私は人間のあらゆる罪という罪を重ねた上で、無垢な子たちを生み出し、その子らに私たちの無能の責を押し付ける。
それは私が親や祖父祖母に感じた怒りと同じものだった。何故その負債を次の者たちが引き受けなければならないのか、と。
私は最も必要とする太陽を生み出したのちの副産物たちに名を与えた。
実際のところ、この行いが正解だったのかは分からない。この最後の懺悔、呵責の心に何の意味があるというのだろうか。
それでも、彼女彼らたちはこの箱庭の中で、留まる呪いの中で、誰にも害される事なくその命を終える事を祈るしかない。
「オ────マエェェッッッ!!!」
「いきなり飛び出してくるから殺しちゃったよ……ヤ、御免。まだ口聞いてくれるかな?」
「死ね!!!」
腹の底が捻じ切れるような怒りが湧き出る。
怒りに任せて男に最大圧縮した『雨垂れ』を撃ち放つ。放出した水圧ビームは今まで出たこともない、音の壁を破るけたたましい激音を奏でた。
「赤血操術かな、違うか。イヤイヤ、若いのにすごいね」
だというのに、男は涼しい顔をして半身だけ逸らして避ける。
「今度は手加減しようね」
「ふざけるなよ!」
『雨垂れ』を撃つ。
そして殴る、蹴る。けれど全てを余裕の表情で躱される。
「ふんっ」
「うげっ、ごぷっ……」
腹部を蹴り上げられる。痛みはないけど反射で
「質問をするぞ。私の質問に答える限りは縛りにかけてお前を殺さないと約束しよう。」
「一つ目。この結界の主は誰だ?」
「お前誰だよ……!」
口調と声色を豹変させた男は私を蹴り飛ばす。
尋問、拷問。呼び方はどうでもいいとして、この男は私から情報を引き出そうとしている。まぁそれも当然だろう。
「フゥム。質問は私がしているんだけどネ」
「私は怪人29号とでも名乗っておこうかな。さぁ君の質問には答えたよ、次は君が答えるのが筋というものじゃないかな?」
「……私も知らない、この子以外に人はいなかったし、嘱託式みたいな要になるようなものも見つからなかった」
怪人29号ってなんだ。まぁ呪詛師の名乗りに期待なんてしていないけど。
「ふぅむ」
「では二つ目。」
「この建物はどんな様子だった」
「言うわけないだろクソ野郎」
「礼儀のなっていない子供だな」
「ぐぅぅ……!」
頭を足で踏まれる。悔しい、ムカつく……!
効かない、私に物理攻撃は効かない。でも踏み躙られるという体勢は酷く屈辱的。でもまだ、まだその時じゃない。耐えんだ。
「仕方ありません。あまり好みではないのですが……」
「質問方法を変える。答えない場合はお前の指先から刻んでいくと宣言しよう」
「答えろ。お前たちはさっきこの建物から出てきた……どんな様子だった? 罠はあるか? 人間は? この結界の機能は?」
「言うわけないだろ変態野郎!」
「まずは第一関節から」
「っ────」
男は鉈状の呪具を持って。
私の小指の第一関節から先が食材を切るようにザクザクと音を立てながら切られていく。
赤い液体が私の手から広がり、男の靴を濡らした。
「我慢強い子ですね、では別の事を聞きましょう」
「先ほどの女の子、凄まじい呪力を持っていましたね。あのような子がまだいるのですか?」
「いるとした、ら……なんだって言うんだよ」
「私はお金を求めて今回参画しましたが……こういった大規模なパーティで表を舞う色紙というのはパッと見る限りでは華やかなものです」
「しかしそれはまやかし。パーティテーブルの下では必ず大いなる紙片が手伝うものです。私はその紙が欲しい」
「お金というのは、そうした見えない場所にこそ存在しますからね」
「そして、あの女の子は正しくその紙片へと繋がる一本の紐でしょう」
事件の裏側にある情報、確かにいい視点だ。
実際私が持ち出した資料だけでも莫大な価値があるだろう。愛ちゃんを見て何かがある事を確信しつつある。
誤魔化す事は出来ない、こいつはこのままゆっくりと歩を進めて、資料室という王にまで辿り着くだろう。
助けを呼ぶ事も出来ない。この結界は内外で電波を遮断する。そもそも外は下水道の濁流の中だろうから普通は辿り着けない。
私は一人でこいつを始末しないといけない。さもなければ私が見た「見てはならないもの」──弓削の恥部が呪詛師の手に渡ることになる。
「どうなんですか」
「いない……と思う。少なくともこの建物内部、結界内部では見なかった」
「なるほど。敵は?」
「いなかった。お前が殺したこの子が案内してくれたお陰かもしれないけどな」
「案内役でしたか……」
「結界の機能は?」
「私は二級術師だからお前が分からないなら分かることはない、内外隔てるどころか空間面積も別なんて測れるわけないだろ」
