IS インフィニット・ストラトス BREAKERS(改訂)   作:raludo

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第八話 涙が枯れたら

 

覚悟はできていたはずだった。いつまでも問題を先送りにして逃げるのではなく、正面から向き合うことを決めた。そのはずだったのだ。

 

そもそも、自分は逃げているのだろうか。確かに更識の家から抜け出す時に、楯無からは逃げるようにして去ったのかもしれない。目に涙を浮かべた告白を聞いても、自分はふさわしくないと言い、一蹴した。その言葉自体に嘘はない。身元がはっきりしない、常人とは言い難い人物と恋愛関係になる。楯無が一般人ならばよかったのだろうが、あいにくとそうではなかった。日本の暗部といわれるほどの国と深く関わりを持った家系であり、表に出てくることはないが、裏の世界では由緒ある家柄だ。そのため、自分の好きな人物と最終的に結婚するなど家が許さないであろう。

 

だから紅牙はそれも含めて楯無の告白を一蹴したのだ。更識家にいる以上、自分の望んだ相手との結婚などできない。そんなことは楯無もわかっているはずだ。恋愛関係になるくらいは大丈夫かもしれないが、それはそれで関係者たちが黙っていないだろう。

 

それに自分にその資格があるとも思っていない。楯無には酷い話だと思うが、彼女の告白を受け入れなかったのはそういう事情も多分にあった。

 

だが、それは本当にそうなのか?ただ彼女の前から逃げるための方便ではないのか?そんな考えが頭のどこかにあるのも事実だ。だから、逃げずに向き合うという言葉が自分の中で出てきたのではないだろうか。頭のどこかでずっと逃げているという考えがあったからこそ、覚悟を決めるという行為に至ったのではないのか。そこに簪の後押しがあったとはいえ。

 

そう、覚悟を決めたはずだった。そのはずなのに、――どうしてこんなにも胸が痛むのか。

 

「あれ、紅牙?もしかして私のことなんてきれいすっぱり忘れちゃった?」

 

楯無の言葉ではっとなる紅牙。どうやら、長い思考にふけっていたようだ。

 

改めて楯無の姿を凝視する。夜という時間帯もあってか、暗闇ではっきりと全身は見えないかと思ったが、今日は雲もなくきれいな月が出ている。その月明かりが彼女の特徴的な流水を思わせる水色の髪を照らす。水の乙女という言葉が思わず出てしまうほど、その姿は幻想的に輝いていた。

 

その姿を改めて認識した紅牙は柄にもなくその姿に見入ってしまった。そんな紅牙の反応に楯無はその表情を段々と焦りに変える。

 

「え?あの、ちょっと、まさか本当に私のこと覚えていなかったり……?」

 

最後のほうは声を少し震わせ、最初に大胆不敵な笑みを浮かべていた彼女の姿はなかった。そこにあるのは、不安と焦りの表情を見せる少女ただ一人だった。

 

その姿に紅牙は苦笑いを浮かべると、楯無を安心させるように返事をする。それと同時に手に持っていた銃も懐にしまう。

 

「大丈夫だ。覚えているよ。というか、忘れるはずがないだろう?君のことを」

 

その言葉で楯無は途端にさっきの表情から一変。よかったと安堵の表情で柔らかく微笑む。個人的には暗部の人間が自分の感情をこうまで顔に出していいのかという疑問が残るが、今はプライベートということにしておこう。

 

「……」

 

「……」

 

そして、会話に後が続かなくなってしまい、お互い無言になる。このような経験を前にもしたなと、既視感を抱く紅牙。なるほど、こういうやり取りは姉妹揃って似ている。

 

そして、妹と同じく沈黙を破ったのは楯無のほうであった。

 

「改めて久しぶりね、紅牙。私あなたに会えなくてずっと寂しかったのよ?」

 

そう言いながら、アリーナの観客席からグラウンドに降り立つ楯無。観客席からグラウンドまではかなりの高さがあったはずだが、それを軽々とこなしてしまう。

 

「……すまないな」

 

楯無の発言が胸に刺さる。非難されているような嫌味に聞こえてしまう。楯無はそんなつもりで言ったわけではないかもしれないが、精神的にダメージが来るのは確かだ。

 

