IS インフィニット・ストラトス BREAKERS(改訂)   作:raludo

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前話のラストの人物の名前、正しくは凪原ではなく凪城でした。誤字申し訳ありません。訂正は完了しています。


第四話 倉持技研での出来事

凪城(なぎしろ)……藍人(らんと)……ですか?いえ、知らないですね」

 

織斑千冬から告げられた名前は初耳だった。少なくとも紅牙にとって今までに一度も聞いたことない名前なのは確かだった。

 

「凪城……うちの上司の関係者ですか?」

 

凪城。その苗字は確かに紅牙の上司にあたる凪城結弦と同じであるため、紅牙はそのように問い返した。あのおっさんに縁者がいるなんて聞いたことないと思いながら。

 

「いや、知らないなら別にいいんだ。忘れてくれ」

 

千冬は詳細を語らなかった。凪城結弦の縁者かどうかさえも語らなかった。しかし、どうしてだろうか。自分が凪城藍人の名を知らないと言ったとき、わずかにだが、千冬の表情が、瞳が震えた。普通なら気づかないレベルであるが、紅牙にはしっかりと分かった。しかし、なぜ震えたのかが分からなかった。どことなく、寂しげに、または悲しげに見えた気がしたが、そういった感情面に疎い紅牙はその理由を推し量ることができなかった。

 

「そう……ですか。分かりました」

 

故に、紅牙はそれ以上の追及をすることはなかった。いや、できなかったというべきなのかもしれない。千冬のその表情を見逃さなかった紅牙にはその先を踏み込むことが憚られたのである。

 

「ああ。――そろそろ本題に入ろう。お前の任務についてだ」

 

千冬は先ほどの表情から一転、冷たく鋭い雰囲気を放つ。千冬なりの真面目な話の合図だが、それにしてはずいぶんとおっかない雰囲気である。おそらく相手が紅牙でなければ、すくみ上って逃げ出してしまうことだろう。

 

「はい。といってもあらかたの事情はうちの上司から送られているはずです。自分からは特に言うことはないのですが」

 

「お前になくとも、私にはある。確かに事の詳細はすでに熟知しているが、それで円滑に進むものか。個人的な意見として、お前にはある程度の学園生活というものも味わってほしいからな。決して無駄にはならない経験だ」

 

無駄にはならない。確かにそうなのだろう。青春を学園生活で過ごす。それは何にも代えがたい貴重な経験で、自らの糧になる。しかし、紅牙にはそれがとても他人事のように聞こえる。〝まとも〟な生活を送ってこなかった紅牙にはそれほど重要に思えなかったのだ。――その尊さがわからないのだ。

 

「もちろんお前の境遇は知っている。これがお前にとって理解しがたいものだということもわかっている。だから、無理強いはしない。これは私の身勝手な独り言だと思ってくれればいい。それほど真剣に悩むほどのものではないのだ」

 

紅牙は釈然としない心境のまま、話を続ける。自分にはわからないことを理解させてくれようとしている計らいは十二分にありがたいし、感謝の念さえ覚える。しかし、千冬と話すと、どうにも自分のことが見透かされているような感覚に囚われる。自分の心境、心の中、思考をそう簡単に理解されたくないという気持ちのほうが強い。

 

「一応、お前はIS委員会の関係者という扱いになっている。だから、お前の戦闘力はある程度言い訳ができる。〝全力〟を出さなければだがな。お前のISについても、委員会が手を回しているから問題ない。危惧されるであろうことは、お前自身の振る舞いだ」

 

それは紅牙にとっても耳が痛い話であった。紅牙は学園生活というものをまともに送ったことがない。それ故、学園に行った時、それらしい対応などできるわけがないのだ。一応弁解するならば、知識としては学園生活というものを知っている。というより、事前に義妹である氷華から嫌というほど聞かされている。なぜお前はそんなに知っているのかと聞いたが、乙女はいつでも青春に憧れていますと返されてしまった。恐るべし青春の乙女。

 

「まあ、だからこそ、お前には学園生活――青春がどういうものなのかを見て、聞いて、味わってもらいたい。本来お前がそのコミュニティの中で生活できていたかもしれないというIFを体験してもらいたいんだ」

 

「……」

 

悪くはない――そう思える自分がいることに多少の驚きはありつつも、すんなりと千冬の言葉が心の中にストンと落ちる。実際学園生活などに興味はなかったが、少し気になる程度には紅牙の心は傾きつつあった。相変わらず他人事のように聞こえる紅牙だが、その尊さを知ろうとするのもいいかもしれない。そんな思いが芽生えつつあった。

