IS インフィニット・ストラトス BREAKERS(改訂)   作:raludo

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遅くなって申し訳ないです!!


第十三話 お迎え 前編

 

やや冷たい夜風が頬を撫でるように吹き抜けていく。まだ春であるが、夜ともなるとその気温は低くなり、肌寒さを感じさせる。

 

そんな夜風が吹く星空の下、紅牙は自らが通うことになったIS学園ではなく別の場所にいた。

 

「……ここだな」

 

目の前には大きな倉庫のような建物が鎮座していた。夜の闇に紛れるように、その配色を黒にした倉庫はよく見なければ見つけることもできなかったのかもしれない。

 

数日前に束の話を聞いてから、すぐさま上司である凪城結弦から連絡があった。その内容は束が説明したとおりの依頼内容だった。個人としては二人に繋がりがあるのかと、少々気になるところではあったが、どうせあの男に聞いても、にーどとぅのうって言葉、知ってる?と、馬鹿にしたようなはぐらかし方をするのは目に見えているので、深くは考えないようにしていた。

 

この数日の間の学園生活はいろいろあった。一夏に模擬戦に関してのアドバイスをしたり、そのことで一夏との時間を奪ったからなのか、無駄に篠ノ之束の妹である篠ノ之箒に睨まれたりなど本当にいろいろとあった。幸いなのは自分のクラスには女性至上主義に染まったような人物が少ないことだろうか。これが他のクラスということになると、面倒なことになるのは目に見えていたため、これについては密かに安堵している。

 

そんな数日間の記憶を思い返しながら、その倉庫へと足を運ぶ。

 

「そういえば、今日がその模擬戦の日だったな。まあ、夜になっているから模擬戦自体は終わってしまっているか」

 

はたして一夏はイギリスの代表候補性相手に善戦できたのだろうか。そのあたりを学園に戻ったら聞いてみよう。そんなことを考えながら、紅牙は倉庫の脇に回り、そこに設置されている小さな扉を開ける。

 

中は小さな明かりだけがつけられており、倉庫というだけあって中はかなり広かった。その中央には黒い大きな何かが置かれており、ここからではその姿を判別することはできない。しかし、紅牙はこの正体を知っていた。

 

その中央に向かって紅牙は歩いていく。近付くとその黒い何かの正体が明かりに照らされてはっきりとする。

 

――特殊配備のヘリコプター。

 

黒い塗装を施されたそのヘリコプターは明かりを受けて黒光りし、不気味な雰囲気を滲ませる。だが、そんなものはお構いなしとばかりにヘリの脇に寄りかかっている人物に声をかける。

 

「氷華、待たせた」

 

「……」

 

「……氷華?」

 

返事がないことを不審に思い、寄りかかっている人物――黒咲氷華の目の前に回る。

 

それと同時に氷華が動いた。

 

「ちょ、おい……」

 

「ふふ、捕まえましたよ兄様」

 

ぼふっという音を残し、ヘリの脇に背中を背にして寄りかかって立っていた氷華は紅牙が目の前に来るや否やヘリから背を離し、紅牙に抱き着いたのだ。艶のある紺色の髪が抱き着いた反動でふわりと舞い、その際に紅牙の鼻腔にシャンプーのような清涼感のある甘いにおいが広がる。

 

「兄様、こうして任務をご一緒できてうれしいです」

 

「あ、ああ。わかったから離してくれ」

 

「だめです」

 

「おい」

 

氷華が「だめです」と言ったときに、より一層ぎゅっと力を込めて抱きしめられた紅牙は、ただ訳が分からずたじたじとしているだけであった。

 

「私、怒ってます」

 

唐突にそう告げる氷華は紅牙の胸に顔を埋めており、表情は確認できないがやや刺のある声音だったように思える。

 

「私、言いましたよね?学園に入学したら毎日連絡をくださいって」

 

「一応報告自体は毎日送っていたはずだが」

 

紅牙の言うように、入学してから今日まで、結弦に報告を欠かしたことはない。それこそ任務として義務付けられているため、いくら内心で結弦に対して思う所があってもそれを怠ることはない。

 

故にそのように説明したのだが、どうやら氷華が聞きたかったのはそういうことではないようだ。

 

「違います!私が言っているのはそういった事務的なものではなく、もっと、こう、プライベートなものであってですね……」

 

