IS インフィニット・ストラトス BREAKERS(改訂)   作:raludo

1 / 20
第一章 ファントムコンタクト/始まりの狼煙
第一話 Restart


 

――無音。

 

音はなく、ただ静寂がその場を包み、異様な空間を作り出していた。その薄暗く不気味な部屋には煩雑に、用途のわからない機械が散らかっており、この部屋の異質さをさらに引き立てる結果となっていた。その中央には病院の手術台のような大仰な機械の椅子が置かれており、そこには一人の少女が寝かされていた。

 

その少女は入院患者が着るような薄い白服を身に着けていた。そして一際目立つのが、少女にあてがわれた機械や配線、点滴や注射の数々だった。頭には脳波でも測るためなのか、目元まで塞がるほどの大きな機械のヘルメットが装着されており、腕や首には無数の注射の跡。両手両足は手錠のようなものでがっちりと拘束されていて、子供に対してここまで非道なことができるのかと、目を疑うほどの光景だった。仮に誠実な道を歩んだ者がこれを見れば、その凄惨さに思わず目を覆ってしまいたくなるだろう。

 

その部屋には少女以外人の気配がなく、人が出入りしていないのか、部屋全体が埃にまみれていた。それは重々しい金属の扉が固く閉ざされていることからも想像できるだろう。

 

――ズドンッ

 

唐突に金属を抉るような鈍い音が部屋全体に響き渡る。その衝撃なのか、部屋中の埃がふわっと舞い上がる。

 

ギギッと、不快な金属音を出して扉が縦に倒れこんだ。誰かがこの扉を壊したのだろうか。扉は見るも無残にその形を変えており、元の姿とは比較にならないほど曲がっていた。

 

扉が外れ、その場に扉をぶち破った張本人の姿が浮かび上がる。空中に舞った埃が徐々に床に落ちていき、その姿がはっきりと現れる。

 

「……間に合わなかったか」

 

その姿は男性であった。比較的に中肉中背の人物で、部屋が薄暗いためその顔を正確に判断することはできないが、背格好からまだ年若い男性であるのは間違いなかった。全身にレザーのライダースーツを纏い、腕や足にはナイフや拳銃のホルスターのベルトが巻かれており、さながら潜入任務を請け負うエージェントのようであった。

 

その青年は見事な身のこなしで、散らばっている機械の数々を避けて歩き、中央の少女の元まで歩み寄る。床には歩を進めた後が埃を抉り、足跡になっていた。

 

青年は少女の凄惨な状態に臆することもなく、首元に手を当て、脈を測る。そして、その結果にふるふると肩を震わせる。

 

「――脈がない。……くそっ。これで何回目だ。間に合わなかったのは」

 

悔しさを含んだ震える声でそう吐き捨てた青年は、少女に装着されていた電子ヘルメットをゆっくりと外す。すると、少女の顔が青年の目の前に現れる。まだ十代前半だろうか。その可愛らしい顔は安らかに目を閉じており、まるで自分が死んだことを喜んでいるかのようであった。その表情に青年は声を漏らしながら、視線を逸らす。

 

「……そうだよな。目をそらしてはダメだ」

 

青年はポツリとつぶやいた後、逸らしていた視線を戻し、少女の顔をしっかりと見る。その目に、その脳裏に焼き付けるようにじっと凝視する。その姿は強大な敵に立ち向かう者の姿を彷彿とさせるほど印象的だった。

 

「お前のように〝狂った〟存在を生み出してしまった責任は俺にもある。――恨んでくれてもいい。憎んでくれてもいい。俺が前に歩くためにはお前たちの無念や想いを受け止めなくちゃならない。そうやって背負って行かなくちゃ、俺は一生お前たちに顔向けできないし、過去の因縁を断ち切ることもできないからな。――だから、安心して休んでくれ。苦しいのはもう終わりだ」

 

青年はもうこの世とは離別した少女にやさしく語りかける。己の決意のような、そんな綺麗なものではないが、それでも青年はしっかりと言葉にする。

 

――その言葉が少女に届かなくともいい。なぜなら、自分に言い聞かせている言葉なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