 

しかし、それとは別に学園に行きたくないという気持ちも十二分にあった。元々やりたくない任務だったということもあるが、それ以上に更識の存在が紅牙の悩む種になっているのだ。

 

――更識……楯無。先ほど更識簪の存在を確認したせいか、その言葉がとても重く、苦しく感じる。まだ彼女に会うわけにはいかないのに。何も片付いていないのに。しかし、紅牙の心境は知らぬとばかりに事は進んでいく。それは紅牙にはどうしようもないことであり、誰にも止められるものではなかった。

 

「……学園での振る舞いは善処します。その生活を楽しめるかどうかは……正直わかりません。俺にはまだ、感情というものをしっかりと明確に感じ取ることはできませんから」

 

「それでいい。無理はするな。任務の支障にならない程度でいい」

 

紅牙は沈鬱な気持ちを押さえつつ、肯定の意を千冬に伝える。その言葉がしっかりと文字通り伝わったかどうかは定かではないが、千冬が薄く笑ったのを紅牙は見た。もちろん気付かないふりをしたが。

 

そのあとも、紅牙の学園での任務についていくつか確認した後、その場は解散となった。紅牙も特に第一研究所に居座り続けるつもりはないため、早々にその場を後にした。

 

その場に取り残された千冬は紅牙の出ていった出口の方を物憂いな表情で見つめ、やがて静かに息を吐きながら、風に紛れてしまうようなか細い声で、その場にいない紅牙に言葉を投げかける。

 

「――私はお前の力になれているのだろうか。全てを狂わされたお前に、私は少しでもその苦しみを和らげてやれているのだろうか」

 

その千冬の問いに答えるものは誰もおらず、ただただ静かな部屋にその声が溶け込み、消えてゆくだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

合宿から三日たった。

 

更識簪は倉持技研総責任者である倉持柚葉の提案に賛同し、着々と打鉄弐式のIS学園への移送準備が進められていた。さすがに簪一人ですべてを組み立てるのは無理な話だったため、週に一度、柚葉が学園に赴き進行度を確認、アドバイスをすることになった。これも柚葉の提案であり、何でも「このままじゃ、うちがISを完成させられないからって、本人に丸投げしたみたいに見えるだろう?だから、これぐらいのサービスは当たり前だよ」とのこと。いや、実際丸投げしているんですが、と突っ込まずにはいられない簪だった。

 

織斑一夏は倉持技研の立てた合宿メニューをひたすらこなしていた。合宿の講師としてまさかまさかの我が偉大なる姉君こと、織斑千冬――通称千冬姉が務めていたのには、驚きを通り越して逆に冷静になったのはここだけの話である。ていうか、絶対あの夜から仕込んでいただろう!と、一夏は突っ込まずにはいられなかったが。

 

午前は座学、午後は鬼教官織斑千冬とのマンツーマンでのIS実習。実は倉持技研が立てた合宿メニューも裏では千冬が企画したと一夏が知るのは、もっと先の話である。

 

「千冬姉!ちょっとは加減してくれって!こっちはまだまだ初心者なんだ。だからいきなりそんなブレードを振りかかって来ないでくださいお願いしますっ!?」

 

そんな悲鳴が技研の実験用アリーナから響く。その刹那、金属同士がぶつかる音の高い金属音が連続で響き渡る。そこではISを装着した二人の姿があった。

 

「強くなりたいのだろう?なら、必死に避けるか防げ。操縦技術なんざその間に自然と身につく」

 

「いや、無理だって!つい昨日まではしっかりした練習をしていたのに、なんで今日になってこんなしごき……もとい実戦的になってるんですかねえ!!」

 

「なに、心配するな。加減はしている。それにお前は私と同じで頭で覚えるより、体で慣れる方が得意だろう?」

 

「確かに頭はいいとは言えないけどさ、――うおっ!?あぶな!!」

 

「ほう、今のを避けるか。ならば次は――」

 

この一夏にとって地獄のような実習は日が暮れるまで続けられた。なんだかんだ言いながら、そこそこ千冬の斬撃を避けるなり防ぐなりできていた一夏は正真正銘、織村千冬の弟、ということなのだろう。

 

ちなみに一夏は簪とある程度友好な関係を築けているようで、ISのことで分からないところがあったら、教えてくれる程度の仲にはなっているようだった。

 

そして、時は三日目の夜。黒咲紅牙の停まっていた更識との時間はゆっくりと動き出すのだった。

 

