IS インフィニット・ストラトス BREAKERS(改訂)   作:raludo

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第十六話 帰ろう

 

「おかしい……」

 

スコール・ミューゼルは己の手にある端末を睨む。豊かな金髪を揺らし、整った顔立ちに紅い瞳。そのせっかく整った容姿が険しい表情によって幾分か台無しになってしまっていた。

 

「あの子からの連絡がないわね。それどころか反応さえロストしている」

 

反応ロスト。これは紅葉(くれは)の持つISの反応がロストしたというわけではない。紅葉の体に仕込んでいた監視用ナノマシンの反応がロストしたことを意味する。

 

紅葉に仕込んだナノマシンは定期的に投与しなければ、自壊し体もろとも焼き尽くすようにできている。そのナノマシンの反応がロストした。それは単にナノマシンが自壊したことを意味する。

 

それは別に構わない。彼女自体は使い捨てのようなもの。自分のお気に入りの娘でも無いし、定期的に受けるナノマシンの投与に間に合わないような人物は、亡国機業の構成員に相応しくない。

 

問題は、彼女が最後にナノマシンの投与を受けてからそれほど時間が経っていないことだ。ただ単に彼女が殺されただけならば良い。体内の生命活動が停止すると共に、ナノマシンも自壊を始めるため、証拠は残らない。

 

しかし、もしこれが何らかの方法でナノマシンの活動を停止させられたものとしたら、それはかなりまずいことだ。こちらのナノマシンンという手札が一つ潰されることになる。

 

「そもそも、今回の任務では私達以外あそこに気が付いているはずはなかったのだけれど。私達が情報を入手した後に誰かが気付いたとしても、こうもタイミングよく襲撃時間を合わせられるのかしら?」

 

もしかしたら、情報をつかまされた可能性がある。最初から仕組まれたことだとしたら、紅葉はまだ生きている可能性が高い。

 

「BF sisters絡みで一番に動くのは、どう考えてもBREAKERS以外にありえない。オリジナルが相手なら、あの子が勝てないのも納得できるけど、……どうやってその情報を得たのか……。それが問題かしらね」

 

最強の戦士として生み出された男、黒咲紅牙。あの男が動いたならば、紅葉が回収されていたとしてもおかしくはない。あれはそういったことを平然とやってのける存在だ。

 

「面白くないわね。諜報部にもっと精度の高い仕事をしろと、小言を言っておいかないと――」

 

そして、この問題はお終いとばかりに、別の端末を手に取る。その端末の画面に情報を展開させると、スコールは口端を釣り上げるようにして笑った。

 

その情報の見出しには、〝篠ノ之束の隠れ家 捜索纏め〟と銘打たれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

夜の空に星が輝く。その煌めきを眺めていると、先ほどの戦闘なんてなかったように胸の内がすっかりと穏やかになる。

 

「落ち着いてくれたか?」

 

紅牙はその場に座り込み、自身の腕の中で丸くなっている紅葉(くれは)に声を掛ける。なんてことはない。あの時、紅葉に手を差し出した途端にその手を掴み、勢いのまま抱き付いてきたためにそのまま尻餅を付いたのだ。そして紅牙の胸で泣きじゃくる紅葉を優しく抱きしめながら、夜空に浮かぶ星を眺めていた。

 

「……ごめんなさい急に抱き付いたりして」

 

こちらを見上げる紅葉の瞳は涙に濡れているものの、上気した頬が月明かりに照らされ、その表情はしっかりと紅牙にも見て取れた。

 

「……構わないさ」

 

紅葉の背に回していた腕をゆっくりと離す。手に残った紅葉の温もりが外気の冷たさによって急激に失われていくのが惜しいと思ったが、紅牙には〝何が〟惜しかったのはわからなかった。

 

「紅葉……?」

 

手を離しても、動くそぶりの見せない怪訝に思った紅牙が言葉を掛ける。すると、モジモジとした仕草と共に言葉が返ってきた。

 

「その……もう少し、このままでいさせてほしい……な」

 

きゅっと、こちらに抱き付く力が強くなった。四月とは言え、夜になると気温はかなり下がる。海が目の前のここではそれがなおさらだ。そんな中、確かな暖かみを紅牙は感じていた。

 

思えば、最近になってこうやって誰かを抱きしめる、もしくは抱きしめられることが多いような気がする。刀奈に氷華、それに紅葉。随分と女性と触れ合うことが多くなった。元々IS学園に行くことが決まっていたのだから、そこまで不思議じゃないのかもしれないが。

