呪力とその動きを見つめることで、それが何を暗示しているのかを観察し、何が起きるのかを予測する。呪力がふっと湧いて消えていくとしたら、それは未来でその呪力が死ぬことを意味している。
莫大な馬鹿げた呪力の前には占いというものは悉く無意味だった。例えば地震の呪霊、核爆弾の呪霊、神無しの呪霊。あるいは諏訪神や大百足といったものまで。つまり、そういった人間一人の呪力なんて見えなくなるほど荒ぶる強大な存在。そんなものを前にして、見えるものしか見れない私たちはあまりにも無力だった。
私たち人間というものは、神々という大海の前には溺れ死ぬ事しか出来ない。
「お前は……あぁ、高専か……よ、良かった」
私が体内の圧力を上げて水の弾丸を装填し、臨戦態勢になりながら扉を開けるとそこには全身に酷い火傷を負ったボロボロの男の姿があった。出血は無いけどこの具合だと命に関わるような気がする。
けど濡れてはいないようで、外の増水した下水道をどうやって通ってきたのか……呪力はほとんど残ってないから危険じゃないっぽいけど。
私の姿、いや、多分高専所属のバッチかな。それを確認すると安心したように膝から崩れてた。
「……誰ですか?」
「はぁ、はぁ……見苦しい格好だろうが聞いてくれ」
「単刀直入に言う。今回の事件の真相への糸口を掴んだ」
真相への糸口?
こいつが術師と言っても高専サイドかは分からない。呪詛師……? だとしても高専関係者と確認してから話す必要もない、よね。
「疑う時間も惜しいから勝手に話すぞ、回収するやつも呼べ……いいか、よく聞け……」
「今回の事件は、いや、今回の事件の"中身"は、"後から作られた"と俺は考えている」
「上っ面の報酬で呪詛師は術師狩りに勤しむのは最初からだったが、だがその規模があまりにも大きかったから……更に強い動機を取ってつけたんだ」
「東京に張られた結界がそうだ……あれは、中で起きた呪いの動きで、もっと大きな何かをするための……俺は研究所の資料室で……」
「うっ……」
「ちょ、ちょっと!?」
「えっと拘束だけして……救護も呼ぶので堪えてください!」
男の顔色がますます悪くなり倒れる。仮に下水に当たってなくても外から入ってきた以上は不潔な環境だしばい菌なんか入り放題だろう。信用するしないは置いといてとりあえず水の縄で身体を拘束。部屋に置いといた高専支給のスマホで連絡を取る。
「この先の下水道に……誰かの寝ぐらを見つけた」
「ここみたいな休憩室じゃない、それにやばいガード……が……」
「思ったよりまずいかなこれ!? すみません、岸の方に引き上げるので救護早くお願いします!」
気を失った。電話越しに救護を急がせつつ、とりあえずこいつの全身を水で丸洗いしてやって保護膜で包み地上に引き上げる。少ししたら高専側の救急車が到着して男は担ぎ込まれた。あとは後ろに任せるしかない。
「下水道の先に誰かの寝ぐらって」
「それに東京の結界……」
「別籬現宮、漆天宮、悉蔵の三家が協働して調査中とは聞いたけどそういえば結果が出るの遅いよね」
「……行ってみるかな?」
男が回収されてから部屋をしばらくうろうろして考える。もしそれが本当ならさっさと行動した方がいいってことになるし、下水道の先にあるなら今この天候の中で潜れるのは私だけだよね。
そうして男の言葉を頼りに行動しようか悩んでいるところに電話が鳴った。
「はい、もしもし」
「弓削家当主、弓削識夜です。水上静香二級術師で間違い無いでしょうか」
「ゆげっ……当主!?」
「え、はい。水上静香です」
このスマホは高専側が事件の際に使用する特別性で電子セキュリティも呪術的セキュリティもされてるもの、偽物からとは思えない。ホンモノ!?
