IS インフィニット・ストラトス BREAKERS(改訂) 作:raludo
第十九話 氷の華が学園に咲く
――――誰かの声が聞こえる。
「……なあ、聞いてんのか、〝――〟?」
男にしては妙に高い声。というよりも、幼さを滲ませたその声は、最近見知った誰かに似ている。
目の前は靄が掛かったように白く、誰かが立っているということくらいしかわからない。靄にうっすらと見える影は、子供の背丈だった。多少はねっけのある髪型はどこかで見たことがある。
「……寝てるのか?――――あ、千冬姉。コイツ寝ちゃったよ」
――千冬姉。
その言葉にまるで冷水を掛けられたかのようにハッとする。千冬姉という呼び方をする人物は自分が知っている限りでは一人だけだ。
織斑一夏。単純で割と熱血なところがあるが、性格的には真っ直ぐで正直者。甘いところはたくさんあるが、最低限の〝覚悟〟はしっかりとできている。自分の中での彼はそんな感じの印象だ。
――これは、夢か?
辺りは白く霧のように視界が見えない。ただただ目の前に一人の子供、その影が立っているだけである。
「あれ、千冬姉?――手が離せないって?……ちぇ、つまんないの」
頭の後ろで手を組み、いじけるように石ころを蹴る仕草をするその影。それをただ眺めているだけの自分。その影に近付くことも、離れることもしない。ただその姿を傍観しているだけ。その影に何か嫌な予感を感じたのだ。
――ここで、声を掛けたら……なにかが終わってしまいそうな気がする。
先程からよくわからない異様な不安が全身を駆け巡っている。存在の根源。上手くは言えないが、それが揺さぶらされている、そんな感覚だ。
だから、手を組み、夢が覚めるのを待つことにした。本能が関わるなと警鐘を鳴らしている。
すると、その影ははあ、とため息をつき、こちらから遠ざかっていく。なぜため息をついたのかはわからない。だが、それを追う気にもなれないので、ゆっくりと目を閉じる。願うならば、次目を開けた時は現実に戻っているようにと。幻覚を見ることは研究所にいたころによくあったが、こんなわけのわからない夢は初めてである。
――やがて、意識が遠のいていくように、心地よい睡魔が全身を襲い――――。
『――ピリリリリッ!!』
「んぐ……」
『あ、兄様?おはようございます』
「…………ああ、おはよう」
『……?どこか元気がないですけど、大丈夫ですか?』
「……大丈夫だ。少し寝覚めが良くなかっただけだから」
『――そうですか。体調には気を付けてくださいね?……それでですね、今日のことなんですが――――』
◇
「おいおい、紅牙」
「――どうした?」
朝、ホームルームが始まる前。すでに席につき、頬杖を突きながら明後日の方向を眺めていた紅牙は現実に引き戻されるような感覚と共に、話しかけてきた一夏の方へ視線を向ける。
「どうした、って聞いてなかったのか?隣のクラスに〝転校生〟が来たらしいぞ?」
「そうらしいよー?黒咲君。何でも中国の代表候補生なんだってさ!」
近くに座っていた女子生徒が興奮冷めやらぬといった風に豪語している。中国の代表候補生……そういえば、そんな情報も回ってきていた気がしたなと、頭の中で手繰り寄せるようにその情報を思い出す。
「……ああ、知っている。なんでも、二組のクラス代表になったらしいぞ?クラス対抗戦がまた大変になるな」
「…………黒咲君、いつもながら何でも知ってるね……」
「何でもは知らないぞ。調べたことだけだ」
最初の頃は我関せずという態度だったため、クラス内でも孤立しがちだった紅牙。だが、話かけられれば、自分の知っていることであれば的確に返事をするので、いつの間にかちょっとした先生のようなポジションを得ていた。
「わたくしの存在を今更ながらに危ぶんでの転入かしら?」
「どうだろうな。どちらかというと、俺や一夏が関係していそうだが……それならなぜ二組に転入したんだろうな……」
事前に情報が回ってきているとはいえ、そこまで細部に関する情報はさすがに届いていない。――――だが、それも〝今日〟までだ。〝今日〟からはより鮮度の高い学園の情報も入ることだろう。
