古くより存在するが、戦乱なき泰平の時代。
他家も同様として、競い合う程の熱は無く。ただただ組合の中で呪霊を祓った。
故に、あるいは代々の術師に才が無かったか、彼らの呪術は未だ秘奥に至らず。
現代にあっても同様に、代々継承してきたマニュアル通りの術で呪霊を祓い、
そして時に殺される事を繰り返す。
水上静香はその一族が一人、相伝術式を継承する彼女は、だがしかし。
何故か冷遇され、ついに家を飛び出し呪術高等専門学校へと足を踏み入れた。
第一話「炎上試験-壱」
空を仰ぐ。
見上げる雲は真白い様で、青いキャンバスに乗せられる。
ゆらりゆらりと漂う雲はどこへと流れ着くのだろうか。
視線を落とす。
緑溢れる木々が広がり、人を阻むような長く険しい石造りの階段が続いている。
「入学するっていうのに、車を使わせずにこんな長い階段登らせるって...何考えてんのよ...!」
息を切らせて零す愚痴は地面に染み込まれていった。
足が棒になる頃になってやっと登り切った私の視界に、古めかしい景色が広がった。
「ここが...はぁ...。呪術高専、ね」
私は術師の家系だから決まっていたようなものだけど。
改めて、ロクでもない世界へと足を踏み入れる。それを実感する。
これから私は呪術師として生きる事になる。
私は呪術師になるんだ。呪霊じゃない。
人の身で呪いと対峙し、これを伏せ祓う者。私は、そのはずだ。
──────これは、彼女がヒトを辞める事になるお話。
◇◆◇
2019年4月10日 晴れ
現在地:東京都及び東京都立呪術高等専門学校
私は現在、呪術高専にある校舎の一室にいる。
呪術高専に入学式は無い。その代わり"入学テスト"があるらしい。
つまり、私はこれからそのテストを受けるというわけだ。
「失礼します」
「どうぞ」
ノックを挟んで入室する。
呪術高専は普通の高校、高専とは違うからこういった礼儀正しい必要はない。
けど、礼節がある方が私は好きだし自然としたくなるというもんだよね。
室内は数本の柱を備え床の間だけある構造。
椅子はないし、ギシギシと床が軋む。窓がない上に蝋燭が数本立てられているだけだから薄暗い。
目でその様子を探っていると、床の間の前に立つ男が言葉を発する。
「
「家系からの推薦ではなく、自ら志願書を提出する変わり者」
「志願理由は家に頼らず生きるため、と」
「はい」
スラスラと私の経歴を読み上げられる。
蝋燭の炎しか光源がないから分かりづらかったが、男は気だるげな風貌にパーカーを着ている。
......パーカー?試験で?そもそも誰だこの人、教師?術師?
私が困惑していると、男はその様子を察したのか自己紹介を始める。
「あぁ、俺は一年一組...お前の担任になる
「は、はい。水上静香です...よろしくお願いします」
「自己紹介終わり。んじゃこれから幾つかテストするから」
「はぁ。分かりました」
到底教師とは考えられない服装をしている雨宮先生は続ける。
「水上、お前はなんで術師やりたい?」
「志願書通り家に頼らず生きるためです」
「術式を持って生まれたので死ににくいでしょうし、稼げるから良いと考えたためです」
「学生の癖に随分と達観した考えしてんなぁ...まぁ答えとしては地に足ついてていいだろう」
「んじゃお前、何で家の推薦で入ろうとしなかった?」
「稼げるのが先に来ているなら家を頼った方がいいだろ」
嫌な事を聞く。
家は嫌いだ、私はあそこに合わない。水が合わないんだ。
子供が持つ家出の気持ちと同じかもしれないけど、きっとあそこは違うんだ。
────違う、合っていないのは私だ。そんなの分かっている。私だけが違うんだ。
「...家が嫌いなだけです、悪いですか?」
「家出少女ねぇ...ま、悪かないわな」
「で、金稼いでどうする?いつまで稼ぐ?死ぬまでか。稼いで何に使う?」
「これといって特に。死なないように強くなって、適当な等級で生きていくだけです」
「お金を稼ぐというのも分かりやすいためです。」
「他の職業と比べて適正があったから、それで適当に食べて生きていければいいだけですよ」
「だから...」
「なるほど、本当に家が嫌いってワケか?じゃあ死ぬ時はどうすんだ」
「才能があろうが今は弱い。呪力量、体格...術師家系の癖にまともに鍛えてないだろ」
「強いってのもどのラインだ?強くなっても死ぬ時は死ぬぞ、いざ死ぬってなったらどうする」
「死ぬ時は死ぬ時で、それまでです。」
「そうか。んじゃ今から死んでみるか。」
雨宮宗則はそう言い放ち、拳を構える。
拳に呪力が籠められている。私の呪力出力量を遥かに超えている量だ。
一人前の術師...最低でも2級術師、そして実力を私なんかに全て見せるわけがない。
恐らく準1級以上の実力を持っている。
「これが本当の試験ってワケですか、合格条件は?」
私もまた構える。
実力では敵わない事が分かっているならその合格条件を満たすまで付き合う。
その程度なら出来るはずだ。
「冷静なもんだ。合格条件はそう、今際の際で出てくる本音ってもんを見せてみろ」
私が死にかけるのは前提なのかよ!ざっけんな!
