恋姫異譚-北郷一刀抹殺計画-   作:乾燥海藻類

3 / 10
第三話 炎をまといて

一夜明け、いまだ目の前で眠り続ける女性を眺めながら、盧生は考える。

こいつ誰だ? と。

実は何度も外史を渡りながら、盧生は孫堅と出会ったことがなかった。

北郷一刀が孫家にいた時は、孫堅はすでに死んでいて、盧生は出会わなかった。

他の地に落ちた時に生きている外史もあったが、盧生は出会う前に殺された。

 

(容姿からみて孫策の親類ってことは間違いないだろう。可能性が高いのは母親……性別が逆転しているのが外史なら、こいつは孫堅か?)

 

猪肉の燻製を齧りながら、盧生は図らずも正体を看破した。

そのまま燻製肉を食べ終え、さてどうするかと考え始めた時、女性の目がゆっくりと開いた。

首がくるりとこちらを向き、二人の視線が絡み合う。

 

「……劉表の配下か?」

「まさか。ただの旅人だよ。あんたが流木と河遊びをしていたんでな。お節介かとも思ったが、引き上げさせてもらった」

「……そうか。オレは矢に射られて……」

 

女性は一瞬だけ眉根を寄せて、小さくため息を落とした。

 

「まずは礼を言おう。オレは孫堅、字は文台だ」

「盧生、字は無常だ」

 

とそこで、孫堅の腹の虫が盛大に声を上げた。

 

「粥ならあるぞ。食べるか?」

「ああ。もらおう。あと肉もな。持ってるんだろう?」

 

鼻をひくひくと動かしながら、孫堅が獰猛な笑みを浮かべた。盧生は肩をすくめて、燻製肉を差し出した。

粥を豪快にかき込み、燻製肉を咀嚼する。毒から快復した直後とは思えないほどの快食ぶりだった。

食事が落ち着いた頃合いをみて、盧生は情報収集を始める。

 

「天の御遣いってやつを知ってるか?」

「あん? 管輅とかいう占師が広めたっていう与太話か? おまえそんなモン信じてるのか?」

 

孫堅は呵々と笑いながら燻製肉を噛みちぎった。

 

「ありゃ、民衆の願望だろう。それほどこの国は乱れている。黄巾どもも落ち着いたとはいえ、漢の腐敗はいきつくところまでいっちまった。宦官と腐れ儒者どもをどうにかしない限りは、この国も長くねぇだろうよ」

 

その言葉に、盧生は息を呑んだ。

 

(まさか山に籠っている間に黄巾の乱が治まっているとは。それにこの反応だと、北郷一刀は孫家にはいないようだな)

 

何度も外史を繰り返した盧生は、ある程度外史の流れを知っている。この後は反董卓連合が結成される。

 

(黄巾後ということは、孫堅は官軍や曹操らと合同で黄巾賊の鎮圧にあたったはずだ。なのに天の御遣いを知らないということは……董卓のところか。厄介なところにいやがる)

 

董卓陣営には、ほぼ間違いなく呂布がいる。難易度は一気に跳ね上がった。

 

「食い終わったら(くに)へ帰るんだな。あんたにも家族がいるだろう」

「おまえはどうするんだ? 礼ぐらいさせてくれよ」

「洛陽へ行く。急いでいるんでな、気持ちだけもらっておこう」

「ならばオレも行こう。案内くらいはしてやれる」

「……いや、帰れよ」

 

盧生は割と本気でそう言った。

 

「そう言うな。借りを返さねぇままなのは収まりが悪い」

「あんた確か、刺史だか太守だか、ともかく役人なんだろう。いなくなったら大変なんじゃないのか?」

「ハハッ、そんな大したモンじゃあねぇよ。オレが死んだ後は、娘がなんとでもするだろうさ。この程度で折れるようなら、孫家もそこまでってこった。孫文台は死んだ。これからは若いやつらの時代さ」

 

盧生は呆れたように嘆息した。無責任というか、娘を信頼しているというのか。

 

(いや、自由なんだ、こいつは……)

 

そう思い直して、盧生は少しだけ孫堅が羨ましくなった。

 

「孫堅が死んだなら、別の名前が必要だな」

「む? そうだな、どうするか……なにかあるか?」

「侯景はどうだ?」

「侯景……由来はあるのか?」

未来(むかし)の大将軍の、世を忍ぶ仮の名前だ」

「ほう。悪くないな」

 

意外と乗り気な孫堅だった。

 

「ふふっ、名前も決まったところで、旅をするなら武器が必要だな。おまえの剣……相当な業物だな。ちょっと見せろ」

 

返答を聞く前に、孫堅は盧生の脇に置いてあった剣を手に取った。

 

「ふむ、やはりか。南海覇王にも劣らぬ業物だ。どこで手に入れた?」

「袁家の蔵から」

 

それを聞いて、孫堅は目を丸くした。

 

「くはははっ、袁家から分捕ってきたのか。そりゃ業物のはずだ。バレたらどうするつもりだ?」

「俺は盗んだやつから貰っただけだ。つまり善意の第三者だよ」

 

この剣は山籠もりしている時に、左慈が調達してきたものだ。袁家の倉から盗ってきたらしいが、袁家にもプライドがある。賊に入られたとは言わないだろう。そもそも袁家くらいになると、蔵の中身をすべて把握しているのかも分からない。それほどの財力なのだ。

