酷く澄んだ青いソラ   作:クエクト1030

21 / 23
彼女の日記、七十を超える執念の年月は驚かされました。
当然、それは許される事ではありません。
それでも、私は愛ちゃんたち兄弟が親代わりに愛されていた事をせめてもの幸運と思います。私からしたら羨ましいです。例え壺の中に放り込まれたとしても、私にとって親の愛情というものは眩しく映りました。

けどあの時の私には別の輝きがありました。それは友達の背中で、私の選択で、同情とか憐憫とか、そういう独善的なものです。でも、それでいいと思いました。私は私の意志で私がやりたい事をやると決意しました。呪術師にとって、我欲というものの重要性がどれほどのものかと理解しました。

だから私は、代価を次のように求めます。
───水上静香の私見



第十九話「天穹天弓水磔模様(あまぞらてんきゅうすいたくもよう)

「領域展開『天穹天弓水磔模様(あまぞらてんきゅうすいたくもよう)』」

 

 


///////////


 

 

 

 私が立つ地面は黒く立ち込めた雲で出来ていて、空には極彩色の地面が広がる。

 私の足元からは私が有する全ての液体が虹色の雨となって昇り注ぎ、空という地面に溜まっていく。

 

 

「液体で満たされる領域!」

「奥義『一木難支(いちぼくなんし)』」

 

「そう」

「そして液体は私」

 

「な────もう結界が塞がっている!?」

 

 

 奥義「一木難支」は結界に穴を穿つ対結界・対領域の術。

 掌印を組む間、結界の縁を探知し掘削を行い、その穴から脱出する。

 

 この術の優れた点は結界術による掘削ではなく呪力のプログラミングによるもの。そのため領域展開直後でも使用することが出来る。

 

 ただし、当然ながら閉じ込める事に特化している領域にはそう簡単に穴を開ける事は出来ない。そのため「一木難支」は一日につき一回のみの発動を縛りとして出力を増大させ、かつ領域が構築され切る前に使用する事を目的としている。

 

 しかし静香の領域「天穹天弓水磔模様」は呪力だけではなく自身が保有する液体を用いて物理的にも結界を構築している。「一木難支」で穴を空けた瞬間、逃げ出る間も無く液体は垂れ上がり、穴を塞いでしまった。

 

 

「(結界の穴がここまで早く塞がるとは! 二級術師はブラフ、この領域は異様!)」

「(簡易領域に切り替えなければ────)」

 

 

 極彩色の雨と共に静香は男へと駆け出す。

 

 

「毒の術式って言っても毒に耐性があるわけじゃない」

「自分の術式による毒に耐性はあるかもしれないけど、それ以外は普通の人間と同じでしょ」

「私の領域の液体は全て毒、躱せるもんなら躱してみな!」

「出力最大『雨垂れ・豪雨』!」

 

 

 地面から昇り注ぐ雨の全てを「雨垂れ」に変える。

 

 男はタップダンスのように「雨垂れ」の回避に集中している。

 そこにすかさず突っ込む──私の領域は体内の液体全てを使用しているけど、液体が私であり領域が私であるのはそのまま。

 

 つまり、質量をそのままに領域内による性能向上を得られる!

 

 


 

 

『静香って何百何万リットルも液体を持ち運べるんでしょ? 靠撃教えるから覚えようよ! 身体の体重全部乗せる事が出来ればダンプカー以上の激突を簡単に出せるよ!』

 

『誰がダンプカーより重いって!?』

 

 

///////////


 

 

「シッ!」

 

「簡易領域───ぐっ!?」

 

「おらァ!」

 

「ガハッ!」

 

 

 水の針をデコイに飛ばしながら全体重を載せて正面から靠撃をブチかます。

 ゴォン、と重低音を鳴らして衝突した呪詛師が吹き飛んでいく。

 

 けど体重の乗せ方がまだ甘かった。ギリギリ今の呪力強化で防げる範疇なのか飛ばされながらも笑い、こちらを見てくる。

 

 

「覚え……たてですね! フフフ可愛いらしいタックルだ!」

 

「(チッ、やっぱり付け焼刃じゃダメか。簡易領域もつけられた、ほんの少しだけ領域扱いはされるからバフと術式の中和はあるんだっけ。ってことはもう焼き切れから回復した……?)」

 

 

 それならそれでいい。こいつが解毒する時、目に見えて呪力が減る。それなら殺しやすいように雨と水の刃で毒を大量にぶち込んでやる────!