 

「その、ごめんなさい。あなたに色々と酷いことを言ってきた」

 

これまでのこと言ってきているのだろう。確かに随分と酷い言葉を投げかけられた気がする。お前のせいで、お前がいるから、挙句の果てに先程は名前を呼ぶなとまで言われた次第だ。

 

けれど、紅牙にしてみれば、恨まれていても当然と考えているので、あまり気にしたことはなかった。その憎しみの一端でも理解できてしまえるから、言い返す気になれないのだ。

 

「確かに色々と言われてきたな」

 

「うう……ごめんなさい」

 

紅葉の言葉を否定せずにそのまま返すと、落ち込んだように肩をびくりと震わせる。

 

「少し意地悪だったな。そんなに落ち込まなくてもいいさ。本当に気にしていないから」

 

「……もう、酷い人」

 

「これくらいの意趣返しは許してくれ」

 

「……」

 

「紅葉?」

 

「――ねえ、これで本当に良かったのかしら……」

 

ポツリと言葉を漏らす紅葉。その言葉にどれほどの意味が込められているのか。それを察した紅牙は何も言わず、再び頭上に浮かぶ満天の星に視線を向ける。

 

「私は……このまま、許されていいのかしら」

 

許されるとは、この場合今までの彼女の行動のことを言っているのだろうか。亡国機業としての紅葉のことを。

 

「私の育ちが特殊だからとか、亡国機業に首輪をつけられたからだとか、そんなものは理由にはなり得ない。私は自分のやってきた行いの報いを受けるべきじゃないかって、そう思うのよ」

 

……罪悪感というものだろう。のうのうと自分だけが助かって、それまでに犠牲にしてきた、もしくは命を奪った者たちに申し訳がないと思っているのか。

 

――もしそうだとするなら。

 

「もしも……」

 

「え?」

 

「もしも、その言葉を認めるなら、俺はもうこの世に存在してはいけない人間だな」

 

今更、罪悪感に押しつぶされるほどほど綺麗な心を紅牙は持っていない。確かに自分の存在を考えれば、彼女たちに罪悪感を覚えなくもない。実際そういった気持ちはこびりついている。けれども、BF sistersをこれまで助けてきたのも、全て自分がそうしたいと思ったからだ。恨まれても、憎まれても、やり遂げると。けじめをつけると決めたからこそやり通しているのだ。

 

「死んでいった者の想いを受け止めるのは結構。俺だって色々と背負っていこうと決めている。だけど、死んでいった者たちの思いに自分が潰されるのは、一番よくないことだと思うんだ」

 

「あ……」

 

紅牙はゆっくりと紅葉の頭に手を乗せる。ちょうどいい位置に頭があったからということもあるが、それ以上に安心させたかった。どう見ても今の紅葉は不安定だ。親が子にやるような理屈だが、やらないよりはましだろう。そのままゆっくりと髪を梳くようにゆっくりと力を入れずに撫でる。

 

「生きたいなら生きればいいじゃないか。せっかく命があるんだ。やりたいことを……やればいいと思う」

 

「あなたは、どうなの?」

 

「ん?」

 

「あなたは……やりたことがあるの?」

 

「……ああ、あるさ。あるに決まってる」

 

紅牙が生きている意味。そんなものは――決まっている。

 

「俺は――俺は前に進む」

 

「前に?」

 

「ああ、そうだ。俺には何もない。あるのは自分の意思で得たわけじゃないこの力だけだ。昔はそれこそ、そこら中に殺意を振りまいていたんだけど、それも今じゃすっかり鳴りを潜めている。それもこんな俺を支えてくれる人がいてくれている証拠なんだ」

 

――だから。

 

「俺は進む。それでも進む。進んでいつか――」

 

――いつか、本当の意味で戦うこと以外の、自分が生きる意味を見出したい。

 

紅牙の声は夜空に消えるように。しかし、しっかりと紅葉の耳には届いていた。

 

「さて、そろそろ退却だ。――〝帰るぞ〟、紅葉」

 

「……うん」

 

〝帰るぞ〟。紅牙のその言葉をしっかりと反芻した紅葉の、ゆっくりと明確に意思の籠った声が紅牙の耳に届いた。

 

そして紅牙も、自分たちを見守るように優しく明滅する星々から視線を落とし、前を見据える。

 

