IS インフィニット・ストラトス BREAKERS(改訂) 作:raludo
――気が付いたらここにいた。それが彼女の最初の記憶である。
自分が誰だかよく思い出せない。不鮮明な記憶に自分の名前すら容易に出てこない。もやもやとした黒い霧のようなものが思考をひたすら阻んでいる。ただわかるのは自分がこうして椅子に縛り付けられているという現状だけである。
周りには白衣を着た研究者風な男が数人。必死にタブレット端末とにらめっこをしながら、時折狂気にも似た視線をこちらに送る。その目の禍々しさに思わず顔を背けてしまった。
一体誰なのだろうか。どうして自分はこんなことをされているのか。記憶の混濁した彼女には到底判別できることではなかった。だんだんと今の状況に不安が募っていく。存外、自分の状況が全く分からないということは恐怖を覚えるものだ。
すると、一人の男が何やら語り掛けながらこちらに歩み寄ってきた。何やらよくわからない単語ばかり口に出し、話の半分も理解できなかったが、どうやら映像を見てほしいということらしい。
「……?」
話の意味は分からないがとりあえず前面に出されたモニターをぼんやりと見る。ノイズのようなザザッとした耳触りのよくない音の後に、映像が流れ始めた。
――その映像を見たとき、彼女はすべてを思い出した。
「あ……ああ、あああああああああ!?」
混濁していた記憶が鮮明になって一斉によみがえってくる。血反吐を吐くような訓練に気がおかしくなるほどの人体調整。記憶の刷り込みによる知識の流入。思い出される記憶はこれだけではない。彼女の受けた実験すべてが、記憶の回帰によって彼女にもう一度降りかかる。
痛み、苦しみ、悲しみ、恨み。それらの負の感情が堰をきったようにあふれ出し、心を支配する。
彼女は記憶を一時的に失っていた。脳がこれ以上の精神的苦痛を避けるために、一種の防衛本能が働き、記憶を失うということでかろうじて彼女は正気を保っていたのだ。だが、周りの者たちがそれを許すはずがなかった。
「被検体ナンバー六番、……おい、聞こえているのか」
「よせ。今下手に刺激すると本気でおかしくなるぞ」
「ちっ、まあいい。どうせ記憶を自ら封じても、こちらにはいつでもそのトラウマを刺激することができるんだ。記憶を忘れたくならないよう、せいぜい痛みで覚えるんだな」
周りの男の声はもはや彼女――
――いやだ。いやだ!いやだ!!
否定をしようにも、すでにこの身に起きてしまったことだ。その事実はもう覆ることはない。ただただ、耐えることしか紅葉にはできなかった。
途方もない苦痛の中、ふと、映像に目が行く。一人の少年とISが生身で戦うという無謀を形にしたような映像。自分の封じられた記憶を解き放ったそれは紅葉にとっては憎悪の対象でしかなかった。
そして、どれくらいの時間が経ったのだろうか。五分程度かもしれないし、半日かもしれない。憔悴しきった紅葉には時間の把握などできるわけはなく、一つの思いを胸にただただ唇を噛みしめ耐え続けていた。
――絶対に誰かが助けに来てくれる。
これだけが紅葉の心を繋ぎ止めていた。この実験の始まりからずっとその思いだけは離さずに耐えてきたのだ。誰かがきっと助けてくれる。きっと国が動いてくれる。そうでも思っていないと心が壊れてしまうから。
それは今も変わらない。幾度となく自己防衛で記憶を失い、そのたびにトラウマを刺激され、記憶を喚起される。その無限の循環に晒されようと、その思いは確かに心に残っていた。
……そして紅葉は助けられた。だが、それは国でも、またヒーローでもない。……亡国機業。凶悪なテロリスト集団だった。
◇
のっそりと体を起こす。下に柔らかい感触があるといことは、ここはベッドの上なのだろう。
長く青白い髪は、度重なる実験の苦痛ですっかり色が抜けてしまった証であり、壮絶な過去を思い起こさせた。
「久しぶりにいやな夢を見たわね」
ほんの数年前の記憶。それも自身の心を揺るがすほどの壮絶な記憶。紅葉は眉間に皺を寄せながら大きくため息をついた。
「いつになったら、私は……戻れるのかしらね」
その呟きには紅葉の悲しみがにじみ出ていた。
紅葉はBF sistersの研究所から亡国機業によって助けられた後、そのまま構成員として再教育を受けた。亡国機業の存在理念は至って単純だ。戦争のために生きてきた者、戦争のために生み出された者。その者たちが今の平和な世界に居場所などあるわけもなく、自分たちの存在証明のために、世界に再び火をつけようと集まっているのだ。
「私は兵器じゃない。私は人間。……私は兵器じゃない。私は人間」
紅葉は自身にそう言い聞かせていく。ここでは兵器として育てられた者もたくさんいる。その誰もが自分自身を兵器として扱ってくれる亡国機業に対して、一種の心酔のような情を見出している。
