな彼女が欲しい。なんて思う

「本当にかわいいですね…主人公が憎らしいです」

「あはは。確かに」

「新入部員の子だけ、名前がわかりますね。香良洲愛華さん」

「ええ、主人公とヒロインちゃんの名前はわからないのに、この子だけ見えるようになっている。これはいったい」

 どういう違いがあるんだ?

「というか、前回の終わりでいい感じになってから、最後までしたそうですね」

「あ、やっぱり触れるんですね」

「そりゃそうでしょう!二人の愛ですから」

「お、おお…」

 そんなにっこにこで話されても…。

 

 僕は、ふと目の前の彼女の名前を知らないな。と思った

「そういえば、お互い名前を名乗ってないですね」

「あぁ、確かにそうかもです」

「僕の名前は、武村光喜」

「私の名前…武村皐月です。同じ苗字なんて偶然ですね」

「ほんとうですね!まさか二人とも同じ苗字なんて」

「…あ、今は武村ですが、もとは西岡でした。結婚してるので」

「そうなんですね」

 既婚者だったらしい。にしては指輪を付けていない。これに関しては、あまり聞かない方がいいのだろうか。

「おっと、ではそろそろ続きを読み解きましょうか」

「あ、はい」

 そして、目を閉じる。

 

 

 

 

 

 彼女と新入部員との仲は、次の日には普通になっていた。彼女は愛華さんに寄り添うようになり、愛華さんは僕たち二人がイチャイチャするのを楽しみにしているらしく、二人の仲を裂かないようにって感じがする。

 まぁ、お互いにいい距離感を見つけられたのなら、僕は何でもいいや。

 愛華さんには、ドラムを引き継いでもらうことになった。あの子はとても上達が早い。あの子なら任せても大丈夫だろう。

 そう考えると、僕は同じリズム隊であるベースかな?

 ギターボーカル、ドラム、ベース。基本的なスリーピースバンドの編成になった。

 これが文化祭前ならなぁ~みんなの前で発表できたのだが、僕はもうそろそろ卒業だ。三人で演奏することはないのだろう。

 なんて思いながら過ごす授業中。

 窓の外を眺めて暇そうにする。

 ふとスマホ画面を見ると、最愛の彼女からチャット。

『先輩。明日の土曜日、暇ですか?暇ですよね?』

『ですよねって…。まぁ確かに暇だけど』

『明日、楽器店に行きたいので、一緒に来てくれませんか?』

『いいよ。何見に行くの?』

『今まで部活のギターを借りてたじゃないですか。お金もたまってきたので、自分用にギターを買いたいなって思いました』

「おお」

 無意識に口に出してしまった。クラスの何人かがこちらを向いてくる。軽く会釈をして誤魔化す。

『おお!いいね!ついていくよ』

『ありがとうございます』

 ということで、明日デートの予定ができたわけだけども。今からもう楽しみである。

 

 集合時刻より30分も早く来てしまった。はしゃいでるのが丸わかり。でも、なんだかんだで初のデート。楽器店だけど。

「にしても、早く来すぎたな…」

 思いのほか暇だぞ?

「そうだ、カフェでも行って、二人分の飲み物でも買ってこようかな?」

 できる彼氏。ということでカフェで彼女の分も買っておく。これこそイケメン。

 ということで最寄りのカフェへ。

「…そういえば、あの子の好み、あんまり知らない」

 これは盲点だった…付き合ってるのにもかかわらず、お互い出かけることもせず、部活にいそしんでいたためお互いの好みの話とかほとんどしていない。

「とりあえず、一番人気のものを買っておくか」

 と、イチゴミルクフラペチーノが一番人気ということらしいので、それを二つ注文する。

 集合場所に戻ってくる頃には、集合時間の10分前、割とちょうどいい感じに帰ってこれた。そして、数分後

「お待たせしました~!…あ」

「あはは!」

 彼女もまた、同じカフェで同じドリンクを二つ手に持っていた。

「え、先輩、一人で二つのむんですか?」

「違うわ。■■ちゃんの分だよ」

「え、私も先輩の分って買ってきたのに…しかもイチゴフラぺ」

「メニューまでかぶるとか」

「あはは。私たち、気が合うんですね」

「そうだな!」

 さすがに、これを持ったまま楽器店に入るのはだめだろうと思い。近くの公園のベンチで飲み干してから行くことに。

 中央に噴水があり、それを取り囲むようにベンチが置かれている。土曜ということもあって家族ずれやご年配の方々など、様々な人が集まっている。

「先輩。はい、どうぞ」

 そういって、彼女は僕にイチゴミルクフラペチーノを手渡す。もう持ってるんだけどなぁ。

「ありがとう。うれしいよ。はい、僕もどうぞ」

 僕も、イチゴミルクフラペチーノを渡す。

「わぁ、いらな~い」

「え、つら」

「冗談ですよ!ありがとうございます。でも、二つも飲んじゃうとお腹タプタプになりそうですね」

「ほんとだな」

 そして飲み始める。

「うま」「え、おいしい!」

 これなら、二杯ぐらい余裕で飲みきれそうだな。と感じた。

 

「先輩。私なんかと付き合ってくれてありがとうございます」

 彼女は、噴水の方をじっと見つめて、どこか悲しそうに告げる。

「なんで、私なんか、なんて言うんだ。僕は君のことが好きだ。嫌嫌付き合ってるわけじゃない」

「それでも、たまに不安になるんです。先輩は誰に対しても優しいから、私のわがままを無理に聞いてるって、それで嫌になって、別の人のところに行っちゃうんじゃないかって」

 そんなこと思ってたのか。

「…ごめんな」

「なんで先輩が謝るんですか?」

「彼氏である僕が、彼女をこんな不安にさせてたなんて。離れたりしないって安心させることができなかったことが、申し訳ない」

 僕が不甲斐ないばっかりに、彼女にいらぬ心配をかけさせていた。だめだな。もっと彼女に寄り添って、不安に思うことなんてないって証明してあげないといけなかったな。

「先輩が謝る必要なんてないですよ。私が勝手に不安がってるだけ。私が先輩のことを信じ切っていないだけ」

「口約束になっちゃうけどさ、僕は■■ちゃんから離れるつもりは一切ない。今後何があっても、■■ちゃんが僕から離れたいって言うまでは…」

「そんなこと言いません!私は先輩のこと、大好きだから」

「じゃあ、一生一緒だな」

「…はい。えへへ」

 少し気恥しそうにはにかむ彼女が、とても愛おしく感じる。

 今後、何があっても離れることはない。彼女が離れたいって言うまでは。

「…。」

 噴水を眺めながら思う。

 

「お腹いっぱい…」

「そうだな…」

 お互い、二人分のイチゴミルクフラペチーノを飲んで少し苦しい。まぁ、二人分を一気に飲んだらそりゃそうだ。しかもフラペチーノなので若干寒く感じてきた。

「さて、楽器店行くかい?」

「はい!行きましょう!」

 公園に設置されていたゴミ箱にカップを捨てて楽器店へ向かう。徒歩5分圏内のところにあり、この辺りでは一番大きな楽器店だ。僕もたまにお世話になっている。

「え~っと、ギターは3階か」

 エレベーターに乗って、エレキギターのコーナーへ向かう。

「おぉ…!」「いつ見てもすごいなぁ」

 エレベーターの扉が開くと、壁一面にギターが飾られており、床にもギター飾られいる。通路以外は全部ギターって感じのフロアだ。何度見てもすごい。

 しかも、どれも高い…間違えて触って壊したりしたら…想像しただけでも恐ろしい。

「さてと、ご予算は?」

「えっと、家庭用アンプとかシールドとか諸々合わせて10万ですね」

「なーほーね。まぁとりあえず、ギターを見てからにしようか」

 やっぱりデザインの気に入ったギターを買うことが一番いい。金額を気にしてそうでもないデザインを選んでしまうと、今後のモチベーション維持が難しくなる。

「はい。ちなみに、おすすめとかありますか?」

「おすすめ?う~ん。特にこれと言って…強いて言うならレスポールタイプを選ぶといいかな?って思う。デザインがかっこいいし、何より分厚い音がするから。まぁ音は個人的な好みだね」

「ほ~。ギターによって音の厚みとか変わるんですか?」

「全然変わる。ピックアップの数だったり木材だったり、普段使ってるストラトキャスターよりも分厚い音がするかな?」

「へぇ~…部室に置いているのストラトキャスターって言うですね」

「そうだね…ほら、あそこにあるのそっくり」

「あ、ほんとだ」

 ストラトキャスターのコーナーみたいなのがあって、部室に置いているものそっくりなものがずらっと並んでいる。

「先輩の言ってたレスポールタイプって?」

「えっと…あ、あそこ」

 お店の奥の方に、レスポールタイプのギターがずらっと並んでいるコーナーがある。

「おぉ!テレビで見たことある!」

「かっこいいよね!僕もお金がたまったら買いたいな~なんて思ってる」

「先輩って、楽器なんでもできるんですね」

「バンド楽器は一通りできるね。逆に言うとどれも専門じゃないから…広く浅くって感じ」

「あれで浅くなんですか…かなり上手に聞こえますけど」

「プロからしたら、リズムが甘かったり、ダイナミクス…抑揚的な?そこらへんがあまり上手くないね」

「そ、そうなんですね…」

 彼女はギターを見に行く。時折「おぉ」とか「かっこいい」など、小声でつぶやきながら見ている。

 そして、一本のギターの前で立ち止まりじっと眺めている。

「先輩、これ…」

「きれいだね」

 水色を基調としており、ボディの中心から外に向かうにつれて藍色に代わるグラデーションになっている。まるで水中から空を見ているような色だな。なんて感じる。

「これがいいです。これしかだめです」

「お、おぉ…相当気に入ったみたいだね。試奏してみない?」

「え、恥ずかしい…」

「あ~、じゃあ僕が弾くから、音の感じとか見てみようか」

「はい!」

 僕は店員を呼びに行って、ギターの試奏準備をしてもらう。チューニングやアンプの設定をしながら「このギターはね~」と店員さんが話し出す。

「このギターはね、中古品なんですけど、とても状態が良くてですね。前の持ち主が女子大生の方で、とても大切にしていたみたいです。でも、確か…大学院に進学するときに音楽をやめてしまって、それで売っちゃったギターなんです」

