IS インフィニット・ストラトス BREAKERS(改訂) 作:raludo
運命。それは複雑に絡み合う糸のように、他者と関係し交わる。己の意思とは無関係に他者を巻き込み、その影響を大きくしていく。
自分でそのさだめを変えることもできるが、その結末を決めることはできない。当人には所詮自分の運命に変化を与えることしかできないのだ。
「そう、運命というものはブラックボックスみたいなものでね。いくら足掻いても自分の望んだ結果になる保証なんてどこにもないんだよ」
自分の望む結末。それが自分の運命となるのはどの程度の確率なのだろうか。そもそも確率という概念で言い表せるかどうかも不明瞭だろう。それこそ天才と呼ばれた彼女でも不可能なほどの演算を繰り返さなければならない。
「でも、それで諦めてしまうのは私自身が許さない。不可能を可能にする。私にしかできないことだし、私がしなくちゃならないこと。もうとっくの昔に賽は投げられているんだから」
鳶色の長髪が特徴の彼女は今日も思考を続ける。己の望んだ運命を掴むために。己の欲した結果を求めるために
「コウ……。ここからが本番だよ」
彼女は静かにそう呟いた。眼前に置いてあるディスプレイの映像を眺め、それに移る青年の姿を見つめながら。
◇
数日間にも及ぶ男性IS操縦者の合宿はようやく終わりを迎えた。各々色んな意味で収穫はあったようで、合宿終了後の彼らは合宿開始前よりどこか顔つきが変わっていた。意識の変化とも呼ぶべきものが二人にはあったのだろう。
合宿が終われば、IS学園入学までそう時間はない。その残された時間で紅牙は早速IS学園へと赴いていた。入学式は翌日であるが、紅牙が赴いたのは事前に打ち合わせをしておきたかったからだ。
自分という特殊なイレギュラーがIS学園に入学することについて、念入りに事前の打ち合わせをしなければならないと紅牙は考えていたため、この前日に訪れることにしたのだ。しかし、実際は打ち合わせなど内容の確認ぐらいで、あとは顔合わせぐらいの些細なものだった。なので少し時間があるならば、学園内を事前に少し見学しようと紅牙は考えていた。
「というわけで、予想通り時間ができて許可ももらえたから、こうして学内を見学してるんだが……」
なんというか、やはり日本唯一のIS教育機関。税の限りを尽くして建てられているのがよくわかる。倉持技研の研究所よりもはるかに機能的かつ広い。
「これに学生寮とアリーナがあるんだからな。どれだけ広いかがわかる」
だが、敷地が広いのはメリットばかりではない。もちろんデメリットもある。まず敷地が広くなればなるほど管理が難しくなる。一応相応の人員を雇ってはいるのだろうが、この広さを管理するのはやはり容易なことではないだろう。
そしてこれも管理に入るのだろうがセキュリティの問題だ。一応学園はかなりのセキュリティシステムによって守られているが、こうも広いとそれも完璧ではなくなる。護衛を依頼されている身としては、これが一番の問題かもしれない。
そのため、紅牙はあらかじめ学内を見学することにしたのだ。部分的に存在するであろうセキュリティ・ホールを見つけるために。事前にそういうセキュリティが甘いところを認識しておくのはこれからの任務にきっと役立つはずである。
ふと、何かを見つけたのか、紅牙の足が止まる。
「生徒会室……か」
紅牙の視線の先には生徒会室という文字が書かれた扉が鎮座していた。
「……」
コンコン。
軽くノックをしてみるが、返事がない。中から物音もしないのでおそらく留守にしているのだろう。一応確認のためもう一度ノックしてみるが、やはり反応はない。
「……いないか。仕方ない」
扉もしっかりとロックされていたので、紅牙は諦めてその場を後にし、学園内の見学を再開した。心のどこかで、留守でよかったという思いを抱いて。
◇
「……」
紅牙が去った後、その留守のはずの生徒会室の室内には一つの影があった。
「行った……わよね」
扉に寄り掛かるようにして、息をひそめていたその人物は安堵したかのように息をつく。