開幕生徒、それも女子を大の大人が半殺しにするってどういう事!?
くっそ。それはそうと問題がある。この人は私を
多分持たないだろう。そうなると、私はこの人が望む答えを出せない。
それでいて勝つ事は不可能だし私は合格条件を満たせない。
ならばどうする。
「───なら、私はそれ以外の方法で先生を納得させないといけないわけだ」
◆◇◆
...妙だな。
呪力量も未熟、体格もこれくらいの歳の女子の中じゃ小さめ、筋量も一般人並だ。
構えもおぼついていない。だがそれも変な話だ。
術式が相伝かは知らないが、術師としての才能があり本人も術師の希望がある。
そんな奴に呪術と体術を教え込まない家があるのか?
ともかくまずは様子見、試験だからと舐めてかかるのは辞めた方がいいだろう。
「生意気なもんだな」
息を吐く音と共に静香へと拳が突き出される。
力を抜かれた緩いが故に早い拳。
「...っ!」
バチッと拳を受け止める破裂にも似た甲高い音が鳴る。
静香は拳を両手で何とか防ぎ、細かく足を動かして距離を取った。
やはり受けもままなってないな。だが手を抜いたとはいえ防げてはいる...
鍛錬を受ける事はなかったがその様子は見てきたって所か?
手ごたえも妙だ。加減しても呪力量の差がある。それなのに効いている感じがしない。
そして距離を取った...近間で敵わないと判断しての逃げか、あるいは遠距離の術式か。
どちらにせよ、適度に肉薄して何をしたいのか見てやろう。
早い...っ、私は武術を修めてないから徒手はダメだ、相手の腕二倍以上は距離を取った方がいい。
だけどこの戦いは勝ち負けじゃない、死ぬような状況でどうするかだ。
でも私はそれを満たせないから、実力が足らなくてもこの場を乗り切るしかない。
術式だけに頼るのも多分違う、私が取るべき選択。
こちらの手札を出来る限り見せずに先生の手札を開示させた上で逃げ切る。あるいは...
「戦法は決まったか?」
「えぇ」
「そりゃあ結構、だがこれからだぞ」
たった一発の拳で起きた思考と静寂が終わる。
先に動いたのは静香だった。
雨宮への視線を外さずに柱へと身を隠す。
「ほお、何をする気だ?」
雨宮はそれを追う。
柱の裏を確認してみると静香の姿はそこには無く、直線状の次の柱に移動していた。
「なるほど、だが逃げているだけなら俺はそのうち捉えるぞ」
追跡する。
静香の行動を見るために雨宮は直線的に追跡し続ける。
逃げるための身体強化がおぼつかないのか、呪力の流れは見えやすく、周囲に飛び散っている。
それもまた同じ手法で静香は逃げ続け、雨宮は落胆する。
「逃げるだけか...」
雨宮は手法は異なるが、同じ選択をした学生を多くみてきた。
その多くは実力を持たない一般家庭から出てきた子供だ。
呪力を扱えても戦闘として成立するほどではない、術式の扱いは未熟...