『インフィニット・ストラトス』――通称IS。宇宙空間での運用を目的とされ、開発されたマルチフォーム・スーツ。二十一世紀最大の事件、「白騎士事件」により世界中に認知され、今では各国の防衛の要であるといっても過言ではない〝兵器〟。その圧倒的な性能から軍の強力な抑止力となる。だが、その異質さも露見しており、女性にしか動かせないという部分を筆頭にいくつかあげられる。開発者である篠ノ之束のみしか心臓部であるコアを開発できないため、世界でもISの数は限られている。現在、世界に点在するISコアは計四六七個である。(出典 二○XX年度版 新・国語辞典より)

 

 

 

 

 

 

 

 

IS委員会非公式機動部隊。通称BREAKERSは特務専門の、機動部隊とは名ばかりの隠密部隊である。特務を扱うため、各国の中でもその存在を知る者は多くない。基本的に真っ当な依頼を受けないため、各国でもかなり警戒されている部隊である。

 

IS委員会とはISに関する取りまとめを行う機関といえばしっくりくるだろうか。ISを取りまとめる一種の国際連合という認識で間違っていないだろう。BREAKERSはその委員会の、言ってしまえば猟犬のようなものである。委員会が保有するISのうち約半数がこの部隊に充てられていることから、この部隊の重要度が伺えるだろう。

 

そんなBREAKERSの扱う特務には数種類あるが、基本的にはIS委員会からの特務とBREAKERS責任者、凪城結弦(なぎしろゆづる)がどこからか持ってきた任務の二つである。凪城結弦はIS委員会の幹部であり、別の意味で問題児ばかりのBREKAERSをIS委員会と各国との間で上手く取り持っている。

 

問題児ばかり――この言い方も正しくはないのかもしれないが、人格がどうという話ではない。問題なのはその過去である。

 

BREAKERSの隊長を筆頭に皆が皆、常闇のように暗い過去を持っている。それがIS委員会の言う、別の意味で問題児なのである。

 

閑話休題。そのBREAKERS責任者である凪城結弦に呼び出しを受け、彼の執務室へと足を運ぶ人影が二つ、並んで通路を歩いていた。

 

一人は男性で、名を黒咲紅牙(くろさきこうが)。中肉中背の青年であった。中性的な顔立ちで、手入れが面倒くさいのか、色素の薄い黒髪を煩雑と伸ばしており、男性にしては少しだけ長い髪であった。長いと言っても、ロングと言えるほど長くはなく、後ろ髪が首元にかかる程度である。非常に面倒くさそうな表情を浮かべており、今から件の部屋に行くのが心底嫌なようだ。

 

もう一人の女性は黒咲氷華(くろさきひょうか)。女性の中でも背が低いほうだろうか。隣で歩く青年の首元ぐらいの背丈だった。ネイビーに近い、紺の髪を後ろで縛り、左肩を通して胸元に垂らしているその様は流麗の一言。さらに言えば、彼女の垂れている髪が、男性の夢が詰まった大きく膨らんだ胸を意識させ、すれ違った男性の視線を半強制的に奪っていく。

 

相変わらず凶悪的なボディだな、と他人事のように思う紅牙。悲しいことに紅牙も男である。氷華の女性の象徴は、別の意味で目に毒であった。だが、そのような下心満載の目で氷華を見れば、極寒の凍国を疑似体験させるほどの冷たい視線で自身を射抜いてくるのを知っているため、そんな態度は決して取らない。今まで何人がその名の通り氷漬けにされたか。その様を見てきた紅牙だからこそ、そのような態度を取ればどうなるのかを理解していた。今の紅牙が氷漬けにされていないのも、数多の犠牲の上に成り立っているからである。

 

実際は紅牙が彼女のことをそのような目で見たとしても、先ほど考えていたような惨劇が起こることはないのだが、紅牙には知る由もなかった。

 

やがて、二人はその執務室に到着したのか、氷華が扉をノックする。コンコンと小気味の良い音が鳴り、すぐさま中から返事が来る。

 

「どうぞ、空いているから入っておいで」

 

「では、失礼します」

 