「はい。あなたに直接の任務を下します」
「今あなたが発見し保護した術師から得られた情報、そして解析班が調査した結果を共有しますが、他の術師を始めとしてこの情報を漏らさないようお願いします」
「わかりました」
通知が鳴って情報が送られてくる。ファイルを確認しながら電話を読む、けど……。
「これ、は」
「数日前から東京全体に張られている結界は、内部で起きた呪力の変動を利用する性質を持っている強力かつ複雑な結界です。おそらく縛りも併用しているのでしょう、三家をもってしても結界内部、外部からの解体は困難を極めています」
「結界は時間に関係した作用を働きかけるという予測も悉蔵家から提出されました。弓削の未来視が阻害されている原因はここにあると思われます」
「水上静香二級術師に依頼するのは、保護した術師が提供した手がかり、下水道の先の調査です」
「あの……応援は」
「現在動ける術師の中でこの大雨による下水道を移動可能な術師は存在しません。天気占いをしたところ、降水の相が出ました。天候は更に悪化するでしょう。」
「その先で得られる情報も守秘義務を設けるかもしれません。ですが、代わりに望んだ報酬をお約束します。これは縛りと取っていただいて構いません」
十傑の当主、それも弓削家からの直々の依頼で? しかも超重要な情報で? 莫大な報酬つき?
ダメだ。私が死ぬ予感しかしない。こんなの二級術師の案件じゃ絶対ないじゃん。
けど……望んだ報酬、か。
「……望んだ報酬、何でもいいんですか?」
「はい。勿論、我々十傑を含めた可能な範囲で、ですが」
「分かりました。やります」
「縛りを結んで、任務を受けます。でも口封じで抹殺とかは無しですよ」
「勿論です」
「……ありがとうございます」
本当に深刻なのかな。電話の主は当主だっていうのに、電話越しの声は少し震えている。演技なら臭いし、報酬はもっと臭い。
けど報酬は一つ、思い浮かんだことがあった。私の欲しい物、特権が一つだけ。
それならやろう。やってやろうと思った。
今までの私なら、いつも人として死にたいとか言いながら死ぬのを恐れて一歩引いていた。別に今でも怖いことに変わりはないけど、だから、ここは、あえて自分に従い自分に逆らうことにしようと思った。
この選択は、私が望む私になるためのものだと確信出来るから。
「流れも水量も増して……雨降ったらこんなに流れ込むものなの?」
私は流れに逆い下水道を遡行する。上の下水道内はほとんど満水状態。東京でここまでの降水はかなり珍しいはず。確かにこれは私しか進めないだろう。
「ここかな。それにしてもなんでここだけ……」
目星い場所を見つける。水の合流地点の真ん中に小さな空間がある。周囲は流れ込む雨水で満水だっていうのに、ここだけ不自然に水が流れ込んでいない。
「結界かな? でも何もないような……」
『気をつけてください。保護対象者はガードがいるというような言葉を残していました。』
「ガードも倒す必要があるってことですよね」
『はい。お願いします』
「倒せたらいいけど……」
今回全員に予め配られた防水性の無線機から弓削家の人間の指示が入る。この無線機も暗号化がどうとか、呪術的処理がどうとかって説明を受けたけど話の半分も理解できなかったな。まぁなんかすごい頑丈で便利な無線機ってことだけ。
私は水から足を引き上げて、小さな空間に踏み入れることになった。
「……へ?」
「お前、侵入者か」
「え、い、や。その」
「侵入者は排除する」
「クソッ!」
足を踏み入れた途端、全く違う空間に変わっていた。外から見た時の景色とは空間の大きさが桁違いに広く、灰色のコンクリート造りのような巨大な建物が遠くに聳えており────そして目の前には、全身から恐ろしい程膨大な呪力を力任せに発散させている、私くらいの歳に見える女の子がいた。
女の子は私の戸惑い、私の返答を気にする事も聞く気もないように、私に手のひらを向けてその膨大な呪力を撃ち放った。
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結界術を扱うことに長けている十傑の一家。
漆天宮家と共同して、呪術的・結界術による安全な場所を作ることや、結界術の伝授、補助を行っている。
結界術を扱えない脳を扱えるようにする秘術を所持しており、度々"施術"を申請され、儀式を執り行っている。
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建造物をベースにした結界術を設計・建造することに長けた十傑の一家。
五行陰陽説、陰陽道にベースを置く術式を相伝としており、それぞれの五行に対応した部署が設立されている。
漆天宮音弥は分家であったが、高い素養と相伝術式の所持、そして本人の希望があったため宗家に迎え入れられたという状態にある。なお、本人は建造関係には興味がなく漆天宮家が保有している様々な技術に興味があるだけのため、宗家は頭を悩ませているが。
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あらゆる知識、技術の蒐集を行うことを目的としている十傑の一家。
戦前に設立された最も若い家でありながら、戦闘要因でない事を挙げれば一二を争う程の規模を擁している家。他の家と共に呪術的技術の開発などに勤しんでいる。
また、忌部白夜の家である忌部家とは度々「方向性の違い」ということで喧嘩をしたり、あるいは仲良ししたりと騒がしいことでも知られている。