「おや、二級術師でしたか。こんな場所までよく来れましたね」
「しかし困りました……あの建物内部に何かが眠っているのでしょうが、結界がある以上うかつに脚を踏み入れたくはありません……」
「いい事を思いつきました!」
「あなたが先導しなさい。一度行ったのなら二度も同じでしょう?」
男が静香を踏み躙りながら侵入する際の様子を想像している、その時。
愛の死体、その指先がピクりと動く。
「……!?」
そして蹴り折られた首がメキメキと音を立てながら本来人がしてはいけないような不自然でガクガクとした動きを伴いながら、人間らしい元の首と頭の関係に回復する。
想定していたチャンスとは違う。でも。
「確かに首を折ったと思うのですが……?」
「今だ! やれ、愛!!!」
「死ねえ侵入者ぁぁぁぁ!!!」
動いたからって戦えるのかは分からない。けど愛が復活するなら、起き上がって闘志を見せるのなら。
全力で愛ちゃんを援護する。こいつの動きを止めて、爆発的な呪力をクリーンヒットさせてやる。
「痛……くっ、目が──!?」
小指は無料で切らせてやったんじゃない。そっちの方が好都合だから切らせてやったんだ。
私はこいつの靴に染み込み、足を濡らしている。ならもう当たっているのと同じだ。
私は男の靴を掴み、赤い液体を針にして足を貫く。いかに熟達してようが意識の盲点を突かれては反応は出来ない。
「おらァ!」
「うがはぁっ」
愛の拳を受けた男はドガン、と爆発にも近い呪力の迸りによって結界の縁まで吹き飛ばされる。
「愛ちゃん大丈夫!?」
「分かんないけど生きてるみたい……」
「と、とりあえず良かった」
不自然な蘇りを気にしている余裕はない。
「愛ちゃんは研究所に戻って」
「私も戦う!」
「ダメ! 呪力が強くても、きちんと操れないならあいつみたいに強い奴にとってはカモになるの!」
「やだ!」
遠くで男の呪力を感じる。かなりの速度で戻ってきている。早く愛ちゃんを安全な場所に連れて行かないと。
「(研究所で最も安全な場所まで運んでくれますように……!)」
「行って!」
「いやだああああぁぁぁぁ……!!」
愛ちゃんを水で研究所まで押し流す。彼女が死ななかったのは何かの奇跡だ。二度目を期待してはいけない。私は今度こそあの子を守り切る必要がある。
「おや、あの子はどこへ」
「先に脱出させた。」
「嘘を仰らないで。外は増水中の下水道ですよ」
「じゃあ嘘」
「建物の中に逃しましたね?」
「どうでしょう。」
「フム……よろしい。まずは貴女から片付けましょう」
「っ!」
男は一直線に距離を詰める。速い。手に持った鉈状の呪具で脇から真上に切り込む。けど私は避けない。何故ならこいつは腕を狙ってきているから。
ならくれてやろうじゃないか。
「なっ!?」
綺麗に落ちた腕の圧縮が解ける。莫大な量の液体が開放される。
私の腕を切り落とすまでの男の様子は至って平常。愛ちゃんの攻撃に雑に呪力を使った消耗が少し見える程度。
な
私が男の足に針を突き立てた時、針には人体に害のある毒物を幾つも入れ込んでいた。こいつが普通に立っているってことはつまり、高度な反転術式か解毒関係の術式を持っている可能性が高い。
「『豪雨』」
「くっ!」
ザァァ、と音を立てながら酸性の「雨垂れ」を男に向ける。男も馬鹿じゃない、距離を取ってすかさず私へと再接近を計る。
「(思い出せ、あの怒りを……限界を超えて凝縮した点が開放される瞬間を)」
最大出力を出した時と同じ構えを向ける。
男は速度を上げて私に迫る。当然だ。そう来るだろう。
ぐちゅん。
「地雷かッ」
男の足元から水の槍が何本も突き出る。回避しようと捩る身体を捉え、脚の肉を抉り、傷口から適当に配合した液体を染み込ませる。
「ふぅ……ふぅ、中々どうして、やるではありませんか」
「さぁ、見せてよ。どっちなのか」
「反転術式を使えるなら私の腕の切り損なんだけど?」
男の傷は癒えない。代わりに悪化していく顔色が回復していき総量で言えば多いとは言えないが、確実に呪力を消費している。
「あなた、毒に関する術式でしょ」
「でも術式は別に体質ごと変えてくれるわけじゃない。自分の呪力に多少耐性はあっても────毒でも、他人からの毒なら普通に効く」
「それでも回復してるってことはかなり複雑な運用をして解毒している、違う?」
「素晴らしい……そして危険だ」
「東京の結界が晴れていることは知っています。この結界の呪力もぽっと湧いてきた。直に他の者も気づくでしょう。ならば」
掌印を組んで呪力が増す。領域────!