特別な力の自覚だけがあるだけで、"身に付いたもの"ではない程度のものだった。
「(術師家系とはいえ、まともに鍛錬もしていない様子だしな)」
「(子供らしく反発して、勢いで高専にきたって所だったか)」
「(これなら道風の方がマシだったな。)」
「(呪力もまともに練れねぇ術式も持たなねぇ、ボコボコにされる)」
「(だがその上であいつは気絶するまで殴りかかってきた)」
雨宮は彼女の前に試験を受け、合格を言い渡された学生を考えていた。
しかし、その落胆は驚愕に塗り変わる事になる。
「さぁ、行くぞ!」
突如、静香は隠れていた柱から声を出しながら飛び出して雨宮に肉薄する。
微弱に呪力を纏った拳を振り上げただけで、雨宮から見れば素人も同然のものだった。
「強がったが怖くなり逃げ、覚悟が決まったから特攻?そう考えるのは違和感があるが...」
振りかぶられた拳を容易く受け止め、そのまま握りしめて逃げられなくする。
だが、静香はもう片方の手で自分の拳を捕える腕を掴み、後ろに体重をかけて引きずりこむ。
「ふんッ!」
「何がしたい」
それに対して、呪力で身体を強化した雨宮は少女一人の全体重を軽く受け止める...はずだった。
「重っっっっも!?」
静香の体重は華奢な見た目に反し、異常なまでに重かった。
自身に倒れる雨宮に対して静香は背中を丸め後転し、勢いのままに雨宮の腹部を蹴り上げる。
刹那、静香の腕への負担を考えたか、あるいは驚愕の余りか。雨宮は咄嗟に手を放してしまう。
「(なんだこの体重は!?この見た目でこの重さは考えられねぇぞ!)」
「女の子に向かって失礼な!」
重さに騙されただけであり、呪力での身体強化をしている雨宮に蹴りによるダメージは無い。
だが、静香の姿を捉えようと体勢を整える雨宮は驚愕する。
「なっ...!?」
部屋内が炎上し、その炎は轟々と音を立て部屋を照らしていた。
広がる炎に呪力を伴わず、静香の術式によるものではない。
その事実は準1級呪師である雨宮には一目瞭然であった。
「死にかけたらどうするか。先生の優しさでまだ死にかけていませんが答えます」
「"こうします"」
同じように体勢を整えた静香はそう言い放ち、部屋が炎に包まれる中で雨宮へと突進する。
「馬っっっ鹿かお前は!?」
「入学テストで生徒を半殺しにするとかいうような人には言われたくないですね!」
雨宮は己に掴みかかる静香を引き剥がし、それに対して静香は再び掴みかかる。
この瞬間、テストはテストでなくなった。
大人が子供を守ろうとするのに対して、子供が大人を道ずれにする。
この火災を静香が意図的に起こしたのだとしても、火災による炎、酸欠、一酸化炭素中毒...
雨宮がテストとして生徒を痛めつけるのは、あくまでも自分で加減が出来るからだった。
だがこの状況は既に雨宮宗則の制御から完全に外れている。
一刻も早く脱出しなければ自分だけでなく、生徒となる水上静香の生命が脅かされる事となる。
そして、その事を理解しているであろうのにも関わらず掴みかかる目の前の少女。
雨宮はこの生徒が術師としての必要な素質を十二分に持ち合わせている事を理解させられた。
己の実力が敵わずとも、あらゆるものを利用して道ずれにでもするような精神性...
"イカれている精神"。それを持ち合わせていると。
「いい、お前は合格だ!確かめるべきものをお前は持っていた!」
「だからさっさと離せ、この状況じゃ俺だけじゃなくてお前も危ねぇんだぞ!」
「合格って言いましたね?はい縛り!前言撤回は許さないですよ!」
「(クソ、よくもまぁこの状況でそんな事言えたな!普通は必死でそれどころじゃないだろ!)」
だが、静香が雨宮を離す一方で、燃え広がった炎は古びた木造の一室に亀裂を入れていた。
ガラガラと音を立てて入口の扉は崩落し、出口が封じられてしまう。
「あ、閉じ込められちゃいましたね」
「いい。俺が開けてやる、どいてろ」
冷静な雨宮に静香は笑みを浮かべ、雨宮の影に隠れる。
「夢現流 無刀「
雨宮は弓を引く事に似た構えを取り、呪詞と思われる言葉を口にする。
詠唱と共に、弓引く手たる右拳には強い呪力が集約する。
込められる呪力は静香に向けられたのとは比べるまでもなく。強く、濃い。
「(加減されていたとはいえ...呪力ってこんなに出せるものなんだ)」
「(夢現流とか言ってたな、流って言ってるって事は流派の門下生?)」
静香が己について考察している事を知る由もない雨宮は、弓引く拳を扉の前へと解き放つ。
拳に載せられた呪力は拳風となって放出され、暴力的な風圧は扉を塞ぐ瓦礫を吹き飛ばす。
大きく口を開け外の景色が見えるのを確認した雨宮は静香へと声をかけようとした。
「おい早く出る...どこいった!?」
出口を確保した雨宮が後ろを振り向くとそこに静香の姿はない。
代わりに、今まさに開けた出口の外から声が響いた。
「先生の術を一つだけ見させて貰いましたー!この情報を持ち帰るのって困りますよねー!」
ぽかーん、と口を開けて唖然とする。
己の生命が危険に晒されるというのに、炎に巻き込みその脱出手段に用いた術を覚える。
実戦では今回と同じように加減されるなんて事はない。だが、してやられたのは事実だった。
雨宮はその事実に頭を抱えつつ、術師の卵がまた一人入学する事にどこか微笑みを浮かべていた。
「はぁ...ったく、もっと"まとも"な子供でいた方が幸せだろうによ」
そう呟きながら、雨宮先生は静香の元に歩いて行った。
最後までお読みいただきありがとうございます。
この話はTRPGで呪術廻戦卓を行うために現在作っているルール及び世界、
そこに存在する二年生の術師が、何故術師になったのか、というお話になります。
なお水上静香の術式は次回にて回想として語られると思います。
(次話も多分作る)