キヴォトスにはキヴォトスのおとぎ話がきっとある。これはその一片。

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キヴォトスいちのどんがっちゃん

補習授業部の4人で課題を片付けていたときのことです。

アズサちゃんが聞き覚えのある歌を口ずさんでいました。

「どんがっちゃん、どんがっちゃん、キヴォトスいちのどんがっちゃん」

「わあ、懐かしいです。どんがっちゃんの唄」

「ヒフミも知っているのか?」

ノートから顔を上げて、アズサちゃんは不思議そうに言います。

「どんがっちゃんはアリウスに伝わるおとぎ話で、他では知られてないと思ってた」

「私もそれ知ってる」

ペンを走らせながら、コハルちゃんが話の輪に加わります。

「でも題名は気のいい魔弾さんじゃなかった?」

ハナコさんが目を細めて(きっともう課題が終わったからです)

「お嬢さんと魔弾のお話ですね。私が聞いたときはキザな魔弾でした」

「いろんなバリエーションがあったはずです。人形劇とか、紙芝居とか。アズサちゃんはどうでした?」

「私は人から語って聞かせてもらったんだ。どんがっちゃんという題名はその人が小さいときの私にあわせて変えたのだと思ってたけど、ヒフミもそう覚えていたんだな」

私はペンを置いて、小さな決心をしました。なんだか気恥ずかしいお願いのように思えたのです。

なので、お願いのまえに一呼吸が必要でした。

「ねえ、アズサちゃん。私、アズサちゃんのどんがっちゃんを聞いてみたいな」

「ううん、恥ずかしいな。それに全部覚えているか分からない」

アズサちゃんが断りかけると

「でもアリウスのお話だと、本で探すのは難しいですね。ずっと口伝てに残されたものでしょう?」

「くちづ……!?」

ハナコさんが助け舟を出してくれました。

「物語は変化するものですから、完璧に暗唱する必要なんてないのですよ。なんならアズサちゃんがこっそり別のエピソードを挿入してもいいんです」

「そうにゅ……!?」

やっぱりコハルちゃんにちょっかいをかけたかっただけかもしれません。

「……っ。私も気になる!アズサの魔弾さん」

「分かった。じゃあ、その……思い出しながら話すけど聞いてくれ」

 

 

どんがっちゃん、どんがっちゃん

長い小銃を持ったお嬢さんが一生懸命になって的当ての稽古をしていました。

どんがっちゃん、どんがっちゃん

撃っては桿を引き、撃っては桿を引き、けれども的はぜんたいきれいなままです。

「あの子、まるであたる気配がないねえ」

弾かごにしまわれていた弾の中でも、いっとうおしゃべりなやつが話はじめました。

すると周りも応じて「あたらないね」「ちっとかわいそうだよ」とめいめいかってに口を開きます。

「あの子、もしかすると落第してしまうかもしれないよ。毎日稽古にしているのになかなか上達しない」

「気の毒だよ」「ああ、気の毒だ」

「なあ、おい。君、魔弾の君だよ」

「なんだい」

「あの子に手をかしてやりなよ。試験の日にさ。あのまま落第じゃかわいそうだ」

「あんまし気が進まないな」

魔弾と呼ばれた彼はほんとうに魔法の弾でした。どんなものにでも必ずあたるのです。けれども一度だってその力を使ったことはありません。魔法の力を使うと災いが起きてしまうらしいのです。彼はそれが恐ろしくて、ずっと他の弾にまぎれて生きてきました。

魔法の弾と言っても見た目は普通といっしょなので、大人しくしていれば人間には気づかれないのです。

どんがっちゃん、かちゃん

お嬢さんは弾を撃ちきって、牛の目玉みたいな的はやっぱりきれいなままでした。

「ほら、あの子が弾をとりに来るぞ」

「僕は気が進まないよ」

「これまでみんな君を匿ってやったじゃないか。ちっとは僕たちの頼みをきいてくれてもいいじゃないか」

「そんならしかたない。あの子を手助けしてやろう」

「よしきた、こっちに気づかせるぞ。そら」

そういうと、みんなが真ちゅうの身体をカラカラいわせて歌いだしました。

 

