IS インフィニット・ストラトス BREAKERS(改訂) 作:raludo
「紅牙、久しぶり!……ってほどでもないか。数日ぶり」
入学式当日、面倒くささの感じる入学式を終えれば、その日から最初の授業が始まる。IS学園では初日から授業だ。ISの座学に実技、それに通常の一般科目。そのすべてのカリキュラムをこなすためには、日程を切り詰めて授業をしていく必要があるのだろう。
「一夏……。確かに数日ぶりだ。あれからどうしていたんだ?」
ちなみに今は入学式が終わり、ホームルームが始まるまでの休み時間だ。故にこうやって話すことができるのだが、それは何も紅牙達だけではない。教室にいる生徒全員に当てはまる。そして、その生徒たちの視線は一点に集中していた。
「いやー、もう勉強漬けだったよ。ISが使えないから、ひたすら勉強、勉強の繰り返しさ」
紅牙は話を聞きながら、一夏の表情を探る。声は妙に上ずっているし、冷や汗もかいているようだ。その様子から、どうして一夏が自分に話しかけてきたのかを紅牙は察した。
「参っている……ようだな?」
「……わかる?」
紅牙はゆっくりと頷く。おそらく勉強に参っているわけじゃない。参っているのはこの周囲の視線だろう。だが、一夏の気持ちもさすがにわかる。こんな珍獣を見るような好奇の視線に囲まれれば、それは辟易もするだろう。
ちなみに、紅牙はこのような視線の嵐で怯むほどの羞恥心は持っていない。だが、いい気分はしないのは確かなので、ここにずっといたいかと言われれば答えは否だ。
「まあ、ホームルームが始まるまでの辛抱だ」
「ああ、だから始まるまで話に付き合ってくれ。俺一人でこれを乗り切るのは不可能だ……」
若干涙目になりながら、一夏は懇願するかのように紅牙に縋り付く。その行為を見た周りの女子生徒がなぜか黄色い悲鳴を上げたような気がするが、特に気にする必要はないだろうということで、紅牙は一夏に構うことにした。
「ISの基礎理論の進みはどうだ?」
「ああ、一応教本は一通り予習したけど、実際正確に理解していることなんて半分ってところだよ」
まあ、それもそうだろう。合宿中に一夏に渡された教本は基本的なIS理論の本だが、実際の女子中学生がIS学園入学前に教本を理解するとなると、三年は必要となる。つまり、IS学園入学志望の女子は三年間、中学校の勉強と並行して独学、またはセミナーのようなものに参加し、勉強する必要がある。
一応、学園の入試問題にIS理論は出題されないが、この学園に入学しようと思っている少女たちは、教本の内容を頭に入れておくのが暗黙の了解となっている。
――そうでなければ、学園に来て早々において行かれてしまう羽目になるからだ。
「まあ、一応全部に目を通せたのなら及第点なんじゃないか?ついこの前までISのことを全く知らなかったのなら、そんなもんだろう」
「そういう紅牙は大丈夫……だよな。元々IS関係者だったわけだし」
「そうは言っても、俺も勉強は必要だったぞ。確かにIS委員会にはいたけど、男だからな。それこそISの操縦に関しては、一夏と同じ最初から勉強しているよ」
もっともらしいことを言って、一夏の質問に答える。全くのウソを言っているわけではない。そう、ちゃんとIS操縦は一から学んでいる。学び始めたのはだいぶ前からだが、嘘はついていない。
「そっかー。それであれだけ強いんだもんな。やっぱり少しへこむよ……」
「……一夏。一つ大事なことを言っておく。確かにISの操縦はISを理解してこそ上手く、強くなれる。だけど、それ以前に自分自身の生身が強くないと、ISは応えてくれない。知識ばかりで実際にボールを蹴ったことのない奴が、サッカーが上手いと思うか?つまりはそういうことだよ」
ISの理論は大事だ。それが直に操縦に直結するから必要不可欠である。だが、ISで〝闘う〟のならば、それだけでは足りない。さらにその上の〝戦う〟ともなればそれは如実に表れる。銃の使い方を知ったばかりの兵士が、戦場で実際に満足にそれを扱えるかとなれば、それは否だ。その辺を勘違いしてほしくなく、紅牙は一夏に一つアドバイスをしたのだ。
「さて、そろそろチャイムが鳴る時間だ。話はまたあとでだな」
「あ、ああ。――サンキューな、紅牙」
この言葉で一夏が何を感じたのかはわからないが、ためになったというのなら一つ助言をした甲斐があったと、紅牙は心なしか表情を緩ませる。そして、すぐさま自分の席で腕を組み、目を瞑ってだんまりを決め込む。
そんな紅牙の様子に一夏が苦笑し、一夏自身も自分の割り当てられた席に戻る。真ん中の一番前の席を処刑台と思ったのは本人だけではないはずだ。
「――それにしても」
思考の片隅でとある少女を思い浮かべる。金色の長い髪の少女。確か、イギリスの代表候補生だったか。