「まったく、一夏。今のお前に他の女を気にする余裕はないはずだろう」
「いや、でも、隣のクラス代表だろ?そりゃ気になるさ。どんなISなんだろうな……」
「……なんだ、お前の興味はそこか……」
あからさまにほっとしたように息をつく箒。同時にセシリアも安心したような微笑みを浮かべている。紅牙はそれを不思議そうに見ながらも、自分が知り得ている情報を出す。
「まあ、代表候補生だからな。情報はそこら辺に転がっているさ。確か名前は――――」
紅牙がその名を言いかけると、教室の後ろの入り口。そこから遮るようにして、
「――――凰鈴音。中国の代表候補生にして、二組のクラス代表よっ!!」
甲高く、それでいて元気な声が教室に響いた。教室内の生徒の視線がその一点に集まる。
「鈴……?お前、鈴か?」
「そうよ、久しぶりね……一夏」
どうやら一夏と知り合いらしい彼女。栗色のツインテールが活発な雰囲気を醸し出す彼女は自信満々という言葉が似合うほど、腰に手を当て堂々としていた。
「……ぷっ。なにやってんだ?すげえ似合わないぞ」
「んな!?なんてこと言うのよアンタ!!」
「ちょっと待て一夏。この女と知り合いなのか!」
「一夏さん、どこか親しげですけれど、この方とお知り合いなのですか!?」
「ええと、こいつは――」
箒とセシリアに詰め寄られ、若干タジタジしている一夏を尻目に紅牙は手首に着けている時計に目を落とす。
――そろそろか。
「おい、一夏。そろそろ座ったほうが――「お前ら何を騒いでいる?」――遅かったか……」
その一声に一夏を含めたクラス全員が即座に行動に移す。鍛えられた軍隊のように皆が自身の椅子に座っていく。これだけ見れば、IS委員会直属の部隊にも通ずるところがある。
「へ?」
そして一人残された凰鈴音。ゆっくりと後ろの入り口を振り返れば、そこには出席簿を片手に腕を組んでいる一組担任が。その眼光は今朝も鈍ることはない。
「もう始業の時間だ。いつまでここにいるんだ凰」
「し、失礼しました!千冬さん!!」
「織斑先生と呼べ」
「は、はい!織斑先生!!」
まるで怖いものを見るかのように、足早にその場を立ち去っていく鈴音。その姿に織斑先生とも知り合いだったのかとも思ったが、一夏と知り合いならば、そういうこともあるかと一人納得する紅牙。
――ん?
よく見れば仁王立ちしている織斑先生の隣には誰かが立っていた。制服の袖の部分だけが入り口からちらりと見えている。かと思えば、ちょこんと入り口から顔を出し、中を覗く女子生徒。その髪はしっとりとした紺色だった。
――ああ、来たか。
一人で納得するとともに、恐らく来るであろう質問攻めにどう対応しようかと、一人頭を抱える。そして、こちらと目が合うと、ぱああと花が咲くような、にっこりとした笑みを浮かべ小さく手を振ってくる。ため息をつきながらも手を振り返してやると、ますます上機嫌になったようで、見るからに〝彼女〟のワクワク度が増していた。
「まったく、朝から騒々しいことこの上ない」
カツカツと音を鳴らして教室の前まで歩いていく千冬。それと同時に、廊下にいる〝彼女〟も前の入り口に移動していった。
――そんなに楽しいことかね……学校生活は。
〝彼女〟の表情を見ていると、そこらの人よりよほど人らしい表情をしている。その過去が真っ黒だなんて、誰も信じないくらいに。自分も見習うべきなのだろうが、例えそんな過去がなくともそこまで振り切れる自信がない。
「さて、ホームルームを始めるぞ。――――と、その前に」
前の教壇に立ち、生徒たちをぐるりと一瞥した後、ゆっくりと話し始める千冬。
「今日は――新しい仲間を紹介する……と言っても、少々特殊だがな」
……ざわざわ。
途端に教室内が騒がしくなる。無理もないだろう。先ほど隣のクラスの転校生の話が出ていたのだ。それに続きこのクラスでも転校生となれば、年頃の少女たちに騒ぐなと言うほうが無茶な話である。
だが一方、千冬はその顔に苦い表情を浮かべていた。相当苦労させられたのだろうことは容易に想像できる。
――あのおっさんはまた……。