盧生は善意の第三者と言ったが、事情を知っていて譲り受けたので、厳密に言えば違う。まあそんな法律なども存在しないが。

 

良質な武器を手に入れるのも簡単ではない。世に流通している一般的な数打ち物は青銅製であり、脆い。

キンキンキンキンポキッ、くらいの強度しかない。ひとつランクが上がると鉄製になり、もうひとつランクが上がると鋼製になる。

そこまでのクラスになると、基本的には一般の商店には出回らない。手に入れるには、金とコネが必要になってくる。

 

「気に入ったのなら貸してやるよ。丸腰じゃあ危ないからな」

「……そりゃありがたいが、おまえはどうするんだ」

「俺には短刀(これ)があるし、無手の技も心得ている。むしろこっちの方が得手でな」

 

左慈との修行も基本的には拳法だった。これは左慈が拳法家だったというのも理由のひとつである。

 

「ほぅ。ならば腕試しといこうじゃないか」

「うん?」

「条件は対等だ。オレも無手で戦う」

「それは……大丈夫なのか?」

「戦場では武器を無くすこともある。そこで待ったなんて言えんだろう? 格闘術も戦人(いくさにん)の嗜みさ」

 

孫堅は獰猛な笑みを浮かべて盧生を睨みつけた。

 

「病み上がりに無理するな」

「毒は抜けている。肉を食ったら体力も戻った」

「肉食ったら回復するって、どんな理屈だよ」

 

半ば呆れつつも、盧生はその申し出を受けた。場所を表に移し、二人が向かい合う。張り詰められた気が二人の間で弾けた。

盧生は左腕を前に出した半身の構え。対する孫堅は、だらりと両腕を下げた脱力の構え。その構えから、一直線に突っ込んできた。

小刻みに揺れる孫堅の鼻っ柱に標準を定め、盧生はジャブを放つ。それをかいくぐるように、孫堅の体勢がさらに低くなった。

超低空の弾丸タックルだ。

 

(――寝技に持ち込むつもりか)

 

孫堅はそこらの男と比べても大柄だ。盧生とは頭ひとつ分以上の差があった。

寝技の格言にこういうものがある。

手よりも足を使え、足よりも頭を使え。

 

(猪突猛進の戦バカかと思っていたが、そうでもなさそうだ)

 

バックステップで間合いを広げつつ、低くなった孫堅の顔面に膝蹴りを放つ。だがその攻撃は孫堅の左手で掴まれた。そこを支点にして、逆の足で孫堅のこめかみに膝蹴りを放つ。

これには孫堅も虚を突かれた。しかし反応は早かった。その一撃も腕でブロックする。

しかし中空で行われた一連の攻防は、いかに孫堅といえども体勢を崩さざるを得なかった。

腰の回転で孫堅の左手を引きはがすと、そのまま額を蹴って間合いを元に戻す。

 

「なかなかやるじゃないか」

「あんたもな」

 

蒼玉(サファイア)のような瞳が妖しく光る。

再度、孫堅の巨体が突っ込んできた。合わせて盧生も前に出る。

孫堅に口元に笑みが浮かんだ。

 

体を入れ替えながらの攻防。どちらもけん制の拳を放ちながら、必殺の一撃を放つ隙を窺っている。

先に踏み込んだのは盧生だった。孫堅の顔面目掛けて右の裏拳を叩き込む。それを孫堅は上体のスウェーで躱した。そしてがら空きとなった盧生の脇腹を狙おうと拳を握り込むが、突然視界が揺れた。

 

(なにが……起きた? あの軌道では絶対に当たらないはずだ)

 

予想だにしなかった衝撃に驚きつつも、孫堅は体勢を戻そうとする。だが足が思うように動かない。

盧生の腕が伸びてくるのが見えたが、身体が動かない。孫堅はそのまま喉を掴まれ、仰向けに押し倒された。

 

「まだやるかい?」

「……いや、オレの負けだ。おまえはなにを……ああ、そういうことか」

 

だらりと下がった右腕を見て、孫堅は察した。盧生は肩を外して射程を伸ばしたのだ。その一撃は孫堅の顎先を掠め、脳を揺らした。

筋肉の収縮だけで外れた腕を元に戻すと、具合を確かめるように盧生は肩を回す。

 

「あんたが万全だったら、勝負はわからなかったさ」

「毒は抜けていると言っただろう」

「その右腕、肩より上に上がらないんだろう」

 

孫堅の柳眉がピクリと動く。矢を射られたことによる後遺症が残っていたのだ。

 

炎蓮(いぇんれん)だ」

「あん?」

「真名だよ。察しが悪いな。おまえも名乗れ」

「……ああ」

 

盧生は考える。これまでに真名を名乗ったことはなかった。というか、考えてもいなかった。盧生という名も与えられたもの。仮初めのもの。

すべては虚構。何もなく、空っぽ。

 

「俺は……(うつろ)だ」

「そうか。ならば始めるぞ」

「終わったんじゃないのか?」

「いや、これから始まるんだよ。男と女の戦いがな」

 

そう言って、炎蓮は両足を虚の腰に絡めた。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。