丁度、紅牙が技研の整備室にいるときだった。(余談だが紅牙は一夏とは違い、別のカリキュラムをこなしているため、一夏とは未だに顔を合わせていない)そこへ意図せずして訪問した者がいた。

 

内気な性格をそのまま表したかのような、内側に丸みを帯びた淡い青の髪が特徴の少女――更識簪だった。

 

「――お……お久しぶりです」

 

「……」

 

簪の小さく消えてしまいそうな声を確かに紅牙は聞いた。それに対し、紅牙は反応を返すことができなかった。胸中でついに来てしまったかという思いがあったからなのかもしれないが。

 

紅牙は深く深呼吸をして、自身の心を落ち着かせるようにゆっくりと呼吸し、しっかりと簪の目を見て、言葉を口にする。

 

「……お久しぶりです。妹様」

 

「その言い方、やめてくださいと何度も言いましたよね」

 

「申し訳ない。更識家にいた時の癖なもので」

 

「お姉ちゃんにはため口だったのに?」

 

「あれは別です。それに人の目があるところではきちんとこの話し方でしたよ」

 

「ふーん。でも、今はもう更識を抜けているんだから、普通の口調でも一向に構わないと思うんだけど。あなたのほうが年上だし」

 

簪は納得いかないのかジト目でこちらを睨んでくる。はて、簪はこんなに我の強い発言をするような人物だったのかと、紅牙は内心で驚きを隠せないでいた。

 

たびたび触れてきたが、紅牙はBREAKERSに入る前は更識家にいたことがある。その当時はとある理由により、紅牙は感情を一切持たないロボットのような振る舞いをしており、それはそれは当時の更識家もだいぶ手を焼かされていた。そんな紅牙は戦闘技術だけは人並み以上どころか、更識家の中でもトップクラスの実力を誇っており、更識家の実働部隊〝影狼(かげろう)〟のエース的な扱いを受けていた。その折に更識本家の人物と触れる機会もあり、更識簪及び十七代目楯無こと更識刀奈とも交流を少なからず持っていた。

 

というのも、ここでは詳しく語らないが、紅牙の感情をある程度取り戻すことができたのはひとえに刀奈のおかげであると言っても差支えないだろう。なぜ紅牙は感情がなかったのか、驚異的な戦闘能力を有しているのか、それらは今語るべき内容ではない。

 

「……」

 

「……」

 

沈黙が場を支配する。どちらも何と声を掛けたらよいかわからず、たじたじとしていたが、その空気を打ち破ったのは簪の方だった。

 

「あなたはどうしてISを動かせるの?」

 

「いや、それがわかれば苦労はしません」

 

簪の核心を突く問いに正直に答えるわけにはいかない紅牙は、はぐらかすように言葉を並べる。すると、簪は再びむっとした表情になり不満があるかのように口を尖らせる。

 

「ため口で」

 

「いや、だからこれは癖で――」

 

「ため口で」

 

「……あのですね?」

 

「ため口で」

 

「わかりま……わかったよ」

 

紅牙の返事を遮るように簪のため口希望の言葉が刺さる。すっかり根負けした紅牙は降参とばかりに両手をひらひらと上げ、改めて簪の我が昔よりだいぶ強くなっているなと、以前の記憶との相違に戸惑ってもいた。

 

「……まあ、確かにわからないよね。そんなこと」

 

紅牙がため口を使ったことに満足げに微笑えむ。ため口の何がそんなにいいのだろうと紅牙は思うが、それは当の本人にしかわからない事情があるのだと、勝手に解釈する。

 

「じゃあ、次の質問」

 

その言葉を発した途端、にこにこと微笑んでいた簪の表情にひびが入ったかのように笑みが変わった。具体的に言うならば、目が笑っていない。笑顔なのに、である。

 

「どうして……紅牙さんはお姉ちゃんの前からいなくなったの?」

 

その怖い笑みを浮かべたまま、簪は紅牙に言葉の爆弾を投げつけた。

 

「……」

 

予想はできていた。簪と出会うことがあるのなら、いや、更識の人間と出会うことがあるのなら、必ず聞いてくることだろう。なぜ、自分は更識を抜けたのか。

 

「楯無は話して……いないようだな」

 

「うん。お姉ちゃんもただ、紅牙さんが更識から出ていったとしか言わない。だから、聞きたいの」

 

簪は真剣な眼差しで紅牙を射抜くように睨む。怒っているのだろうか。普段の様子からは考えられないほど真剣な表情だった。

 

「お姉ちゃんはね。紅牙さんがいなくなった後、腑抜けたように何もできなくなっちゃったの。暇さえあれば部屋に籠って泣いて、表に出てきてもいつまでもくよくよしていて、見てられなかった」