紅牙の胸から顔を離し、ぷくーと頬を膨らませながらこちらを見上げる氷華。ここにいるのが紅牙でなければ、その上目遣いに誰もが悶絶したことだろう。もっともそんなどこの馬とも分からぬ輩に氷華がそんな行為をするわけもないのだろうが。

 

「わかったわかった。気が向いたら連絡を入れるよ」

 

「毎日ですよ!約束ですからね!!」

 

ぱあっと表情を明るくさせた氷華は紅牙から離れ、ご機嫌なのか鼻歌まで歌いだす。こちらとしては別に毎日連絡するとは一言も言っていないのだが、本人が喜んでいるのだからあまり余計なことは言わないほうがいいだろう。

 

――それにしても、よくここまで純粋になれるな。

 

紅牙はちらりとはしゃぐ氷華を見る。その表情は年頃の少女と比べても何ら変わりはなく、彼女が恐ろしい実験の被検体だなんて、誰が見ても信じないだろう。

 

その点に関してはこちらのもとにいる二人は変な方向に純粋でなくてよかった。氷華については少々付いていけないところもあるが、そんなものは許容範囲内だ。

 

「まあもっとも、俺に見えているのは表層の薄っぺらい部分だけかもしれないけどな……」

 

「はい?兄様何か言いましたか?」

 

「いや、なんでもない。時間も迫っているからさっさと始めよう」

 

小声で呟いたつもりだが、まさか聞こえているとは思わなかった。まあ、聞き取れてはいないようなので、話を本題に戻すことで追及を逃れる。

 

「データにあった通り、こいつは無人ヘリだな?」

 

「はい、ある程度は自律できますが、基本的には私のISとリンクさせて制御します」

 

本題に入った途端にぱっと表情を切り替え、まじめな表情になる氷華。このあたりの切り替えはさすがというべきだろう。

 

「一応、一人回収する予定だからな。ISで単身というわけにもいかない。突入は予定通り俺が行うから、氷華はヘリの護衛とバックアップを頼む」

 

今回は研究施設にいる被検体の回収だ。さすがにIS単身で行って担いで帰ってくるというのは難しい。それゆえ保護するためのヘリが必要というわけだ。

 

「わかりました。あと、凪城さんから言伝です。『もしも奴らと遭遇したら容赦はするな。しかし、方法は任せる』とのことです」

 

「……了解」

 

――あのおっさんが言うのならば、それは遭遇が確定しているということだ。

 

恐らくはこの任務、最初から目的はそこだ。奴ら――つまり出張ってくる亡国機業の無力化を行えということ。保護は結弦にとって二の次なのだろう。

 

だが、優しさなのかはわからないが、方法は任せるときた。つまりは無力化するのに手段は問わない。殺すも捕えるも好きにしろということだ。今までの態度から考えれば随分と機嫌が良いことを言っている。

 

だが、こちらにとってもそれはありがたい。せっかくナノマシンを無効化する薬をもらったのだ。これを使わない手はないだろう。

 

――結局それも、向こうの意思次第だけどな……。

 

「よし、それじゃあ後の細かいことは任務データ通りに行く。――すぐ行けるか?」

 

「もちろん。準備はいつでもできています」

 

「それじゃ、――行くか」

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、結局こいつどうするんだよ」

 

――最初に聞こえたのは、そんな言葉だった。

 

「さあな、でもろくに使い物にならねえぞ。この前の実験の成績では代表候補生にも届かなかったらしいからな」

 

――代表候補生?何のことだろう。

 

「どうにも使えないから処分ってところか?ってことは俺たちの〝もの〟になるのか?」

 

「まだ決まったわけじゃないだろう。でもまあ、見てくれはかなりいいからな。もしそうなったとしたらいろいろと楽しめそうだ」

 

男たちの会話を聞いているとゾワリと背筋がなぶられるような気持ち悪さが全身に奔る。うっすらと閉じていた瞼を開くと、眩いほどの光が目に入ってきた。どうやら自分は仰向けに寝かされているようだ。

 

そのまま、目が光に慣れるのを待っていると、再び男たちの声が聞こえる。

 