「そうなんですね…」

「私たちも、このギターを受け取ったとき、手入れが隅々まで行き届いていて本当に大切にしていたんだなって感じました。持ち主にとても愛されていたギターですね」

「…。」

 確かに値札には中古品と書かれている。しかし中古とは思えないほどきれいだった。

「どうぞ」

「ありがとうございます」

 僕はギターを受け取り、弾き始める。

 弦高の高さは少し低め。女の子が持っていたなら納得する高さだ。それにポットも回しやすく、かといって軽すぎるわけでもない。

 チューニングもかなり安定している。

「うん。僕からはとてもいいギターだと思うぞ」

「もう、即決するつもりでした」

「…一応弾いてみないか?」

「まぁ、そうですね」

 彼女にそっとギターを渡す。クリーントーンやオーバードライブ、ディストーションなど、アンプの設定をいじったりして、いろんな音を確認する。

「しかし、いい音が鳴るな~」

「はい。弾いててすごく気持ちいいです」

「じゃあ、購入だな」

「はい!」

 そして、再び店員さんを呼んで、購入する旨を伝える。ギターアンプやシールド、チューナーなど一式も買って、合計で8万ちょっと。

「ありがとうございました!またお越しください」

 エレベーターに乗るときに、後ろから店員さんの元気な声が響く。軽く会釈をして僕たちはエレベーターの扉を閉めて下に降りる。

 

「先輩、今日は付き合ってくれてありがとうございます。おかげでいい買い物ができました」

「僕も、楽しかったよ」

「…。」

「…。」

 夕暮れに染まる道を二人で歩く。

「先輩…」

「ん?」

「あと少しで、卒業ですね」

「まぁ、そうだな」

「さみしくなりますね」

「愛華さんと二人で頑張ってくれ」

「そうですね。なんとしても軽音部を守ります」

「うれしいこと言ってくれるね」

 二人で歩く帰路は、長いようで短く感じた。

 

 

 

 

 ガタンゴトン…

「はぁ~。えもい」

 目が覚めると、必ず彼女は一言コメントをつぶやく。

「夕暮れに染まる道を二人で歩いてるの、青春ですね」

「私もあんな時代がありました」

「僕も、学生時代を思い出します」

 そう、学生時代が懐かしく感じる。あの夢のように夕暮れの道を彼女と二人で歩いた…。

 彼女?僕に恋人なんていたっけ?

「うっすらとしか覚えてないんですけど、僕も軽音部でドラム…やってた記憶があります」

「え!そうなんですか?苗字が同じだったり軽音部だったり、私たち共通点が多い気がしますね」

「確かにですね!」

 僕も恋人と二人でギターを見に行って…あれ?夢と現実がわからなくなってきた…。

 まぁ、いっか。

 なんだか、この小説の主人公が、僕自身のように感じる時がある

「主人公君はそろそろ卒業みたいですね」

「なんだか、長かったような短かったような」

「そうですね…あ、次の章が卒業式らしいですよ!」

「お、じゃあ続き行きますか!」

「はい!」

 

 

 

 

 

 朝、学校に登校する。

 担任の先生から、卒業生用の胸につけるやつをもらう。あれの名前知らない。

 卒業式がそろそろ始まる。僕たちは体育館の外で待機。寒いんですけど…。

 そして卒業式が開始され、レットカーペットで敷かれた道を歩く。卒業したいような…したくないような。そんな気持ち。

 勉強は嫌いだし、授業は退屈。でも、彼女と過ごした部活動はとても楽しかった。

 軽音部、これから二人になるのか…。心配だな。

 僕は就職して社会人だ。勤務地は地元からそんなに離れていないから、いつでも会いに行こうと思えば行ける距離だ。

 OBとして、遊びに行ってもいいな。なんて思っている。

 

「卒業生、起立」

 教頭の号令とともに、僕たちが立ち上がり一礼。校長のありがたいお言葉を聞かされる。立って聞く必要あるのかな?なんて思うが。

「卒業生、着席」

 くそ長いお言葉が終わり、やっと座れる。

「在校生、起立」

 今度は、在校生からのお言葉だ。去年とあんまり変わらない内容だな。なんて思う。毎年代表者が選ばれてステージの上で演説をするのだが、内容って自分が考えているのかな?にしては毎年似通っている気がする。過去二年間しか知らないが。

「在校生、着席」

 演説が終わり、着席させられる。

 ぼんやりと在校生の群れを見れいると

「ふふ…」

 涙を流して顔がくしゃくしゃになっている彼女を見つけた。卒業生よりギャン泣きしている彼女の顔に、少し笑ってしまった。

 後で頭でも撫でてやるか。

「全校生、起立」

 今度は合唱だ。おなじみの卒業ソングと校歌。

 小さめの声量で歌う。最後ぐらい真面目に歌えよ。なんて声が聞こえてきそうだが、僕は僕ということで最後までこんな感じです。

「全校生、着席。以上を持ちまして、平成■■年度、■■高等学校卒業式を終了いたします」

 終わった。これで卒業か。

「卒業生の退場。みなさま大きな拍手をお願い致します」

 そして、教員や在校生の拍手が響き渡る。かなりの音圧に圧倒される。

 再びレットカーペットを歩く。ちらっと横を覗くと、くしゃくしゃに泣いている彼女。かわいいなあいつ。

 

 教室に帰ってきて、担任の先生からみんなと思い出を話している。まぁ、こう改めて話されるとちょっとうるっと来そうになるもんだな。めんどくさいなぁって思っていた先生だが、嫌いというわけではなかったから。

 そして、すべてが終わり、解散になった。

 クラスのみんなはどこ遊びに行く?など打ち上げの計画を立てていが、僕はクラスの打ち上げには参加せず、そのまま部室へ向かう。

 

「先輩!卒業おめでとうございます!」

「先輩!おめでとうです!」

 彼女と愛華さんが部室でお祝いしてくれる。

「二人ともありがとな。あと、■■ちゃん泣きすぎな」

「だ、だってぇ…」

「■■さん…すごかったですね」

 愛華さんも見ていたらしい。

「先輩が遠くに行っちゃうって思ったら、涙止まらくて…」

「うれしいけどな!?そんな遠くじゃないからすぐに会いえるよ。それに、たまに部活に遊びに来るよ」

「ほんとですか!?」「ほんとですか!?」

「お、おぉ…もちろん」

 圧がすごい。

 この後はお菓子とかケーキを買ってきて、部室で卒業後パーティをした。

 たった数ヶ月の思い出をみんなで語り始める。振り返ってみるとあっという間だったなって感じ。

 彼女が居なければ、軽音部はステージにも立てなかったし、活動を続けられていたか分からない。

 この子には感謝しかないな。

 

 何時間たっただろうか。結構な時間遊んでいた気がする。

 すると愛華さんが「あ!」と何かを思い出したように話し始める。

「あ!私、急用を思い出しました!改めまして先輩!卒業おめでとうございます!」

「え、ありがとう」

「ということで私は一足先に!残りは二人で楽しんでください!」

 愛華さんはささっと荷物を片付けてそそくさと部室から出ていく。出ていくときに彼女へアイコンタクトを送っていたような気がしたが、きっと気のせいだ。

「いきなり…だね。風の子って感じ」

「そうですね。先輩…」

 なんだか急に静かになった部室。

「先輩。聞いてもらいたいものがあります」

 そう言って彼女はギターを用意する。二人で買いに行った海色のきれいなギター。

 ギターをアンプにつなぎ、クリーントーンの設定にする。

「私が作詞作曲しました。聞いてください」

 彼女は演奏を始める。とてもきれいな弾き語り曲。

 離れていても二人はずっと愛し合う。どんな困難が目の前に立ちはだかっても、二人で乗り越えていこう。という恋愛ソングだ。

 歌はもちろん聞いてて心地が良い。メロディやコード進行は王道を感じ。これはかえって純粋さを表している感じがして、とても歌詞とマッチしている。

 

「…。」

 歌い終わり、少しの静寂。

 彼女は、少し不安そうに僕を見つめる。

「めっちゃいい曲だ」

 僕は大きく拍手を送る。それを聞いた彼女はパッとひまわりのような笑顔を向ける。

「ありがとうございます!初めて挑戦してみました!」

「才能あると思う!とても心に来る曲だった」

「…この曲。私と先輩がモチーフなんですよ」

「そんな気がしてたよ」

「ねぇ、先輩」

「ん?」

「私が高校卒業したら、け…」

「ストップ!」

 僕は思わず彼女の言葉を遮る。

 遮られて困惑と不安交じりの表情を浮かべる彼女。その言葉は僕から言いたかったから。

「ごめん。その言葉は僕から言いたいんだ」

「それって…」

「■■■■さん。二年後、君が卒業したら迎えに行くからさ。僕と結婚してください」

「…はい!お待ちしております!」

 屈託のない笑顔を浮かべる彼女。とてもまぶしくて愛らしく感じる。

 

 

「…■■ちゃんって、キス好きだよね」

「はい。すきです」

 また二人抱き合って、キスを交わしている。

「先輩…もういっかい」

「うん」

 誰もいない部室。二人は抱き合ったまま、日が落ちるまで過ごしていた。

 

 

 

 

