私の大切な妹に何してるの!! 作:便利屋68のアルバイト事務員
アビドス過去編が辛すぎて、心停止していました。
結末が分かりきってるからこそ、こう⋯⋯ね?
数分か、数十分か、ホシノが泣き止むまで少しの時間がかかった。
翼で作られた繭の中で、目元を赤く腫らしたホシノが恥ずかしそうに頬をかく。
「うへへ、恥ずかしいところ見せちゃったな⋯⋯」
「気にしないで。私達は同学年だし、そうなるように仕向けたのも私だから」
むしろ泣いてくれて助かったと言わんばかりの表情に、ホシノは自分がどれだけ追い詰められていたのかを悟った。
「それで、アビドスの借金はいくらあるの? 千万単位じゃないよね?」
「えっと、それは⋯⋯ほら、私たちの問題というか⋯⋯」
「いいから、いくら? 5億? 10億?」
「うぅ⋯⋯億円」
「⋯⋯何億円?」
シエルが至近距離でも聞き取れないほどの声量でホシノが呟く。
シエルが聞き返すと、今度はハッキリと聞こえてきた。
「その、9億円⋯⋯」
「9億円? そう。相手は?」
「カイザーローンって会社」
「なるほど。次の返済日は? 片手で足りるくらいの生徒数じゃ、利息を返すのも苦しいでしょ?」
「うっ⋯⋯」
図星を突かれたのか、呻き声が漏れる。
利子の割合にもよるが、元の数字が大きいだけに利子も相当な額だろうと予想するシエル。
ある程度ホシノの
「ねえ、ホシノちゃん。あなたが後輩のために、
「それは当然、借金を「そう。借金を少しでも減らすことだね」⋯⋯食い気味だね?」
「私が立て替えてあげようか? 無利子かつ無担保で⋯⋯ね?」
一方的に告げられるあまりに甘い、
しかし、今のホシノは違う。大人の汚い嘘に騙され、その末に大切な人を失ったホシノには、“もう自分のせいで大切な誰かを失うのは嫌だ”という気持ちが心の奥底に根付いている。
無利子かつ無担保での立て替えなどという言葉は、信用するに値しない言葉の筆頭だった。
「⋯⋯何が目的? いくらトリニティのお嬢様でも、合計で14億なんて大金は簡単に出せる額じゃないよね」
「もちろん。弁償ならともかく、善意で何億も出せるような精神性はしてないし、私としてもそこそこ痛い出費だよ」
「じゃあ⋯⋯何で? 今まで接点なんて無かったし、同情でお金を渡すようなタイプでもない。ということは、目的はアビドスに存在する物理的な形のあるものが目的⋯⋯かな?」
「ほぼ正解。目的はね、君だよ。ホシノちゃん」
「⋯⋯うへ〜。シエルちゃんそっちの趣味があったのか〜⋯⋯なんて、そんなわけないよね。⋯⋯ないよね?」
茶化すようにしながらも、どこか諦めのような、それでいて満更でもなさそうな反応を返すホシノ。
±2歳の範囲には女性しかいない⋯⋯むしろ、人間的な容姿をしているのが女子生徒ばかりのキヴォトスにおいて、そういった対象に同性を見るのは珍しいことでは無い。
シエルが生まれ育ったトリニティでも、そういった関係を思わせる雰囲気の2人組や集団、時に片想いをしていたのだろう人物は日に1回程度は見かける程にありふれていた。
「別にそれでもいいけど⋯⋯ホシノちゃんはそういう事がしたいの?」
手を伸ばせば届くどころか、曲げていても届くほどの至近距離。それどころか、集中すれば相手の吐息すらも感じ取れてしまうだろう。
それ程までに近いホシノの顎をクイッと軽く引き上げるシエル。恋愛小説やマンガでは見慣れたワンシーンだが、あまり耐性のない初心なホシノは顔を赤らめて目を逸らしてしまう。
嗜虐癖とまでは行かないが、されるよりする側の方が好みの彼女にとって、その反応は仄かに存在する嗜虐心を刺激される仕草だった。
シエルはゾクリと背中に走る快感をなんとか抑え、努めて平静を装いながら本題を切り出す。
「冗談だよ、冗談。私がホシノちゃんを欲しがる理由はね、私が強すぎて寂しいからなの」
「強すぎて⋯⋯寂しい? 何、嫌味?」
「違うよ。ただ純粋に、切磋琢磨し合えるような⋯⋯なんだろ、ライバル? みたいな相手が欲しいんだ」
「ライバル⋯⋯ねぇ。それでおじさんに白羽の矢が立ったわけ?」
どこか訝しむ様子のホシノ。
その理由は明白。シエルがホシノを一目見て勝てると思ったように、ホシノもシエルと相対して
プロの格闘家と一般人程に離れた実力差。それがわかって、どうして自分に白羽の矢が立つと思えようか。ホシノにはそれがわからなかった。
「ホシノちゃん。あなたが気づいてるのか、それとも気づいて無いのかは知らないけど、神秘は私より大きいんだよ? 多分アビドスで⋯⋯いや、もしかしたらキヴォトスで最大の神秘なんじゃないかな?」
「キヴォトス最大の神秘⋯⋯私が?」
「うん。私の体感だけどね。だから、ホシノちゃんに私のライバル、あるいはストッパーになって欲しいんだ」
訳が分からなかった。
なぜライバルがストッパー扱いなのか、なぜストッパーが必要なのか、困惑がホシノの脳内を支配していく。
しかし、相手の事情など知ったことかと言わんばかりに、シエルは話を続けていく。
「私はきっと、近い将来に絶望すると思う。自分より強い相手が居ない悲しさに、自分と同格の相手がいない寂しさに、そして何より、自分だけに突出した強さを持たせたこの世界に。きっとこのままじゃ、私は単独でキヴォトスを敵に回すし、多分そのまま滅ぼせる。だから、私がそうならないためのストッパーになって欲しいの」