 

顔の表情に影を落として簪は語る。懐かしむような、悲しむような、紅牙にはよくわからない表情であった。

 

「紅牙さんは知っているよね。私とお姉ちゃんの仲が悪かったこと」

 

「……ああ」

 

簪と刀奈の仲が悪いのは知っていた。というよりも自分から見れば簪が一方的に避けていただけな気もしたが、人の感情に疎い紅牙が口を出せる問題ではなかった。

 

「私はお姉ちゃんに対して劣等感を抱き続けていた。だってそれほどまでにお姉ちゃんは完璧だったから。私になんか及びもつかないほど、お姉ちゃんはすごい人。そんなお姉ちゃんがとてつもなく怖かった」

 

でもね、と簪は話を続ける。

 

「自分自身に劣等感を抱き続けていた私だけど、紅牙さんがいなくなって、お姉ちゃんが府抜けた時、無性に腹が立ったの。だって、今まで私が怖がる原因だったその人が、あまりにも見てられないほどしょぼくれてしまって、私はこんな人に怖がっていたのかと思うと、もう止められなかった」

 

――お姉ちゃんを叩いちゃったんだよね。

 

一瞬、紅牙は簪が何を言っているのかわからなかった。叩く?簪が?そんな様子の簪を想像するなど、紅牙には不可能であった。

 

「そう、叩いちゃった。『いつまで府抜けているつもり』なんて言っちゃって。今思い返すととても恥ずかしいよ。でも、それで私もわかったの。お姉ちゃんはすごい人だけど完璧じゃない。時には失敗するし、腑抜けもする。私と変わらない人間なんだって。ようやく気付けたの」

 

簪は自身の過去を懐かしむような笑みを浮かべて続ける。

 

「それからは勇気を出してお姉ちゃんに話しかけたり、励ましたりした。今までお姉ちゃんに対してできなかったことを少しずつ始めていった。――でもね、お姉ちゃんは未だに紅牙さんを待っているの。ずっと心の奥で紅牙さんを求めているの。――だから……」

 

――更識に戻ってくる気は無い?

 

「――今はできない」

 

簪の問いに紅牙は少し悩みながらも、きっぱりとそう言いきった。まるで声に出すことで己をそう仕向けるかのように。

 

「俺がなぜ更識を抜けたのか。詳しいことは言えない。言えるとすれば、自分自身にけじめをつけるため。してしまったことに対しての責任を果たす。今はこれぐらいしか言えない。少なくともそれを終えるまで、俺は更識に戻ることはないだろう」

 

「……そっか。そう言えば紅牙さんは自分で言ったことは何が何でも覆さない、頑固な人だったよね」

 

「今は直ったつもりなんだけどな」

 

紅牙と簪、二人とも苦笑を浮かべる。簪も妙に納得した、というような表情を浮かべ、でも、と言葉を呈す。

 

「紅牙さんのことはわかった。でも、だからこそ、お姉ちゃんには会ってあげて。しっかり話をしてあげて。今でも紅牙さんのことをずっと焦がれているのだから」

 

「……そうだな」

 

更識楯無はIS学園の生徒会長。紅牙にとっては絶対に避けられない人物であったし、簪に言われて、避けることもできなくなった。

 

――覚悟を決めろ、黒咲紅牙。いつまでも逃げ続けるわけにはいかない。俺は自分の過去と向き合いその責務を果たすことを決めた。なら、楯無――いや、刀奈とも向き合わなければならない。

 

感情に疎く、不器用な紅牙だが、簪と話したこの日、紅牙は改めて、その身に決意を宿す。――それが不屈の決意となるか脆弱な決意となるかは、誰にもわからないことだった。

 

 

 

 

 




あとがき

どうも、raludoです。

何とか年内に四話を投稿できました。今年の投稿はこれで最後の予定です。

四話になってもまだ学園に入学していない……。恐らく次回もまだ入学できないと思います。すみません。

今回は前半千冬さんとのお話、後半は簪さんとのお話です。いやー、独自な設定なので、賛否両論あるかと思いますが、温かい目で見守ってくれますと恐縮です。

次回は一応主人公と一夏を絡ませようと思っています。それとその他のごたごたかな。それが済んだらやっと学園入学です。長かった……。

来年はもう少し投稿スピードを上げたいですね。実現できるよう、善処したいと思います。

それでは皆さん、良いお年をお過ごしください。

BREAKERSをご覧いただきありがとうございました。

追記 銅空 大地さん、評価していただきありがとうございました!
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