 ガタンゴトン…

「プロポーズだ…ドキドキしますね」

「…。」

「あれ?どうしました?」

 なんだか、この物語が他人事のように思えなくなってきた。

「…なんだか、このお話、うっすら覚えているんです。昔読んだ小説でこんなシーンがあったのでしょうか…?」

「そうなのですか?」

「…いや、物語というよりデジャブに近い。なんだろうこの感覚」

 実体験を、もう一度繰り返しているような感覚に陥ってきた。でもこんな記憶知らない。

「…なるほど」

「何か知っていますか?」

「いえ、知りません」

 胡麻化された。無意識にそう感じた。

「そうですか…」

「すべて読み解けば、きっとわかると思います。この感覚の正体が」

「僕もそんな気がしてきました」

「では、続きを見てみましょう」

「はい」

 

 

 

 

 

「■■君!ここの書類間違えてるよ!」

「え、申し訳ありません!」

「まったく、これだから高卒は」

 僕は地元から少し離れた会社に就職して、事務員として働いている。資格なしで高卒ってなるとあまりいい職場に恵まれることもなく、上司のパワハラに悩まされながら仕事をしている。

 特に僕の就職した職場はひどい。学歴主義者のくそ上司。東大卒の学歴を武器に威張り散らかしてくる。学歴が良くてもこんなところで裸の王様してる時点でお察しなのだが、まぁ、正義を振りかざしている人間が一番危険だということ。

 

「はぁ~」

 休憩時間。ため息交じりに食堂へ向かう。同年代は一人もいないため、仲良く誰かと会話することもできず、孤独を感じている。

「…。」

 スマホを開くと、彼女とのツーショット写真が写っている。

「…よし!」

 この写真を見て、二年後に結婚するんだ!という目標だけを頼りに、この環境で頑張っている。

 転職も考えたが、資格勉強なんてしてる余裕はない。それにこの会社の福利厚生や賃金はかなり好待遇なのだ。あのくそ上司さえいなければ、とても素晴らしい職場であることは間違いない…。

「はやく定時にならないかな」

 なんてぼやきながら、社員食堂で昼食を食べる。

 

 休憩時間が終わり、勤務再開

 と同時に上司から呼び出される。

「なんだよ…」

 小言を漏らしながら、上司の席へ向かう。

「今日、君が来てちょうど3か月になるな」

「そうですね」

「試用期間が終了するということなのだが、どうだ?続けられそうか?」

「(ほかに行くところがないので)続けれそうです」

「そうか!よかった。今日は契約更新記念ということで、飲みに行かないか?」

「え、二人ですか?」

「なわけないだろう。部下も数名連れていく。わしのおごりだ」

 …今日は優しいな。なんか。

「ありがとうございます。ぜひ」

「おお、今日の定時になったら早速向かうぞ」

「はい」

「以上だ。仕事に戻ってくれ」

「はい。失礼します」

 なんだ?今までと別人のような態度。ちょっと怖い。

 

 居酒屋。飲みに来たといっても僕は未成年だからお酒は飲めない。

 なんか、見た目だけでもお酒っぽいものをと思いレモンサイダーなるものを頼んだ。パっと見レモンサワーだ。

「よぉし!みんあグラスわもったか!」

 うちの上司が仕切り始める。

 集まったのは5人。僕と上司を除けば三人しか参加しなかった。僕との親睦を深めたくないのか上司が嫌だったのか…どちらにせよさみしい飲み会だな。

「では、■■くんの契約更新を祝いまして、乾杯!」

「乾杯~」

 これが飲み会か、わいわいして楽しい雰囲気が漂う。人数少ないけど。

「■■くん。どうだ?仕事は慣れたか?」

「ええ、上司の(鬱陶しい)ご指導のおかげで、仕事にも慣れてきました」

「そうかそうか!」

 とりあえずヨイショしとくか。

 こうやって世渡りを覚えていくんだな…大人って。

「ところで君さ、毎回昼休憩の時になるとスマホ眺めてるよね」

「え、はい」

「この前ちらっと覗いたんだ。一緒に映っている女の子は彼女かい?」

 うわ、まじかこいつ。人のスマホをのぞき見するな…。最悪だ。

「ええ、彼女です」

「名前なんていうの?」

「■■■■って子です」

「うちの娘なんだ」

「…は?」

 いやいや、そんな…。まさか

「わしの名前。■■柔造って言うんだけど、ほら社員証」

「うわ、まじやん」

 やば、心の声が

「うわ、とはなんだ。まぁいい。学生時代にうちの娘を二度も助けてくれたそうじゃないか」

「え、まぁ」

 すると、上司は僕の方へ向きなおし、正座をする。

「ありがとうございます。誠に感謝しておる」

 上司はあろうことか頭を下げてきた。

「い、いえいえ!頭を上げてください!当然のことをしたまでです」

「それでも、命の危機だったと聞いておる。君がいなければ娘はいなかっただろう。と」

「そこまで大したことじゃ」

「素直に受け取らんかい」

「はい…。どういたしまして…?」

「で、娘の話はどこまで聞いておる?」

「話?」

 話…とは何だろうか

「…何も聞かされておらんのか?」

「え、何のことですか?」

「…。」

「…。」

 言うべきか否か。といった表情をする上司。彼女は僕に何か隠し事をしているのだろうか。

「ま、なんでもない」

「え、教えてくださいよ」

「本人が話とらんのなら、わしが話すべきではないだろう」

「ええ…」

 一体何なんだ。

 

 そのあと上司はかなりの量、お酒を飲んでダルがらみが鬱陶しくなる…いや、彼女のお父様なのだから、適当にあしらうわけにはいかない。

 ダルがらみに付き合っていると、かなり疲れてきた。そしていつの間にか寝始めた上司を見て解散の流れができる。

 上司は一緒についてきていた社員の方が送り届けてくれるとのこと。僕はそのまま直帰。

 

「ただいま」

 といっても返事はない。一人暮らしだから。

 実家が恋しいと感じるよ全く。

「…今電話したら迷惑かな?」

 彼女にいろいろと聞きたいことができたが、時刻は午後10時過ぎ。こんな時間に電話がかかってきたら普通にイラっとするだろう…。

「通話していいかチャットしよ」

『今から、少し通話しない?』

 秒で既読が付く。早…。

『いいですよ』

 二つ返事だったので通話をかける。

「あ、もしもし。ごめんね夜に」

「いえいえ、暇してたところなので。どうしました?」

「■■ちゃんのお父さん。杉浦商亊で仕事してる?」

「え、なんで知ってるんですか?」

「僕の上司…」

「あぁ~…そうだったんですね。あの頑固おやじって感じ、きついでしょ?」

「まぁね。なんだこのパワハラ上司!って思いながら仕事してた」

「あはは。うちでもそうなんです!亭主関白というか」

「想像つく~」

「あはは」

「でさ、今日飲み会があったんよ」

「え!?お酒飲んだんですか?」

「いやいや、さすがに飲んでないよ!上司は飲んでた」

「うわぁ…相手するの大変でしたよね」

「うん…まぁ…」

「ごめんなさい。ほんと」

「謝らなくていいよ」

「大変だっただろうなぁ…」

「それでさ…」

「ん?」

 聞いていいのか?でも気になるんだ。

「僕に、何か隠していることない?」

「…。お父さんが何か言ったの?」

「いや、言いかけてやめた」

「そう。何も隠してないですよ」

「本当に?」

「はい」

 声のトーンが少し下がる。誤魔化されたと無意識に感じてしまう。しかし話したくないことを無理に聞き出すのはよくないだろう。

「そっか。ごめんな。気にしないでくれ」

「はい。ごめんなさい」

「なんで謝るの?」

「なんとなく。口癖です」

「初めて聞いたけど、その口癖」

「とにかく!気にしないでください!」

 なにかを必死に隠している。そんな気がした。

 

 

 

 

 ガタンゴトン…

「彼女さん。なにかありそうですね…」

 目が覚める。本を見ると残り少なくなっていることがわかる。

「ええ、いったい何を隠しているのでしょうか」

 彼女の不審な対応。何かとんでもないことが隠されている気がしてやまない。二人の人生を脅かすほどの、大きな隠し事。

「…残り少なくなってきましたね」

「ええ、あと3回ぐらいでしょうか?」

「だいたいそのぐらいですね」

 …続きが気になる。しかし続きを見たくない。もうこれ以上先に進めたくない。という二つの感情が入り混じっている。

「…。」

「どうされました?」

「この先、あんまり見たくないって感じました」

「それはどうして?」

「なんとなく。第六感がそう叫んでます」

「…。」

「…。」

「光喜さん。あなたは続きを見る必要があります」

「皐月さん?」

 彼女の雰囲気が少し変わる。

「さて!続き、見ていきましょう!」

 そして、いつも通りに戻る。

 何だったんだろう。そう思いながらも瞳を閉じることに。

 

 

 

 

 僕が就職してから一年がたった。案外あっという間だったな。新卒一年目は忙しい。

 これからも忙しくなり続けると言われ、絶望を感じている今日この頃。

「しかし、まぁ頑張ったな」

 貯金残高を見ると我ながらきちんと計画を立てて貯金ができているなと思う。これを続けていれば結婚資金は…まぁ足りないけど、全額借金するよりかはよっぽどいいだろう。

 彼女とは毎月2回は必ず会おう。と約束しており、今日は少し遠出して遊びに行く日だ!とてつもなく楽しみである。行くところは、ダンス動画を撮影するためだけに女子高生たちが遊びに行くと噂のテーマパークだ。ねずみーまうす的なところ

「楽しみ過ぎるんだが」

 もう完全に浮かれている。駅で待ち合わせるのだが、なんと一時間も早くついてしまった。

「…学ばないよな。ほんと」

 とてつもなく暇である。

「近くにカフェがあるから、ちょうどいい時間まで待っていようか。

 