「本当に……紅牙だった。正真正銘、間違いなく紅牙だったっ……!」
自身の手が白くなるほどきつく握りしめ、必死に溢れ出る感情を押しとどめる。扉についている外部カメラがしっかりと紅牙を映し出したとき、その人物――楯無は心臓が飛び上るほどの衝撃を受けた。紅牙がこの学園に一足早く来ているのは知っていたが、まさかこの生徒会室までやってくるとは思っていなかったため不意打ちのような気分を味わった。
そしてどうしていいかわからず、結局居留守という手法をとってしまった自分に激しく自己嫌悪。何をやっているのだと小一時間自分に問い詰めたい。
「でも……」
会ってどうするのだろうか。心のうちでは会いたいという感情で溢れているが、どこかでその行為に怖がっている。
――もし、無視されてしまったら。もし、拒絶されてしまったら。
心のどこかでこの考えがこびりついている。紅牙が更識を去った時、楯無は自身の想いを紅牙にぶつけたが、断られてしまった。もし、もう一度会って、再び拒絶されるようことがあれば、もう立ち直れないかもしれない。そんな考えが脳裏によぎる。
「だめよ……逃げてはだめ。簪ちゃんにも言われたばかりじゃない」
――逃げちゃだめだよ、お姉ちゃん。
つい先日、愛しの妹である簪から言われた言葉である。紅牙さんならちゃんとお姉ちゃんに向き合ってくれるよ。その言葉と共にそう励まされてしまったのである。
どうやら妹は先日、倉持技研に出向いた際に紅牙と接触したらしい。その日から楯無はことあるごとに簪から「逃げてはだめ」と言われるようになり、自身と紅牙が接触するのも時間の問題だと意識させられていた。その時間が今とは思わなかったが。
居留守という手法でたった今紅牙と会うことを逃げてしまった楯無であるが、もちろんこのままではだめだということは十分に分かっていた。
「そう。逃げてはだめよね」
簪に言われた言葉を胸に刻み、自らを奮い立たせる。震える手足を根気で押さえつけ、ゆっくりと目を閉じる。
確かに怖い。いくら逃げてはだめと言われても怖いものは怖い。根気で押さえつけているはずの手足の震えも、完全に押さえつけることができず、微かに震えている。だけど、その怖さを乗り越えなければいけないということも、楯無には分かっていた。故に奮い立たせるのだ。自らを鼓舞し、紅牙に会う勇気を自身に持たせなければならない。どうせ、いつかは対面するのだ。そのいつかが今日だったというだけの話だ。
「……私はIS学園生徒会長。そして、更識家第十七代目当主。――申し訳ありません。お母様、お父様。私は今から〝刀奈〟として行動します」
ゆっくりと目を開ける。そこにはいつも通りの生徒会室。何も変わらない光景。だが、確実に変わったものはある。
――覚悟、完了。
◇
IS学園には生徒立ち入り禁止の地下区画がある。主に機密事項を扱う区画のため、このような処置がとられているが、それを抜きにしても地下区画に訪れる人は少ない。ここの管理者である千冬も頻繁に足を運ぶことはない。
だが、今千冬はその地下区画の一室にいる。辺りはコンピュータやら何らかの機器やらで溢れ返っていた。普段なら窒息しそうなほどの圧迫感を感じて、早々に立ち去るのだが、今回ばかりは違った。
「とうとう、ここまで来てしまったな」
「うん、とうとうここまで来たよ」
千冬の呟きに答えるかのように、千冬の隣から返事の声が上がる。
「今でも思う時がある。私たちはやってはいけない過ちを犯した。本当にこれでよかったのだろうか。お前を力づくでも止めるべきだったのではないか、とな」
「そうだね。でも、変わらなかったと思うよ。たとえちーちゃんに止められたとしても、それは結局時間の問題。どうにもならないよ」
「そうだな。お前はそういうやつだったな。本当にお前は〝天災〟だよ」
「やん、言わないでよ。他はどうでもいいけどちーちゃんにそう言われたら傷ついちゃうなー」
「ぬかせ。こういうのは私が言わないとお前には効かないからな。私ぐらいはお前の抑止をしないと最悪世界が滅んでしまう」