――もう空を見上げるのはお終いだ。希望を見据えて、空を見上げながら歩いているばかりではダメだ。それではいつか躓いて転んでしまう。下を向いて歩いても、希望が見えず壁にぶつかる。だから、前を見る。前を見て進めば、遠くにある希望も、前にある壁も――周りにいる自分を支えてくれる人たちも、全部見えるから。

 

見るべき場所は上でも下でも無い。前を、前を見て歩いていくべきなのだ。

 

「立てるか?」

 

「……大丈夫。体の節々が少し痛むけど、問題ない……と思う」

 

すっと紅葉は立ち上がった。見たところ外傷はないようだが、ISを纏っていたとはいえ島の地面に思い切り叩き付けたのだ。その後も、錯乱気味の紅葉を落ち着かせるため何度も投げ飛ばした。体はかなり消耗しているのではないだろうか。

 

「心配しないで。これでも私はあなたの〝プロジェクト〟の後継者なのよ?……この程度で根を上げていたら、あなたに申し訳ないでしょ?」

 

考えていることが表情に出ていたのか、くすくすと手を口に当てながら笑われてしまった。

 

――心配はいらない、か。……何だか頼もしくも思うし、不本意だけど少し嬉しくもあるな……。

 

Maximum Solder計画の後継者。つまりはBF sistersのことを指す。後継者など現れないことが一番なのだが、こうして面と向かって言われると、少し誇らしくなるというか、そういった気分が沸き出てくる。もちろん不謹慎なのはわかっているが……。

 

「……それは、心強いな……。ちょっと待ってくれ。今迎えをよこすから――」

 

(紅牙、よろしいですか?)

 

「……うん?」

 

回収してもらおうと、氷華に連絡を入れようとしたところで、今まで黙っていた零が声を発する。

 

(拡張領域に入れてあるあなたの携帯端末に着信が来ていますよ)

 

(ああ、悪い。……とりあえず服を頼む)

 

ずっとISスーツのままでいたので、さすがに体が冷えてきている。IS委員会の正式隊員制服なら拡張領域に入っているためそれを呼びだす。すると、光の粒子が紅牙の身を包み、それが弾けると、制服がしっかりと着用されていた。

 

制服の内ポケットに入っている携帯を手に取ると、ブルブルと振動しており、確かに着信が来ているのがわかる。

 

「任務中だから電源は切っていたはずなんだけど……切り忘れていたか?」

 

少々訝しく思いながらも、そのまま画面の通話の部分をタッチして電話に出る。すると、すぐに聞き覚えのある声が紅牙の耳に入ってきた。

 

『紅牙!?今どこにいるの!!』

 

「刀奈……どうしたんだ?こんな時間に」

 

着信は刀奈からであった。妙に焦ったような、そんな声に何かあったのかと少し体が身構えてしまう。

 

『どうしたんだ?じゃないわよ!紅牙こそどこにいるの?あなたの部屋に行っても織斑君しかいないし。聞いても、IS委員会の用事としか言ってくれないし……』

 

確かに同室の一夏にはIS委員会の用事で一日空けるとしか伝えていないから、それしか一夏は答えようがない。いや、それよりも、どうしてそんなに切羽詰まったようにこちらの居場所を聞いてくるのだろうか。

 

「ああ、ちょっと野暮用で外に出ている。明朝には学園に戻る予定だ」

 

『――よかった……。探してもいないから、また私の元からいなくなったのかなって、不安で……』

 

「不安も何も、俺は更識に戻っていないから、私の元って言うのもおかしいんだけどな」

 

『もうっ!!そんな野暮なこと言わなくてもいいじゃない。〝私と紅牙〟の仲なんだし、もうちょっとムードを意識してくれても……』

 

「なんだそれ。……まったく」

 

刀奈の言葉に苦笑と共にうっすらと笑みを浮かべる。なんだかんだと言いつつ、こうして彼女と話ができるようになったのは願ってもなかったことだ。今更ながらに刀奈との関係をある程度修復できて良かったと思う。

 

「……?どうしたの?えっと……こ、紅牙?」

 

そんな紅牙の様子にすぐ隣で成り行きを見ていた紅葉が非常に呼び辛そうに名前を呼ぶ。その後に、名前で呼んでもいいわよね……?と、こちらの顔をちらちらと見てくる紅葉には何だか心が落ち着いた。

 

だが、どうやら通話先の相手は、その紅葉の声に落ち着いていられなかったようだ。

 