 こうして最寄りのカフェに入る。

「え!?」

「あれ!?先輩じゃん!お久しぶりです!」

 愛華さんがレジに立っている。まさかの再開にびっくりする。

「久しぶり!ここでバイトしてるの?」

「はい!あ!今日、彼女さんとデートですよね?あの子、昨日ウッキウキで私に話してきましたよ」

「あぁ、なんか想像つく~」

「あはは。すっごい楽しみにしてたみたいですので、楽しませてあげてくださいね!」

「うん、もちろんだ」

 そういえば卒業するときに、部活に遊びに行く。なんて言っていたのに仕事が忙しすぎてなかなか平日に遊びに行けなかったのだ。土日は基本部活やっていないし。彼女伝えで部活の状況を聞いている感じ。多くの新人が入って今てんやわんやらしい。

「新人はどうだ?」

「もう大変です…。二人じゃさばききれません」

「えっと、10人ぐらい入ったんだっけ?」

「そうなんです…。私はドラムしか教えられないので、ほかのパートは全部■■さんに任せっきりです。あの子すごいです…。先輩が卒業した後に「全部できるようになるんだ!」って言って、本当に全部の楽器できるようになってますからね…。なんていうか、恐ろしいです」

「僕の彼女、天才だから」

「あ!イキりリア充だ!爆散しろ!」

「あはは」

 なんて会話をする。幸いお店には人が少なくレジには僕と愛華さんの二人だったので自由に会話している。

「で、そろそろご注文お聞きしましょう。長話しちゃってすいません」

「いやいや!楽しかった!じゃあ、カフェラテで」

「あい!カフェラテ一丁!」

 喫茶店の掛け声とは思えない。

「彼女さんの分は?」

「あ、まだ来ないんだ。僕がはしゃいじゃって集合時間の1時間前に来ちゃったから」

「え、先輩かわいいですね」

「う、うるさいわ」

「それで、ここで時間つぶしですかい」

「そうだね」

「まぁ、ゆっくりしていってください。ひまなんで」

「そ、そっか…」

 そうして、会計を済ませてカフェラテを受け取る。

 さすがにレジ前でずっといるわけにもいかないので、席に着く。

 

 今日行くテーマパークについて軽く調べておく。エスコートしたい…と思うが正直彼女の方が詳しそうだな…。ここを提案したのもの彼女だ。

「変に調べないほうがいい説ある」

 彼女に任せる。というのもありかな?

 なんて考えながらカフェラテを飲んでいると。

「やっほ~愛華ちゃん!」

「あ!こっちも来た。■■さんおはよ!」

 聞き覚えのある声がしたので、レジの方へ視線を向けると彼女と愛華さんが話していた。

「ほら見て、あそこに彼氏いるよ」

「え?…先輩!?」

「あはは。ちょっと集合時間まで時間潰してようかなって思って」

「奇遇ですね…私もです」

「気が合いますねぇお二人さん。ねぇ■■さん聞いて!先輩さ、待ちきれなくて一時間前に来ちゃったんだって!かわいくない!」

「先輩、そうなんですか!?」

「まぁ、はい」

「なんですかもぉ~そんなに私に会いたかったんですね!」

「くっ!」

 やば、恥ずかしすぎ…。なんでばらすんだよ。

 

「まぁ、先輩と合流できたので、行きますか」

 合流するまでの時間つぶしのつもりで来たのだが、なんか勝手に集合しちゃったので、もうテーマパークへ向かうことにした。

「そうだね」

「行ってらっしゃい!明日感想聞かせてね!」

「うん!愛華ちゃんもバイト頑張ってね~」

 二人で店を後にする。

「さっき言いそびれたけどさ」

「ん?」

「服、かわいいね。似合ってる」

 今まで見たことの無い服を着ていた。もしかしたら今日のために新しく用意したのかな?素直にかわいいと思ったので、率直に感想を伝える。

「え、ありがとうございます…。そんないきなり言われると照れますね」

 頬を赤らめて、嬉しそうにつぶやく。

 なんだかこっちまで恥ずかしくなってきたので、話題を変えることに。

「で…電車に乗って何時間ぐらい?」

「大体、一時間いかないぐらいですね」

「おけ」

 改札を通り、電車に乗る。

 ガタンゴトンと揺られながら目的地へ走る。向かい合うように設置された椅子と真ん中にはテーブル。お互いが向かいあって座る。

 途中から海上の線路に入り、窓の外には一面の海。

「わぁ、綺麗」

「マリンライナーだもんな」

 海の上を走る電車なんて、とても幻想的だなんて思う。彼女は窓から外を眺めて目をきらきらさせている。

「今日行くテーマパークさ、僕あんまり知らなくて」

「え!あんな有名なのに!?」

「女子高生に有名って感じしない?」

「まぁ、確かにですね」

「だから、エスコートよろしく」

「男がエスコートよろしくとか…プライドはないんですかぁ~?」

 彼女は意地悪そうな声で煽る。

「変に見栄張るより、よっぽど楽しめると思ったからな」

「先輩らしいですね。そんな情けないところも好きです」

「…複雑ぅ」

「あはは」

 楽しく談笑しながら目的地まで移動する。

 時折、外を何度か眺める。海景色が相当好きなのかな?なんて思った。

 

 そしてテーマパークの最寄り駅まで到着。事前に購入していたチケットをもって入口へ向かう。もうすでに家族ずれや学生集団などでごった返しており、アトラクションに並んだ時にかなり待つだろうな…なんて思った。

「人すごいですね」

「まぁ、休日だからな」

 こんなに大勢のお客さんが入って、キャストさんは大変だろうな…。それでも笑顔を絶やさない。プロってすごい。

「あ!先輩、あれ乗りたいです!」

 そうして指さしたのは、レーンがほぼ直角にそびえたっているジェットコースター。まじで…?

「お、おぉ…そうか、でももうちょっと別のも見てみないか?」

「…。」

「な、なんだよ…?」

 彼女は少しにあけながらジトッとしたまなざしで僕を見つめる。

「先輩、怖いんですね」

「いや別に」

「じゃあ大丈夫ですね!」

 と言いながら受付の方向へ歩いていく。その彼女の腕を僕はつかんだ。

「いやちょっとまて…。怖いわけではないが、もっとこう別のも見て回ってから決めてもいいんじゃないか?」

「…ふ~ん。先輩怖いんだ」

「こわかねーし…」

 正直言って怖すぎる。なんだあのレーン…。絶叫系はもともと苦手なんだ。見てるだけでも恐怖。不慮の事故で吹き飛ばされたりでもしたらどうするんだ…。

 しかし、彼女が乗りたいって言っているんだから、ここは頑張るしかない…。のかもしれないけどさ~…。心の準備をさせてほしい的な。

「じゃ~行きましょ~」

 つかんでいた腕を振りほどき逆に僕の腕に抱きついてくる。そのまま受付の方へ、あぁ、覚悟を決めなければいけないらしい。

 

「どうして、すんなり入れるんだ」

 どうせたくさんの人が並んでて、入るまで時間がかかるだろうと思っていたのに全く並んでおらず、割とすぐに通されてしまった。

 あと乗り物のキャパがでかすぎる。回転率いいだろうなぁ~とか考えて精神統一。

「意外ですね~。先輩が絶叫系苦手なんて」

「苦手じゃないぞ」

「まだ言ってる」

 そして、椅子に座らされて安全レバーが下りる。キャストの人から説明が始まるが全然頭に入ってこない。

 気づけば発車のカウントダウンが始まる。

「3…2…1…」

 スタート!という合図とともに勢いよく走り始める。

「もうすでに早い!」

「まだまだこれからですよ!」

「いやぁ!」

 右へ左へ、蛇行運転をしながら、徐々に速度を上げていく。

「ひぃぃぃぃ!」

「先輩…これで怖がってたら、この後大変ですよ」

 そして、減速していき外から見ていたあのほぼ直角の所へときた。ゆっくりゆっくりと登っていくジェットコースター。あぁ、神様。どうか命だけは…。

「アーメン」

「え、キリスト?」

 頂上へ到着。そして…。

「ああああああ!」

「きゃ~!」

 急降下。風が思いっきり顔にぶつかりものすごい速度で落ちていることが体感できる。

「しぬぅぅぅぅ!」

「死なないですぅぅぅぅぅ!」

 そのあとは二回転ほどぐるぐると周り、ゆっくりと減速して元の場所へ戻ってくる。

 

「…。」

「はぁはぁはぁ。楽しかったですね!先輩!」

「もう、むり」

 放心状態。足がガクブルしてまともに歩ける気がしない。

「はぁはぁはぁ…いやぁ…また乗りたい」

「いやいやいやいやいやいや!」

 全力の拒否。

「嫌がりすぎ…。そんなに怖かったですか?」

 もう二度と乗りたくないです。はい。

 彼女は平気だったのかと思うと。なんだか負けた気分になるな。

「はぁ…はぁ…」

「大丈夫か?さっきから息切れがひどいけど」

「え?大丈夫、ですよ!」

 ニコッっと笑いながらも肩で息をしている。少し休憩したほうがよさそうだな。

「少し休憩しよう」

「ふぅ…そうですね…」

 道端にいくつか設置されているベンチを見つけてそこに座る。

「ふぃ~」

 彼女は足を前に伸ばしてだらしなくくつろぐ。体力的にかなり消耗が激しかったらしい。僕は精神と寿命がすり減った。

「自販機で飲み物買ってくるよ」

「あ、ありがとうございます…あ、ちょっとお手洗い行ってきていいですか?」

「いいよ」

 そうして別々に分かれる。自動販売機を見つけて飲み物を買おうとする。

「いや高すぎ」

 メロンソーダ一本230円。一番安い水でも150円。ぼった…夢の国プライスなんだなぁ…。ここで買うのもったいない気がしたがカフェとか行っても夢の国プライスなんだろうな。

