死滅回游の一般泳者   作:モチゴメ

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第8話 珠玉

 〔side 禪院(ぜんいん)珠彦(たまひこ)

 

 禪院 珠彦。

 それが俺の名前だった。

 

 呪術界における名門、御三家きっての武闘派である禪院家に生まれた俺は、しかし幸のありそうな名前に反して呪術の才能を持たなかった。

 

 『禪院家に非ずんば呪術師に非ず』

 『呪術師に非ずんば人に非ず』

 

 そんな家訓を掲げる家でそんな落伍者が生まれたらどうなるかは、最早語るまでもないだろう。しいて言うなら()()()()が多かった。

 

 当然そんな環境に耐えかねた俺は、形だけ籍を置いていた中学校を卒業すると同時に上京することを決めた。

 家も止めることなく、むしろ「二度と戻ってくるな」と絶縁状を叩きつけてきた。そんな事をせずとも戻る気などさらさら無かったが、すっぱり縁を切れたと考えれば良いことと言えるだろう。

 

 ただその際、禪院家のお偉いさんに『ある呪物を飲み干せれば当面の資金を工面してやる』と話を持ち掛けられた。

 当然訝しんだが、上京するのも『禪院家に居たくない』という後ろ向きな思考からであり、『それで死んでも良いや』と俺は投げ槍気味にその話を受けた。

 

 結果、俺は東京でアパートを借りるところまでこじつけた。流石は名門、その程度は端金という事だろう。

 (蛇足だが、その気ならマンションを買える金額だった。流石にそんな事はしなかったけど)

 

 それから数年。

 残った金は将来の為に銀行へ預けて、俺は高校に通いながらバイトを掛け持ちして日々を過ごしていた。

 色々と不都合こそあったものの、禪院家にいた頃と比べれば極楽そのもの。無事に高校3年の10月も終わるころだった。

 

 そんな時だった。死滅回游(しめつかいゆう)に巻き込まれたのは。

 

 11月1日午前0時。

 突如現れた『コガネ』と名乗る式神に叩き起こされ、東京第1結界(コロニー)泳者(プレイヤー)になっていることを知った。

 どうやら家を出る際に取り込んだ呪物が原因らしい。

 

 正直に言おう。ぶち切れた。

 

 長年苦しみ続けた呪術の世界から解放されたと、やっと極楽を手にしたと、そう思っていたのに。約3年でそれを取り上げられたのだ。たった3年で、だ。ふざけんなと切れ散らかす権利があるだろう。

 特別な才能がある? 天然物の器? そんなもの、俺は一切望んでない。俺は平和に生きたかっただけだ。

 

 だが現実は無情(クソ)だった。

 早々にレジィと名乗る術師に見つかり、殺されかけた。

 

 禪院家で味わい続けてきた鉄の味は、久々に俺の心を(やすり)に掛けた。

 

 その際、命を見逃してもらう代わりに手下になる契約を結んだ。

 家を出るときは死んでもいいと思っていたのに、3年かけて沁み込んだ『生』の味は、俺を虜にしていた。

 

 当然、人も殺した。なぜなら死にたくないから。

 

 レジィや黄櫨(はぜのき)といった術師連中から教わり、そして少しずつ呪物――正確にはそれに封印されていた術師――の力を理解して得た呪術で、俺は、人を殺したんだ。

 

 鉛を飲み込んだ気分だった。

 


 

 東京第1結界某所。

 

 4人の術師が化野(あだしの)の四方を取り囲んでいた。

 それぞれの実力はほぼ等しく、それが4対1の状況を作っている。そうなれば4が優勢、1が劣勢。そう考えるのが自然だろう。

 そう、4が優勢。その筈だった。

 

「アッハハハハッ! ()っ…てぇ~~なぁ~~!!」

 

 右手首と左前腕部の中腹辺りから先を欠損し、止めどなく血が零れ落ちている。顔面の左側は大部分がドロドロに焼け溶けており、その眼窩は暗い陰を嵌め込んでいた。胴体や左腕、右脚からも裂傷等から止めどなく出血しており、反転術式による回復もいつの間にか止まっていた。

 

 満身創痍。

 

 誰が見てもその一言を思い浮かべるであろう重篤な状態にも関わらず、その男は狂ったように高らかな笑い声を挙げていた。

 

「っ…!!」

 

 遠くから援護に徹していた珠彦が、思わず後ずさりする。

 

 一体それを誰が責められると言うのか。いや、俺を手駒として鍛えそして使っているレジィらがそれを見れば、眉を顰めて叱咤するかもしれない。けど俺は今アイツらから離れた位置にいて、援護に徹してる。だから誰も知らない、だから俺が責められる事はない。

 

 珠彦は誰に見られているでもないが、そう自己弁護に縋り現実から少しでも目を背けようとしていた。だって、あの怪物は。

 

 ギョロ、と。化野の残った右眼が珠彦のいる方向へ向いた。

 援護が止まった事を認識し、式神使い(たまひこ)が恐怖に染まって戦意を失いかけている事を即座に理解したのだ。

 