『……は?え?紅牙、今女の子の声が聞こえたんだけど、きっと幻聴よね。そうよね?しかも、恥ずかしながら下の名前を呼ぶとかなにそれなんでそんな親しそうなの?IS委員会の用事ってなに女の子と会うことだったの?私ちょっとそういうのどうかと思うなあ。私に隠れて会わなきゃいけないような子なの?』

 

「お、おい。少し落ち着け」

 

『なに?私の元から去っていったのはもしかして私を捨てて、他の女の子を漁りに行くためとかだったの?……言ってて自分でへこむわ、それ……』

 

「なら言うなよっ!」

 

『くすっ……。冗談よ』

 

「知ってるさ!本気でそう思われていたなら俺の方こそへこむわ!!」

 

はあはあと、息を切らしたように呼吸をする。とりあえず、冷静になって呼吸を落ち着かせるべきだろう。

 

『……少し嬉しいかな』

 

「……なにがだ?」

 

『こうやって昔みたいに冗談を言い合えるのが。そして、……あなたの傍に、そうやって名前を呼んでくれる人がいることに……よ』

 

「……」

 

思わず、紅葉の方を見てしまう。彼女と目が合うと、結構な勢いで目を逸らされてしまった。

 

考えてもみれば、更識にいた時は、自分の名を呼んでくれる人は刀奈だけであった。部隊の人員とは特段険悪な関係というものでも無かったが、〝黒咲〟としか呼ばれなかった。逆を言えば、刀奈だけがずっと紅牙の名前を呼んでいた。――いや、そういえば簪も〝紅牙〟と呼んでくれていたか。なんにせよ、当時は自分の下の名を呼ぶ者など、片手で数え終わるほど少なかったのだ。

 

『昔のあなたのことを知っているとね。今、そうやってあなたのことを慕っている人がいるのは、何だか感慨深いわね』

 

「……」

 

慕っている……のだろうか。紅葉には今まで名前を呼ぶなと言われるほど、きつく当たってきていたが、今はどうなのだろう。紅葉の名を呼んでも怒り出すことはなくなったから、嫌われているわけではないと思いたい。さっきはどさくさに紛れて抱き合ったりしていたが、それを許してくれるほどには、心を開いてくれていると理解していいのだろうか。

 

「――とりあえず、俺はちゃんと帰るよ」

 

『――ええ、あまり道草食わないで早く帰ってくるのよ?』

 

その言葉を残して、通話は切れてしまった。結局、彼女は何の用で電話を掛けてきたのだろうか。その部分が謎のままであった。しかし、最後の言葉にはこう言いたい。

 

「……お前は俺の保護者かよ」

 

「何だか、楽しそうね?」

 

「そうか?」

 

――楽しいというよりは、疲れる。まるで、更識にいたころに戻ったみたいだ。いや、違うか。〝刀奈があの時の調子を取り戻した〟の方が正しいのかもしれない。

 

「たぶん違うと思うわ」

 

「え?」

 

「いや、なんとなく今あなたが考えていることは違うと思っただけよ」

 

「……俺ってそんなに考えていること表情に出てるか?」

 

「いや、そういうわけじゃないんだけど、本当になんとなくそう思っただけ」

 

「なんとなくで考えていることを察せられたらたまったものじゃないんだけどな……」

 

とりあえず、紅牙は自分の来ている正式隊員制服に手を掛ける。せっかく拡張領域から呼び出して着たのだが、それを上の制服だけを脱ぎ、先程からやたら寒そうに両腕で体を抱くようにしている紅葉に羽織らせる。

 

「あ、ありがと……」

 

「なに、俺はこんな寒さどうってことないからな」

 

確かに制服を渡してしまうとこちらが寒いが、ISスーツのまま寒さに身を震わせている紅葉がいるのに、自分だけが制服を着ているのはさすがに気が引けた。一応、氷華には零を通して連絡をしてあるので、迎えに来てくれるまでそう時間はかからないが、その間だけでも寒さを和らげてくれればそれでいい。

 

そして、紅牙は先ほどの刀奈との会話で気になっていたことを紅葉に聞く。

 

「なあ、一つ聞きたいんだが」

 

「……なに?」

 

「……紅葉は俺のこと慕っているのか?」

 

「なっ!?な、なな、ななな!?」

 

紅葉の顔が今にも爆発してもおかしくないほど、真っ赤に熟れた。

 

 

 

 

「な、なんてこと聞くのよ!?このバカッ!!」

 

 

 

 

――どうやら、まだ心は開いてくれていないみたいだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

黒咲氷華は不機嫌だった。

 

もう一度言おう。黒咲氷華は不機嫌だった。

 