「お嬢さんお嬢さん 撃つのが苦手なお嬢さん

けれども稽古は人一倍 僕らはずっと見ていたよ

朝の早くも夕時も 一人で毎日どんがっちゃん

的にはてんであたらない それでも毎日どんがっちゃん めげるなめげるなお嬢さん」

 

「まあ」お嬢さんは目を丸くして弾かごを見ました。その目にうるうるとしずくがたまっていきます。

「ごめんなさい。私へただから、本当にごめんなさい」

ついにはぺこぺこ頭を下げてあやまりだしてしまいます。

すると魔弾の彼が「お嬢さん、顔を上げてください。みんなはただあなたを元気づけたいだけなのです」

「ごめんなさい、私はもうずっと憂うつなのです。明日は試験の本番です。こんな調子では落第して、クラスのみんなに笑われるに違いありません」

「お嬢さん、心配いりません。私は魔法の弾なのです。ここのみんなは気のいいものたちで、私の力を使ってお嬢さんが落第しないように手助けしようと、そう言うのです」

「まあ、魔弾!」

「そう、その魔弾です。他の人には秘密にしておいてくださいね」

「魔弾さん、どれがあなたか分かりませんわ。みんな同じ見た目だもの」

「お嬢さん、私はここにおります」言うと魔弾はひとりでにくるくる回りだしました。

「コマみたいに回れるのね」

「もっと速くも動けます。そうして勝手に的へ向かって飛ぶのです」

お嬢さんは指先でちょんとつまんで魔弾を持ち上げました。

「魔弾さん、こんにちは。私、あなたに何を差し上げればいいかしら。魔弾なのだから、きっと何かを支払うのでしょう?」

「何も取りませんよ、お嬢さん」

「もしかして、何か私の大切なものをつらぬいてしまうの?」

「そんなことはしませんとも」

「でもそれは不公平だわ。何かあなたにしてあげられることを仰って?」

「それならお嬢さん、どうか一晩、私を手のひらで包み込んでくれませんか。弾かごの中はみんな真ちゅうですから、身体がぶつかるとお互い痛いのです。あなたの柔らかい手に包まれれば、きっと私は安らぎます」

「分かりました。私の部屋にいらしてくださいな」

お嬢さんはお祈りをするみたいに手を握って、魔弾の彼を大事に運びました。

稽古で遅い時間になっていましたから、湯浴みをして新しい服に着替えると、すぐ寝床に入りました。

お嬢さんはその間ずっと、魔弾の彼を包みこんでいました。何せ生真面目な性分だったので、本当にずぅっと彼を離さずにいたのです。

 

