酷く澄んだ青いソラ   作:クエクト1030

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第二十話「空白」

「はぁ……はぁ」

「くっ。流石に、疲れた」

 

 

 構築された領域が一斉に解除される。

 

 私の領域は私の液体を全て使う。つまり圧縮していたリソースの展開って事でもある。普段の私は術式を使って圧縮を維持しているけど、これが切れてしまうわけで……。

 

 

「はぁ、幸い人がいなく、て」

 

 

 落ち着いて回収すれば良いはずだった。

 

 気がつけば目の届く範囲に、白く中性的な出立ちの青年が立っていた。

 

 まずい。

 

 

「逃げて!くっ、そぉおおお!!」

 

 

 焼き切れた術式の中で、自分の身体の延長線上という認識のみで液体の回収を図る。けど、速度が全く足りない。水と水とを繋いでいく速度が。

 

 私の必死の抑制が報われる事なく、青年は有毒な液体に──

 

 

「──は?」

 

「あは、この水?油?すごい綺麗だね」

 

 

 青年は、液体の上に立っていた。

 

 


 

 

「改めまして……呪術高専東京校所属の、水上静香と言います」

 

明登(あきと)だよ、よろしく」

 

 

 目の前の青年は明登と名乗る。「明登プロジェクト」と同じ名前。その中身に記載されていた特徴との完全一致。

 

 私が領域展開直後、疲弊と油断を考慮しようとしまいと。まるで存在に気が付かなかった所以。

 

 「人工的な、完全なフィジカルギフテッドの成功例」。

 

 愛ちゃんがすぐに分かるって言ったわけだ。呪力が完全にない人間は滅多にいない。その特徴はある意味で最大の個性だ。

 

 

「妹さんは研究所の方です。無事……だと思います」

 

「……妹?」

 

 

 明登は怪訝そうに首を傾げる。兄妹じゃないのか?でも、特徴や記載されているものには完全に一致しているはずなんだけど。

 

 

「静香──あ、お兄ちゃん!!」

 

 

 呪力の消滅を感知したのか、研究所から愛ちゃんが出てくる。良かった、あの時咄嗟に押し流したから無害な水だけを放出出来たのか不安だったんだ。

 

 

「えっと……」

「ごめん。誰?」

 

 

 場が凍りつく。

 

 その後、幾つかの検証、幾つもの質問を経て。

 私たちは彼について分かったことが、一つある。

 

 彼は、記憶を奪われていた。

 

 


 

 

「彼らはどうなるんですか?」

 

 

 私は研究所に応援が来たため一度外へと退出し、そのまま弓削宗家に足を運んでいた。

 正式な招待。荘厳なる格式、重鎮。他にもバカな私では言い表せない格上の家系。

 

 

「縛りにより公表することはないでしょう。あなた達が報酬を支払うというのですから」

「彼らの扱いは?研究所は?」

「縛りにより外に出られない愛を、どのように扱うのですか?」

 

 

 私は、怒りを隠し切ることは出来ず、当主へと問いを投げかけていた。

 この家が全体のために個体を捨てることは、先生から教わっていたから。

 

 

「一つずつ、お答えします」

「明登さんは高専と縛りを結び、特級術師として、同時に生徒として活動してもらいます」

「理由は二つ。弓削の未来に映らない事を利用した窮地の打開のため。そして、当たり前の子供としての権利を受けるため」

 

「脅迫はしていないですよね」

 

「当然です。彼は他の呪詛師とは異なります。脅迫による縛りはまず意味をなしませんし、敬意に欠けます。彼とは良い関係を築きたい」

 

「……分かりました。では愛は?」

 

「彼女についてはまだ何とも。現在悉蔵、漆天宮、別籬現宮の三家で分析していますが、彼女を生きたまま普通の暮らしをさせるのに当たって有効な手段は見つかっていません。流石に昨日の今日では。」

 

「そうですか」

 

「我々は、あなたの報酬を使わせるまでもなく、彼女の人生の保証と補助を行いますよ」

 

「なら……異存はありません」

「資料の内容について、こちらも契約は引き続き守ります。」

 

「ありがとうございます。」

「では報酬の話を」

 

「高専が保有する、呪具を含めた全ての液体の使用権を頂きたいです」

 

「……分かりました。それが、縛りですからね」

 

「ありがとうございます。」

 

 

 感謝の言葉を言うけれど、そんな思いは微塵もしなかった。

 当たり前の報酬。

 そもそもこの事件は、彼らから出た身のサビで、サビを落とすことの出来なかった無能と、サビが起こした罪の澱(明登)で。

 

 そのせいで、東京全体が危うく世界から分離される所だったんだから。

 

 

「要件は終わったので失礼しま──」

 

「お待ちください」

 

「……何でしょうか」

 

 

 やる事は終わった。なのに立ち去ろうとする私を当主は引き止める。

 これ以上何の要件があるというのか。

 人間蠱毒の諸悪の原因。無能の盲どもが。

 

 

「あなたを、弓削の名において一級術師へと指定します」

 

「……恩義のつもりですか?それとも早死にしろと?」

 

「正当な評価だと、思います。」

「あなた以外にも漆天宮音弥もまた一級へと指定されました」

 

「音弥も……」

 

 

 まぁあいつは事件前から、私よりもよっぽど完成度の高い領域にまで来てたし、当然か。

 

 

「私たちは好き好んで死ににいけと言うわけではありません」

「せめて、報酬という点において。私たちは誠実でありたい」

「それしか私たちに贖う方法は、ありませんから」

 

「そうですか」

 

 

 それはつまり、実力を評価しているのであれば、等級の枠組みを無視して現場に駆り出すこともあると言う事だろう。

 

 安全なために下の等級で頑張る真面目な人も、強引に引き摺り出す。システムというものが意味をなしていないのが実情なんてね。

 

 

「片腹痛いですね。まぁ、受け取っておきますよ」

 

「はい」

 

 

 今度こそ私は立ち去る。

 

 疲れた私は弓削宗家の敷地で空を見上げる。

 私の思う空は自然にあるものじゃないけど、それでも空模様を見れば心が紛れるというもの。でも、さっきの問答の最中に曇ってしまっていたらしい。

 

 

「これじゃ余計に嫌な気分だな。クソ」

 

 

 今回の事件での死者は少なかった。早期に解決出来たこと、高専側が罠を張っていたこと。色々要因はあるけど。 

 

 でも私の心には嫌な空白が出来ていた。呪術界という構造への信頼の喪失が。

 それは、同じ十傑の一員である音弥への不信に繋がった。

 

 

「勝手に信じられなくて勝手に苛立って……」

 

 

 気に入っていた、尊敬していた。そんな自分の気持ちが自分のわがままで勝手に壊れていく。笑えもしない。あいつは悪くないだろうに。

 

 降り始めた雨の中、私は地面を蹴りながら帰る。

 

 この日のアメは、酷く気に入らなかった。

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