「冗談じゃない。気持ち悪い」
紅葉は口に手を当て必死に襲いくる吐き気に耐えていた。自分が自分として扱われない。その違和感は〝人間〟として生きている紅葉には到底受け入れられるものではなかった。
しかし、そこから逃げ出すことはかなわない。すでに紅葉には首輪がつけられている。監視用のナノマシンが紅葉の体内には潜伏しており、一定間隔ごとに投与を義務付けられている。上層部がその気になればボタン一つで体内を焼き尽くすことさえ可能な代物だ。まさしく首輪のようなものだ。
紅葉はベッドから抜け出し、身支度を整える。食事は最低限。金は組織で配給されているものがあるが、それを嬉々として使う気になれず、最低限しか手を出していない。
ふと、先日亡国機業の幹部。自分にとっては上司である女にある一つの任務を任されたのを思い出す。確か自分と同類の少女を回収しろ、だったか。無理なら始末しろとの命令も出ていたはずだ。
「……あの性悪女。よりにもよって私にその任務をあてるなんて、本当に性格が悪い」
恐らくBF sistersの一人なのだろう。その回収――言ってしまえば拉致を同じプロジェクト出身の自分にやらせるとは何を考えているのだろうか。
「案外、兵器だから感情なんて考慮していない、という考えでしょうね。……ほんっと最悪」
紅葉はその場でつい頭を抱えてしまった。
◇
どうしてこうなったのだろう。
比較的簡単な任務だった。亡国機業の諜報部はかなり優秀で、今日、この島には何も訪れないし、この任務自体も外に漏れる心配はなかった。亡国機業は全く信用できないし、むしろ憎んでいるといってもよいのだが、その仕事ぶりだけは信頼していたのだ。
だから、今回も簡単な任務だと、そうなるはずだった。同郷の少女を連れ去るのに思うところはあったが、やらねば自分がナノマシンの餌食になるのだ。だから、仕方ないとそう割り切っていた。
それなのに。
それなのに、どうして、どうして――。
「ふう……。これはどういうこと?どうしてあなたがここにいるの?――まったく都合が悪い」
本当に都合が悪い。
目の前にいる男に紅葉は見覚えがあった。それどころか、決して忘れることない人物でもあった。
――黒咲紅牙。起源して頂点。少なくとも紅葉はそう認識していた。自分たちのような存在が生まれる原因でもあり、その戦闘力は恐らく生身の対人戦ではトップクラス。そんな化け物だ。
亡国機業に拉致されて、任務に駆り出されるようになって数か月。何度か紅牙と遭遇することがあった。こちらが兵器として生み出された少年少女を回収していることと、同じでIS委員会にいる紅牙もまたそういう存在を助け出していたのだ。
――いや、違う。
紅葉は反射的にそれを否定する。彼が助け出していたのは私たちなのだと。私たちBF sistersなのだと本能的に理解していた。
自分が研究所で何度もトラウマを刺激された映像。それに映っていた少年が彼だということを、紅葉は一発で見抜いた。
あの時は紅牙が憎くて仕方がなく、半ば八つ当たりのように言葉をぶつけていた。あなたがいなければと、何度も。お互いにISを展開し、戦った。戦績は全部こちらの全敗で撤退しているのだが。
そんな男が今目の前にいる。背に庇っている少女はきっと今回の任務対象であったBF sistersの子なのだろう。こちらより早く紅牙が動いたということだ。
紅葉は顔をわずかにしかめながら、心が押しつぶされそうな感覚に必死に耐えていた。そして、ISを展開してその感覚を振り払うように戦闘を開始した。
――彼が憎い。殺してやりたいほど憎い。憎くてしょうがない。
――助けて。〝今度こそ〟助けてほしい。
この二つの相反する感情に紅葉の心は悲鳴を上げていた。
この男が原因で自分は死ぬような目に合っている。だから憎い。しかし、その半面でもしかしたら彼なら助けてくれるかもしれない。自分たちの境遇を理解し、それでもなお手を伸ばそうとしてくれる彼なら、と。
だが、純粋に助けを求めるには何もかもが遅すぎた。
助けてほしい。その一言を憎しみが邪魔をする。かつて、〝トラウマ〟として植えつけられた憎しみがその言葉を胸中に押しやる。
それに自分には監視用のナノマシンが注入されている。たとえ武器を下し、助けを求めたところで待っているのは死である。
――初めからわかっている。自分が助けを渇望していることなど。自分が研究所で自我を見失わなかったのは助けを求める心を忘れなかったからだ。
そう、紅葉は本質的にずっと助けを求めていたのだ。
――「紅葉!!」
紅牙がその名を口にするたびにトクンと心が跳ねる。
「その名前を、あなたが呼ぶなああああ!!」
――お願い!!もっとその名前を呼んでっ!!ここから助け出して!!