「まったくよ。あなたの抜けた穴を埋めるのにも大変だったし、いなくなった理由をごまかすのにも苦労したわ」

 

「……」

 

いなくなった理由。そういえば詳しく楯無に話していなかったなと、紅牙は頭をガシガシと掻いてばつが悪そうに顔をそむける。彼女には、ただ前を向くために行かなければならない、としか言っていない。そのことも含めての〝ばつが悪い〟である。

 

「……そろそろ教えてくれてもいいんじゃないかなーって、私はそう思うんだけど、そこのところ紅牙はどう思う?」

 

楯無の表情が少し悪戯顔になる。言いたいことは明白だ。一体何をしていたのかの一点に尽きるだろう。これは詳しく説明しなかった自分が悪い。

 

どう説明したものかと言葉に迷っていると、ふと彼女の手が目に入った。グラウンドに降りてきたときに手は腰に当てている彼女だが、その手がほんの少しだけ震えていた。

 

どうして震えているのだろうか。気温的に寒いというわけではない。なのに彼女の手は微かに震えている。なぜか。

 

自身が発言しないことに楯無は怪訝な表情を浮かべるが、紅牙はお構いなしに思考を続ける。どうして震えているのか。安易に聞くことはできない。これは自分自身が考えないといけない気がしたからだ。

 

気温が原因でないとしたら何か。おそらくだが外的な要因ではないだろう。あるとしたら内的な要因の可能性が高い。楯無の心情が原因ではないだろうか。

 

心情が原因ならば、震える要因としては主に二つだろう。喜びのあまり震えているか、恐怖のあまり震えているか。紅牙が思いつく感情はこの二つであった。

 

「ねえ、ちょっと、聞いてる?」

 

紅牙の思考は楯無の声で中断される。どうやらタイムリミットのようだ。

 

「――ああ、聞いている。なんと説明したか悩んでいてな」

 

「ありのままを話せばいいのよ。あなたは更識を抜けて何をしていたのか。そのままを」

 

楯無は真剣だ。先ほどのような悪戯顔ではなく、真面目な顔である。それほどまでに聞きたいということなのだろう。

 

「話してもいいけど、その前に一つ聞かせてくれ。――今の君は〝楯無〟か?」

 

紅牙の言葉に楯無はびくりと体を震わせる。その反応に紅牙は彼女の手が震えている原因を、何となくではあるが察することができた。ようやく彼女の心情が少しわかったかもしれない。

 

「俺は〝楯無〟とではなく、〝刀奈〟と話がしたいな」

 

「……」

 

紅牙の発言を受けて押し黙ってしまう楯無。そう、紅牙が話したいのは楯無である彼女ではなく、刀奈としての彼女である。彼女の手が震えている理由もそこなのだろう。

 

簪は自身が去った後、〝刀奈〟は腑抜けていたと言っていた。そのあと簪が喝を入れて立ち直ったそうだが、それは〝楯無〟としてではないのだろうか。あまり人の感情に敏感ではないので間違っているかもしれないが、〝刀奈〟はあの時からずっと立ち直れていないのではないか。そうならば説明がつく。再び自身に会うことによって、〝刀奈〟は本当に立ち直れなくなってしまうかもしれない。それを恐れて手が震えていると考えれば、辻褄が合うのだ。要するに――彼女は怖がっている。

 

紅牙がそのことに気が付いたときには、体が自然と動いていた。

 

「あっ……」

 

ぎゅっと刀奈の体を抱きしめる。彼女の頭に手を回し、自身の胸に押し付けるように、強く抱きしめた。

 

「――本当にすまない」

 

紅牙はただ謝った。何を言い繕ったとしても、結局は自分のせいなのだ。だから、謝った。ひたすらに謝罪した。

 

「俺の我侭のせいで辛い思いをさせてしまった。それを承知で更識から抜けたはずなのに、俺は君のことを考えずにまた戻ってきてしまった。また君に会ってしまった」

 

