私たちがそれを回避しようと幾度もの占いをしたとしても、それは避けようのない未来を確定させるに等しい時間の浪費だった。最初に見れなかったものを再発見出来る事は稀だった。
私は私の力と私以外の者の力に絶望した。今全ての術師が命を賭けて戦っているというのに、命を賭けていない私たちは無能を晒し水晶の、茶渋の、カードの、影の、占うというものの媒体を前にして盲目になっている。
私は私たちの未来に決して映る事のない存在こそが必要だと思った。
それは病的なまでの悍ましい行いを人間で行い、また悍ましい継代を経る事を必要とした。
「あぶッ!」
咄嗟に横へ跳ねる。けど完全に回避することは叶わなくて、ジュッと音を立てて右腕が一本丸々消し飛んだ。
「あっっっつぅ〜〜〜〜〜……!」
電撃が効いたら痛いことはりんごちゃんの時に分かっていたけど、消し飛ばされても痛むのか……いやそれはそうだ。
腕一本分でも数百リットルの液体はあったのに、残るどころか蒸発して喪失したのはかなり痛い。
「繋がらない、電波は通じないのね……」
無線機も機能していない。内外での空間の大きさが異なる結界、それに今の攻撃で崩壊するどころか外に出てすらいない。結界の強度からしても、領域展開の完全な会得をしているレベルの術師によるものなのは間違いないだろうな。
「これ、あなたの領域?」
「領域? 違うよ」
「ここは先生の研究所。入ってきたらダメ。」
「先生? その人ってこの研究所に勤めてる人かな」
「うん、研究所を作ったすごい人」
「えい。」
トップじゃん……。
と、驚く間にもまた同じように呪力の放射をしてくる。
けど今度は身体を流体化させて術式を使う。自分を術式対象としてこの場から射出し、このバカみたいな呪力の放出を回避する。
ついでに消し飛んだ右腕の形を作りながら。
「あなた、人間じゃないの?」
「腕が再生する人間なんていないよ」
「さぁ、どうだろ。私は人間だと思ってるけどね」
「それに高度な反転術式を使える人は腕を生やすことも出来るらしいよ」
「身体が溶ける人間なんていないよ」
そんな馬鹿みたいな呪力を持った人間だっていてたまるか。
呪力を纏めて操る気がない、ただの放出だけで私の腕が吹き飛んだ。奇襲とはいえ、回避できなかっただけで強化していた上に私の腕には数百リットルっていう質量があった。
出力と量だけで言えば、りんごちゃんよりも圧倒的に上の呪力、呪力が霧散しない有効射程距離でまともに喰らえば一撃必殺もありえるかも。
「私も、あなたみたいな呪力の持ち主と出会うのは初めて」
「……私が人間じゃないって言いたいの?」
「あなたが人間じゃなかったら私も人間じゃないって事になりそうだし、あなたも人間ってことにしようよ」
驚いた。馬鹿みたいな呪力操作だから頭もお粗末かと思ったら皮肉と認識する知性があるみたい。って口を滑らせた。敵対は出来ればしたくないんだけど……。
「…………」
「どうしたの?」
「あなたも、壺の中にいたの?」
「壺? 水瓶の中にいた事はまぁあるけど……」
幼少期にかくれんぼをした時にだけど。
「外でも同じ事してる人、いるんだ」
「壺ってなに?」
「嫌なところ。」
また呪力を飛ばしてくる。弾道はバラついてるけど呪力の流れ、というか攻撃するかは分かりやすいし、腕で方向性を指定してるから種が分かれば避けるのはどうってことない。ごく近い距離でなければ問題ない。もし呪力操作の特訓をしていたのなら初撃で死んでいた。
「当たんない……」
「ね、ねぇ、ちょっとお話しない? ほら、急に襲われても何で入っちゃダメなのかとか分からないからさ」
「不法侵入はダメでしょ?」
「いやそうだけどさ!」
「えっと、多分外の様子は知らないよね? 外では大変な事になってるの。で、その原因がこの……研究所? にありそうだから、調査させて欲しいんだ」
「大変なことって?」
「えっと……殺し合いが起きてる」
「それに、その殺し合いが続くともっと悪いことが起きる」
「……」
「まさかとは思うけど、この空間の中で生まれ育ったの? ここ、水食料の自給が可能ってこと?」
見た目は私も同じくらいなのに言動は少し幼い感じがするし、世間知らずにしては……。
「外も壺なんだ」
「やだなぁ」
「ねぇ、さっきから言ってる壺って、どんなものなの?」
「研究所の下でね、皆んなで殺しあってたんだ。その場所を壺ってみんな言ってた」
「最後まで生き残ったらまた別の壺に入れられて、そこでも同じことしてたの。でも私たちは生き残った」
「生き残ったみんなは先生に褒められたんだ。でも私は嬉しくなかったよ、楽しくなかったし」
「…………」
思わず絶句する。
それが本当なら、その先生とやらは人間で蠱毒をしていたってことになる……!