「あー、ひっどいなあ、ちーちゃんは」
そこでいったん会話が途切れる。これは彼女たちの合図でもあった。本題を切り出すときはいつもこういった間を挟む。それは織斑千冬と〝篠ノ之束〟の二人だけが知るお互いの合図。
「――もう、意識には残っていないようだ。あいつは完璧に黒咲紅牙だ」
「うん。私は一人の運命を変えた。私が望むままに。私の大事な人の運命をね」
「あいつはお前のお気に入りだったからな。――後悔しているのか?」
「ううん。してない。もし後悔してたら、それこそコウに申し訳ないからね。私が後悔しちゃいけない。最終的にどう思われようと、私はやり遂げるよ。私の夢のために」
千冬は思う。いつから束はこんなに素直になったのかと。〝あいつ〟に会う前はもうひどかった。自身の目から見ても十分に奇天烈な奴で、同じ人間か疑ったほどでもある。だが、やはり〝あいつ〟に会ってからだろう。それから束は人が変わったように素直になった。相変わらず他人以外はどうでもいいというスタンスは変わらないが、身内に対してはかなり素直になった。
束の言う大事な人というのはおそらくというか、絶対と言っていいほど〝あいつ〟だろう。それを思うとやるせなくなる。
「――いや、ここまで来たら、私は何も言わない。……せいぜい私にできることをするだけだ」
「ちーちゃん……」
「それにしても、ずいぶんとまあ強引に来たものだな。予定の内とは聞いていたが」
「だってあいつらうるさいんだもん。ああいう凡人たちを黙らせるにはあれが一番手っ取り早いんだよ」
束がIS学園に来た。これは非公式なことで、知らない者も多い。一部のIS関係者だけが知るトップシークレットだ。
束が姿を現すとともにそれを察知した各国の官僚が、ぜひともわが国へ、といった勧誘を行った。しかし、束はそれを一蹴。
『うるさい。これをくれてやるから私がやることの邪魔をするな』
そう言い、束が提示したのは今各国で開発が進んでいる第三世代型のIS、その基礎理論と応用をまとめたものだった。
ISには世代ごとにコンセプトが決まっており、第三世代型は〝操縦者のイメージ・インターフェイスを用いた特殊兵装の搭載、運用〟をコンセプトにしている。つまり、特殊兵装を扱う上ではイメージ・インターフェイスが重要となる。だが、そのノウハウはまだまだ実験段階の域を出ない。そこで束は各国が喉から手が出るほど欲しがっているであろうそのノウハウを、文字通り〝くれてやった〟のだ。その代り自身の邪魔をするなと。一種の契約のようなものである。もし、これで束の邪魔をする国が出てくるようならば、束も容赦しないだろう。元々容赦するような考えが束にはない。たとえ自身が提供したノウハウで世界のIS技術が向上し、結果的に軍拡を招こうとも、束には興味がない。自身の知らない第三者のことなどどうでもいいのである。
「……お前らしいな。まだ、対価を出した分、以前よりはましか」
「本当にあいつらは蠅みたいに鬱陶しいからね。こうでもしないと静かにならないだろうから。それに提供したものなんて私にしてみたら落書きみたいなものだよ」
各国が望んでやまない第三世代ISのノウハウ。それを落書き呼ばわりできる人物など、世界中を探しても篠ノ之束以外存在しないだろう。
「――それで、いつ接触するんだ」
千冬は目つきを鋭くし、睨むようにして束を見つめる。本人は決して睨んでなどいないのだが、集中するとこのような表情になってしまうのは千冬の悪癖とも言うべきか。
「んー、数日のうちにはアプローチをかけるよ。遅くても一週間以内かなあ~」
束は千冬のそんな表情に怯えることなく、少し弾んだ口調で答える。そんな少し浮かれた様子の束に溜息をつきながら、千冬は表情を緩め、苦笑いを浮かべる。
「……お前に目をつけられた〝あいつ〟が可哀そうだ」
あー、ひどい!――そんな言葉が部屋に響いた。
◇
その日の夜。IS学園の学生寮に割り当てられた一室で、紅牙は何とも言えない緊張を感じていた。ちょうど、打ち合わせ内容の確認が終わり、明日の入学式に備えて色々と準備を始めようとしていた時である。
