突如現れた軽自動車によって、何十メートルも高く跳ね飛ばされた
未だ空へ向かっているほど衝突の勢いは強く、化野の全身に激しいダメージを与えていた。
にも関わらず活動に一切の支障は無く、それが原因で死ぬイメージが一切湧かないという矛盾。挙句の果てには、このまま慣性に従った末に落下しても、某一族を彷彿とさせる上下反対の姿勢で地面に突き刺さるシュールギャグ*1が起きると想像できる有り様だった。
「(痛みはある! ダメージもある! なのにそれらで死ぬことは絶対にないという謎の確信がある!)
なんだこれ、本っ当に訳分かんねぇ! ハハハ!!」
奇天烈、摩訶不思議、意味不明。
降って湧いた珍事に爆笑しながらも、化野は状況を分析する。
「(にしてもあの軽は何だ? 俺の
黄櫨や
化野は気体にした呪力をチャフのようにバラ撒き、呪力の起こりなどから黄櫨たちの動きを把握することで事前に対処していた。
虎隠による不意打ちを対処できたのも、チャフを散布し始めた直後だったため辛うじて反応できたというものである。
「(つまり突然現れた? 生成、転移、いや根本から違うな、死なない確信という不自然が説明できなくなる。…そう、不自然。言うなれば、諸々の理屈を吹っ飛ばして事象を上塗りしてるような…なるほど)」
思考を巡らせることで、一つの取っ掛かりを見つける。
「(軽自動車で空高く吹っ飛ばし、それでも死なず、容易に想像できるギャグ展開! これらの要素から成立する理不尽、つまりは『ギャグによる現実改変』!
◇◇◇
「概念の絡む術式?」
朱堅から手解きを受けていた際、化野は気をつけるべき異才について説明を受けていた。
「おう。俺はいっぺんソイツに負けてる」
「へー、どんなの?」
「クッソ淡白だな…まぁ良いか」
朱堅は空のペットボトルを手に取り、ゆっくりと傾ける。
「俺ん時ぁ言うなりゃ…『仮想の海を創る術式』ってとこだったな」
最終的にひっくり返ったそれからは何も溢れないが、中に水が残っていれば当然、水溜まりでも作っていたことだろう。
「もちろん仮想だから、実際にある訳じゃねぇ。周りの
だが俺は溺れた。動物、虫、色々なもんが荒波に揉まれまくった。あん時たまたま隊長が通りがかんなきゃ、まず死んでたろうな」
「隊長…あー、前に言ってた
「そうだ。今の説明にゃ蛇足だから省くが、そん時に俺ぁ、間違いなく負けたんだ」
俺がだぞ? と強調する朱堅からは、それだけ重要なことであることが伺えた。
「よりにもよって水攻めだったってのもあるが、概念が関係してるのはかなり厄介だ。…それが何故か、分かるか?」
化野は頭を回し、一拍ほど置いたタイミングで答えた。
「…攻略法が限られるとか?」
「正解、ただの呪力強化でどうこう出来る範疇に無ぇんだよ。
よっぽど規格外の出力してりゃ話は変わんのかもしんねぇが…まぁ空論だぁな」
◇◇◇
「(なるほど実感して分かった、確かに規格外! 今の俺じゃ勝ち筋が無いな!
あの
状況への興奮を感じつつも、冷静に戦力差を計る。
結論、『敗北必死』。
脳内に浮かんだその文字列に対し、彼はさらに、より楽し気に笑みを浮かべた。
「――だったら何だぁ!!」
その程度で、化野が愉悦から目を背ける事などありはしない。勝ち筋が無ければ作るまで。
何よりも。
「臆して生きるよりは楽しんで死んでやる! 負けて死んだらその程度ってこったろ!」
――それが、化野のスタンスである。
ようやく上昇が止み、刹那の無重力下で口を開いた。
「『
――術師が最も
それは『命を懸けた“縛り”』。
自らの死を確定することにより、呪術の制限を取り払う背水の陣。
術師としての覚醒より十余日。大虐殺によって100点を稼いだ才能の原石たる化野三希は、早々ながらもここを自らの終着点として定めたのである。
現在の標高200m。災厄の卵は、自らを贄とした塵殺に挑む!!
時同じく東京第1
朱色の髪を刈り上げ、鼻背から左顎にかけて伸びる傷痕。日車に近い体格をしているが、鍛え上げられたその肉体は、日車と違い戦闘経験が豊富である事が伺える。
そのピリついた空気から戦意を感じつつも、点が目的である可能性からダメ元で日車は言う。
「一足遅かったな、もう俺に100点は無い」
「みてぇだな、残念だ」
淡泊な返答とその呪力の様子から、戦いは避けられない事を確信した。
「(この男、相当強い術師だな…)」
嘆息しつつ、自身も呪力を纏い臨戦態勢を取る日車。
問答は不要。すぐさま状況を把握し、互いにただ相手を倒す以外に道は無い事を理解した。
朱堅は想定を超えていた日車の力量に。
日車は自らの身を守るために。
先手を取ったのは日車だった。
「
ガンガンガンガン!!