「⋯⋯は?」
「こんなこと頼めるのはホシノちゃんだけなの。お願い。了承してくれるなら、私たちが卒業するまでの約18ヶ月間、毎月5000万払うから、お願い」
一方的かつ自分勝手。それでいて双方にメリット(?)のある話。
当然、ホシノは揺れた。
自分がこの話を了承すれば、アビドスの借金は全てチャラになる。自分1人の犠牲で、後輩達に借金を残さなくて済む。
この天使を装った悪魔の手をとるべきか、払うべきか。
ホシノが悩んだ末に出した答えは──
「⋯⋯本当に、本当に毎月5000万ずつ借金を減額してくれるの?」
──甘言に乗せられることだった。
縋るように、今にも泣き出しそうな揺れる瞳で、シエルを見つめる左右異色の双眸。
「うん、もちろん。ホシノちゃんが望むなら契約書も書くし、他にオプションを付けたいならそれも付けるよ」
「うへ、それは今は良いかな⋯⋯」
「あ、生活費と経費は除いて手取り5000万だから安心してね? 私のストッパーになってもらうのに、集中してもらわないと私が困るから」
「⋯⋯それは、こっちに都合が良すぎないかな?」
「ホシノちゃん。危ない仕事はその分お給料を多く貰うべきなんだよ。危険手当ってやつ」
手取り5000万の危険手当。内訳と実際の仕事に今更怖気付いてきたのは内緒である。
「今日はもういい時間だから、詳しい話はまた明日しようね。家まで送るよ、ホシノちゃん」
「うへへ、ありがとね」
シエルは、小鳥遊ホシノの住所を手に入れた。
それからしばらく経った9月下旬のある日。
アビドス高校へと借金を回収しに、カイザーグループの現金輸送車がやってきた。
「こんにちは! 今月⋯⋯分、の⋯⋯」
「こんにちは。今月分の利息と総額全て現金で用意したんだけど、全部積めるかな? あと紙でいいから今までの返済履歴も欲しいんだけど、用意してもらえる? もし用意して貰えないなら、しかるべき対応を検討せざるを得ないかな」
「す、す、すすすぐに用意させますー!!」
車から降りた銀行員が見たのは、ブルーシートの上に鎮座する大量の札束、そのすぐ側に用意された高そうな椅子とテーブルとティーセット、そして優雅かつ威圧的に腰掛ける六翼の天使。
ブラックマーケットの銀行に所属している銀行員は、その天使を知っていた。
直接会ったわけでなく、眉唾に近いレベルの噂話として。彼女の運営するクレープ屋、その開店初日にちょっかいをかけた不良生徒を一瞬で制圧したという噂を。
絶対に逆らってはいけない圧倒的強者。
武力はもちろん、ポンと9億もの現金を用意できる財力、それに伴う権力においても。
逆らえば──死。
社会的に消され、その後ピラニアの住まう清渓川に沈められる。そう予感した。
「ん、強い(確信)」
「うへ〜、おじさん思ったより凄い人に目付けられちゃったみたいだねえ⋯⋯」
「ホシノ先輩、シロコちゃん。あれ限度額無制限のキヴォックス・センチュリオンですよ! 私も無制限ですけど、上のカード持ってる人は初めて見ました!*1」
アビドスの1年生であるシロコとノノミには最後まで渋られたらしいが、最終的にシエルが2人も一緒に雇うことで解決した。
シロコはともかく、ノノミに2人ほどのポテンシャルは無い。しかし、セイント・ネフティス社との繋がりという2人には無い魅力があった。そこを買われ、ストッパーではなく将来的な経営者として繋がりを持つに至った。
「た、大変お待たせいたしました! 今までの返済履歴の記録簿でございます!!」
「ありがとう。現金の輸送は気をつけてね」
「は、ひゃいぃ!!」
ペラペラと軽く確認していくと、不正に釣り上げられた利息が出るわ出るわのオンパレード。
凄い額の過払い金が返ってきそうだと予感しつつ、派閥の税理士や弁護士へとモモトークを送っていくシエル。
一通り連絡を終えたのか、アビドスの面々に着席を促す。
「さて、これからの事を話し合おうか。立ちっぱなしでする話じゃないし、座って座って」
「ん、クレープがいっぱい」
「好きに食べてね。足りなくなったら作るから」
「わあ、いただきますね☆」
紅茶にクレープの相性が良いのかはともかく、本来スコーンやマフィンが置かれているはずのアフタヌーンティー・スタンドだが、今回はクレープが積まれている。
出店やキッチンカーでよくある円錐形ではなく、コンビニやスーパーで売っているような四角いクレープ。それが台形になるように2等分され、ティーセットの雰囲気に合わせたような盛り付けがされていた。
「ん、美味しい」
「それは良かった。キッチンカーだと反応が見れないから、少し新鮮な気分かも」
「ところでシエルちゃん。ちょっと聞いてもいいかな?」
「何かな、ホシノちゃん?」
「あの金属の塊、いつまで
「ミレニアムのエンジニア部が回収しに来るまで⋯⋯かな」
ビナーとの戦いから約半月。戦利品として持ち帰られた尾羽だが、前衛的なオブジェとしてアビドスの校庭に鎮座していた。
勝ったッ! 対策委員会編完!
※ビナーの尾羽は、数日後にエンジニア部がクレーンとトラックで回収していきました。