扉を開き中へと歩を進める二人。紅牙の心底面倒くさそうな表情もこの時にはしっかりと真面目な表情に戻っていた。

 

「やあやあ、よく来たね。黒咲氷華君、そして――黒咲紅牙君」

 

執務机で書類を見ていた人物――中野結弦が入室してきた二人に声をかける。褐色の短髪と無精髭が特徴のその男は、初めに氷華の名を呼び、後に紅牙の名を呼ぶ。たまたま二人が同じ名字だったわけではない。この二人、実は兄妹であったのだ。だが、血が繋がっているわけではなく、いわゆる義兄妹というもので、二人の容姿がまったく似ていないのもそのあたりが関係していた。

 

「用事とはなんでしょうか、凪城さん。また任務ですか」

 

「いんや。氷華君には無いよ。用事というか、任務があるのは紅牙君の方」

 

「一体何の任務だよ、おっさん」

 

「……君はもう少し年上の人に対する礼儀を弁えたほうがいいんじゃないかい?」

 

「そうだな。あんたが心から信頼できる素敵な上司だったら考える」

 

「やれやれ、手厳しいねえ」

 

結弦は辟易したように肩をすくめる。顔には彼特有の薄ら笑いを浮かべており、紅牙が結弦を好きになれない理由の一つでもあった。

 

「それで?任務って今度は何をすればいいんだ。個人的には例の件以外はお断りしたいんだが」

 

「うん。例の件と繋がっていないようで、繋がっている大層楽しい任務だよ?」

 

うわあ、全力で殴りたい。という気持ちを気力で抑え込む。おそらく今の自分は目や口元がひくついていることだろう。

 

「……内容は?」

 

心の中で殴りたい衝動軍とそれを抑える理性軍が戦争を行っている最中、何とか続きを促す言葉を口にする。ちなみに、今のところ殴りたい衝動軍の方が優勢である。

 

「君は例の男性IS操縦者の件は知っているよね」

 

だが、結弦の言葉はそんな内心戦争を停戦させるほどの、紅牙の予想していなかった言葉だった。

 

男性IS操縦者――つい最近、世間を、世界中を騒がせている人物である。言葉の通り、女性にしか扱えないISを男性が動かした。しかも、その人物は世界屈指のIS操縦者、織斑千冬の弟だと言うではないか。そのあたりの関連性が疑わしくはあるが、その事実が世界を騒がせることに一役以上に買っているのは間違いなかった。

 

それにしても、織斑千冬……か、と紅牙は古い友人に会ったような一種のノスタルジーを感じていた。実は、紅牙は織斑千冬と会ったことがあるのだ。とある人物と行動を共にしていた時に一度だけ。きっとクールビューティという言葉は彼女のためにあるのだろう。そのような感想が出るくらいに印象的な人物であった。

 

「もちろん知っているさ。織斑一夏……だよな」

 

紅牙の答えに結弦はにんまりと笑う。ゾゾッと悪寒が奔ったのは気のせいではなかったはずだ。

 

「そうそう、その織斑一夏君。それでだね、彼のIS学園行きはとっくに決定していることなんだ」

 

それもそうだろう。IS学園はその特性上、一種の治外法権と化している。いくら織斑千冬の弟だからと言って、〝その手〟の奴らは黙っていないことだろう。IS科学者然り、女性権利団体然りである。そのため、織斑一夏の学園行きは妥当というか、必然と言うべきだろう。

 

「それも知っている。というかそれしか彼に道はないだろ」

 

「それで、君にも行ってもらおうと思う」

 

瞬間、場の空気が一気に急低下。この部屋が実際の凍国のように冷え切った。紅牙も己の頭が真っ白になり、停戦状態であった内心戦争もすっかり講和条約を結び、最初からなかったかのようになりを潜めてしまった。そして、やけに隣からの冷気がすごいと思い、隣の氷華の方をちらりと見てみる。

 

――。

 

見なければよかったと、紅牙は後悔した。とりあえず、忘れよう。忘れて、どういうことなのかこの馬鹿に聞こう。そう思い直し、いまだにニマニマしている結弦に紅牙は問いかける。

 

「……なんで?どうして俺が」

 