 死が、こちらへ向かおうとしている気がした。

 

「う、うわぁぁぁぁ!!!!」

 

 珠彦が錯乱しながらも、叩き上げられた技術を用いて術式を行使する。

 

 ――式鬼折々(しきおりおり)瑞龍(ずいりゅう)

 

 握手のような形に叩き合わせた両手の隙間から、モゴモゴと肉が起こる。

 それは肥大化していき、やがて人一人を容易く呑み込める大きさの東洋龍となって窓から飛び出して行った。

 

 式鬼折々は、呪物を沈め返した事で珠彦が新たに獲得した術式である。

 それは、既存の生物を素に四種の式神を生成する術式。しかしその神髄は、式神を素体にして新しく式神を生成できる点にある。

 珠彦はそこに活路を見出した。

 始めは空気中の微生物から生成するため、蠅頭(ようとう)と同程度の弱い存在。しかしそこから生贄として流用し、蠅頭を上回る式神を生成。そして作り出した式神を更に生贄に…と折り重ねるように繰り返していき、やがて珠彦は、準一級呪霊相当の式神を生成する事に成功していた。

 

 東洋龍が巨大な顎門を開き、化野を飲み込まんとする。しかし化野は最小限の動きで横にズレて回避。過ぎていく東洋龍の動きで発生した風を受け、乱れたウルフカットがたなびく。

 併せて伏黒・黄櫨・レジィの三人が追撃を仕掛けようとするも、事前に把握しているかのような挙動で水弾や氷、爆発や式神などで先制され動き出しを潰される。攻撃の威力は必要最低限に抑えこまれていたが、それは逆に言えば高効率で対処できているという事。

 そしてその動きは、先ほどまでより更に洗練された動きだった。

 

「(また動き出しで潰された! しかもこいつ、さらに動きが良くなってやがる!!)」

「(間違いなく死にかけの筈だ! なのに、何でここまで!)」

 

 三人の顔が驚愕と焦りで染まる。優位に立っているのは自分たちだった筈。しかし死にかけの状態ながらも自分たちを対処し切り、そしてドンドンと成長し続ける化野を見て、珠彦と同様に恐れを抱かずにはいられなくなっていた。

 

 半面、化野の胸中は先ほどの狂笑に反して静かに凪いでいた。

 

「(血液が足りない、全身が焼けるように痛い。というか実際に焼かれてるんだけど、それ以上に苦しい。でも、それが些細なほどに楽しくって仕方がない)」

 

 穏やかに思考と感情を整理し、盤面を覆す一手――即ち、黒閃(こくせん)を狙えるタイミングを見計らっていた。

 

 黒閃。

 呪力と打撃との誤差0.000001(ひゃくまんぶんのいち)秒以内に発生する特異現象。

 それを決めた物はアスリートで言うゾーンに入ったような感覚に入り、その前後でコンディションには雲泥の差が発生する。

 

 グングンと成長し続けている事は自覚していながらも、しかしこの窮地を完全に脱するには今一つ足りない。

 ならば、大きく場を変えるためには黒閃以外に方法は無い。

 ――そして、その時は来た。

 

 東洋龍(ずいりゅう)は図体が大きく、端的に言えば殴りやすかった。

 そして攻撃を加えるために至近距離まで近付いて来るため、その点でも打撃を叩き込むサンドバッグとして最適だった。

 時折近・中距離の式神使い(ふしぐろ)も近接戦を仕掛けてはくるものの、やはり東洋龍の方が腰の入った拳を叩き込みやすかった。

 

「(俺の推測が正しければ、黒閃の発生条件は()()だ。)」

 

 化野は朱堅との特訓と並行する形で、呪術の独自研究を進めていた。そしてその結果、黒閃の発生条件にこのような仮説を立てていた。

 

 一、100万分の1(0.000001)秒以内である事。

 二、呪力を伴った打撃を放つ事。

 ――そして三、呪力の純度が100%である事。

 

 呪力の純度とは、そこに込められた感情。その比率である。

 そして純度が100%というのは、即ち一種類だけの感情で呪力を構成するということ。

 

「(黒閃は呪力が密接に関わった現象で、呪力は感情由来のエネルギーだ。

 それなら、黒閃に感情が関わっていてもおかしな話じゃない。)」

 

 一つの感情から呪力を練り上げる、それだけならばそう難しい事ではない。

 問題は、それを維持した状態のままで攻撃に移る事。

 敵意、痛み、苦しみ。それらが一切混じる事ないままに攻撃を叩き込む事は、まさに至難の業である。

 例えば低気圧による気怠さ、湿気への苛立ち。そんな些細なものであっても、決して呪力に混ざってはならない。

 その為、それを成立させるためには「一意専心」「誠心誠意」。呼び方は何でも良いが、眼前の状況と真摯に向き合い、一度の行動に全霊を込められる精神性が必須である。

 

「(その為に状況は作った。治癒を止めて死の間際ギリギリを維持、アドレナリン等の脳内麻薬の分泌を促して集中力を向上。無駄を削ぎ落とせ。目の前のことだけに没頭しろ)」

