IS インフィニット・ストラトス BREAKERS(改訂) 作:raludo
存外、ありえないことなんてよくあるものだ。その時点でありえないという言葉がゲシュタルト崩壊を起こしている気がするが、織斑一夏は本気でそう考えていた。
そう考える理由としては己の経験則であった。まだ十代そこらの少年の経験則と言われても、年長者からしてみれば鼻であしらう程度のものであろうが、あいにくと一夏の場合は別段普通とは一線を画していた。
それを証明する出来事が、体の芯が凍り付くような寒い冬の日に起こった。当時はまだ中学三年生の一夏が高校の受験を行うために、自宅から何駅か離れた会館に来ており、分厚いコートに身を包んだ一夏は足取り重く会館を彷徨っていた。
「ま、迷った……」
はあ、と深いため息をつきながら、一夏は異様に入り組んだ道を進む。ぜひともこのような〝素敵〟な会館を設計した人物とは一度本気で〝お話〟したいと、内心でフフフと黒い笑みを漏らす。つまり、まったくと言っていいほど目当ての部屋にたどり着かないのである。
「というより、もう部屋さえ見つからないぞ。本当にここはどこだよ」
弁明しておくならば、一夏は決して方向音痴ではない。一度通った道は大体覚えているし、住所がわかれば、そこへ難なくたどり着ける自信もある。
そんな一夏がここまで迷うのは本人にとっても驚く事態であるし、友人たちが今の状況を聞けば、皆が皆、驚嘆するであろう。
そんな意味もないことを考えながら歩を進めていた一夏は前方の突当りに一つの部屋を見つける。やっと見つけたと言わんばかりに、一息つく。
「ようやく部屋を見つけた。もうここで合っているかはわからないけど、とりあえずこの中に入って、違ったならそこらへんにいる職員に聞くしかないな。職員がいれば……だけどな」
一夏は半ばあきらめた状態で、ため息交じりにそう呟いた。そしてその扉に手を掛け、ゆっくりと引いた――。
扉を開いた先の室内は薄暗く、人の気配がしない。これはハズレだなと一夏は来た道を引き返そうと、後ろを振り向いたところで。
――キンッ――
消え入りそうな金属音が鳴った。よく耳を澄まさなければ聞こえないレベルのものであったが、一夏にははっきりと聞こえた。
「なんだ……?」
奇妙な金属音に再び視線を薄暗い室内へと向ける。だが、目に映るものは先ほどと変わらず、一夏は首をかしげる。そして一歩、また一歩と部屋に吸い寄せられるように進む。
一夏自身もよくわからず、困惑していた。だが、先ほどにはなかった感覚にとらわれていたのも事実だった。
それは部屋の中央に置かれた〝何か〟から発せられる強烈な存在感と圧迫感であった。その正体を確かめるべく、一夏は中央の〝何か〟に近寄る。
やがて、その〝何か〟を目で確認できる距離まで近づいた一夏はそれを呆然と見つめる。開いたままの口からはかろうじて細々とした声が紡がれた。
「――インフィニット……ストラトス……」
その後、その部屋からは荘厳な金属音とともにインフィニット・ストラトス――ISを装着した男性が発見された。
後に一夏はこの出来事をこう語る。あの出来事が俺の運命を変える第一歩だったんだと。
◇
春の陽気といまだ続く寒さが激突する月、三月。年度の終わりとともに始まりを予感させるこの月はどこか落ち着かないと一夏は外の肌寒さに軽く身震いをした。
あの会館での出来事以来、すっかりと一夏は有名人となった。なにせ女性しか扱えないというIS――インフィニット・ストラトスを易々と起動してしまったのだ。後世に残る歴史的事件と言っても過言ではないのかもしれない。
「えーと、政府指定の施設というのはここか?」
一夏の前にそびえ立つ大きな建物。入口には『倉持技研』と書かれており、この施設が研究所もしくは何らかの工場を指しているのは一目瞭然だった。
そもそもなぜ、世間を騒がせた時の人物である一夏がこのような場所まで足を運ぶことになったのか。それは数日前まで遡る。
それは一夏がISを起動して二日後、織斑家での出来事。
「まったく、大変なことをしてくれたな」
その言葉とともに、ため息を漏らすのは一夏の姉である織斑千冬であった。千冬はISの第一人者と言っても過言ではないほどの人物であり、ISの世界大会モンドグロッソで連続総合優勝を叩き出す、まさに怪物と言っても過言ではないほどの豪傑であった。
「悪い……千冬姉。確かに不用意に触った俺に非がある」
「まあ、そんなにしょげることはない。確かにお前は今回とんでもないことをしてしまったが、なってしまったものは仕方ない。これからのことを考えるのが先決だ」
千冬は一夏に静かに笑いかけると、すっと表情を引き締め、話を始める。
「まず、一夏。ISについての理解はどの程度だ?」
「理解って言っても、男の俺にはISなんて雲の上の存在だったからな。動かし方とかはまったくわからない」
「それはわかっている。そんなものはこれから身に着けていけばいい。――質問を変えよう。ISとはなんだと思う?」
千冬の問いに一夏は頭をフル回転させる。先も言った通り、一夏にとってISは雲のような存在であった。そんな一夏にISの本質を問われても、わからないの一言が返ってくるだけである。だが、織斑家長女はそんな答えでは満足しないだろう。故に一夏は頭を働かせ思考をまとめる。
「IS……インフィニット・ストラトス……戦うための力?」
ふむ、と千冬は一夏の答えに目を瞑り、吟味する。
「戦うための力……か。確かにそうだな。ISは力だ。使いようによっては私たちの大きな力になるだろう。では聞くが、ISが戦うための力というのなら、お前は〝何〟と戦うのだ?この場合、お前の敵とはなんだ?」
「え……?」
一夏はその問いに答えることができなかった。何と戦うべきか。敵とは何なのか。正直、一夏のほうが聞きたいぐらいであった。己の敵とは。自分は何と戦うのか。自分を傷つけるもの?友人や家族に危害を加えるもの?犯罪者?テロリスト?――思考がまとまらない。
「何と戦うのか、己の敵がなんなのか。わからないのなら、
なんと、なんという逞しい人なのだろう。危うく実姉に泣かされるところだったと、一夏は目を伏せながら、必死に瞳からあふれ出ようとする大海をせき止めていた。違うだろ、織斑一夏。今ここで見せるのは涙じゃない。心配なんかさせないほどの笑顔だろう?