紅牙の質問に結弦はさらにその笑みを深める。そろそろどこからか悲鳴が上がりそうだが、紅牙には嫌な予感しかしない。というか、さっき感じた悪寒はきっとこの笑顔だけではなく、この嫌な予感を感じたからかもしれない。

 

「それは――君がISを動かせてしまえるからだよ」

 

やはり、こいつのことは単なる嫌いではなく、大が三ケタぐらいつくほどに大嫌いだ。と紅牙はしっかりと認識を改めた。

 

「……それはトップシークレット、秘匿情報のはずだろう。それは委員会の意向だったはずだ。そもそも、俺が表に出るということがどんな意味を示すのか、わからないわけはないだろう」

 

ISを動かせてしまえる。結弦がそう言った通り、紅牙はISを〝例外的〟に扱えてしまう。ここで言う例外は操縦者のイレギュラーを差すのではなく、むしろIS側のイレギュラーを差しており、紅牙自身はどのISでも扱えるというわけではない。

 

「もちろん知っているよ。だが、忘れないでほしいのが、これは僕が依頼する任務ではなく、委員会が企てた計画の一部だということだ」

 

「委員会の、自身の首を絞めることになるんだぞ」

 

現状、紅牙の〝とあるIS〟が扱えることは世間に公表されていない。その存在を委員会が秘匿していたという事実が明るみになれば、マスメディアや世界のIS機関から槍玉に挙げられるのは想像に難くないだろう。

 

「はてさて、それはどうかな?委員会が考えなしに君を表に出すと思うかい?」

 

「何?」

 

結弦が含みのある笑みを漏らす。甘い、未熟だな、紅牙君。と目で語り掛けているのがわかったので、第二次殴りたい衝動戦争が胸中で勃発仕掛ける。

 

「今、世界各国、特に日本では男性を対象とした適合検査なるものが実施されていてね。まあ、簡単に言うなら、二人目や三人目の織斑一夏を探そうっていう魂胆さ」

 

紅牙の背筋に冷たい電流が奔る。待てよ、それなら俺の表に出るって言う口実は……、と冷たい戦慄を覚える。

 

「つまり、兄様をその適合検査で偶然適合した二人目の操縦者に仕立て上げると、そういうことですか?さらに付け加えるならば、兄様を二人目の操縦者としてIS学園に向かわせることで、織斑一夏に集中していた多種多様な〝視線〟を分散、もしくは兄様に集中させることで、間接的にも直接的にも織斑一夏を護衛しろ……ということですか?」

 

紅牙の心情を代弁するかのように、隣で恐ろしく冷たい笑顔で控えていた氷華が口をはさむ。冷たい表情はそのままではあるが、笑みが消えているのは嫌な予感しかしない。

 

「さすが。氷華ちゃんは聡明だねえ。礼儀を弁えていないどこかのお兄さんとは全く違う」

 

ケラケラと笑い飛ばす結弦に殺意しか覚えない紅牙だが、事実、結弦にはまったくと言っていいほど礼儀を弁えていないので反論できない。堂々と言い返せない悔しさと苛々が内心で募る。そのうち心労で倒れてしまうかもしれない。

 

「そんなことを私が許すと思いますか?凪城さん。それは所謂、身代わりや囮といった役目なのでしょう?なぜ、兄様がそのようなことをしなければならないのです」

 

隣で寒気がするほどの冷たい視線が結弦を射抜く。結弦はそんな氷華の視線にはまったく動じず、相変わらず笑いを含んだ真剣味のない声で返す。

 

「何度も言わせないでくれるかい?これは僕の依頼じゃない。委員会からの任務だよ。わかっているかい?君たちには拒否権どころか、元々選択肢が一つしか用意されていないということを」

 

ぐっ、と氷華が結弦のストレートな物言いに言葉を詰まらせる。自分の代わりに結弦に異議を申し立ててくれている氷華には頭が上がらないが、委員会の名を出された時点で紅牙たちに選択肢などないのだ。ここで委員会にたてついたら、紅牙達は一つの拠り所を失う。BREAKERSという唯一無二の場所を。それだけは避けねばならないことだった。

 