〝彼女〟がここに来るにあたり、〝奴〟が話を付けたのだろう。が、恐らく担当したのは織斑先生であろう。ご愁傷様と心の中で手を合わせておく。凪城結弦と交渉させられるなど何の悪夢だろうか。
「――入ってくれ」
「はい」
千冬に呼ばれ、教室に足を踏み入れたのは、白を基調とした学園の制服を少々カスタマイズし、ひらひらとどことなくゴシックロリータを彷彿とさせる少女。紺色の髪をうなじの辺りで一度束ね、左肩を通し胸元に垂らしている様はどことなく年齢以上の色気が漂い、生徒たちはその姿にほわー、と放心の声を上げていた。
「みなさん、おはようございます。今日からここでお世話になる黒咲
にこりと微笑みを浮かべ、丁寧にお辞儀をする氷華。その際にその年では随分と立派な胸がたゆんと揺れた。席の一番前に座っていた女子などは身を乗り出すようにして凝視しており、同性でも彼女の魅力は十分と通じているようだ。現に一番前の一夏も顔を赤くして氷華から視線を逸らしている。
「……って、あれ。『黒咲』?」
そして女子のうちの一人がその苗字に気が付く。それと同時に皆の視線が一斉にこちらへ向く。
「あー……」
「皆さんお察しの通り、黒咲紅牙は私の兄です。今回は私もIS委員会の都合でこちらに赴いたんですよ」
皆の疑問に答えるように、氷華が説明をすれば、皆納得するとともに興奮し始めた。
「黒咲君にこんなかわいい妹さんがいたの!?」
「あれ……でも、黒咲君って私達より年上だったよね?てことは、妹さんは私達と同い年くらい?」
年齢に関しては自分から言いだしたわけではないが、以前、勘のいい女子たちに聞かれた際に、皆より年上であることは周知の事実となってしまっている。
「いえ、私は十七歳なので皆さんより一つか二つ上ですね。ですが、かしこまった対応ではなく、皆さんが友人と話す調子で私にも接してくれればと思います」
紅牙自身は自身の正確な年齢はもう覚えていないのだが、氷華はしっかりと覚えているようで、優しい笑みを浮かべながらそう答えた。
「はえ~、黒咲さんが十七歳なら、黒咲君はもう二十歳近いんだね~。黒咲君が年上なのは知ってたけど、そこまで上だなんて知らなかったなぁ」
一応書類上での紅牙の年齢は今年で二十歳となっている。が、何歳の時から研究所にいたのかなど覚えていないので、これも正確な年齢ではない。別に正確な年齢がわからなくても、生活に支障はないので気にもしていない。
「――そこまでだ。続きは休み時間にでもしてくれ。――黒咲妹、お前の席は……そうだな、黒咲の隣に座ってくれ」
最初から空いていた隣の席、そこに座れと千冬に言われると、ルンルンと上機嫌でこちらに歩いて来る氷華。〝どうせなら学園生活がしたい〟という我侭が通ったとはいえ、ここまで浮かれるのもどうか。
――いや、それくらいはかまわないか。
もともと、彼女もこういう生活とは無縁だったのだ。それが叶いかけている今、水を差すのも野暮だろう。
本来は学園の警備増強と紅牙の任務補佐として学園に送られてきた氷華だが、少しくらい楽しんでも罰は当たらないと紅牙はほんの少しだけ笑みを浮かべる。それは周りからだと変化がないように見えたが、紅牙のことをずっと見てきた氷華にはそれがまるわかりだったようで。
――――となりに来た氷華と二人して微かに笑みを浮かべ合った。
◇
「ふう、教室を出るのも一苦労だな」
時間は進み、昼休み。休み時間ごとに繰り広げられる質問攻めをなんとかいなし、こうして教室から氷華を連れ出すことにも時間を要してしまった。
「えへ、えへへ。兄様~♪まるで私を守るナイト様のようでしたよ?」
「まあ、隊長はお前だから、あながちその表現も間違いじゃないだろうけどな……」
「むう……。そんな言い方じゃ風情がありませーん!」
「別になくていいからな……?――そういえば、一夏たちはもう食堂の方へと向かっているんだったな」
こちらが並み居る質問の波を捌いている間に、ご愁傷様と手を合わせてそうそうに消えた一夏に内心少し腹を立てながらも、完全に目を離すのはまずいので自分たちも食堂へと向かう。
「そうみたいですね。私、しっかりと織斑さんに挨拶をしておきたいです」
「そうだな。色々と面倒を見る羽目になるだろうから、それくらいはな――――」