「だから……!」
だからこの子の呪力はこんなに強いのか! 単純な殺し合いという戦闘、そして蠱毒という儀式。この呪力操作なら、武術だとかそんな上品な殺し合いじゃなかったんだろう。力の単純な押し付け合い、呪力でただ敵を圧殺するだけ。
「その、ごめん。嫌なこと聞いて」
「いーよ。」
それを繰り返すということは、それだけの頭数をどこかから確保していたという事だ。数十人で足りるのか? 呪力を飛ばしただけで呪力で強化した私の数百リットルあまりの物体を消し飛ばせるレベルだぞ。
「今も、やってるの?」
「ううん、もうやってない。私たちで最後だった」
「そっか。良かった」
安堵する。こんな子が量産されてはたまるものか、こんな非道な事をする奴は許す事は到底出来ない。
「うーん、あなたいい人そうだし、もう通ってもいいよ」
「……はい?」
「い、いい人そうなら通していいの?」
「うん。優しそうな人か、お兄ちゃんが戻ってきたら通してあげてって先生に言われてるから」
「お兄ちゃん、って?」
「お兄ちゃんはお兄ちゃんだよ。一番早く壺から出てきたからお兄ちゃん。一番最後の子が出てからは先生が連れてっちゃって、もう何年も会ってないけど」
「何年もあってないのに分かるんだ」
「うん。分かりやすいから」
「それより着いてきなよ、案内してあげる」
この子は「愛」という名前を持っていると教えてもらった私は、研究所、コンクリート造りのような建物、その内部へと案内される。
内部はかなり廃れている上にら灰色がかった壁には赤黒い汚れが目立つ。
「こっち。遅れないでね、迷っちゃうから」
「あぁ……うん? うん。分かってる」
言われた通り、できる限り距離を離さないようについていく。ついていくのはいいけど、歩いている間の感覚がおかしい気がする。これまでに歩いてきた道を思い出せない。
「そういえばどこに行きたいの?」
「え? あ、えっと……」
どこ……私はこの研究所にそもそも何があるのかを知らない。
整理しよう。任務は研究所の調査で、保護したあの術師曰くここに事件の真相がある……事件とはこの東京に呪詛師が集まって殺し合いをしている事と、それを利用している結界?
「先生には会える?」
「先生死んじゃったから会えないよ」
「し、死んだ!?」
「うん。侵入者きたら排除してとか、色々お願いを言ったら数日後に自殺した。二ヶ月くらい前かなぁ」
どういう事? ここまでお膳立てしておいて……良心の呵責でも?
「えっと……じゃあ、怪しいところ」
「怪しいところ?」
「えーっと……あ、そう。色んな書類を保管してる部屋とかある?」
「あるよ、じゃあそこね」
研究所、ならその資料を保管している場所に何かかな。
数分歩いて、「資料室」とプレートが飾られている部屋に辿り着く。
やっぱり何だか変な感覚がする。案内されているからっていうのは分かってるけど、どの道をどう歩いたのか分からない。
「ここ」
「……お邪魔します」
ドアノブを回すと扉は開いた。当たり前だけど当たり前じゃないような。もしここに重要な書類があるのであれば、鍵をかけるのが正常じゃないのかな。
ドアノブや扉の周囲をよく見てみれば、そもそも鍵穴や鍵をかける仕組みが設けられていないらしい。余計に謎だ。
資料室の中は膨大な本棚に、大量のファイルが詰め込まれている空間で、この部屋も内部と外部で空間の大きさが異なる気がした。
「この事件に関係する何か……」
膨大な量だから時間がかかるのを覚悟しつつ、私がそう考えながら探しているとものの数分でそれらしいファイルを見つけることが出来た。
「『明登プロジェクト』、『2019年12月32日』、『これを読む君へ』」
「よし……」
「……え? 待って、何で私はこれを関係していると思ったの?」
私は不自然にこれらのファイルを手に取ったように思う。
最後のファイルを除いて、前二つのファイルはかなり大きい。
探す上で中身は流し読みしているわけでは何故かなかったし、そもそも数分でこれが関係していると精査出来るわけもない。
「先生の研究所は何が大事なのかを意識すると、自然にそこへ行き着くことが出来るんだよ。だからじゃない?」
「……ってことは、もしかして何が大事なのか意識出来ないと永遠に堂々巡りになったりする?」
「多分?」
なるほど、そういう仕様の空間なのか。
この子に許可を取ったとはいえ侵入者の私でもこの仕様を利用できるってことは敵味方問わない……あぁ、だから鍵がかかってないのかな?