紅牙は今になって思う。自分がするべき覚悟は逃げ出さずに向き合う覚悟ではなく、彼女の前から去る覚悟ではなかっただろうかと。あの時、告白してくれるほど、自分に好意を抱いてくれた彼女の前から去れば、どうなるかなんて紅牙にもさすがにわかっていた。わかっていたはずなのに、紅牙はそれを考えず去った。その時点で覚悟なんてまるでできていなかったのだろう。

 

「俺は覚悟していなかった。君の前から去るということを、まったくと言っていいほど考えていなかった。少し考えればわかるはずなのにな」

 

「……」

 

刀奈は何も言わない。

 

「だから、俺にできることはこうして謝ることなんだ。俺の覚悟がないばかりに、君に――」

 

「……さ……しかった」

 

「うん?」

 

刀奈は紅牙の言葉を遮るように、か細い声で呟き、それが聞き取れずに紅牙は聞き返す。そこで限界だったのか、刀奈は決壊したダムのようにひたすらに感情を爆発させた。

 

「あなたがいなくて寂しかったっ……!あなたがいなくて辛かったのっ!あなたがいなくて苦しかったのよっ!?私のそばにはあなたがいなくて、悲しくて……。でも簪ちゃんには腑抜けるなって言われて、仕方ないじゃない。簪ちゃんに――妹に言われたら姉としてやらなきゃいけないじゃない。でも、でも……。ううっ」

 

涙を流しながら自身の心情を吐露する刀奈。更識家当主ではなく、ただの一人の少女としての慟哭がアリーナに木霊する。

 

「わたし、頑張った。頑張ったのよ?自分の部屋で泣いていても始まらないから、楯無としての責務を果たすために、我慢して頑張った。でも……、でも〝刀奈()〟は駄目だった。辛さ、苦しさ、寂しさ。そのどれもが私の範疇を超えていて、とてもじゃないけど乗り越えることなんかできなかった」

 

ひたすらに叫びながら、紅牙の胸に顔を押し付けながら泣きじゃくる刀奈を先ほどよりも強く、強く抱きしめる。

 

「大丈夫。今は泣いていいから。泣いて、涙が枯れたら、そしたら話をしよう」

 

自分自身の罪を感じながら、紅牙は刀奈に語りかける。今だけは何もかも忘れて、このちっぽけな少女を抱きしめ続けよう。そう己に言い聞かせながら、優しく刀奈の頭を撫で続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ごめんなさい。少し取り乱しちゃった」

 

頬を朱に染めながらそっぽを向く刀奈。やはりあれだけ大泣きしたのは恥ずかしいようだった。

 

「いや、落ち着いてくれたなら、それでいい」

 

泣き止んで落ち着くまでに少し時間がかかったが、このくらいは許容範囲だろうと、紅牙は刀奈に苦笑する。

 

刀奈はモジモジと自分の手を弄りながら、居心地が悪そうにちらちらとこちらに視線を向ける。紅牙と目が合えば、首を痛めてしまうんじゃないかと思うくらいの速さで顔を背けてしまう。

 

「そろそろ話をしたいんだが」

 

「うう……。泣き顔を見られた……みっともない姿を、紅牙に……」

 

どうやら刀奈は自分に醜態を晒したと思っているようだ。別に自分は醜態とは微塵にも思っていないが、刀奈にとっては違うらしい。

 

「ええい。私は更識家当主よ。うじうじしない!」

 

気合を入れるように自らの頬を軽くパンパンと叩く刀奈。それから何かを振り払うように頭を振る。

 

「ごめんなさい。もう大丈夫よ。それじゃ、話をしましょう」

 

「ああ。先ずは俺が何をしていたか、だけど」

 

「ストップ。それについては実は調べが付いているからもういいわ」

 

「え?」

 

刀奈の予想外の言葉に、言葉を詰まらせる紅牙。

 

「ぶっちゃけて言えば、あなたがIS委員会にいるのは結構前から知っているし。何をしているのかもおおよそ見当が付いているわ。自分と同じ境遇の子を回収していたんでしょう?」

 

「どうしてそれを?一応機密扱いのはずだ」

 

「私は更識の者よ?それなりの情報網は持っているし、出ていったあなたの動向くらい掴んでいたわ。さっきはあなたを少しいじめようと意地悪く聞いただけ」

 

けれど、と刀奈は言葉を続ける。表情が一瞬暗くなったが、すぐに元に戻った。

 