故に、紅牙は氷華の頭にぽふっと手を乗せ、撫でる。もういいから。ありがとう。という意味を込めて優しく撫でる。

 

「あ……う」

 

氷華は頭をなでるという彼女にとっていきなりの不意打ちに、顔を真っ赤にして下を向いてしまう。色の薄い、冷たい表情は見事に赤く染まり、頬は湯気が吹き出そうなくらいに熱を帯びていた。

 

「期間は?」

 

氷華を自身の背中で庇うように前へ出た紅牙は単刀直入に言葉を発した。

 

「一応三年間だけど、場合によっては短くなる。なお、修学中もできる範囲でほかの任務もこなしてもらうから、そのつもりで」

 

「〝ミスティック・クラッド〟は?」

 

「許可できない。……という命令だったけど、何とかそれは使えるよう、上役を説き伏せたよ。さすがにそれなしではいくら君でも任務の遂行は不可能だろうからね。それは心配しなくていい」

 

紅牙は内心で驚いた。紅牙が唯一動かせるIS〝ミスティック・クラッド〟が委員会以外にはオフレコの機体だからである。BREAKERSのISは一応各国も把握しているが、紅牙のミスティック・クラッドはその特殊さ故にどのような機体かは公表されていなかった。それが表立って使用していいとなると、結弦がかなりの労力をつぎ込んで説得したのが伺える。せっかくだ。思う存分使わせてもらおう。

 

「わかった。詳しいことは後で書面にしてブリーフィングを頼む」

 

紅牙は、話は終わりだとばかりに、未だ赤面状態で縮こまっている氷華を連れ立って、部屋を後にする。手を引いて連れ立ったため、氷華は「あ、兄様……すみません」と、か細い声で言うと、紅牙の手をぎゅっと握る。当の紅牙はそんなことをまったく気にしていないのが、彼の性格を表しているようにも思える。

 

だが紅牙はまだ気付いていなかった。いや、薄々気付いてはいたが、あえて考えないようにしていた。――IS学園にはだれがいるのか、ということを。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえっ!どうしてよ。どうしてここから出ていくのよっ!!」

 

「刀奈、いや今はもう楯無だったか?……やれやれ、一番見つかりたくない奴に見つかってしまったな」

 

 

 

「いいから答えてっ!!」

 

「そうだな――ここにいても、俺は俺じゃないから。という答えじゃ、ダメか?」

 

「何を言っているのよ。あなたはあなたよ。他の誰でもない。あなたは黒咲紅牙、本人よ」

 

 

 

「違う、そういうことじゃないんだ。確かに俺はここに存在しているし、楯無の目に映る俺もちゃんと俺だ。だけど、違うんだよ。――ここにいても俺は戻れないし、変われもしない。俺の中にあるいくつもの楔を断ち切らない限り、俺はいつまでたってもあの時の俺なんだ。……それじゃあダメなんだよ。俺が前を向いて歩くには、あの頃から前へ進むには、やっぱり過去のしがらみをすべて〝破壊〟して、すべてを終わらせてじゃなければダメなんだよ」

 

 

 

「だったら、このまま更識にいればいいじゃない!ここを出て、何をしようというのよ」

 

「ここも、居心地は悪くなかったけど、俺には暖かすぎた。このままここにいたら、ずるずると何もできないまま終わってしまう。それに――楯無にも迷惑をかけることになる」

 

「迷惑とか、そんなこと全然ない!――いいわ、本音を言いましょう。私はあなたが好き。大好きなの。だから……だから、行かないで……!!」

 

 

 

「……そうだったのか。――でも、その思いには答えられない。俺はもう行かなければならないから。それに今の俺では到底君に釣り合うとは思えないし、その資格もない。これは忠告というか意見だけど、そういう大事な相手はもっと人を選んだ方がいい。俺じゃ、君を不幸にするだけだよ。――自分で言っていて最悪だけどな」

 

 

 

 

「その通り、最悪の目覚め……よ。気分が悪い」

 

ちゅんちゅん、と雀が朝の訪れを告げる。気持ちの良い朝日が空や木々を照らすなか、まったく気持ちの良くない状態で目覚めたのは何の皮肉だろうか。太陽というのは朝から喧嘩を売るほど暇なのか、とよくわからない感想が出てくる。