「現世の自販機も最近高くなったけど、ここの比じゃなかったんだな」

 そうして、メロンソーダを二本買って元居たベンチへ帰る。

 彼女はまだお手洗いから帰ってきていない。なんとなく空を見上げると晴天が広がっている。とてもきれいな青空。

「とても天気がいいな」

 お出かけには打ってつけの天気だ。まるで今日を祝福してくれているようだ。なんて勝手に思いこんでみる。

「おまたせしました!ごめんなさい長くなって」

「ううん。いいよ。はいメロンソーダ」

「わ!ありがとうございます!」

 彼女も完全に落ち着いたみたいで息切れは完全になくなっていた。二人そろってメロンソーダを一口。うん…現世と同じ味。これで230円かぁ…。

「なんだか、先輩が学生の頃を思い出しますね」

「学生の頃?」

「ほら、ベンチに座って、二人で同じ飲み物を飲んで、噴水は今ないですけど」

「あぁ、二人でギター買いに行った日か」

「はい」

 懐かしいな。そう思うと彼女と付き合ってもう2年ぐらい経つのか。なんだかあっという間だった気がするよ。

「あの時の話。覚えてますか?」

「もちろん覚えてる」

 君が離れたいって言うまでは、僕は離れるつもりはない。そんな会話をした記憶がある。

「これまで、一緒にいてくれてありがとうございます。すごく楽しかったです」

「おいおい、楽しかったですって…これからまだまだ楽しいことあるだろ?これからもそばに居させてくれ」

「…はい」

「…。」

「先輩」

「ん?」

「大好き…です」

「僕もだよ」

 どこか切なそうに、彼女は告げる。

 

「よし!次どこ行く?」

「急に元気になりますね」

「せっかく来たんだから楽しまないと!」

「じゃあ、今度はあのお化け屋敷に」

 …まじか。

「…楽しまないとね」

「露骨に元気なくなりましたね…え、ホラーも苦手ですか?」

「だって怖いやん」

「隠さなくなりましたね」

 そりゃそうだろう。お化け屋敷なんて怖いに決まっておろう…。というか夢の国なのになんでお化け屋敷なんかあるんだよ!もっとメルヘンチックなかわいい感じのものばかりじゃないの?

「まぁ、冗談です。私もホラーは苦手なので別のところにしましょう」

「よかった」

 心の底から安堵。

 

「こういうのって楽しいの?」

「楽しいですよ!案外」

 僕たちはメリーゴーランドの前に来ている。子供ならとても楽しめると思うのだが、大人になった僕たちは楽しめるのだろうか。ただ馬の模型に乗ってぐるぐる回るだけじゃん。なんて言ったらおしまいなのかもしれないけどさ。

「せっかくなら、同じ馬に乗りませんか?」

「え、恥ずかしい」

「いいじゃないですか!一緒に乗りましょうよ!」

 というか二人で乗っていいのか?

「じゃあ、キャストの人に聞いて大丈夫なら」

「わかりました!」

 意気揚々とキャストさんに聞きに行く彼女。パッと見た感じ難しそうだけどな…。今実際に回っているのだが二人で乗っている人もいないし。

「先輩!」

「どうだった?」

「彼氏さんが落とさないように彼女さんをしっかり抱きしめていればOKらしいですよ!」

「…まじか」

 

 え、視線が痛い気がする。少し大きめの馬に二人でまたがり、僕が中心に通っているポールと彼女を抱きしめているという状況。思ってた以上に恥ずかしい。

「恥ずかしい…」

「私はとても楽しいですよ!」

 バカップル感が出てて恥ずかしさがすごいが?僕だけ?

 キャストさんの解説のあとに曲とともにゆっくりと馬たちが回りだす。照明や曲が相まって幻想的な雰囲気に包まれる。夜の日が落ちたころにもう一度乗ると違った楽しみ方ができそうだな。

 思っていたより楽しい。

「先輩、きれいですね」

「うん。これは日が落ちて暗くなってからもう一度乗りたいな」

「あ!それ賛成です!また夜に来ましょう!」

 前から少し強い風が吹く。すると顔に何か糸?のようなものがかかる。クモの巣でも飛んできたか?片手を離して顔にかかったクモの巣を払おうとする。

 でもクモの巣じゃなかった。

「髪の毛?」

 きれいな黒髪。前にいる彼女の髪色そっくるな。

 僕は何も気にせず髪の毛を払い落として、また彼女を抱き寄せて固定する。

「わぁ」

「え、ごめん痛かった?」

「いや、ちょっとびっくりしちゃっただけです」

「そっか」

 そのまま何周かして曲が終わり、照明も消えていく。なんでこんなに儚く感じるんだ。

 キャストさんの「おつかれさまでした~」という合図で乗客は次々に下りていく。

「先輩、どうでした?」

「思ったより楽しくてびっくりだ。また夜来ような」

「はい!」

 時刻はお昼すぎぐらい。そろそろお腹が空いてきたのでレストランに行こうと提案することにした。

「そろそろお腹空いたね」

「そうですね。あ!私あそこのシチュー食べたいです!」

「シチュー?」

「とても人気なんですよ!真ん中でくりぬかれたパンの中にシチューが入ってて、このテーマパークのマスコットキャラクターのコースターとか旗とか。いろいろついてくるんです!」

「おお!いいね」

「シチューとカレーと二種類あるので、先輩もどうですか?」

「これは、カレーとシチュー両方頼んでシェアハピだな」

「です!えへへ」

 彼女はスキップでレストランの方向へ歩みを進める。かわいいなぁ。なんて思いながらあとを追う。

 

 レストランに到着。お昼過ぎと言ってもまだレストラン内は多くの人が。運よく二人席が空いていたのですんなりと座ることができた。

 先ほど話してた通り彼女はシチューで僕がカレーを注文する。届くまでに時間がかかりそうだな。

「楽しみですね!」

「そうだな!」

 すると彼女はスマホのカメラをこちらに向けてきて「はいちーず!」と何の前触れもなくシャッターを切る。

「わ!おいおい…絶対間抜けな顔してる」

「オフって感じがしていいじゃないですか!」

「えぇ…」

「そういえば、私って写真滅多に撮らなくて、先輩の写真ほとんど持ってなかったなって思って」

「確かに、僕もあまり撮る方ではないからな。この写真だけかもな」

 といって、僕はスマホの待ち受け画面を見せる。

「あ!なつかし…というか待ち受けにしてるんですね」

「そりゃそうだろ。仕事中とかたまに眺めて英気を養ってる」

「えへへ…お揃いですね」

 彼女も全く同じ写真を待ち受け画面にしていた。

「何も言わなくてもお揃いになってるなんてな」

「そうですね」

 

「お待たせしました~」

 注文してから、大体20分ぐらいかな?頼んでいた品物が届いた。

「ありがとうございます」

「ありがとうございます!わぁ!このキャラのコースターが一番欲しかった!」

 お目当てのキャラを引き当てて、ご満悦な彼女

「あ、写真撮らなきゃ」

「僕も撮っとくか」

 二人して届いた品物を撮影する。僕は写真スキルが皆無すぎるので日の丸構図みたいな写真ができる。

 まぁ、ええねん。

「よし、じゃあいただきます」

「いただきま~す」

 蓋がされている四角いパンを開けると、カレーが注がれている。彼女のはここにシチューが入っている。ほかには副菜としてホウレンソウやブロッコリー、コーン、プチトマトなどが添えられている。

 ナイフとフォークでパンを切り、カレーに浸しながら食べる。

「うま…」

 絶品すぎる。

「ん~おいしいですね!先輩」

「これはうますぎる…家で作りたいな」

「まぁ、食パンの中身切り抜いて、シチュー入れればいいだけですもんね」

「…おい、そんなこと言うなよ」

 まぁ確かにそうなんだけどね。要は食パンとカレーってだけなんだけどね…。

 

「先輩、あ~ん」

「あ」

 彼女は一口サイズに切ったパンにシチューをしみ込ませて僕の方へ向ける。僕は口を開けて素直に食べる。

「おいしすぎ…めっちゃ濃厚じゃない?」

「そうなんですよ!」

 お返しを、ということで僕も一口サイズにパンを切り取りカレーをしみ込ませる。それを彼女の口元へもっていく。

「はい」

「あ~ん!ん~!おいしいですね!ちょいピリ辛?」

「そうだね、中辛よりの甘口、みたいな?子供でも問題なく食べれそうだなって感じ」

 ちょうどいい辛さのカレーにパンが合う。きっとただの食パンじゃできない味だ!きっとそうにちがいない。

 そのあとは、二人とももくもくと食べ進めていく。一滴残らずきれいに平らげた二人は「ごちそうさまでした」と言い、お店を後にした。

 

「この後は、どこ行く?」

「ん~っとですね」

 と彼女は上を向いて考えこんでいると

「げほっげほっ!」

 彼女は突然せき込み始める。一回や二回では収まらずに口元を手で押さえ苦しそうにせき込む。

「げほっげほぅ!はぁ…はぁ…」

「おい、大丈夫か?」

「だ、大丈夫です。唾が気管の方に行っちゃってびっくりしちゃっただけです!」

「なら、いいんだけど…」

 それでも、咳は収まっていない…。

「先輩、すいません…ちょっとお手洗いに」

「あ、あぁ…」

 そう言ってそそくさとお手洗いの方向へ向かった。一体何があったんだ?吐きそうになっていたし、さっき食べたシチューが当たったとか?心配だ。

 約数分後、彼女はお手洗いから帰ってくる。

「お待たせしました。ごめんなさい」

「それは良いよ。本当に大丈夫なのか?さっき食べたシチューに何かあったんじゃ」

「大丈夫ですよ!さっきも言った通り、唾が気管に入っちゃっただけですから」

「本当に?」

「そうですよ!まだまだ回ってないアトラクションがあるんですから、行きましょう!」

 まぁ、本人が大丈夫というのだから大丈夫なのだろう。いらぬ心配をして水を差すわけにもいかないしな。

「そうだな」

 