――先ほどの自分と一夏とのやり取りを、その少女はどこか忌々しげに見ていた。一夏は気が付かなかったようだが、ある程度周囲を警戒していた紅牙にはしっかりと分かった。
「厄介なことにならないといいけどな」
◇
「えー、みなさん揃っていますねー。私は山田真耶。一年一組の副担任を任されました。よろしくお願いします。それじゃあSHRを始めますよー」
チャイムと同時に教室に入ってきたのは、翡翠を思わせる緑の髪を俗にいうショートカットにした女性だった。名前は山田真耶。女性の中でもとりわけ身長が低いほうなのだろう。ここにいる生徒と同じかそれよりも低いという身長だが、その体の豊満さが彼女の体型をアンバランスなものにしている。それが良いのか悪いのかは紅牙には判断しかねるが。
「……さすがはIS学園の教師だな」
紅牙は誰にも聞こえないよう小さな声でぼそりと呟いた。見た目はどこか抜けていそうな彼女だが、その身のこなしには隙がない。ぽわぽわとした笑みを浮かべているが、彼女自身の腕はかなり良いほうだろう。
(本当に人は見かけによりませんね)
(零……、少なくとも校舎にいるときは自重してくれ。一応、部分展開だけでも重大な校則違反だから。なにかあった時だけ頼む)
(むう……。了解しました)
突然、零がコアネットワークを介して、話しかけてきた。こういう自我を持つことは悪いことではないが、今はもう始業している。可哀想かもしれないが少し自重するよう、紅牙は零に言いつける。
「あ、あれ?」
自己紹介を終えた真耶は周りの反応を窺うが、周りは無言。どう反応したらいいのかわからないのか、皆一様に沈黙を保っている。
「え、えーと。そ、それじゃあ皆さんの自己紹介から始めましょう。えっと、出席番号順で」
おどおどとした態度で場をつなぐために自己紹介を提案する真耶。生徒たちにとってもこれは助け舟だったらしく、出席番号順で自己紹介が始まる。その様子にほっと息をついている真耶を見るに、まだ教師となって日が浅いといったところだろうか。
「えっと、織斑一夏です。趣味はよく料理をしていました。その、ISが動かせるようになって日が浅いため、無知なところもありますが、よろしくお願いします」
一夏に順番が回り、一夏は自己紹介を始める。あらかじめ紅牙と話して少し落ち浮いていたからか、無様に言葉に詰まるといったことはしなかった。丁寧な自己紹介に周りの女子生徒たちも目を輝かせ、歓声を上げようとしたのか口を開こうとしたところに、教室に入ってくる黒い影。
「まあ、自己紹介としてはまずまずか」
そう言い、出席簿を持ったスーツ姿の女性が真耶の隣に立った。セミロングというのだろうか。きれいで艶のあるその黒髪は、彼女のクールな美貌を引き立たせている。紅牙もその人物の声を聞いて、目を開けてそちらを見る。
間違いなく、織斑千冬本人だった。遅れたのには何か理由があったのだろうか。だが、紅牙の思考はそこで中断を余儀なくされる。
「キャーーー! 千冬様、本物の千冬様よ!」
「ずっとファンでした!」
「私、お姉様にあこがれてこの学園に来たんです! 北九州から!」
「あの千冬様にご指導いただけるなんて、嬉しいです!」
「私、お姉様のためなら死ねます!」
黄色い歓声がとめどなく教室に響く。そのあまりの姦しさに無表情を貫いていた紅牙もわずかに表情を歪ませる。つまり、うるさいのだ。
「ええい、うるさい馬鹿ども。全く毎年この時期は本当に疲れる。いっそのこと教員を引退してやろうか……。――いい加減に静かにしろ!」
千冬の一喝とともに、教卓にすさまじい破裂音を響かせながら出席簿が叩きつけられる。その一連の行為で教室内はすぐさま水を打ったように静寂に包まれる。
「やっと静まったか。あまり手を焼かせるな。私は乱暴なことが嫌いなんだ」
嘘だ!と、一夏を含め教室にいる少女たちは胸中でそう思ったことだろう。だが、決して口に出すことはしない。口にすれば、今度は自分たちの頭であの破裂音が鳴ることを本能的に理解しているからだ。
「さて、諸君。私は織斑千冬だ。私の仕事は弱冠十五歳を十六歳までに鍛えぬくことだ。時には厳しいことを言うかもしれないし、無茶を言うかもしれない。故に私のことを嫌ってもらっても構わない。だが、嫌いでもなんでも私の言うことはしっかりと聞け。いいな?」
「「「はいっ!!」」」
ある種のカリスマなのだろう。千冬が生徒に限らず世界中の女性から尊敬されているのは、ISでの強さもあるが、このようなカリスマ性も含んでいることなのだろう。
「そういえば、自己紹介をしていたのだったな。では続きを頼む。私も早く生徒の名前を覚えねばならんしな。山田君、クラスへの挨拶を押し付けてすまなかった」
「いえ、これでも副担任ですから!これぐらいはしないと」
「頼りにしているぞ」
「はい!」
自己紹介が再開する。ここでふと紅牙は気が付いた。――このタイミングで教室に入ってきたのは、一夏をフォローするためではないか?