 

更識家本邸。由緒正しい日本家屋だが、その規模は大きく、屋敷といった言葉がしっくりくる。雄大だが素朴さを感じさせる日本庭園がその屋敷を囲んでおり、その屋敷の荘厳さを引き立てていた。そしてそこが彼女――更識楯無が目覚めた場所だった。と言っても単に自分の実家で目が覚めただけであるのだが。

 

彼女の歳は十六。もうすぐ十七になるので、通常の学校の学年で言えば高校二年生といったところか。ただ、彼女の通う学校はあいにくと普通ではなかった。IS学園と呼ばれる、ISの操縦者を育成する学園に通っており、その学園の中でも一番の実力者がなれるという生徒会長の座に就いていた。花の乙女十七歳と言いたいところだが、その異色の経歴が輝かしい名前に影を差す。

 

十七代目楯無、ISロシア代表、IS学園生徒会長……どれも花の乙女とは言い難い経歴である。

 

そんな自身の思考を楯無はうるさい、ほっときなさいと一蹴。寝覚めが悪い中、睡魔に任せてもう一度夢の世界へ、という気分でもないため、おとなしく起き上がることにする。

 

「……て、もうこんな時間じゃない」

 

枕元に置いておいた時計が指す時間はいつもの起床時間を過ぎていた。どうやら、寝過ごしてしまったらしい。ぐっすり眠れたという印象はないため、あの悪夢のような夢にうなされていたんだなーと自己完結する。

 

「うー、紅牙のばかー」

 

小さくその悪夢の登場人物に悪態をつく。自分でも驚きだが、悪夢という割には、彼のことをそこまで悲観的に考えることはなくなったなと、楯無は小さな発見に喜ぶ子供のような心境になった。

 

「おねーちゃん?もう朝ごはん出来て、みんな集まってるよ。まだ起きていないの?」

 

彼女の部屋の外、つまり廊下から襖越しに声がかかる。その小さいがよく通る小鳥のような声に一瞬で人物特定を済ませた楯無は気分を切り替えるように、微笑みながらその声に答える。

 

「ごめんね、簪ちゃん。すぐ行くわ!」

 

わかった、急いでねという声を残し、静かな足音を立てて後にする〝簪〟。彼女は楯無の実の妹であり、楯無にとって最愛の妹でもある。

 

昔はお互いの距離感がわからず、誤解ばかりしていたが、ある出来事を境にそれは見事解消された。だが、それは今語るべきではないと楯無は判断。急いで寝間着から普段着に着替える。今は春休み。学園は寮生活であるが、この長期休日を利用して実家に帰っているので起床時間は別に決まっていない。しかし、あまりだらけた生活をするのもどうだろうか。そう思い直した楯無は部屋に置いてある鏡で自身を覗き見る。

 

「うん。しっかりと〝楯無〟の顔。大丈夫。」

 

自身の顔をしっかりとチェックし、今日一日に向けて気合を入れる。いや、そうでもしなければ、また、あの夢を思い出してしまうから。あの人を思い出してしまうから、無理にでも切り替える。

 

――紅牙、やっぱり私はあなたがいないとだめなのかも。会いたいな、会いたいよ……。

 

そんな自身の心の声にはしっかりと知らんぷりを決め込んで、楯無は簪を含めた家族が待つ居間へと部屋を飛び出した。

 

 

 

 




あとがき

どうも。raludoです。

今回はBREAKERSの改訂版一話をお届けしました。旧作BREAKERSに比べ、だいぶ雰囲気が変わりましたが、またよろしくお願いします。

この改訂版は旧作に比べかなり設定を弄っております。ですが、ここでは変更点は明記しません。それから一話ずつ新規に書き下ろしていきますので、続きはゆっくりと待っていてくださると大変恐縮です。

一応旧作は残してありますので、この改訂版元が知りたい方は旧作の方へ。タイトルに(旧作)と入っているだけですので、すぐ見つかると思います。

それでは、次回にてまたお会いしましょう。

御拝読ありがとうございました。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。