【完結】ひらがなこわい   作:烏賊葛

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どこまでも対極なふたり

 レイジ――堂後 礼仁にとって、他人も、家族すらも()()()()敵だった。

 生前も、そして死んでからも。――彼女たちに、出会うまでは。

 

「ねえレイジ。あなたは死にたがっているみたいだけど。私は、あなたに死んでほしくないの」

 

 左の拳を振るう。ムチのように振るわれた枝を弾き飛ばす。

 視線の先で、痩躯の男が大地に文字を書き……途端、レイジの足元が姿を変える。

 轟音とともに足元から飛び出した岩を回避して、男に向けてひた走る。

 強く強く拳を握りしめる。

 ムラサキ。今の自分の身体を作り上げた本人で、フィノ達を狙うろくでもない悪党。

 複数の世界を渡り、多くの犠牲者を出し、勝手気儘に振る舞う外道が、自分たちに向けて悪意を撒き散らしている。

 

「あなたと会ったときは嬉しかったのよ。私のことを知らなくて、私を下品な目で見なかったから」

 

 自分を縛り上げようとする樹の根を大きく踏み込んで回避し、がむしゃらに距離を詰める。

 これ以上、彼女を悲しませたくない。そう、思ったから。

 

「みーんな私の体目当て。そうじゃなければ、私の地位にキョーミがある人ばっかりだから」

 

 後で謝る必要があるな、とどこか冷静な部分が呟く。嫌われたくないな、とも。

 兄が死んでから、どこまでも孤立で無援の人生を送ってきたレイジにとって。それは、久しぶりの経験だった。

 

 

 


 

 

 ムラサキ――群良(むら) 才輝(さいき)にとって、他人も、家族すらも踏み台だった。

 生前も、そして死んでからも。――今、この瞬間までは。

 

被造物(ゴーレム)風情が造物主様に逆らってんじゃねえぞ245号ォォォォ!!!!!」

 

 右手に持ったペンを振るう。真横の大樹が撓り、撓み、人の手の形へと変わっていく。

 巨大な握り拳と化したそれが眼前へと叩きつけられ……巻き起こった土煙の中から、飛び出す影。

 無言のままに自身へ向け振るわれた小さな、されど力強い拳を、辛うじて盛り上がらせた大地で受け止める。

 強く強く握りしめたペンが軋む。

 245号。稀代の天才たる自分が、逃げ出した奴隷共を見つけさせるために手ずから作り上げたフレッシュゴーレム。

 ろくに食べ物もないはずの劣悪な環境で生き延びさせるためにわざわざ頑丈な素材を使い、自分の意思に従いクズどもを捕まえるために作ってやった道具如きが、自分へ牙を向いている。

 

「お前さえ真っ当に動いてりゃぁここでサクッとオヒメサマと護衛連中回収してお楽しみのお時間だったってのにお前がさぁお前がそうやってくだらねえ転生者なんぞになりやがって天才の俺様の貴重な時間と素材を無駄にしやがってさぁ!!」

 

 土壁にペンを走らせ、針山へと形を変え――その時にはもう、小さな影はそこにはいない。

 転生者。名前など聞いた端から忘れた。どうせすぐに自分に許しを請うから。そう、思っていたのに。

 

「自分勝手にも、程がある……っ!」

 

 少年が。自分の道具が。踏み台風情が。自分を、否定している。

 生まれてこの方、どこまでも傲岸に不遜に我を通してきたムラサキにとって。それは、我慢ができないほどの屈辱だった。

 

 


 

 

「バカがバカがバカがバカがクソバカマヌケがァァァ!!!」

 

 激昂。怒気を吐き出し、ペンを振るい、森羅万象を捻じ曲げる。

 この力は誰にも真似できないものだ。誰も彼もが、自分を崇め、畏れ、跪いた。

 だと、いうのに。

 

「ひらがなが、書けるだけで、天才なら……!転生者(おれたち)は、全員、大天才だ!」

 

 あまつさえ、この俺を。天才を。

 馬鹿で愚かな虫けら風情が、嘲笑っている。

 それは――ムラサキからなけなしの冷静さを奪うには、十分だった。

 

「俺様の思い通りにならねえなら!ここで死に腐れ245号ォォォ!!!」

 

 ペンが閃く。立ちふさがるように出てきたゴーレムの額を、躊躇なくレイジが殴りつける。

 あと3歩。書かれた文字が削り取られ、仮初の命を与えられた人形は物言わぬ土塊へと巻き戻る。

 代わりに、左腕に無数の棘が突き刺さる。ゴーレムの中に仕込んであったらしい。

 鈍痛。フィノに傷はない。まだ動ける。かすり傷だ。

 

 あと2歩。踏み込んだ右足に違和感。絡みついた樹の根を無理やり引きちぎる。

 僅かに痛む。妙な方向に曲がったが、まだ動ける。大丈夫。

 

「レイジっ!?」

 

 背中の悲鳴を無視して突き進む。

 

 あと1歩。足元から槍のように伸びてきた樹の根に、反応が遅れた。

 疼痛。視界が狭まる。片目が潰れたらしい。その程度、動きを止める理由にはならない。

 フィノは怪我をしていない。なら何も問題はない。

 

「ふっざけんなクソ転生者がよぉ!お前らは死ぬのを怖がってただろうが!全員!どいつもこいつもだ!!それがここにきていきなり妙な例外を付け足してんじゃねえよ俺様の計算狂わせるんじゃねえよ俺様に逆らうんじゃねえよクズ共がァ!!」

 

 0歩。喚き立てる男の顔面へ、棘まみれの拳を叩き込む。身を守るかのように差し出されたペンすらも、粉砕して。

 肉の潰れる手応えと、何かが砕ける感触。そして――引きずられて、深みへ落ちていく感覚。

 うっすらと、まだ死にたくないと考えたのを最後に、意識が途切れた。




コメディ書いてたはずなのに何でこんな重たくなってるんですか(疑問)
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