どれくらい不機嫌かと言えば、普段は丁寧で紅牙以外には大人しい対応をする彼女が、見てわかるほどに私不機嫌です!という感情を隠さずに表に出すほどである。

 

そんな彼女が不機嫌な理由。それは今も彼女の心情に気付かず、赤い顔を隠そうともしないで頬に手を当てながらデレデレしているこのバカ――もとい、雪奈だった。

 

「はわー……。紅牙さん、いい人だったな……。それにすごく格好良かった」

 

そんな言葉をこのヘリコプターに乗ってからずっと呟いているのだ。その言葉が氷華の耳に届くたびに、心の温度が一度ずつ冷えていくのがわかる。

 

言っておくが、氷華自身は紅牙に対して好意を抱いているが、男女の好意を抱いているわけではない。家族、妹といった少し男女としての好きとはベクトルが違った。

 

なので、紅牙が誰と結ばれ付き合おうが、表向きは文句を言わないつもりである。その相手が自身の兄にふさわしくないのであれば別であるが。

 

しかし、今氷華が雪奈に感じているのは男女の好意というものではない。これは妹として兄を慕い続けていた氷華の直感であった。

 

――兄さんの恋人になりたいならいざ知らず、私から妹の座を奪おうというのですか。

 

別に雪奈を妹として許容しないというわけではない。計画上の血の繋がっていない兄妹など、紅牙にはたくさんいるのでそこはあまり気にしていない。問題なのは紅牙にとっての一番の妹の座を狙っているのではないかということである。

 

「私もお兄さんと呼んだほうがいいのかな?ちょっと馴れ馴れしいかなあ?でも、うーん……」

 

もちろん彼女としてはそういった思惑はないのかもしれないが、その発言の一つ一つが氷華を刺激するのだ。

 

――落ち着きましょう、私。冷静になって考えるのです。別に彼女が悪いわけではじゃないんです。

 

普段の氷華であれば、こんな発言をされた時点で、相手にその意思があるかないかに関わらず、釘を刺す。それでも変わらないようであれば〝いろいろ〟と対策、処置を行う。だが、彼女はついさっきまで研究所にいた身。それを慮って、何も言わないでいるのだ。その分氷華の心の温度は自身の名前の通り氷のようになっている。

 

いけない。これでは思考の渦から抜け出せなくなってしまう。

 

――そういえば。

 

思考の転換を図るために、氷華は隣でまだトリップしている雪奈を放置しながら彼女のことを考えるという器用なことをしてのける。

 

――兄様の言っていた通り、情緒がとても安定していますね。

 

今のトリップしている状態では情緒安定しているように見えないが、そもそもそのトリップしているというのが、考えられないのだ。

 

――恥ずかしい話ですが、私でさえ、助けられたときは兄様のことを知らなければ、完全に壊れていた自信があります。

 

それだけ、BF sistersの受けてきた実験は凄まじいものだったのだ。誰もが心の支えなくしては切り抜けることはできなかった。その支えがあったとしても絶対に切り抜けられるという保証もない。

 

その中、彼女だけは精神に全くの異常が見られない。精密な検査をしたわけではないが、氷華の見る限りでは一般人と変わらない、無邪気で純粋な性格だ。

 

なるほど。あの兄が精神力だけならば自分より強いと言った意味が理解できた。そして、氷華は自身が思った前言を撤回する。

 

――これは安定しているわけじゃない。ある意味で彼女の情緒は狂っていると言ってもおかしくないのかもしれません。

 

もしくは、立ち直りの早い阿保の極みなのか。何をされてもマイペースに自身の精神を狂わされることがない。それはある意味で狂っているともいえる。

 

氷華はもう一度雪奈を覗き見る。えへへとにへら笑いを浮かべ、幸せそうに妄想にふけっている彼女を見ると、また心の温度が下がっていく気がした。

 

――まあ、おそらく阿保のほうでしょう……。

 

今の彼女を見て、どうしても精神が狂っているとは思えなかったのだ。

 

 

 

 





あとがき

こんにちは、raludoです。

前回から結構期間が開いてしまって申し訳ないです。自分もとうとう就職活動を行うことになりまして。学生でいられるのもあと僅かとなってしまいました。

なので、就活が落ち着くまではこのように不定期に更新することになります。これまでは月一でのんびり更新していましたが、それもできるかどうかわからなくなったので、ここで報告しておきます。

今回はここまで。

BREAKERSをお読みいただき、ありがとうございました。

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