「でも、ラッキーな職場だよな。頑張るのはこいつのような被検体で、俺たちはただ実験プログラムをこなしていればいいんだから。それに処分が決まったら〝おいしい思い〟もできるしな。なにしろ被検体は女しかいない。これでそそるなっていうほうが無理だよな」

 

男たちの言葉に内心で疑問を抱く。おいしい思いとはなんだろうか。

 

やがて、目が慣れてきたのか視界が段々明瞭になっていく。さまざまな機械が置かれており、その中心のベッドで自分は眠っていたようだ。

 

視線を周囲に巡らすと、ガラス張りの壁の向こうに研究員と思われる男性が二人いた。ガラス張りの壁にはドアが取り付けられており、行こうと思えば向こう側に行けるようだ。

 

すると、男たちが動き出した。こちらに向かってくるのだろうか。全身がこわばるのがわかる。

 

「い、いやっ……」

 

頭によぎるのは、数々の実験。ひたすら同じ暗号を聞かされたり、よくわからない音楽をずっと聞かされもした。そのあとは――思い出したくない。

 

にやにやと、気色の悪い笑みを浮かべるその男たちはこちらへと近づいてくる。

 

――逃げなきゃ。

 

本能がそう告げていた。彼らは危険だ。あの笑みにはおぞましいものを感じる。これは女としての勘がそう告げている。

 

だが、必死に体を動かそうとしても、その場を離れることはできなかった。首には脱走防止用の〝色々〟な機能の付いた首輪、寝かされているベッドには手足を拘束する器具がついているため、このベッド自体からも離れられない。

 

「お、目が覚めているのか」

 

気が付けば、男たちはすぐそばまでやってきていた。

 

「ひうっ……」

 

「はは、おい聞いたか今の声。たまんねえな」

 

怖い。この男たちの笑みが恐ろしく怖い。その視線が自分の体を嘗め回すように上から下まで眺められる。

 

「やっぱりこいつかなりの上玉だよな……。実験で少し体が痩せちまってるけど、胸はでかいし、顔は可愛いしで文句の言いようがないぜ」

 

「なあ、どうせ処分は決まったようなもんだろ?少し味見しないか?なに、この後の実験はもうほとんどないんだ。多少汚したところで、問題ないだろ」

 

「お前いいこと言うな!それじゃあ遠慮なく」

 

「やだ、や、やめてッ!!」

 

男の手がまっすぐ胸へと伸びる。怖い、気色悪い、そういった感情がごちゃ混ぜになって吐き気を催すも、現状では何の意味もなかった。

 

――誰か、誰か助けて――

 

あと少しで男の手が胸に触れようとしたところで、ぎゅっと目を瞑る。怖くて震えが止まらない。涙が溢れ、頬を伝う。

 

こんなわけのわからない場所で実験させられ、あまつさえ体まで弄ばれてしまう。それが怖くて、また悔しかった。ただ無力な自分に絶望の念が広がる。

 

「そこまでだ」

 

瞬間、声が聞こえた。絶望に心が支配されてしまう一歩手前。その声は少女の心に届いた。

 

「なっ!!」

 

恐る恐る瞼を開くと、男たちが一人の青年に銃を突きつけられていた。いつの間にここにいたのだろうか。物音ひとつしなかった。

 

「てめえ!どこから……」

 

そこから先の言葉を男が発することはなかった。なぜなら、青年が銃を構えている手とは別の手で素早く懐の鞘から引き抜いたナイフを一閃、その男の首を切り裂いたからだ。

 

鮮血が舞うがお構いなしにもう一人の男性の頭に突き付けている銃を発砲。サプレッサーが付いているのか音は控えめだったが、至近距離で撃たれたそれは威力抜群。難なく男の頭を貫通させた。

 

「非合法な実験に、ノルマをクリアできなかったら性処理の道具か……虫唾が走るな」

 

青年はそう吐き捨てると頭を振り、こちらへと歩み寄る。鮮血で彩られた部屋を背景にこちらを見る姿は、不思議と恐怖を感じなかった。そして、それ以上にその青年には見覚えがあった。

 

――あの映像の人……?