 

 雑念を削ぐため激痛に身を浸すという矛盾。しかし化野は常軌を逸した精神性でそれを成立させていた。

 出来なければ死ぬ。そんな状況を意図的に作り出し、己を追い込む背水の陣。

 それを可能にするのはひとえに「飢餓感」。現状(よわさ)を苦しみ、可能性(つよさ)を求める愚直なまでの獣性。

 それを、込める。

 

「(100%の感情(のろい)を叩き込め、右手断面(こぶし)に乗せろ。

 それが出来ないんなら、潔くここで死ね――!!)」

 

 一体、黒閃の仮説が正しかったのかは定かではない。

 この状況に発生した事実はただ一つ。

 

 ――彼を祝福するかのように、世界が口角を黒く歪めた事だけである。

 

黒 閃(こくせん)!!

 

 世界は歪み、黒き雷は発生した。

 龍の巨体には風穴が開き、その姿はやがて塵となって消えて行く。

 

 全能。

 全身を駆け巡る二文字の感覚に身を委ね、本能のままに化野が動いた。

 

「なっ――」

 

 空気の面を捉え、呪力を小さく爆発させるように放出。

 側面へ転がり込むかのような動きにも関わらず、それは目にも止まらぬ速度。化野がレジィの懐にその身を移した。

 

黒 閃(こくせん)!!

 

 左飛び膝蹴りが鳩尾にクリティカルヒット、レジィに血反吐を吐かせてノックアウト。

 命を奪うには至らなかったものの、確実に戦線復帰は見込めないダメージを負わせた。

 

「一人目」

 

 再び同じような機動で黄櫨の下へ向かう。

 その動きはさらに早く、そして速い。

 反撃は、間に合わない。

 

黒 閃(こくせん)!!

 

「ごはっ!!」

「二人目」

 

 左ラリアットを食らい、黄櫨が白目をむく。

 慣性に従い吹き飛びかけるも、化野が左手でその手を掴み、逆方向の伏黒へその身を投げる。

 高速で飛んで行くも、伏黒へぶつかる直前に化野が追いついた。

 

「もう、一、発!!」

 

黒 閃(こくせん)!!

 

「がっ!!」

 

 ピンポイントで重なった二人の身体に、右ストレートが叩き込まれる。

 黄櫨が緩衝材となったために比較的ダメージは少ないながらも、しかし伏黒も確実に命が削れたであろう感覚がした。

 

 4連続の黒閃。

 本能に従って縦横無尽に駆け巡った末、一気に戦局は覆った。

 

「(でも、まだ足りない!! もっとだ、もっと行ける!!)」

 

 いつの間にか全快していた化野(かいぶつ)はさらなる進化を求め、自然と掌印を結んだ。

 珠彦は距離が少し遠いため届かないが、しかしデザートとして後回しにする事を選択した。

 

「(嘘…だろ…)」

 

 伏黒が掠れる視界でその姿を捉え、先の光景を幻視する。

 死が、目の前に迫っていた。

 

 しかし、突如そこへ混沌(はんら)象徴(へんたい)が舞い降りた。

 

「領域展――」

「わぁ前から車が!!」

 

ド ン ッ ! !

 

 どこからともなく軽自動車が現れ、化野と衝突。

 なぜか不動の姿勢のままに、地面と直角の軌道を描きながら縦回転と共に天高くまで跳ね飛ばされた。

 

「……は?」

 

 唐突に降って湧いたギャグのような展開に、思わず伏黒が気の抜けた声を漏らす。

 

 ――しかし驚くのも無理はない。

 

 ガチャリと音を立てて軽自動車のドアが開き、運転席から一人の男が降りる。

 

 ――現れたのは時代の新星、次代を背負って立つ男。

 

 縦半裸の珍妙な姿をしたその男は、時間をかけてゆっくりと腰を捻りポン酢を掲げ、そして場違いなまでにふざけ散らかしたテンションで叫んだ。

 

 ――即ち笑いのニューウェーブ、髙羽(たかば)史彦(ふみひこ)ぉーーー!!!

 

「真打登場だぜーーー!!!!」

 

「いや誰だよ…!!」

「つかどっから聞こえてんだ、このナレーション…」

 

 黄櫨と伏黒の痛みに堪えながら漏れ出たツッコミが、木枯らしと共に溶けて消えていった。

 

死滅回游泳者 髙羽史彦

所持得点(しょじポイント) 0点

 

デ ン ッ ☆

 

「今話のトリは俺!!」

 

 そして無意識ながらも同時に思った。助かったかもしれない、と。

 




この展開をずっとやりたかったまである。
ただ微妙に滑ってる感を出せてるかが不安。

あとポン酢は執筆中に発生した誤字ですが、「まぁ髙羽だしな」と急遽そのまま採用しました。
なので誤字だけど誤字じゃないです。

また呪力の純度云々の話は独自設定です。

2026/01/04追記
一部文章を修正。
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