 

 


 

 

『武器を作るコツ?』

『僕の場合は普通に作る工程を術式で省略してるだけだからなぁ。多分静香ちゃんが考えているのには向いてないやり方だよ』

『それでもあえて言うとしたら……大事なものはイメージだよ』

『何を作るのか。どのような特徴を持ち、どのような鋭さを、鈍さを、脆さを、粘り強さを持つのか。』

『流れるようなら、いっそ消えてなくなってしまうか、あるいは押し固まってそこにあるのか。』

 

『えーっと、つまり?』

 

『液体で武器の形をとりあえず作ってから、どれだけ圧縮してその武器を強くするのか、練習するのがいいんじゃないかな?』

『あとは武器術覚えようね』

 

『なるほど……ありがとう』

 

 

///////////


 

 

「形成、流動、固定、霧散────模範する。『有為転変』!」

 

「(液体による武器の構築!)」

 

 

 液体の薙刀を形成し縦横無尽に振り回す。袈裟懸け、貫き胴、足払い。間合いを取りながら反撃を誘う。

 

 

「そこです!」

 

「解除」

 

「ッ!? 目が……!」

 

 

 長物の隙間を縫って呪具を差し込んでくる所に、薙刀の形成を解除し粘着質の液体を男の顔に噴射してカウンターを見舞う。

 

 

「『有為転変』────」

 

「(来る!)」

 

 

 私は見ている。交流会で白夜ちゃんが振るった猛撃を。

 私は見ている。春ちゃんが歩く無音の道を。

 


 

 

『歩き方のコツ? 言うわけないじゃん』

『真似したいなら見て勝手に覚えな』

 

 素っ気なく返したけど、その日から私の前では高専生活の中でも、歩法をよく使って見せてくれた。ただ教わるだけじゃない。見て盗む事の強かさが必要だと春ちゃんは知っているんだろう。

 

///////////


 

 

「(足音が消えた、目と耳を潰されたに等しい────)」

 

「(一の棍棒。)」

 

 

 彼女たちの技術をそのまま使うのは不可能だ。

 

 

「がはっ……!」

 

「(二の短刀、三の矢、四の斧)」

 

 

 だから私が使えるようにアレンジする。

 領域内でのみ使用する縛りを課して、水を足場に衝撃と音を吸収して足音を消し去り、予め決めた武器、予め決めた手順での武器の行使を縛りにする。

 

 右からの頭部殴打、真っ直ぐ突き出した腹部へと突き、下がりながら胴体へ射掛け、左脇から真横に伐採する。

 

 

「(五の鞭、六の礫、七の槍、八の短筒)」

 

 

 身体を打って巻きつけ、当たれば溶ける礫を乱雑に投げつけ、心臓目掛けて槍を突き出し、そのまま至近距離から猛毒の弾丸を打ち出す。

 

 例え技術で呪力で劣ろうとも。縛りで振り方すら固定しようとも。

 当たって血を流せば人は死ぬ。

 

 なら、反撃出来ずに"必ず当たる状況"を作ればいい。

 

 

「九の太刀────!」

 

 

 最後に上から一文字を描き男の頭を鉢割れる────はずだった。

 

 

「あぶ、ないところ……でした」

 

「(逸れた……!)」

「っあ、あっつ……!?」

 

 