あのまま千冬が現れなければ、歓声を浴びていたのは一夏だ。そして、いくら落ち着きを取り戻しているからと言って、あの歓声を浴びれば、さすがに動揺してしまう。そんな恥を本人に掻かせないために――。
――考えすぎだな。紅牙はその思考を片隅に追いやる。それよりも近付きつつある自己紹介をなんと済ませるか考えなければならない。
他の生徒の自己紹介を聞き流しながら、自身の自己紹介の内容を考えるが、すぐに諦めることにした。結局シンプルが一番だろうという結論に至ったのだ。
そして、紅牙の前の席の生徒が自己紹介を終え、席に座る。つまり、自分の番だ。ゆっくりと目を開け、なるべく音をたてないように静かに立ち上がる。
「初めまして、黒咲紅牙です。少し物騒な名前ですが、よろしくお願いします」
一応、初対面ということも考えて、あまり波風が立たないように敬語を使う。敬語自体はあまり好きではないが、こういう場面では必要なことだろう。もちろん、次からは敬語など使わない。こんなものは初めの一回でいいだろう。
紅牙の自己紹介が終わると一斉にクラス中の視線が紅牙に集中した。興味深く見るもの、得体の知れないものを見るもの、憎んでいるかのような鋭い視線も感じる。どうやら、全員が歓迎しているというわけではなさそうだ。
質問したいのか、うずうずとしている女子も中にはいたが、千冬がいる手前堂々とできないのだろう。非常に体が震えていた。
一度、辺りを見回して質問の声が上がらなかったので、紅牙は席に着く。そして、再び腕を組むとゆっくりと目を閉じる。
――こんなものでいいのだろうか。
学園というか学生としての振る舞いなど初めてやる紅牙は、実は内心で結構な冷や汗をかいていた。とりあえず、自己紹介だけなのだからあの程度で十分だろう。なにもおかしいところはなかったはずだ。
その後も自己紹介は続いていく。こんな慣れないことをこれからも続けていかなければならないのかと思うと、ついため息をつきたくなってしまう紅牙だった。
◇
「さて……と。どうしたもんだろうな」
ホームルームが終わり一時限の授業が始まるまでの僅かな休み時間。紅牙は周りを見回してため息をついていた。
ちなみに一夏はこちらに話しかけに来ようとしていたのだが、途中で知り合いと思しき少女に外へと連行されていた。護衛の任を考えるのならばついていくべきなのだろうが、その少女の身の上をすでに調べていた紅牙はそれを放置した。
――あの人の妹ならば、まあ大丈夫だろう。
それよりも、差しあたってはこの状況を何とかすることに意識を向けたほうがいいのかもしれない。話しかける順番でも決めているのか、こちらに視線を向けながらひそひそと話しているクラスメイトたち。その全員が紅牙を見ていた。
紅牙は己には対処が不可能と悟ると、もはや定番と化しつつある腕組みと目を閉じることによって、我関せずの姿勢をとる。紅牙自身このようなことは初めてなのだ。
結局、その時間は話しかけてくるクラスメイトはいなかった。その点にほっとしていると、一夏と先の少女――篠ノ之箒が戻ってくる。二人とも何もなかったように席に着いたため、紅牙も特に話しかけるようなことはしなかった。
授業が始まるということで、鞄から必要な教材を取り出す。その際にイギリス代表候補生と目が合ったが、慌てたように視線を逸らされてしまった。そのことに訝しみながらも、自分が珍しい男性IS操縦者であることを思い出す。それなら仕方ないことなのかと特に気にした風もなく、紅牙は授業の準備を終える。
――前途多難だな。
いくら気にしないといっても、一日中この視線に晒されると思うと少しげんなりとする紅牙。これは想像以上に大変な任務になりそうだと、少し遠い目でぼんやりと前方の授業用スクリーンを眺めるのであった。
あとがき
どうも、raludoです。最近の暑い日差しに辟易しています。
ようやく入学できました。実は今回はもう少し先の展開まで進む予定だったのですが、文字数が多くなってしまったので、一度切ることにしました。
八月はバイトが忙しいのでいつも通り更新できるかわかりませんが、頑張ります。
それと前回以降、評価してくれた方々ありがとうございます!これを糧にして今後も書き続けていこうと思います。
それでは今回はここまで
BREAKERSをご覧いただきありがとうございました。