「あなたの動向は掴めていても、私にはどうすることもできなかった。会おうと思えば会えた。だけど、再び会ったとき、またあの時みたいに拒絶されるかもと思ったら、足が動かなかった。あなたに会うのが怖かったのよ」

 

紅牙は驚きと罪悪感を同時に覚えていた。自分の行動に責任が持てていなかったばかりに、刀奈には辛い思いをさせてしまっていたようだ。少なくとも更識から出るときは、けじめをつけておくべきだった。今更だが、紅牙はそう思っていた。

 

「本当にすまなかった。俺の行動が軽率なばかりに、君に苦しい想いをさせた。だけど、君の想いを拒絶したわけじゃない。俺なりに考えて断ったんだ。そこは覚えておいてほしい」

 

紅牙の言葉を聞いていた刀奈が顔を伏せ、意を決したのか顔を上げると同時に予想外の言葉を放つ。

 

「なら、もう一度言わせて。私、更識刀奈はあなたが好きです。あなたと会ってから、もう三年も経つけど、この想いは冷めていないわ。むしろ、あなたを想う気持ちは大きくなり続けている」

 

真剣に言葉を紡ぐ刀奈に紅牙は申し訳ない表情を浮かべる。やはり、刀奈には自分はふさわしくないし、負担も強いてしまうという思いが強い。

 

しかし、紅牙は声を発することはできなかった。いつの間にか紅牙のすぐそばまで歩み寄っていた刀奈が、人差し指を紅牙の唇にやんわりとあてたからだ。言わないでと。

 

「あなたの返事はわかっている。だから、今は答えなくてもいい。今言ったことは私の想いを述べただけ。だから、答えはまだ聞かない。――だけど、一つ言わせて?私の好きな人は過去も現在も――そして未来も変わりはしないわ」

 

その時の刀奈の表情に紅牙は初めてドキリとした。鼓動が早くなり、頬が熱くなるのを認識した。自信に満ちた刀奈の表情は紅牙の心にも良い意味でダメージを与えたようだった。

 

それに間違いなく今の彼女は〝刀奈〟だ。先ほどまでの弱々しい刀奈ではなく、いつか見た、天真爛漫な彼女だった。

 

「あら?頬が少し赤いわよ?ふふっ。ようやく私を意識してくれたわね!いいのよ?答えはまだ聞かないって言ったけど、その気があるならあなたの答え、聞きたいなあ?」

 

悪戯が成功したような笑みを浮かべて、じっと紅牙を見つめる刀奈。それに毒気を抜かれた紅牙はいつもの調子を取り戻して、刀奈に言葉を放つ。

 

「……まあ、すべてが終わってからだな。更識に戻るとしても」

 

そう言い放った紅牙は、話は終わりだとばかりに刀奈に背を向け、アリーナから出るため歩き出す。これ以上、ここにいるのが恥ずかしかったというのもある。当の刀奈は口をポカンと開け、呆けたように紅牙の背を見つめる。

 

「……えっ?更識に戻ってきてくれるの!?ねえ、ちょっと、紅牙!待ちなさい!!」

 

別に紅牙としては必ず更識に戻るとは言っていないが、そういう未来も悪くないと思っていた。先のことなんてまだわからないが。だが、それまでにはさっき感じたむず痒いこの気持ちをもっとはっきりさせたい。紅牙は刀奈の声を聞き流しながら、胸に手を当て、そして笑う。今の笑みは、たぶん今までで一番自然に笑えた気がする。

 

――気が付けば胸の痛みはすっかりとなくなっていた。

 





あとがき

こんにちは、raludoです。

今回は難産でした。上手く書けている自信はありませんが、暖かい目で見てくれると助かります。

一応次回は楯無さんの視点を書こうかと思っています。まあ、あくまで予定なので、急に変更するかもしれませんが。

あと、前話以降、お気に入りや評価してくれた方々、本当にありがとうございます。本来ならば今まで通り一人一人お礼を申し上げたいのですが、評価者が多いため一括してお礼を述べさせていただきます。ありがとうございました。

それでは今回はここまで。

BREAKERSをご覧いただきありがとうございました。
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