 途中から男の反応は鋭敏になっていた。

 乱れた呪力が正常に動きだし、武器が傷口にすり込む有害な物質の影響を物ともしていない。

 

 最後の一太刀は触れる瞬間に振り返り、耳が削ぎ落ちる事と引き換えに私の胸を横一文字に引き裂いた。

 

 

「痛い、なにこれ……私に物理攻撃なんて効かないはずなのに」

「(術式が回復して何かした────呪具の力? それならこいつの領域の時に使っててもおかしくない。熱毒? いやそういう普通のものは効かないはず。液体としての毒というより液体に対して作用するような……)」

 

「驚きました……ゲホッ。失礼」

「あなた、まさかとは思いましたが身体そのものが液体なのですね」

「ふぅ……」

「────私の術式の名前は『凄惨不明(せいさんふみょう)』。お気づきの通り毒物を、正確には青酸ソーダを生成する術式です」

 

「術式の開示……!」

「(このタイミングでの開示。何かする気か、させない!)」

 

 

 生成した刀で切り掛かる。しかし反応速度を増した呪詛師は何箇所もの傷をものともせずに振り払い、反撃する事なく喋り続ける。

 

 

「拡張術式として様々な毒物の生成を可能とし、今使用している『怪人29号』及びその"載"はドーピングです。毒もまた薬ですからね」

 

「(負傷や痛覚の無視は薬効によるもの、毒物の分解はこの説明だとやっぱりクラウディア先生のような反転術式による治療とほとんど同じで極めて複雑なはず、消費を待つまでもなく解毒速度を上回る致死量を叩きこむ!)」

 

 

 水の弾丸を、刃を、矢の雨を静香は放つ。男はピン、と四肢の筋繊維が断ち切れる感覚を朧げに味わいながら超人的な身体能力で雨を掻い潜り続ける。

 

 

「そして領域『日暮途遠市(じつぼとえんし)』は青酸ソーダの中毒症状を引き起こす毒の塗られたナイフの必中……液体というだけではなく、液体の性質をも無効化するとは、さすがに思いませんでしたよ」

 

「こいつ、さっきから人間の動きを超えてる……!」

 

「しかしそれではあなたに勝つことが出来ない。だから私は以降の術式の行使を封印する代わりに必中効果を次のように切り替えようと思います」

「"液体を揮発させる性質の毒物の散布"。もちろん形状は固体に近い形で……」

「これならきっと、あなたを殺せるでしょう」

 

「くっ……!」

 

 

 さっきのカウンターはその確認ってことか、反応したのはミスだった……! こいつ、領域の必中効果を開示の縛りで変更する────いやそれだけで変更できるのか!? まだ何かしらのペナルティを────そうだった術式使用禁止って言って────

 

「領域展開────」

 

「クソッ、反応遅れた!」

 

「『日暮途遠市(じつぼとえんし)』!」

 

 

 妨害するための一発は男の目の前から生えるビルに塞がれる。消耗しているはずなのに一回目よりも構築が速い!

 

 

「ぐぅっなんだこれは、領域が重い!?」

 

「あ!? うるせぇ!!!」

 

 

 領域が完全に構築されたけど男の動きが鈍い、私の領域が外側だから質量か水圧で押し潰されてるのか! クソッそれ気にしてるんだぞ!

 

 

「(動きだけじゃない、領域の押し合いもこっちが有利……!)」

「畳み掛ける!」

 

 

 男の領域に飛び込む。その瞬間身体が蒸発する激痛と熱を感じる。

 

 

「あっつ……!」

 

 

 けれど走り抜ける。痛みを無視して、恐れを振り去って、こいつを殺すために、愛ちゃんを守るために、自分のために、人のとしての理性、枷を脱ぎ去る。

 

 

「ふんッ!」

 

「オラァ!」

 

 

 お互いに上品とは言えない打ち合い。重い身体と蒸発する身体の戦い。相手は痛みを無視していても重さによる制限は振り払えず、私は身体が軽くなる度に激痛が走り動きが鈍る。