 この後はいろんなアトラクションを回った、ここにあるすべてのアトラクションを回ったんじゃないかってぐらい回った。

 時間的にもうそろそろ帰らないといけない時間だ。日も落ちてきたのでメリーゴーランドにもう一度乗ってから、帰ることにしよう。

 そうして、メリーゴーランドのところまで来た。もう一度キャストさんに二人乗りでも大丈夫か聞いてから乗る。

 昼間と同じように二人で乗って、曲とともに照明が照らし出される。昼間と違って景色がガラッと変わり、より一層幻想的に見える。

「きれいだな」

「そうですね」

「僕、思ったんだけどさ。敬語やめない?」

「え?今更ですか?」

「うん。なんか先輩って呼ばれるのもなって思って、これからは名前で呼んでほしいなって思って」

「わかりまし…。わかった。■■くん」

「■月ちゃん」

 僕たちは名前を呼びあう。人目が無ければここでキスでもしたい気分だ。

 

 曲が終わり、ゆっくりと停車する。

 馬から降りて、名残惜しさを感じながらテーマパークの出口の方へ向かう。

「楽しかったな」

「そうだね…」

 彼女は少し、息苦しそうに答える。

「どうした?帰るのが嫌かい?」

「ま、まぁね…こんな楽しいのがずっと続けばいいなって思った…」

「同感だ。ずっと二人で楽しみたいよな」

「ずっと二人で…ね…」

「えっと…そうだ!この後は…」

 横を見ると彼女の姿がない。数秒後にバタンと何かが倒れる音がする。

 嫌な予感がして振り返ると、彼女が倒れていた。

「■月…?■月!」

「■■くん。ごめんね。いつもは二本で足りるのに…今日は、なんか足りなかったみたい」

「二本?とりあえず救急車を!」

 僕は急いで救急車を呼ぶ。近くにいたキャストさんが非常事態と感じ駆けつけてくる。

「どうされましたか?」

「彼女が急に倒れまして…いま救急車を呼びました」

「とりあえず、医務チームをお呼びします!」

 キャストさんは医務チームとやらに連絡をしている。

「■月!大丈夫か?いま救急車を呼んでいるからな」

「光■くん…。今までありがとうね。大好きだよ」

「何言ってんだよ!」

 倒れた彼女の持っていたバックの中身が飛び出している。それに目撃してしまった。

「…注射器?」

 ポーチや財布。携帯などに混ざって、中身の入っていない注射器のようなものが少しだけ見えている。

 どういうこと…なんだ?これはいったいなんだ。

「お待たせしました!」

 そうしていると、医務チームと救急車がほぼ同時ぐらいに到着する。タンカーをもってきて彼女を抱きかかえ、救急車の中へ搬送。

 僕も一緒に行くか聞かれて、一緒に救急車へ乗り込み病院へ向かった。

 

 そのあとの記憶は、あまり覚えていない。

 気づけば僕は、病院の待合室にいた。

「光■くん!」

「上司…。ごめんなさい。僕がいながら」

 奥から彼女の両親が駆け寄ってくる。今しがた到着したみたいだ。

「大丈夫だ。君のせいではない」

「…。」

 ガラガラと、扉を開けて医師が出てきて「西岡さん」と彼女の両親を呼ぶ。

「僕もついていってもいいですか?」

「構わんよ」

「ありがとうございます」

 ご両親と一緒に、医務室へと入っていく。

「まず、娘さんの様態ですが、前回の診察からかなり状況が悪化しています。おそらく入院が必要でしょう」

「そうですか…」

 以前より悪化?入院?何の話をしているんだ…?

「これからは抗がん剤を投与しながら様子を…」

「がん!?」

 僕は思わず叫んでしまった。

「光■くん。まだ話してもらってなかったのかい」

「え、ええ」

「そうか。あとで詳しく話そう。こうなってしまった以上、隠すことはできまい」

「…。」

 医師の言葉は続く。しかし僕の頭は話を聞き入れれるほどの余裕はなかった。混乱と恐怖でいっぱいだった。

 

「光■くん。娘はね」

「…。」

「心臓がんで、余命があと一年と申告されている」

「…!いつ、その診断を?」

「去年の4月。君が入社してすぐあとの話だ」

 彼女は、僕が今務めている会社に入社した後に心臓がんが見つかり、かなり深刻な状態だったそうだ。そして、もって二年が限界だろうと余命宣告されていた。彼女は時折、鎮痛剤を投与しながら生活しており、いつもは二本で大丈夫らしいのだが、今日に限っては二本で足りなかったようだ。

 一気に状態が悪化した。とのこと。

「…どうしていってくれなかったんですか?」

「娘が黙っている以上、私から言うわけにもいかないだろう」

「…。」

 言ったじゃないか。これからも二人で。って…。

 なのに…。

 すると医師がこちらに駆け寄ってきて「娘さんの意識が戻りました」と知らせに来る。

 

「■月!」

「おはよう!ごめんなさい!急に倒れちゃったりして。でも大丈夫だよ!」

「…。」

 彼女が精一杯、元気というアピールをしている姿に、とてつもなく悔しい思いと切なさがこみあげてくる。

「■月…心臓がん、なんだってな」

「…。」

 さっきまで笑顔だった彼女から、笑顔が消える。

「どうして知ってるの?」

「さっき、上司から全部聞いたんだ。なんで黙ってたんだよ…」

「ごめんなさい」

「…なんで」

「光■くんを悲しませたくなくて、言うのがとても怖かった。」

「…。どんな困難があっても二人で乗り越えるって約束したじゃんか」

「…ごめんなさい」

 医師が「ご両親のみ、こちらへ」と二人を連れて外に行ってしまう。

「…えへへ。私、隠すの上手でしょ?」

「…。」

「光喜くん。手、つないで?」

 僕の名前が呼ばれて、彼女の手を取る。

「前に言ってたよね。私が離れたいって言うまではそばにいてくれるって」

「…言った」

「逆を言えばさ、私が離れたいって言えば、君はどっか行ってくれる?」

「どういう…」

「私、もう死んじゃうんだよ。だから、私のことは忘れて…」

「馬鹿な事いってんじゃねぇよ!」

 思わず声を荒げてしまった。

「一生一緒にいるって言っただろうが!諦めるのは早いよ!まだ治す方法があるはずだ!」

「残念だけど、もう助からない」

「そんなこと!」

「私が一番理解してるの。もう駄目なんだって」

「…皐月」

 僕は、彼女の名前を呼ぶ。懇願するかのように。

「大好き”でした”…光喜くん」

 

 

 

 

 ガタンゴトン…

「…。」

「…。」

 目が覚める。そして、思い出したことがある。

「おはようございます」

「皐月…」

 僕は彼女の名前を呼ぶ。夢で見た…目の前の彼女を。

「光喜くん。思い出した?」

 どうして今まで気づかなかったんだ。目の前の彼女は夢の中で見ていた彼女そっくり。

 そして、すべて思い出した。この本の内容はすべて。

「皐月…」

「また、会えたね。光喜くん」

 僕と彼女の記憶そのものが本に記されているのだ。

 前のページをペラペラとめくり流し見すると、ぼやけていた名前の部分がはっきり見えるようになっている。そして、僕と彼女の名前が記されていた。

 言葉が出ない。もう一度会えた感動と、ここはどこなのかという疑問。

「さ!あと二回分ぐらいで完結だよ。私たちの回想」

「いやだ」

「光喜くん」

「絶対に嫌だ!見たくない!続きなんて見たくない!」

 僕はこの先の展開をすべて知っているからだ。もう二度とあんな思いはしたくない。

「お願い」

 彼女は僕の手を握る。優しく、懐かしい。

「…。」

「ね?」

「…。」

 僕は、もう一度瞳を閉じることにした。

 もしかすると、違った結末が迎えられるのかもしれない。そんな淡い期待をしてしまったから。

 

 

 

 

 

 あの日から数か月がたった。

 彼女の容態は日に日に悪化していき、常に痛みとの闘いだと本人は言う。食事もまともに食べられなくなっていき…最後が近い、無意識にそう感じてしまう。

「あ、光喜くん」

 今日も仕事が終わったらお見舞いに行く。毎日のようにお邪魔しているな。

「体調はどうだ?」

「もう最悪。ずっと胸は痛いし、息苦しいし、足とか麻痺してるのか感覚がない。点滴の管が本当に邪魔。病人って大変だね」

「そうだな」

 いつも通り、元気に彼女はふるまう。

「光喜くんさ、昔二人でギター買いに行ったときのこと覚えてる?」

「覚えてるよ」

 彼女は窓の外を視線をやり、話始める。

「あの時さ、レスポーツタイプのギター、買いたいなって言ってたよね」

「うん」

「あれから買った?」

「いや、忙しくてな」

「私が死んだら、あのギター…引き継いでほしいな」

「…死んだらとか言うな」

「えへへ、ごめん。でもあのギターね。私にとってとても大切なギターで、手入れも欠かさずにやってたんだよ。私がいなくなって、独りぼっちになっちゃうからさ。私の大切な人に託したいなって思って」

「…そっか」

「おねがい、してもいいかな?」

「わかったよ」

 彼女は僕の方へ振り向きえへへ。と優しい笑顔を向ける。

 

「皐月さん!」

 ガラガラ!と病室の扉が開かれては入ってきたのは愛華さんだった。

「愛華ちゃん!やっほ~」

「あ、先輩もいる。皐月さん体調大丈夫?リンゴとか持ってきたよ!」

「ありがとね。後で看護師の人に食べさせてもらうよ」

「愛華さん。部活の方はどうだ?」

「もう、みんな独立できるぐらいまで上達しているので、一人でもなんとかなってます!」

「さすがだ」

 彼女が入院してからの数か月間。部活は愛華さん一人で面倒を見ている。でもそこまで大変というわけではないそうだ。

 愛華さんは持ってきていたお見舞いの品をテーブルの上において、扉の前へ。

「さて、二人の邪魔しちゃ悪いので、私はここで失礼します!」

「いや、気を使わなくても…」

 返事を聞かずにそそくさと出て行ってしまった。

「相変わらずだな」

「そうだね」

「愛華さんには、話してあるのか?」

「話してない。がんのこと知ってるのは家族と光喜くんだけ」

「…そうなのか」

「…。」

「…。」

 数秒の静寂。

 