そこで視線を感じて、振り返る。一般生徒がこちらを興味本位で視線を投げているのは先程から変わらないが、その中で一つ、異質な視線を感じた。
その視線を探ると、廊下の曲がり角。そこでちょこんと顔を出しこちらをものすごい形相で睨む人物がいた。
「あー、そうかー。……説明しないとか……」
確実に面倒なことにしかならないのは目に見えており、今日一番のため息をつく。ふと、横を見れば、氷華もその人物を認識したのか、楽しそうな表情から一転、真顔に戻り、すっと目を細めてその人物を凝視していた。
「――――兄様、私少し用事が……」
「いや、待て。行くから。俺も行くから待て!お前だけだと話にならないどころか、余計な誤解が生まれるから!!」
ずんずんと歩を進めていく氷華を追うように紅牙も早歩きで付いていく。それを確認した〝あちらさん〟はさらに表情を険しくしていたが、それはどこか悔しそうにも見える。
「――ご機嫌麗しゅう、更識の姫様」
丁寧な挨拶ににこりと笑みを浮かべているが、まったくご機嫌よろしくない氷華。
「――あらあら、これはどうも。――――で?どちら様でしょうか?」
刀奈のほうも氷華に負けじとにこりと笑みを浮かべているが、その視線は非常に棘のあるものだった。さっそく面倒なことになりそうな予感を紅牙はひしひしと感じていた。
――やはり、先に食堂の方へ行っておくべきだったかもしれない。
少しずつ後悔の念が滲み出てきたが、努めて冷静に二人の仲を取り持つ。
「えっと、紹介しよう。こいつは――――」
「私は黒咲氷華と申します。以前兄様がお世話になっていたそうで、妹としてお礼申し上げます」
「妹……?――――そういうこと」
氷華の正体に見当が付いたのか、途端に苦い顔を浮かべる刀奈。だが、そんな顔をするなとばかりに、氷華はさらに言葉を紡ぐ。
「私に対して、そういった感情は無用です。したがって普通通り接していただきたく思います――いたっ!?」
「まったく、言葉と表情が一致していないぞ。普通通り接してほしいならもう少し表情をなんとかしろ」
「うぅ~、だって兄様……」
「だって、じゃない。それからおまえも。いつまでも額に青筋浮かべているんじゃない」
「むぅ……、だって紅牙……」
「だって、じゃない。お互い協力することもあるんだ。仲良くとまでは言わないが、支障が出るような関係は望ましくない」
「紅牙、あなたが原因の一つだと認識してる?」
「なんてこと言うんですか楯無さん。兄様はこれだからいいんじゃないですか」
「……確かにそれはあるわね」
――俺が悪いのかよ……。
それに気づかない辺り、紅牙もまだ鈍いままであった。
「それで、楯無。どうしてここに来ていたんだ?何か用事があったのか?」
「――用事がなかったら、来ちゃだめなのかしら?」
「え?」
「いえ、何でもないわ。新しい生徒が入ったって言うから様子見に来たのだけれど、それはもう達成されたわ」
そう言うと、ひらひらと手を振りながら背を向ける刀奈。本当にそれだけの理由だけだったのだろうか。すると、何かを察したのか、氷華が苦虫を噛み潰したよう表情を浮かべ――。
「――兄様。私、先に食堂へ行ってきますので、彼女ともう少し話してきたらどうですか?」
「ん?」
「今後の相談や共有しておくべき情報もあると思いますので――」
そう言うと、こちらの背中をぽんと押し出す氷華。しかたないなあといった表情でこちらを見る彼女に紅牙は戸惑いつつも、言われたとおり刀奈の背を追う。実際、話すことがないわけでもなかったのだ。昼は生徒会室で過ごすことになりそうだった。
「――あ、兄様に案内してもらおうと思っていたので、食堂の位置を確認していませんでした……」
あとがき
どうも、raludoです。
今回から第二章に入りました。いろいろなキャラを絡ませて展開していきたいですね。
氷華、鈴とキャラも出てきますので、頑張って違和感なく書きたい……(願望)
割とすぐに次話も上げると思いますので、続きはお待ちいただけると幸いです。
それでは今回はここまで。
BREAKERSをお読みいただき、ありがとうございました。