「させない!」
「領域展開」
男は避ける気がない。高出力状態のせいで「雨垂れ」を刺しても貫通には至らない傷だけ残して、結界が築かれていってしまう。
「『簡易領域・水滅』」
簡易領域を展開しながら構築されていく世界を見つめる。
何本ものビルが立ち並ぶ。空も街も全てが灰色で、色褪せたネオンライトが下品に灰色の街を照らす様。
人の営みの、薄暗い側面だけで満たされたような光景。
「『
「(完成されている領域、安藤の時みたいな手は使えない)」
「(簡易領域が剥がされる速度も速い……)」
「『怪人29号・載』」
男が言葉を紡ぐと同時に、静香の後頭部に衝撃が走る。
「いっつ……!」
「(妙な手応え、一瞬呪具が沈んだ? いや、何が妙な手応え)」
「どうした呪詛師、領域使ってもそんなもんか!」
静香は周囲に「水衝」を張り巡らし何層もの緩衝壁を作っていた。
「(毒に関する術式と言っても液体以外だった場合私に効くかもしれない。だならこれは賭けだ。簡易領域が続いている間、出来る限り相手の手札を引き出して術式を読み解く)」
「『落花の情・流』」
「ワン、トゥ。スリー、フォウ────」
「(刃が滑る。油……?)」
「(なるほど、この娘の術式は液体の生成)」
静香に触れた鉈は、しかし。
静香に触れども切り伏せることはなく、滑り落ちて地面に深々と傷をつけた。
「(音弥と白夜ちゃんから教えてもらった落花の情……簡易領域と併用するのもあるけど常時出しっぱに出来るわけじゃない。それなら当たってから発動して相手に攻めきれないと認識させる)」
防戦一方。肉を切らせるも骨を断つことは出来ず。しかし呪詛師もまた同じだった。
「(さっきから簡易領域を剥がすことが出来ない。いや、剥がす感触はあるのに何故か剥がれていないという方が近いですね)」
「(何らかの縛りによって結界術の底上げを……いや領域に完全に拮抗するほどの縛りと考えるのは無理がありますね)」
「(時間も押してきている。呪力にはまだ余裕がありますが早々に決着をつけなければ術師、呪詛師の到着もあり得る)」
領域を剥がす速度が上がる。
「くっ……」
「よくここまで凌ぎましたね、ですがこれで終わりにしましょう」
「……ッ」
ピシ、と決定的な音を立てて────簡易領域が崩れる。
「ぐぅぅっ!」
簡易領域が剥がれるのと同時に、突然空間からナイフが出現して静香へと突き刺さる。
静香の身体からは赤い液体が当然の如く漏れ出て、顔色が見る見る内に"赤色"へと変わっていく。
「はぁ……は、ぁ……」
「チェックメイト。」
静香はぱたり、と力なく倒れる。男の領域は倒れ伏す静香の身体へと無慈悲にも続いて何本ものナイフを突き刺さし────数秒で百本ほど突き刺さした所で男は領域を解除した。
「ふぅ……かなり消耗してしまいましたね」
「時間がありません。しかし焦ってはいけませんよ私。あくまで余裕をもって探るのです」
男はネクタイを一度締め直し、ジャケットとベルトの位置を確かめて研究所へと歩き出す。
そう。歩き出そうとした、その時のことだった。
「な────!?」
男は振り返る。それも当然だろう、背後から強い呪力が感じられたのだから。
「────賭けは私の勝ちだ」
「領域展開直後、術式は使えないよなぁ!!」
「何故生きて────腕が回復している!?」
やっぱり、私は自分を化け物だと思う。人間ではないし、そういった意味では同類なんてものは存在しないし、存在しない方がきっといいと思う。
人間の中にも化け物はいた。私なんかよりもよっぽどイカれた化け物が。そいつは肉体が容姿が人外なんじゃない。人間を人間たらしめるもの、精神がイカれていた。
術師はイカれた人でないといけないって話は聞くけど、あいつはその中でも飛び切りだろう。あいつが見る世界は酷く澄んでいて、それは私があいつに見る色と同じだろう。酷く澄んだ青いソラ。音弥に見える非人間的などうしようもない心。
私も、春ちゃんも、白夜ちゃんも降花ちゃんも香くんも甦生くんも……みんなあいつになる事は出来ない。でもそれでもいいんだ。私たちには私たちの色があって、形があるから。
だから。
だから私は音弥に憧れても、その空に盲目になって進む事はしない。
あいつの空は澄んでいても、私の空はそうとは限らないから。
私の心は人と化け物の当たり前が逆で、天地がひっくり返ってしまっているから。
そして私は自分の心を抱きしめて、大切な仲間を守り敵を倒す。同類がいなくても仲間がいるから。
私は、呪術師だから。
「領域展開」
・「簡易領域・水滅」
静香がアレンジした簡易領域。簡易領域に結界術及び呪力だけでなく自身の液体を使用しており、液体を呪力に変換することで剥がれた側から簡易領域を復元している。ただし呪力への変換効率は極めて劣悪な上に復元するまでもなく損壊させられてしまえば意味がない弱点がある。
・「落花の情・流」
静香がアレンジした落花の情。攻撃が当たってから液体を自動操作するという本末転倒なプログラミング。本来静香はまだ落花の情を十分に操れる程の知識と経験を有さないが、当たってから操作という点を縛りとしているために実現している。通常の物理攻撃が効かない静香しか使おうとも思わない術。