俺の中に強い意志なんてものが眠っているのかどうか、あの頃はわからなかった。だが、それを信じてくれる父さんの言葉が、俺にまず『生きる』ということを選択させてくれた。
————……しかし、流星塾に行ってからの最初の数年間は、順風満帆とはいかなかった。
年齢の割には、身体がまだ小さく。喘息持ちでもあった俺は、いじめの格好のターゲットだった。同じように、九死に一生境遇の子が集められた……といっても、それ以外はただの子供だ。ある程度の人数が集まれば、少なからずいじめは起きて当然だった。
特にひどかったのが、澤田という男子で、当時流行していたアニメに倣って、ちゃんばらごっこに明け暮れていた。ここまで言えばわかると思うが、木の棒で叩かれていたのは、いつも俺だった。あいつ一人にも負けていた上に、徒党を組んでやってくるから、もうどうしようもない。
父さんが注意しても、クラス一番の美人だった沙耶が止めても、他の男子が割って入っても、なかなか止まらなかった。
ロクに抵抗もできず、木の棒で叩かれるたびに、俺は惨めな思いをしていた。どうして父さんは俺にあんなことを言ったんだろう、俺なんかが強いわけがない。どうして母さんは助けてくれないんだろう、どうして俺を置いて……俺を見捨てて、死んでしまったんだろう。
俺の手が汚れていたからなのか。
俺がもっと良い子にしていたら、母さんは手をつかんでくれたのか。
神様はどうして俺だけを助けたのか。
自分に生きている価値なんてあるのか……。
そう、世界と自分を呪いながら、ひたすらに鬱屈としていた日々が続いた。
———だが。
それをたった一人で止めてくれた少女がいた。
「たくさんの人ずうで、こんなヒキョーなことやめなよ!」
園田真理。
俺よりも、当然澤田よりも年下にもかかわらず、彼女は俺に対するいじめに猛然と立ち向かっていった。
頭から澤田達のところに突っ込んで、モップやバットやのこぎり、近くにあるものは手当たり次第に振り回した。そのくらいしないと、連中は止まらなかったというのはあると思うが……それにしたって、女の子にしてはとんでもない度胸だったと感嘆する。
あの時の俺と澤田の呆気にとられた顔は、真理の武勇伝とともにしばらくクラスでも語り草だったくらいだ。
「くさか君、だいじょうぶだった?」
「まり……ちゃん?」
「これからいじめられたら、いつでもわたしに言ってね!」
なんて温かくて、明るくて、優しくて……強い女の子なんだろう。そう思った。そして、彼女の中に俺は喪った母親……いや、それ以上の何かを見た気がした。後光がさすなんてものではない、俺にとっての聖母だった。
あれは、一目惚れだったのか?その答えは俺自身にもいまだによくわからない。確かなことは、俺のことを真理という存在が救ってくれたというだけだ。
暗い暗い水の底から、母に振り払われたはずの俺の手を握って、引き上げてくれた。それは、尊敬する父さんですら成し得なかった唯一の救いだった。
「ありがとう!ぼくは、くさかまさと……きみは?」
「わたしはそのだまり!たぶん年下だから、まりって呼んでくれていいよ、くさかくん!」
そこから、俺と真理と仲良くなるのに時間はかからなかった。
もともと流星塾は、孤児院のようなところだ。多少学年が違っても、一緒に教育を受けていたというのもあるが……俺の思いは付き合いを深めるごとに、時を重ねていくごとに、どんどん強くなっていった。
彼女といると、俺は惨めで辛い思いをせずに済んだ。彼女といることで、俺は生きていることを幸せだと思えた。日々の全てが、輝いて感じられた。
俺は……真理に依存していたのだろう。境遇を考えれば仕方のないところもある。しかし同時に、俺の中にはもう一つの思いも強くなっていた。
それは、真理に守られるだけではない……次は俺が真理を助けてみせる、という思いだ。真理は強かったから、澤田たちを追い払えた。俺が強くなれば、真理に頼らなくて済む。
そしていつかきっと、真理に告白する。強い男になって。
—————とはいえ。
子供の身にはそんな機会はそうそう訪れることはなく、俺は真理に浄化されていくような気持ちで日々を過ごしていた。真理をきっかけに、少しずつ流星塾の環境にも慣れてきて、友達もできてきた。漠然とだが、里親が見つかるその日まで、こんな平和な日が続くんじゃないか、真理と一緒にいられるんじゃないかという希望を持ち始めていた。
しかし。それがある日から、変わった。
澤田は真理にやられた腹いせなのか、真理のものを隠したりするなどの嫌がらせを働くようになったからだ。