趙雲に殺された。
甘寧に殺された。
呂布に殺された。
夏侯惇に殺された。
北郷一刀を殺した。
黄忠に殺された。
孫策に殺された。
北郷一刀を殺した。
関羽に殺された。
文醜に殺された。
殺されて殺されて殺されて殺して殺されて殺して殺されて――
殺され殺され殺し殺され殺し殺され殺され殺され殺され――
殺され殺され殺され殺され殺され殺され殺され殺され――
「久しぶりですね。捨て鉢になられても困りますよ」
「……おまえか」
もう何度目か分からない外史。そこに突然現れた于吉は呆れたように言葉をこぼした。
「その身体のスペックは関羽に匹敵するくらいなんですけどね。そろそろ"気"の扱いにも慣れてきたんじゃないですか?」
「……気か」
漫画のようなシステムだが、確かにこの世界は文字通りの一騎当千の強者が存在した。その根幹を成すのが気である。
「一度腰を据えて鍛えてみたらどうです? 習得した技術は次の外史でも消えませんよ」
「そんな悠長にもしてられないんじゃないのか?」
「考えなしに突っ込んで返り討ちに遭うよりはマシだと思いますがねぇ」
于吉の助言にも一理ある。最初にブーストをかけて後を楽にしようという考えだ。というか、普通に王道的なレベル上げである。
「その方が、いいのかもしれんな」
「ならば俺が鍛えてやろう」
声は背後から聞こえた。盧生はギョっとして振り返る。
「おや、興味なかったのでは?」
「気が変わった。手数が増えるのは悪くない」
目つきの鋭い男だった。反射的に盧生は身を固くした。
「ほぅ。悪くないぞ。分かりやすく見せているとはいえ、相手の強さが測れるくらいには成長できたようだな。それができずに死んでいくやつは多い。勇敢と無謀をはき違え……于吉ッ! いま真面目な話をしている! 尻を触るな!」
「これは手厳しい」
尻にあてられた手を払いのけ、そのまま左慈は攻撃に移るが、于吉は変態的な軌道でその攻撃をすべて回避していく。
「では、後はお任せしますよ。左慈」
「チッ! さっさと消え失せろ。この変態野郎が」
于吉が消え去るのを確認して、左慈は盧生へと向き直る。
「ふん。さあ行くぞ。あの山に籠って修行だ。さっさとついてこい」
「あ、ああ。よろしく頼む」
そうして、二人は近くの山に向かって歩き出した。
◇
「解体も慣れたものだな」
左慈が声をかけてくる。盧生は仕留めた猪の処置をしているところだった。
「一年も経てば、嫌でも覚えるさ」
盧生が左慈と修業を始めてから一年ほどが経った。
最初の頃はまだ良かった。丹田に気を集めろだとか。血の流れを感じるように、気の流れを感じるんだとか。硬気功や軽功術や気功砲なども、なんとなく理解できた。
だがある程度気を使えるようになると、要求は無茶になった。
考えるな、感じろ。
思考と反射を融合しろ。
後ろにも目を付けるんだ。
何度となくぶん殴ってやろうと思った盧生だったが、実際に攻撃が当たるようになったのは、修行も終盤になった頃だった。
処置した猪肉を焼き、最後の食事を始める。食事中に二人がしゃべることはない。無言の食事を終え、左慈は口を開いた。
「最後に忠告だ。あまり三国志に囚われるな」
「……どういうことだ?」
意味が分からず、盧生は問い返した。
「外史とはあくまでパラレルワールド。世界は不確かで、不安定で、ガバガバだ。落ち着いて考えれば、おかしなところはいくつもある。いや、女武将という時点でおかしいのだがな。外史が数多あることは聞いているだろう。その数だけ劉備がいて、曹操がいて、孫権がいる。董卓もそうだ。前の外史の董卓が善人だったからとはいえ、この外史の董卓も善人だとは限らない。同一存在ではあるが、同一人物ではない。同じだと思いこめば、足を掬われるぞ」
「……肝に銘じておくよ」
「北郷一刀を起点にした外史は、北郷一刀の死とともに消滅する。その程度の存在だ」
左慈が外史というものを嫌っていることは、一年の共同生活で分かっていた。
「おまえは強くなった。そこらの武将と戦っても負けはせんだろう。だが呂布は別だ。アレとは戦おうと思うな。絶対に勝てん」
「珍しいな。あんたが絶対と言い切るなんて」
「呂布の強さは概念に近い。最強であること。武の極点。比肩しうる者のない国士無双。そう願われたのが"呂布奉先"という存在だ。だから戦場では死なん。とはいえ、無敵というわけではない。病、毒、空腹、あとは火計や水計などの計略でも死ぬことはある」
呂布の最期は曹操による水計だった。別に溺れ死んだわけではないが、水計で窮地に立たされた呂布は投降を余儀なくされた。
「まあ、おまえの目的は北郷一刀の抹殺で、呂布の相手をすることじゃない。呂布と一緒にいた場合は別だが」
「何度か董卓陣営にいたぞ。考えなしに突っ込んで斬られた。アレは勘も相当鋭い」
「だから相手にするなといった」
左慈は呆れたようにため息をこぼした。
「そろそろ俺はいく。この外史は任せた」
「ああ。あんたも気をつけてな」
「ふっ、俺よりも自分の心配をしろ」
そう言い残して、左慈は消えた。そして気づく。
「……北郷一刀の居場所聞くの忘れた」
と、少々後悔したものの、今さらどうにかなるわけでもない。
左慈を見送った後、盧生は旅支度を整えて南に向かった。
特に目的があったわけではない。北郷一刀の居場所が分からない以上、情報を集めるために近場の街に向かうしかない。
本能的に暖かい場所を求めたというのもある。
しばらく歩き、大きめの河に差し掛かった時、上流から流れてくる人間が目に飛び込んで来た。
盧生は目を凝らしてその人物を眺める。
(褐色の肌。桃色の髪。あれ孫策じゃねぇか?)
前回殺されただけあって、すぐにその特徴が合致した。
(ピクリとも動かねぇな。別にあいつが死のうとどうでもいいが……)
そう考えて、思い直す。もし北郷一刀が孫家に拾われているなら、助ければ潜り込むのが楽になるかもしれない。
盧生は服を脱ぎ捨てて大河へと飛び込んだ。比較的流れは穏やかだったため、対象には楽に近づくことができた。そこで違和感を覚える。
(近くで見ると、かなりデカいぞ。こいつ孫策じゃねぇ)
河を流れていたのは、孫策を一回り大きくしたような体躯の女性だった。
(脈は弱いが、息はある。矢傷以外の傷はないってことは……毒か。撃たれた衝撃で河に落ちて、なんとか流木に掴まったってところかね)
女性を引き上げて、近くの空き家に運ぶ。戦争から逃げたのか、食糧もなく、家人もいないようだった。
素人なりに応急処置を施し、気を送り込んで生命力を活性化させる。
(やるべきことはやった。あとはこいつ次第だな)
盧生は床に寝転び、眠りについた。