「さて、僕はそろそろ帰ろうかな」

「うん。いつも来てくれてありがとうね」

「礼なんて、会いたくて来てるだけだから」

「えへへ。うれしい」

「じゃあ、また明日な」

「うん。またね」

 ガラガラと病室の扉を閉める。

 そのまま直で帰らず僕は彼女の家へ向かう。ご両親にお話があるから。

 念のため、今から向かっていいか連絡をしようと思い。電話をかける

「はい。西岡です」

「お疲れ様です。武村です。今お時間大丈夫でしょうか?」

「仕事の話ならお断りだね」

「いえいえ、娘さんについてです」

「なにかあったのか?」

「そういうわけでは…。今からそちらのお家へお邪魔してもよろしいでしょうか?」

「…かあさん!娘の彼氏が来るそうだけど、ええか!?」

 受話器の向こうで、母親と会話しているようだ。

「かまわんぞ」

「ありがとうございます。では、大体20分ほどしましたら再度ご連絡差し上げます」

「あいよ」

 ここで連絡を切る。軽く手見上げを買っていこうかな。

 

「ようこそ西岡家へ」

「お邪魔致します」

 かなり和風な家だな。二年も付き合っていながらお互いの家に上がったことはない。珍しいタイプのカップルかもしれないな。

 客間に通されて座布団へ腰かける。緊張がすごい。

「お茶です」

 そして、お母さまからお茶を出されて1対2の構図でテーブルを間に挟んで座る。就職面接をしている気分だ。

「急に押しかけてしまって申し訳ありません。つまらないものですが」

「これはどうも」

 来る途中で勝っておいた手見上げを渡す。お茶に合いそうな和菓子の詰め合わせ。

「さて、本題なのですが」

「…。」

 普段は上司だが、今目の前にいるのは彼女の父親だ。粗相があってはならない。

「皐月さんとは結婚を前提にお付き合いをしていました。私に…娘さんをください。よろしくお願いします」

 僕は精一杯に頭を下げる。

「光喜くんは、いいのか?」

 いいのか?とは、余命宣告されている娘を嫁にもらっても後悔はないのか?ということだろう。きっと。

「はい。皐月さん以外なんてありません。私は彼女に寄り添うと決めたのです」

「そうか…」

 数秒の静寂。

 お父様は、少し後ろに下がり

「うちの娘を、どうかよろしくお願いいたします」

 深々と頭を下げる。

「…ありがとうございます」

 

 次の日。僕は市役所で婚姻届けをもらって来てそのままの足で彼女の病室へ向かう。

 ガラガラと扉を開けて彼女の病室へ入ると。上司も一緒にいた。

「あ、やっほ~」

「お疲れ様」

「お疲れ様です。上司はどうして」

「きっと婚姻届けを持ってくるだろうと思ってな。印鑑とか諸々だ」

「え!?婚姻届けって…げほっげほっ」

「だ、大丈夫か!」

「う、うん。びっくりしすぎて…光喜くん、本気なの?」

「本気だ」

「どうして…?」

「僕は、君と一緒にいるって決めたから」

「…うれしい、けど…申し訳ないよ」

「約束したじゃん。なにがあっても二人で乗り越えていこうなって、僕はずっと君のそばに居たいんだ」

「…。」

 彼女はうつむいて涙を流す。

「ありがとう…」

 消え入りそうな震えた声で、そう告げる。

 僕はもらってきた婚姻届けを広げて記入する。そして彼女も。

「じゃあ、明日提出してくるよ」

「明日有給とっていいぞ」

「ありがとうございます」

「ね~指輪とか無いの~?」

 彼女が意地悪そうな顔でそう聞く。

「ちょっと、婚姻届けを早く書きたいって先ばしちゃって…なにも用意していない」

「おいおい、それは彼氏としてどうなんだ」

 上司が呆れたように言う。

「す、すいません…!」

「まぁ冗談だよ!私にはもう後がないもん。結婚してくれるってだけでありがたいからさ」

「…。」

「…。」

 彼女は自虐交じりに場を和ませようとする。しかし逆効果。

 ふと、指輪という単語で思い出したことがある。

「提案なんだけどさ、二人で指輪を見に行かないか?」

「え?」

 

 

「いらっしゃいませ」

 指輪の専門店に足を運ぶ。彼女は車いすに座ってもらった。点滴を一時的に外しての外出なので長時間見ることはできない。もって二時間ぐらい。

「キラキラしてる…すごい」

「きれいだな」

「お客様。この旅はお越しいただきありがとうございます。婚約指輪と結婚指輪のご相談ですね。どうぞこちら江」

 こうして、テーブルとイスがあるところに案内されて腰掛ける。店員さんは大きなパンフレットのようなものをもってきて中身をバサバサっとめくる。金額…。いや!いまは何も考えるな!

「どれも綺麗…」

「すごいな」

「色など、ご要望はありますでしょうか?」

「私、水色とか青色がいいです」

 それを聞いて店員さんは、バサバサっとページをめくりサファイアが埋め込まれた指輪をお勧めしてくる。とてもきれいで光にかざすとまるで海の中のような光を放つらしい。

「きれい…」

「たっか…」

 彼女に肩を殴られる。しかし全く痛くなかった。

「では見本を持ってきますね。こちらの手袋をお付けになってお待ちください」

 店員さんはバックヤードへと消えていく

「光喜くん!思っても口に出さない!」

「ごめん…」

「確かにクッソ高いよ!こんなちっこい石のついたリングにこの金額って」

「声がでかい…!」

「お待たせしました~」

 バックヤードから見本の指輪をもってきて僕たちの前に置く。高級感がすごい…。こう見ると、あの金額にも納得してしまう。

 言葉を失ってじっくりと見つめてしまう。

「…持ってみても大丈夫ですよ?」

「あ、すいません」

 そっと、国宝を扱うかのように慎重に持ち上げる。にしても綺麗だな。お店の照明に透かして見るよ、本当に海にきれいな水色を放っている。

「これにします!」

「…ギターの時も思ったけど、悩む余地がないよね」

「ふぁーすといんぷれっしょん?を大事にするからね」

 使い方あってる?

「かしこまりました。では次に婚約指輪ですね。うっすらと青みがかっているデザインのものでよろしいでしょうか?」

「はい!」

 バサバサと大きなパンフレットをめくり、青色系統が集まっているページを開く。

「こちらなんて、表面に波のような凹凸がありまして、海をイメージして作られております」

「おぉ!いいですね!」

「では、見本をお持ちいたしますね」

 そうして、また店員さんはバックヤードへ消えていく。

「本当にきれいだな…」

「うん」

 彼女はおっとりと持ち上げた指輪を眺めている。

「…。」

「…。」

 二人とも無言で眺めている。

「お待たせいたしました」

 店員さんは、同じデザインの指輪を二つ持ってくる。

「このように、裏側に名前や婚約日を記入することができます」

「ほぉ~」

「これで!」

「即決だなぁ…」

「うふふ。では、指のサイズを測らせていただきますね」

 そして、店員さんに指のサイズを測ってもらい購入手続きを進める。婚約指輪に刻印する名前。婚約日を記入していく。

「あ、もうご結婚されてるんですね。おめでとうございます」

「あぁ…ちょっといろいろありまして前後しちゃってます」

「式などはいつ頃?」

「式は…」

「結婚式は、挙げないつもりです」

 僕が言葉を遮るように彼女が答える。

「そうなんですね。最近は結婚式をしないでひっそりと結婚される方が多いですので、それでも全然ありだと思いますよ」

 そういうもんなのか…。

 彼女はきっと、私のためにこれ以上お金を使わないでほしい。という意図があるのかもしれない。

 僕は、彼女のために式を挙げたいと思っているんだが…。

 

 一通り書類を書き終え、手続きが終了。

 出来上がり次第連絡が来るそうだ。大体一か月前後とのこと。

「これですべての手続きは終了となります。お疲れさまでした」

「ありがとうございます」「ありがとうござます」

 諸々、書類の写しなどをもらってお店を後にする。

「楽しみだな。指輪」

「そうだね…。なんだか疲れちゃった」

 彼女はぐったりと車いすに座る。まぁ無理もないだろう、入院生活が続いて久々の外出だったんだ。外出してかなり時間がたっているから、そろそろ戻った方がいいだろう。

「よし、帰ろうか」

「そうだね」

 

 何事もなく病院に戻ってくることができた。相当疲れた様子でベッドに横になると、すぐに眠りについた。

「…。」

 弱っていく彼女を見ていると。いろいろと思い出が蘇ってくる。僕は君を幸せにすることができたのかな?仕事ばっかりでろくに遊びに行けなかった。

 毎晩通話していたのにもかかわらず、彼女の異変に気付かなかった。

 月に二回しか会う約束をしなかった。

 いろいろと思い出して悔しく思う。

「…だめだ」

 泣きそうになるが、ここで泣くのはお門違いだ。僕が泣いていいわけがない。

「…光喜くん?」

 起こしてしまったみたいだ。

「ごめん。起こしちゃった?」

「大丈夫だよ。どうしたの?そんな泣きそうな顔しちゃって」

「いや、これは」

 彼女は苦しそうに上半身を起こす

「無理しちゃだめ!」

「無理じゃない。光喜くん…。おいで」

 彼女は大きく腕を広げる。

 僕は、彼女に抱き着いて涙を流した。抑えることができなかったんだ。

「よしよし。私のためにいろいろ悩んでくれてありがとうね」

 ハグして築いた。心臓の鼓動が弱い…そして不整脈だった。

「皐月…」

「ありがとう。本当に」

「…。」

「こんなわがままで、自分勝手で、さみしがり屋で、先輩のこと振り回していた私のことを好きって言ってくれて、今までずっとそばにいてくれて…」

「…。」

「私は、幸せ。だよ」

「うぅ」

 より一層に涙があふれる。彼女が幸せと感じていてくれたのなら、本当に良かったと心の底から思った。

「だから、ありがとう」

「僕こそ、ずっと一緒にいてくれてありがとう」

「ねぇ、最後にさ」

「…。」

「キスしない?」

「最後なんて言うな。これからいくらでも」

「最後って言った方が…ロマンチック…じゃない?」

「それもそうだな」

「じゃ…顔…あげて」

 僕は、顔を上げて彼女と目が合う。彼女も涙を流していたんだ。

「ん」

 キスを交わした。彼女のひどく弱った力で抱きしめられながら

「…。」

「…。」

「皐月…?」

 抱きしめられていたはずの腕は、力を失って下にずれ落ちる。

 そして、ゆっくりと体の力が抜けていく…。

「皐月?」

「…。」

「皐月!」

「…。」

 僕は急いでナースコールを推した。

「早く来てくれ!お願いだ!」

 バタバタと看護師が数名駆けつける。

「西岡さーん!聞こえますかー?先生呼んできて…!」

「皐月!皐月!!!」

 いやだ。いやだ!