本当は嬉しいのに。自身の名前を唯一呼んでくれる彼のことを心底求めているのに、口から出てくるのは憎悪の言葉。
本当は理解していた。こんな憎しみは仮初であり、意味のないものだというのことは。それを知ったのは亡国機業に入って紅牙と対峙した時だ。
『憎んでも、恨んでもいい。だけど、それを理由に〝自分〟を捨てるのはやめてくれ』
最初にそう言われた。〝自分〟というのはおそらく自己意識や自我と呼ばれるものだろう。他にも何人かBF sistersを見てきたが、半分ほどは自我を壊され、機械のような感情しか持たない者だった。
『助けがほしいなら。そう言ってくれ!!』
ドクンと心臓が飛び跳ねたのを今でも覚えている。
――助けて……くれるのだろうか。
胸が熱くなった。憎いという感情の裏に隠された本当の想いが溢れ出ていた。
――助けてほしい。ここから抜け出させてほしい。
その時にようやく気付いたのだ。この憎しみは研究所で植えつけられたものだと。ただ自己防衛で記憶を封じる自分に施した、アンロックキーにすぎないのだと。
だが、それがわかってもどうしようもなかった。植えつけられた憎しみは簡単には消えない。この時から紅葉は相反する感情に悲鳴を上げていた。片方が偽物の感情であるのがわかっているのが、なおさら質が悪い。
……気付けば自分はボロボロだった。
長い回想にふけっていた気もするし、ただがむしゃらで戦っていただけのような気もする。いつの間にか拡張領域に積んでいた武装を半分以上も使い果たしていてしまっていた。
――勝てない。
それは半ば当然のことだった。BF sistersはMaximum Solder計画のデータを基にしたものだ。当然身体能力に至っては辛く苦しい経験をした甲斐があって、常人どころかその道のプロでさえ凌駕することができる。だが、ISに関してはそうはいかなかったのだ。
まず、データがない。ISに関するノウハウが全くと言っていいほど足りないのだ。今でさえISが台頭して十年も経っていないのだ。研究所にいた時に頭に叩き込まれたISの戦術理論や戦闘技術などは、今となっては基本のようなものばかりだ。
もちろん、向こうもISに関しては同程度だろう。相手が男ということを考えればこちらのほうが有利の可能性もある。
だが、彼は〝起源にして頂点〟なのだ。おそらくBF sisters全員が見させられたであろう映像資料。ISを相手に生身で向かっていく様を見せられては、どうしても勝てるビジョンが思い浮かばないのである。
――もう、どうしようもない。
ここで負ければ、亡国機業――いや、あの女は確実に監視用ナノマシンの制御スイッチを押すことだろう。負けることは失敗。失敗はすなわち死なのだ。特に自分はあの女に好かれていないのだから、そこにためらいなどあるはずもない。そして、武装がほとんどないこの状態で紅牙に勝てるとも思えなかった。
「――もういい。あなたにこんなこと言っても何も変わらない。私は亡国機業の手先。あなたが何をしようと、私の敵」
ずいぶんと自分でも喚いたと思う。どうしようもない苛立ちと不安とでごちゃ混ぜになった心はそれを吐き出すかのように相手にぶつけた。
――もっと早く助けに来てほしかった。
もしあの時、研究所から助け出したのが亡国機業ではなく、この人であったのなら――。
何度もそう考えた。もしそうならば、自分はこんなに苦しまなくても済んだはずだと。
しかし、もう遅い。遅いのだ。どちらにしろ自分は死ぬ。ここで任務を達成できなくてナノマシンに殺される。向こうに助けてもらったとしてもそれに気づいたあの女が戸惑うことなくスイッチを押すだろう。
どちらにしても自分はもう――助からない。
◇
紅牙は一度ゆっくりと目を閉じる。やることは簡単。相手のシールドエネルギーを削り取り、ISを無効化したうえで素早く、貰ったナノマシンを抑制する注射を打つ。おそらくだが、これですべて解決するはずだ。