「……」
そっと紅牙は自身の胸を抑える。胸の鼓動が落ち着かない。それどころか締め付けられるような、そんな息苦しさを感じていた。
根を詰めすぎただろうか?いや、仕事量自体は現段階でそこまで多くない。任務に対するストレスだろうか。いや、いまさらストレスで体の変調を訴えるような、そんな繊細な体ではない。
答えは出ないが、空気を換えることで気分転換できるかもしれない。そう思い立ち、紅牙は自室を出る。まだ、そんなに遅い時間ではないので、学生寮の門も開いており、外に出るのは容易だった。
外を少し歩けば気持ちも落ち着くだろう。今日は綺麗な満月の夜。この月を見ながら歩くのも悪くない。そう考えていた。
だが、歩いても月を眺めても、気分が変わることはなかった。そのことを不審に思いながらも、とりあえず歩いた。
「ここは……」
気が付けば、アリーナの入り口まで来ていた。そろそろ戻るべきだろう。そう踵を返そうした時、紅牙はあることに気が付いた。
「入り口が……空いている?」
おかしい。この時間帯のアリーナの使用は禁止されている。それに照明を点けていないことからも、誰かがISを動かしているというわけではなさそうだ。
紅牙はゆっくりとアリーナに入る。すぐに銃を構えられるよう、懐に手を忍ばせながら、ゆっくりと。
五感に意識を集中し、警戒しながら進む。今のところ人の気配はない。ただの戸締り忘れだろうか。いや、セキュリティが厳重なこの学園に限ってそんなことはないだろう。
一通りアリーナを回る。中にはしっかりとロックが掛かっている扉もあり、そういう部屋は中を確認することができないため、見回りを断念する。そのため、見回る部屋自体は少なく、時間がかかることはなかった。
「あとは……アリーナグラウンドか」
一通りの場所は巡り、そのどれもが異常はなかった。とうとう疑いたくなかった戸締り忘れの線が濃厚になってきた。その事実に紅牙は若干の気の重さを感じながら、残る場所――アリーナグラウンドに向かう。相変わらず胸が締め付けられるような緊張が続いていたが、苦しくて仕方ないというわけではないので、この際無視することにした。
そうしてやってきたアリーナグラウンド。一応、グラウンドに足を踏み入れ、周囲を確認するがやはり異常はない。
どうやら、戸締り忘れで報告しなければいけないようだ。少しここの管理体制を学園側に指摘しなければいけないかもしれない。
そんなことを考えながら、ふと、空を見上げると、そこには先ほども見た綺麗な満月。暗闇に映える月の光。その美しさに、ほんの少しだけ紅牙は見とれていた。
――カツ、カツ。
後方の観客席から誰かの足音を耳にした瞬間、紅牙は振り向くと同時に懐にしまっていた銃を取出し、構える。だが、紅牙は銃をゆっくりと下す。そして息をのむと同時に己の見ているものは本物なのだと認識する。
「あら、紅牙。久しぶりに会ったのに銃を突きつけるなんて、私悲しくて泣いちゃうわよ?」
観客席の一番前、こちらを見下ろす形で更識楯無は佇んでいた。ちょうど歩いてきたのだろうか。扇子を片手に腕を組み大胆不敵に笑みを浮かべるその少女は確かに、紅牙の記憶の中にある更識楯無そのものだった。
――その少女を見た時、紅牙の胸の締め付けは一段と強くなった。
あとがき
こんにちは、raludoです。
少し投稿期間が空きましたが、第七話です。もう少し投稿ペースを早くしよう。せめて月一ぐらいで。
あと一つお知らせですが、各話を少しだけ修正します。内容を変更するような大規模なものではなく、言い回しのおかしいところや、間違った表現を正す程度のものです。友人が指摘してくれたりなど、意見をもらっていますので、それを元に少しだけ修正します。
次回投稿は一応未定ですが、五月中には更新したいですね。まあ、その辺は活動報告でおいおいアナウンスします。
それでは今回はここまで。
BREAKERSをご覧いただきありがとうございました。
追記 屍骸さん、pekochiさん、四篠博也さん、評価していただきありがとうございました!