自身にそう言い聞かせる一夏だったが、瞳から溢れる熱いものは止められず、体を震わせる。そんな一夏を千冬は仕方ないなと、苦笑いを浮かべながらやさしく撫でる。もう千冬より背が大きくなった一夏だったが、まだまだ自分は小さいなと一夏は姉の優しさを噛みしめた。
「んで、まずはここへ行くように言われたんだったな」
長い回想に浸っていた一夏が思い出したように、言葉を発する。まずはここでISを学べ。春休みの短い期間だが、この期間であれば、IS学園に入学したときに、極端に落ちこぼれるということもないだろう。千冬そう言い残してどこかへ行ってしまった。つまりこの倉持技研でISを学ぶための短期合宿といったところか。というよりも、実の姉がIS学園に就職しているという事実を、一夏はこの時初めて知ったのだが、それは余談である。
それに一夏はつい先日喜ぶべき知らせを聞いたのだ。なんと、二人目の男性操縦者が見つかったとのことらしい。現状、男一人での学園生活は心細いの一言だったので大いにありがたいことだった。どうやらつい先日からどこもかしこも男性を対象に適性検査をしているらしい。そのおかげで見つかったのだとか。
「いけない、いけない。ぼーっとしている場合じゃないな。その二人目もこの合宿に参加しているみたいだし、顔合わせになるだろうから、気合入れていかないとな」
人の子、織斑一夏。気合と根性でこの合宿――いや、これから待っている学園生活を乗り切る!と決意を胸に秘め、倉持技研の門を叩いた。
◇
「男性二名による学園入学までにIS操縦技量を間に合わせるための合宿……ね。何とも下心ありありの合宿じゃないか。倉持技研――いや、この場合は政府機関か?データを取る気満々だな。仕方ないことかもしれないけど、露骨すぎだろう……」
例の合宿に不満を漏らすのはIS委員会が〝創り上げた〟二人目の男性IS操縦者、黒咲紅牙であった。
無事に裏工作が終了し、晴れて男性IS操縦者二号として、世に喧伝されるようになってから一日が経ったこの日。紅牙は一夏と同じく合宿を受けにここ倉持技研に来ていた。
「まあ、合宿なんて今更だけど、どうするか」
言わずもがな、紅牙はBREAKERSという特殊部隊に属しているので、IS技術はともかく、戦闘技術はプロ並みであった。IS技術に関しても低いというわけではなく、むしろ戦闘技術にIS操縦が付いて行けていないというべきだろう。故に、ISの基礎を学ぶこの合宿は紅牙にとっては少々退屈だった。
「でも、織斑一夏とこの時点で面識を持っておくことは決して悪いことではないだろう」
そう、なので紅牙はもっぱらこっちの目的を主としていた。IS学園入学の前に織斑一夏と面識を持っておくことで、四月からの学園生活や、自らに課せられた任務を遂行するにも決して悪い方向に働きはしないだろう。そう考えることで紅牙は己のモチベ―ションを維持していた。
「~~~~!!」
すると突然、紅牙のいる倉持技研の控室の隣から誰かが叫んでいる声が聞こえた。
別に紅牙は気にすることではなかったが、職業病なのか、スッと体を移動させ、となりの部屋の壁に静かに耳を当てる。このようなことで罪悪感を覚える純粋な心など、当の昔に捨ててきた紅牙にとってはこの行為を行うのに何らためらいはなかった。
「だ……ら!!なん……弐式の……が遅れ……ですか!!」
所々聞こえる声に、紅牙は全身に電流が奔った。紅牙は特殊部隊の一員である。そのため当然各国の情勢やIS事情を知り得る限りのことは頭に入れてある。そして会話から聞こえた〝弐式〟という単語、それにここが倉持技研だということを考慮すると……。
紅牙の全身に冷や汗が奔る。隣の部屋にいる人物が特定できてしまったからである。
「更識……
あとがき
どうも、raludoです。
第二話投稿完了です。今回は原作主人公の目線を入れてみました。旧作の方でも原作主人公は意識して書いていたのですが、改訂の方も意識して書いています。
他には簪さんが前回に引き続き、ちょこっと登場ですね。これからの展開にご期待ください。
次話もなるべく早く投稿しようと思いますが、いつになるかは未定です。気長に待っていてくださると大変恐縮です。
では、次回でまたお会いしましょう。
御拝読ありがとうございました。