「まだ指輪!指輪もらってないだろ!式だって、後からでも挙げよう!だからお願いだ!目を覚ましてくれ!皐月!」

 …しかし、彼女は目を覚まさない。

 僕は手を握る。指先がひどく冷たくなっている。僕はその指を温めようととよく握る。

「皐月…」

 

 僕はただただ…。彼女の名前を呼んだ。

 呼び続けた。

 しかし、答えなんて帰ってこなかった。

 

 数十分後、彼女の両親も到着。しかしもう遅かった。

 医師が彼女の顔に白い布をかぶせる。

「18時14分。お悔やみ申し上げます」

 僕たちは、一言も発することができなかった。

 

 その後のことは、覚えていない。

 確かに葬式には参加したが、ほぼ放心状態だったためか全く覚えていない。

 

 僕の最愛の彼女が、亡くなった。

 

 

 

 

 ガタンゴトン…

「…。」

「…。」

 目が覚める。二人とも涙を流した跡が見える。

 そう。僕の彼女は亡くなった。

 もしかしたら、違う展開が待っているかも。なんて淡い期待だった。

「どうして、さつきがここに…?それに僕は…?」

「見て、この本。まだ続きがあるでしょ?」

「うん」

「どうして君がここにいるのかは、ここに記されてる」

「…。」

「でも、これ以上は読み進めない」

「どうして?」

「君はまだ、こっちに来ちゃいけないから」

 ここで乗ってい電車が汽笛を鳴らす。

 

「本日も"キミメトロ"をご利用いただきありがとうございます。この列車は回想線、さつき行です。まもなく浄土前、浄土前。お出口は右側です。浄土前を抜けますと終点、さつきに停まります」

 

「光喜くんは次の駅で降りて」

「浄土前?」

「そう。浄土前を抜けると死後の世界。君はまだこっちに来ちゃいけないから」

「…!」

 うっすらと思い出した。僕がここにいる理由。それは

「また、君に会いたかった。君のそばに行くために…僕は」

「私からのお願い」

「…なに?」

「私から離れて。忘れて。君は君の人生を歩んで。もう私のために…死を選ばないで」

「…でも僕は!」

「だめ!」

「…!」

「君にはまだ、未来があるから。私のあとを追わないで」

「約束したじゃないか!ずっと二人一緒だって」

「いま、その約束を破棄します」

「…!?」

「はら、もう少しで駅だよ。みんなが待ってる。それに私のギター引き継いでくれるって言ったじゃん」

「…。」

 列車は少しずつ減速していき、扉が開かれる。浄土前に到着したんだ。

「ほら!行った行った!」

「わっ!」

 彼女は僕を扉の方へ押し、列車から追い出されてホームに降ろされる。

「ありがとう。さようなら。大好き…ううん。愛してるよ!」

 彼女は漫勉の笑みでこう答え、列車の扉が閉まる。

「待って、待ってくれ!皐月!」

 列車は汽笛を鳴らしながら走り始める。

「嫌だ…皐月!」

 ホームを走る。しかし列車に追いつけるわけもなく。そしてホームの端で行き止まり。

「皐月…」

 涙が止まらない。せっかくまた会えたのに。

 

 

「光喜くん…」

 私は再び涙を流していた。ガタンゴトンと揺れる列車の中で。

「うう…」

 膝から崩れ落ちて、うずくまって涙を流す。

「愛してるよ…これからもずっと!愛してるから!だから、私のことは忘れていいの!」

 涙が止まらない。心からの叫びだった。

 私は立ち上がり、さっきの席まで戻る。

「…。」

 さっきまで読んでいた小節。パラパラと開いて私たちの思い出を振り返る。

 そして、まだもやがかかったままの数ページを荒っぽくつかみ。

「…。」

 そのまま破り捨てた。

 

「まもなく、終点さつきに停まります。お出口は右側です。本日もキミメトロ回想線をご利用いただきありがとうございました」

 そんな無機質な放送が、車内で流れた。

 

 

 あっというまに見えないほど遠くに行ってしまった。

 僕はホームの端で列車の進行方向をずっと見つめている。

「愛してるよ。か」

 僕は振り返ってホームから出て改札口に向かう。

 そこには駅員もお客さんもいない。とても静かな改札ホームがあった。

「切符なんて持ってないと思うんだけど」

 パタパタと自分の身の回りを探る。すると、一枚の切符らしきものがポケットの中に入っていた。乗車駅も降車駅も何も書かれていない。

 とりあえず、これで改札抜けれるかな?

 自動改札の切符入れに入れると、そのまま入っていき改札が開いた。

「通れた」

 そのまま改札を抜けて、まっすぐと出口へ歩く。

 

 

 

 

 目を覚ます。白い天井に白いカーテン。白いベッドに横たわっている。病室のような部屋だ。

 周りをきょろきょろと見渡すと近くに女性が一人座っている。その人は本を読みながらリンゴを食べていた。

「誰…?」

 僕はかすれた声で、目の前の女性に声をかける。

「…先輩!?目が覚めたんですね!」

 先輩?僕のことか。僕に後輩なんていたっけ?

 …徐々に記憶が鮮明によみがえってくる。

 

「…愛華さん?」

「はい!香良洲愛華です…!」

 目の前にいる女性は、後輩の愛華さんだった。

 愛華さんは涙目になりながら、僕の手をつかんだ。

「全く!心配したんですよ!先輩までいなくなったら、私はどうすればいいんですか…!」

 僕は…。

「ごめんな。愛華さん」

 愛華さんは僕に抱き着く。

「全くです!絶対に許しませんから!二度と自殺しようなんて考えちゃだめです!」

「…ごめん」

「許しません!」

 愛華さんは、少し痛いぐらい強く僕のことを抱きしめる。

 

 そのあとは医師から診察を受けてびっくりされた。最後の最後、僕が死ぬ寸前の記憶は全くない。しかしかなりの重体だったらしく、そこから意識が回復して完治していることが不思議だそうだ。

 僕の行動は、いろんな人に迷惑をかけてしまったな。

 皐月のご両親にも謝りに行かないと。と思っていたらあちらの方から連絡を聞きつけてきてくれた。これでもかと怒られた。それはそうだ。

 そして、お父様から彼女の…いや、妻のギターを譲り受けた。生前、僕に引き継ぐ旨をご両親に話していたらしい。

 その後、医師の方から痰飲しても問題がないと判断され、退院。なんだか久々に帰ってきた。そんな感覚がする。

 数日後に指輪の専門店から連絡があった。指輪が完成したそうだ。取りに行くと、前に対応していただいた店員さんだった。余計なことだったかもしれないが、妻が亡くなった旨を伝えた。

 たった一日しか、それに一時間ちょっとしか話したことのなかった店員さんなのだが、亡くなったことを知って、一滴の涙を流してくれた。

 

 

「皐月…」

 僕は、皐月が眠っているお墓へ足を運んだ。

「不甲斐ない僕でごめんな」

 花束と指輪をもって、僕は皐月の前に立つ。

「ありがとう。僕に来ちゃいけないって言ってくれて」

 花束を飾る。お線香を焚く。

 そして両手を合わせる。僕の薬指には妻との婚約指輪がつけられていた。

「きっと、皐月のことだから指輪なんか外して、別の人を探して。なんて言ってそうだな」

 もう一つの婚約指輪と結婚指輪を僕はお墓の前に置く。

「僕らは夫婦だ。これからどんな困難があっても、ずっと二人は一緒。これは僕のわがままだ。皐月のわがままをたくさん聞いてきたんだから、わがままの一つくらい聞いてくれてもいいよな」

 さて、指輪はここに置いてちゃいけないな。片づけてお墓を後にしようとする。するとふゅーっと強めの風が吹く。

 

「ありがとう…光喜くん」

 

 そんな声が聞こえた気がした。

 

 

 






 【これより、作者コメント】
 
 はじめましての方は、初めまして。
 そうでない方は、いつもありがとね。
 個人で音楽活動をしている竹モチです。この旅はお読みいただき誠にありがとうございます。
 私が過去に出した曲「キミメトロ」という楽曲があり、その曲と同じ世界戦ですが、別物語となっております。よかったら「キミメトロ」聞いてみてね!Youtubeとかで検索すれば出てくると思うよ!

 さて、この物語は大切な人の後を追おうとした主人公が、謎の列車に乗って過去の記憶をもう一度見ていくというお話です。回想パートばっかりということですね。
 彼女が最後に破いた本のページは…まぁ想像つくと思いますけど、皆様の考察に任せたいと思います。
 
 にしてもつらい物語ですね…。曲にしたい。もしくはボイロ劇場やゆっくり茶番劇などの動画にしてしまってもいいな。と思いましためんどくさいのでやりません。

 改めまして、ここまで読んでいただき誠にありがとうございます。
 今後もほんと不定期に小節を書いていくのでよろしくお願いします!



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