ガベルが打ち鳴らされ、一瞬にしてギロチンに囲まれた法廷が形成される。
直接的な加害性を持たない故に、その展開速度は平均的な領域を凌駕する。
「――!」
またもや想定を超えた状況に、対応する間もなく領域に取り込まれた朱堅。
平安の術師でさえ対応できぬ程に、日車の才能は常軌を逸していた。
「この領域では、言葉を除いた一切の暴力行為が禁止されている。抵抗は無駄だ」
自身の式神『ジャッジマン』を背に、日車は説明を始める。
裁判を行って相手から有罪を勝ち取り、術式を剥奪する。それにより調子を崩した相手に、一方的な攻撃を加えて勝つ。
それが日車の戦い方である。
『受肉体:朱堅は2018年11月4日、新宿にて――』
だがしかし今回に限り、それが裏目に出た。
「――暴力でなきゃ良いんだな?」
「(最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ!!)」
レジィ一派の一人――
流れからレジィ一派に加わり、化野との戦闘を援護し、そして幾度と狙撃されかけた事で、そのストレスは
そして今。天高く撥ね飛ばされた化野の呪力が爆ぜたことから、一帯の術師全員を確実に皆殺しにする気だと確信した。
「(何が最悪かってアイツ絶対それが出来るやつだ!!)」
遠目からでも、レジィたちとの戦闘から右肩上がりに強くなっていく様がよく伝わっていた。
そんな術師がさらに呪力の圧を強めてきたというのだから、珠彦の精神は限界だった。
「(どうするどうする!? 何処に逃げても絶対に見つけ出して殺しにくる!! 確信がある!! どうするどうすりゃ――)」
瞬間、珠彦の思考に光明が差す。
髙羽は化野をいとも簡単に吹っ飛ばした実績がある。
あのふざけた男の近くにいれば、生きていられるのではないか。
恐怖から錯乱した珠彦はそんな結論を叩き出し、そして気付いた時には既に行動した後だった。
今までに無い早業で瑞龍を生成。頭にしがみつき、猛スピードで飛んでいく。
「うわぁ何だチミは!?」
瑞龍の顎は伏黒たちと話していた縦半裸を捕らえ、全身全霊で化野のいる座標から遠ざかっていく。
「そこのチミ! スピード違反ですよ!」
助かるために髙羽を頼ったものの、瑞龍に咥えられているにも関わらず平然とボケをかます姿に思わずイラつきを覚えた珠彦は、衝動の余りに叫んだ。
「今、命の危機なんだよ!! 分かってないのか!? 俺は死にたくないんだよ!! 分かる!? 俺は!! ――死にたくねぇんだよォォォ!!!!」
重力に従い落下が始まる――その寸前、化野は身体を捻り体勢を変え、足を上空へと向ける。
そこには空気の面――先ほどの黒閃で研ぎ澄まされた超感覚によって偶然にも知覚した、どこにもありうるジャンピングポイントがあった。
化野は先ほどのようにただそれを蹴るのではなく、足先で呪力を小さく爆ぜさせる。
「何だ!? 一体何を――」
地上の伏黒は連れ去られた髙羽を余所に置き、猛スピードで落下する化野へ焦点を向けた。
墜落死。
その言葉が脳裏に浮かぶほどの勢いから困惑に染まる。
その行動の真意は――化野が地面へと衝突する寸前に見えた、その手で結んでいた
──本来ならば芽の生えぬ才能。
──本来ならば発生しえぬ邂逅。
これは、それらが織り交ざることによって生まれたバタフライエフェクト。
奇しくも同時刻、東京第一結界にて。
──3種の術式世界が産声を上げた。
「
ギロチンに囲まれた法廷、その半分が灼熱の鉄鉱山に飲まれた。
美しささえあったその場は穢されていき、足下には岩盤が広がり壁面からも土埃が舞う。
不可侵であるはずの領域が侵された衝撃で、日車の顔が驚愕に染まる。
「バカな…」
「
どこまでも続く砂浜が広がり、どこにも海は見えないにも関わらず足下は海水に浸っている。
そして何時の間にか判然と佇んでいる化野の周囲に、いくつもの水柱が海水より立ち上った。
「――領域!?」
「
雲一つない青空が、全方位に続いていく。
それは上下もしかり。
晴れやかなる空は一転、永劫に落ち続ける空の孔である。
その只中。
「メ〇! 私たち、風になってる!」
「うるさいな!? 何なんだアンタはマジでよぉ!!」
「お前はト〇コ?」
「違うわ!!」
この展開をずっとやりたかったまであるパート2。
起承転結で言えば転に入ったところです。
高羽のギャグが余りにも難しい⋯
次回、日車のターンです。
2026/3/16追記
珠彦の口調、及び領域内の描写を修正。
2026/04/29追記
朱堅の容姿に関する記述や領域内の描写を追加。
及び一部文章と珠彦のセリフを修正。