そう思い直し、同じくゆっくりと目を開ける。ハイパーセンサーが相手の状態を逐一報告していく。そこにアップで映し出された紅葉の表情を紅牙は忘れない。
泣きたくて、泣きたくて堪らないのだろうか。涙を堪えているため、赤く充血しているその瞳。わなわなとふるえる唇。そのすべてをハイパーセンサーが表示していく。
――もし本当に助けてほしくないなら、こんな顔はしないはずだ。
紅牙の胸に言いようのない、鈍い痛みが奔る。紅葉にそんな顔をさせてしまう元々の原因が自分の存在だ。言うなれば、自分自身が紅葉にそんな顔をさせてしまっているのだ。
――いや、やめよう。そんな言葉で片付けるな。俺は悲劇のヒーローにでもなったつもりか!!自分の罪に酔いしれるな。
紅葉を助けようとする理由を偽ることはやめよう。自分が原因だから助けるんじゃない。小難しい理屈でもない。助けたいから――助ける。そんな自分勝手なわがままが、彼女を助ける理由だ。
ミスティック・クラッドのウイングスラスターから推進剤が噴き出し、紅牙は紅葉に向かって加速する。それは向こうも同じようで、合図をしたわけでもないがその出だしは同時だった。
ナイフに持ち替えた紅葉はもはやがむしゃらなのか、ただ力任せに振り下ろすだけだった。当然、そんな単純な攻撃を紅牙が捌けないわけもなく、右腕に展開したナイフ状のビームブレードでそれを受けると、左手で同じくナイフ状に形状変化させたビームブレードをラファール・リヴァイヴの胴に突き入れる。
「きゃっ!?」
戦場に似つかわしくない声が一瞬聞こえたが、それを無視して紅牙はスラスターを全開にする。バチバチと突き刺しているラファール・リヴァイヴの胴部分に紫電が奔るが、刃自体はシールドバリアーで阻まれているので問題はない。
そしてそのまま真下に島がある場所まで突進すると、角度を真下に変えて急降下する。
「きゃあああぁぁぁ!?」
存外に相手から押し付けられながら猛スピードで降下するというのは恐怖を煽るものだ。心が死んでいるのならそういった恐怖は感じないかもしれないが、紅葉であれば多少なりとも焦燥を抱くはずだ。
事実、悲鳴を上げながらビームブレードを突き刺している紅牙の左手をどけようと必死に掴んで離そうとしている。
「うぉぉおおおおっ!!」
自然と雄叫びのような声が紅牙の口から漏れ出た。このスピードで島の地表に叩き付ければ、いくらISといえどもその衝撃でシールドエネルギーを大幅に減らすだろう。今でも左腕のビームブレードが紅葉のラファール・リヴァイヴのシールドエネルギーをがりがりと削っているのだ。上手くいけばこのままチェックメイトである。
そしてそのまま二機は地震のような地響きを轟かせながら島の地表に突っ込んだ。凄まじい勢いで土埃が舞い上がり、その衝撃が強烈だったことを物語っている。もちろん下になっているのは紅葉なので、紅牙は大したダメージを負っていないが。
とはいえ、相応の衝撃は全身に伝わっているので顔をしかめながらも、相手の状態を確認する。
「あ……う……」
さすがにシールドバリアーがあるからと言ってその衝撃が和らぐことはない。紅牙よりもはるかに強い衝撃を受けた紅葉は、かすかなうめき声を上げることしかできなかった。
それと同時にラファール・リヴァイヴの黒い装甲が紅葉の体から青い粒子となり霧散していく。
紅葉に覆いかぶさる体型になっていた紅牙はゆっくりと体をどかせ、立ち上がる。すると、掠れるような声で、涙の混じった声で紅葉がささやいた。
「――死にたく……ないよぉ……」
その言葉を聞いた瞬間、半ば反射的に紅牙は言葉を口にしていた。
「死なせないさ。絶対に」
そうして紅牙はISを解除し、右手に一本の注射器を取り出そうとして――その場を飛びのいた。すると、紅牙が立っていた場所に鈍く光る鋭い閃きが奔った。
「――!!まだ動けるのか」