「なるほどね、ありがとう」
私は改めてファイルのページをめくっていく。
先に断言しておく。私は後悔していると言う意味でこの言葉を使うわけではない。その上で、私はこう言わせてもらう。
──私は、見てはならないものを見た。
「じゃあ次は結界の中心部に行こう」
「分かったー」
私たちは数分も経たずに地下にあった結界の中心部に辿り着く。おそらく二分と経っていない。私がこの研究所の歩き方を理解したからだろう。
辿り着いた場所には「終わりの部屋」と書かれたプレートが飾られており、扉を開けると二種類の楔が刺さっていて、扉を開けた途端に膨大な呪力が感じられた。
「楔が二本、東京の結界とこの研究所内の呪力を隠蔽する結界」
「壊していい、んだよね?」
「うん、いいよ」
「私もやっと先生からの命令終わるしね〜」
「じゃあ」
「っ、て、少し呪力込めただけで壊れた……」
「あっけないな」
楔は少し呪力を込めるだけで簡単に壊れた。幾つか設けてある縛りの一つなんだろう。東京、研究所を覆う結界の呪力が消滅していく。
「ふぅ、じゃあ外に出ようか」
「私はここに残るよ」
「もう食料も水もないんでしょ?」
「さっきのファイルに書いてあったよ。今日に丁度尽きるように資源は調整されたって」
「でも他に居場所ないし」
「わ……」
私が作る、という言葉を一度飲み込んだ。軽々しくこの子に外の世界で生きる道を選ばせてはいけないと思ったから。
外に出れば呪力量と出力の強さで術師の中でも疎遠される事になるだろう。
私たちがりんごちゃんに対したように。それに色んな物を見て好奇心を抱いて……またこれも、りんごちゃんのように自分と他人との加減の違いが起きることもあるだろう。
最悪、また人を殺さないといけなくなるだろう。
私がこの子にこれ以上世話を焼く必要はないし、外で行きていくことを望んでないならこのまま別れたっていい。でも。
「……居場所は私が作るよ」
「外に出よう」
でも、自分を認めて生きていく道がこの子に残されているのなら、他人との違いに苦しんだまま死ぬ道から私は連れ出したい。その責任を私が負うとしても。
ただの二級術師にそんな力はない? 確実な手だってあるだろう。弓削が縛りで約束した報酬が。
「行こう」
私は愛の手を掴んで「終わりの場所」を後にする。
「ン。この研究所の人かナ」
「静香、知り合い?」
「いや……こいつは」
研究所の入り口にいた狐目の男は高専のバッチを身につけていない。
今回の任務は協力を取り付けたフリーランス含めた全ての術師に高専のバッチの着用が義務付けられている。つまりこいつは……。
「呪詛師……!」
「うーん、バッチ付けっぱにしとけば良かったかな?」
男の身体には呪力が満ちている。
さっきまでずっと愛と一緒にいたから分かりやすいその差。
呪力の量だけなら愛の方がずっとずっとあるだろう。
違うのは練度だ。
呪力を練って纏ってるってのに、こいつの呪力には起伏というものが全然見られない。
言葉を発しようが動こうが笑おうが流れるように、滑らかにその動きにぴったり沿っている。
「私の後ろに下がっ────」
「侵入者は排除する!」
私が手で制止するのと同時に愛ちゃんは飛び出していた。
そして男は飛び出した愛を涼しい顔のまま、芸術的と思える程美しく滑らかな動きで脚を振り上げ、的確に愛の首を蹴り折った。
グシャ、という不快な音がした。
・愛
人間で行われる蠱毒の生き残り。六人兄弟の長女、上から二番目。
「先生」が作った研究所で生まれ育ち、「壺」から出てからは他の兄弟や先生と共に生活していた。
膨大な呪力にとその放出は蠱毒の儀式によって得たもの。ただし操作方法については壺から出た後も教わらなかったため、お粗末というレベルではない。