 

 

「フゥーー……────!」

 

「素晴らしい!」

 

 

 何合もの果てに全神経が研ぎ澄まされる。

 液体(わたし)が失われていく死への歩みと共に激痛は消え去り、ただ一点の、空に浮かぶ太陽が視界に現れる。

 

 私は太陽へと迫る、それが私の核であると確信しているから。

 これが幻覚、走馬灯であろうと。私は焼け付く空に手を伸ばす。

 そして灼熱の赤をその手に掴んで天を手中に納めた。

 

 曇天は晴れて、無い雲が泣いて、私の手には神鳴が握られるのが分かった。

 

 

「────ッ(なんだこの寒気は)!?」

 

 

 水天一碧。

 

 極限の中で振り下ろした一刀は男の呪具に触れると同時、空間そのものに黒い稲妻が迸らせ、呪具ごと男の胴体を真っ二つに引き裂いた。

 

 

「こ、く……せ、ん……」

 

「はぁ……はぁ……」

 

 

 男の死と同時に私の緊張の糸が途切れて領域が消えていく。

 灰色の街は崩れ去り、空の大地に溜まった雨は足元へと戻っていく。

 

 灰色の街に、虹色の雨が降り注ぐ。

 

 戦いが、終わった。




・領域「天穹天弓水磔模様(あまぞらてんきゅうすいたくもよう)
 静香の領域。
 静香が内蔵している液体を用いて物理的にも展開する領域であり、外縁部分は呪力と液体の二重構造になっている。未熟ゆえ不完全な領域であり、必中効果の付与はまだ不可能。
 領域の環境は天地が逆転し、極彩色の液体が雨となって「地面から空へと昇り注ぐ」というものであり、この雨全てが有害(一括操作になるが無害なものにも出来る)であり、当たったり染み込むだけでも危険。術式によって昇り注ぐ雨を「雨垂れ」並に射出することも可能。
 時間が経つと空に溜まった水嵩がどんどんと降りてきて、最終的には立ちながらに水磔に遭い溺死することとなる。より液体を取り込み結界術が向上すれば最初から満水状態に出来るだろう。
 本人も気づいていなかったが、この領域の内側で展開された領域は、この領域の持つ液体の質量の重さ、水圧がそのまま外側の縁にかかる性質になっている。そのため先に相手を取り込むことが出来た場合、結界術の練度に差があっても押し合いに有利になる。

・術式「凄惨不明(せいさんふみょう)
 呪詛師の有している術式。青酸ソーダに類似した液体を生成する術式。
 かなり危険な毒物なためそのままでも強いが、拡張術式によって呪力効率が悪いものの他の毒物の生成を可能とし、生成量を調整することでドーピングとしても使用している。ドーピングとしての少量利用の場合は気にする程の消費ではないため、ニュートラルの青酸ソーダをドーピングで強化した接近戦でねじ込む戦闘スタイルになっている。
 また、毒を術式に任せてオートで解毒する事も可能。ただし本来は生成する術式であって操作する術式ではないため、他の毒物の生成以上に呪力効率は劣悪。

・領域「日暮途遠市(じつぼとえんし)
 呪詛師怪人29号の領域。灰色がかったビル群、ネオンライトのかかる薄暗い環境。
 必中効果は「青酸ソーダの中毒症状を引き起こす毒が塗られたナイフの必中」。実はこのナイフは手持ちのものを利用するのだが、ナイフを生成する呪具を別で持っているため踏み倒していた。本来はトラップ等様々な使い道がある呪具だが、今回は仕掛けて待つのではなく、能動的に動いてできる限り早く倒さなければならない状況だったため領域以外では使用しなかった。
 切り替えた必中効果は「触れた液体を揮発させる、固体に近い毒物の散布」。術式と領域の開示、切り替え内容の宣言、その他にも呪力を通常よりも消費する事を条件にしていた。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。