その閃きは、紅葉の来ているISスーツの足の裏に隠されていた仕込み刃だった。紅葉が足を蹴り上げることで、一閃を放ったのだ。
「ま……まだよ。私は死にたくない。死にたくないのよ!!」
そのまま体の痛みを無視するかのように軽快に立ち上がると、腰のホルダーから対人ナイフを取りだし、紅牙に挑みかかる。
「死んだら、死んだらすべてが無駄になる!!苦しいことも、必死に耐え忍んだことも全て無駄になるから!!」
紅葉は慟哭のような叫びを上げながら紅牙の体にナイフを突き立てようとするが、紅牙はそのナイフを握る腕を素早くつかみ、背負い投げの要領で後ろに投げ飛ばす。
しかし、それは予測済みだったのか、空中で体をしならせ見事に着地すると、再び紅牙に向かって駆ける。
――さすがに、一筋縄じゃ行かない……か。
紅葉が挑んでは紅牙が投げつけ、またすぐに態勢を整えてがむしゃらに紅牙に突っ込む。傍から見ればまるでじゃれているようにも見えるが、行われている戦闘レベルは極めて高いものだった。
それでも紅牙が悠々と受け流せているのは、それだけ彼の苦難がどれほどだったのかを窺わせる。それはBF sistersにも言えることだが、紅葉の〝起源にして頂点〟という言葉を噛みしめることだろう。
「――あまり、時間もかけられない。紅葉……」
ぽつりとそう呟くと、今まで守勢に回っていた紅牙は、その姿勢を一変し攻勢へと変える。タンッと地を蹴る音を置き去りにして紅葉に肉薄する。
「!!」
一気に懐に潜り込んだ紅牙はその腕を取り、紅葉を地面に叩き付ける。
「ぐッ……!!」
紅葉から苦悶の声が上がるが、それを無視し素早く紅葉の体を全身で抑えつけて行動を封じる。
「は、放して!!私は……!!」
「いいから、落ち着けッ!!」
「ひっ……!?」
紅葉のすぐ耳元でそう叫ぶ。すると、先ほどの気迫から一変、怯えたような声が紅葉から上がる。それを確認してから紅牙は注射器を一本取り出す。
「な、なにそれ……」
「心配するな。助けるから――。お前の居場所を何とかして作るから。俺も……あいつに作ってもらったから」
「い、ば……しょ?」
「そうだ。だから……少しは信じてくれ。――大丈夫。死なせはしないさ」
「どうして……、私の体内には監視用のナノマシンが……」
紅葉の言葉を遮り、紅牙は強引にその注射器を紅葉の首もとに突き立て、その液体を注入する。紅葉の表情が痛みに歪むが、こればかりは仕方ないと紅牙は手を緩めることなく続ける。
「これで、お前の体内のナノマシンは活動を停止する。……もうお前を縛る首輪は意味をなさない」
「……え?」
紅牙の言葉が信じられないのか、呆然自失とした表情で紅牙を見つめる紅葉。今の言葉がどれほど紅葉にとって救いになったか。その程は残念ながら紅牙にははかり知ることはできなかった。
しかし、紅葉の前に一つの道が、紅牙によって切り開かれたのは紛れもない事実だった。
「もう、亡国機業に課せられた枷はないはずだ。つまり、お前はもうそこにいなくてもいいんだ。だから――」
すっと紅牙は紅葉に向かって手を差し伸べる。その顔にぎこちない笑みを必死に張り付けながら、なんとか紅葉を安心させようとする。
「あ……」
その差し伸ばされた手を紅葉は――。
あとがき
こんにちは、raludoです。
長かったお迎えも一区切りです。本来はセシリアとの模擬戦は一夏、お迎えは紅牙と、それぞれにスポットを当てようとしたのですが、思った以上に長くなってしまいました。
BF sistersの子たちもそうですが、この戦闘で紅牙も少しずつ、自分の思いというものを理解し始めています。彼もまた失われたものを取り戻そうと必死なのかもしれません。
次回は実は迷っています。彼女たちのその後の話を先にするか、IS学園の一夏の話を先にするか……。
それでは短いですが、今回はここまで。
BREAKERSをご覧いただき、ありがとうございました。