 

かつて自分が見た映像。一人の少年とISが戦うという無謀という言葉さえも出てこないほど理不尽な戦いを繰り広げていた。そして、これが自分たちの原点であるとも教えられた。

 

自分は純粋に怖いと思った。その戦闘を行っている少年に対して、どうしてあそこまで無謀なことができるのだろうか。もちろんやらされているというのはわかっていたが、それでもやろうとする人の気が知れなかった。

 

「大丈夫か?」

 

「あ……」

 

でも、今のこの人からはそういったものを感じない。部屋が鮮血に彩られても、この人ならそれが当たり前だって思えて、納得してしまう。

 

「あ、あの、えっと!」

 

「いや、焦らなくて大丈夫だ。今拘束具を外す」

 

そう言うと、右手のナイフで器用にベッドの拘束具を切り、手足が解放される。若干拘束の痕が残ってしまっているが、この程度なら大丈夫だろう。

 

すると、今度は手を伸ばして首輪を外す作業に移った。何か特殊な装置を取り出して、それを首輪にある端子に差す。その動作の途中、彼の手が首元に触れるたびに、心臓の鼓動が早くなるような、温かい感情を感じることができた。

 

「よし大丈夫だ」

 

作業が済んだのだろう。首輪をいとも簡単に外すと、自分を縛るものはすべてなくなった。物理的な重さはないはずなのに、体がかなり軽くなった気がする。

 

手を握ったり開いたりしてそれを確認していると、どこか遠くで爆発のような音と振動が伝わってきた。

 

思わずその音にビクッと体を震わせる。何が起きているのだろうか。訪ねようと青年のほうを見るも、その顔は渋かった。

 

「もう来たか。予想よりもずっと早いな」

 

「その……来たって何が……」

 

勇気を振り絞って声をひねり出すと、青年は何か思案するような表情を浮かべた後、一つの問いかけをしてきた。

 

「なあ、お前はこれからどうしたい?選択肢は三つある。ここで俺と共に来るか、これから来るであろう奴らと共に行くか、……ここで死ぬか」

 

「え……」

 

言われた瞬間、頭が真っ白になった。この後はどうするのか。まったくと言っていいほど考えていなかった。自分はどうしたいんだろう。普通の生活に戻りたいのだろうか。そもそも自分にとっての普通が失われている今、普通を得ることにどんな意味があるのだろう。

 

答えに迷っていると、青年は頭をガシガシと掻いて、ぎこちない笑みを浮かべながら手を差しのばす。明らかに笑えていないその顔は、不思議と親近感のようなものを感じた。

 

――ああ、やっとわかった。

 

理解してしまった。あの時研究員が言っていた、自分たちの原点だという言葉を。

 

「別に深く考えないでいい、今何がしたいとか聞いても多分混乱してわからないだろ。でも、もし俺を信じてくれるなら、俺がお前を守る牙となる。血塗れているけどな」

 

血塗れの牙……いつか見た映像では確かこう言っていたはずだ。自分たちの原点――確かコードネームは……〝ブラッドファング〟。

 

おそらくこの青年のせいで自分は苦しい思いをした。この人がいなければ自分は苦しまず、平穏な人生を過ごせたのかもしれない。だが、どうしても憎いだとか、そんな感情を持つことができなかった。この人もおそらく自分と同じかそれ以上に辛い思いをしてきたであろうから。それは昔に見せられた映像でわかっていた。

 

差しのばされた手をおずおずと握る。どこにも行く当てなどないし、彼の言う奴らというのもどういう人たちなのかわからない。けれど、この人だけは今自分が知り得ている人だ。

 

――故にその手を握った。

 

「えっと、その、……不束者ですがよろしくお願いします」

 

「なんかニュアンスが違わないか、それ」

 

そんな言葉のやり取りで自然と笑顔が浮かんでくる。自分がどうすればいいかなんてわからないが、とりあえずはこの人に付いて行こうと思えた。だが――。

 

 

 

 

「やめときなさい。そいつに付いて行っても、委員会の犬に飼いならされるだけよ」

 

そんな自分に冷ややかな視線を向ける、一人の少女が姿を現した。

 

 

 

 




あとがき

遅くなりました!raludoです。

十一月中に更新できなくて申し訳ない。気が付いたら十二月になっていました……(汗)

さて、今回は妹ちゃんの救出の前編ですね。ちょっと途中を端折りすぎたかなあと思いましたが、その補完は後編でやる……かもしれません。

短いあとがきになりますが、今回はここまで。

BREAKERSをご覧いただき、ありがとうございました。

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