夜が明けて試験の本番になりました。クラスのみんなが一人ずつ順番に標的を撃ちます。

標的は六つあって、撃っていいのは七発まで。五つにあてれば合格です。

「お嬢さん、私を一番先に込めておいてください。そうしたほうが具合がいい」

「うん、よろしくね」お嬢さんは魔弾の彼を先に込めてやりました。続けて普通の弾を六発とも入れてやります。

とうとうお嬢さんの順番がやってきました。稽古でしてきたのと同じように、手足にぐっと力を込めてねらいをつけます。

「お嬢さん、そんなに力を入れてはいけないよ。(つつ)の中がゆれて、みんな上手に飛べなくなってしまうよ」

「魔弾さん、私あがってしまって、それで力が抜けないの」

「お嬢さん、ゆっくり息を吸ってごらん。鼻からすぅーっと吸ってごらん」

お嬢さんがすぅーっと息を吸いこみます。

「今度はふぅーっと息を吐いてごらん。口からゆっくり吐いてごらん」

お嬢さんはふぅーっと息を吐いてみます。何度か繰り返すと、いくらか緊張がとけたようでした。

「魔弾さん、照尺がゆらゆら動いているわ。きっと私緊張して目がくらんでいるのね」

「お嬢さん、それは余分な力が抜けたしるしだよ。照尺が下へ沈んだら、ゆっくりひきがねを引いてごらんなさい」

どぉん

(つつ)の先からとんがり頭の弾が元気よく飛び出します。的のはじっこに穴が開くのが見えました。

「あたった?」

がっちゃん

「あたったよ。もう一度してみよう。ゆっくり息を吸うところからだよ」

「ええ、ええ、分かったわ」

どんがっちゃん

今度は真ん中に穴が開きます。お嬢さんは嬉しいやらびっくりやらでまた手足がつっぱりそうになりましたが、息を吸って、吐いて、すぐに落ち着きを取り戻しました。

どんがっちゃん、どんがっちゃん、どんがっちゃん

どぉん……がっちゃん

「皆中だ。満点だ。おめでとうお嬢さん」

「ありがとう魔弾さん、あなたのおかげよ」

お嬢さんは何日か振りに顔をほころばせました。

「どういたしましてお嬢さん。さあ(へや)を開けておくれ。あなたの喜ぶ顔を見せておくれ」

「いまするわ」

がっちゃん、ぴょんっ

彼はさっと飛び出しました。

「さようならお嬢さん。きっと達者でね」

そうして別れの挨拶をすると、他の弾のなかにまぎれて、見えなくなってしまいました。

魔法の弾と言っても見た目は普通の弾といっしょですから、じっとしていると人間には分かりません。

「ありがとう魔弾さん。あなたもきっと達者でね」

お嬢さんの耳に歌声が聞こえてきました。

 

「お嬢さんお嬢さん 射撃の達者なお嬢さん

なぜなら稽古を人一倍 僕らはずっと見ていたよ

朝の早くも夕時も 一人で毎日どんがっちゃん

狙った的を外さない キヴォトスいちのどんがっちゃん お見事お見事お嬢さん」

 

 

気づけば全員ペンを置いて、アズサちゃんのお話に聞き入っていました。

「アズサ、ありがと。うまく言えないんだけど、素敵だった」

コハルちゃんは目をうるませていました。

「照れくさいけど、楽しめたならよかった。でも改めてお話を振り返ると、なんだかしっくりこないところもあるんだ」

アズサちゃんは首をかしげながら続けます。

「お嬢さんは一晩中、魔弾を握っていた。シャワーを浴びるときも着替えるときも。不自然じゃないか?」

「アズサの言う通りかも。私が知ってる話でも夜の間、魔弾を放さなかったって」

私もうなずきながら考えます。たしかに紙芝居を見たときもそうでした。

するとハナコさんが嬉しそうに微笑みます。

「不思議ですねえ。4人がバラバラに聞いたお話でこんなにぴったり一致するなんて」

そこで私は一つの可能性に思い当たり……。

「あ、あはは……」

「そうか、小さい子には聞かせられなかったのか」

アズサちゃんも気がついたようでした。

「うん……うん?」

そうして最後に試験のときくらい真剣な顔をしたコハルちゃんがしばらくうなり。

「これはエッチなやつ! ダメ! 発禁!」

やっぱり気づいたようです。

「コハル、無駄だ。口伝を止めることはできない。きっと今日もどこかでどんがっちゃんだ」

「あらあら、みんなで登ってしまいましたね。大人の階段を」

「死刑!」

……こういうのも"大人に近づく"のうちに入るんでしょうか?

 

 

「どんがっちゃん、どんがっちゃん、キヴォトスいちのどんがっちゃん、めげるなめげるなお嬢さん」

"かわいらしい歌だね"

「ああ、先生。これはアリウスのおとぎ話の一節で……つい口ずさんでしまうんだ。きっと何度も語って聞かせたからだろうな」

 

 


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