恋姫異譚-北郷一刀抹殺計画-   作:乾燥海藻類

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第五話 歌の力

「……空か」

 

蒼穹が広がっていた。涼州の空ではない。なぜかそれだけは理解できた。

盧生は身じろぎもせず、仰向けのまま茫洋と空を眺めた。

どれほどの時間そうしていただろうか。唐突に、盧生の口から空気が漏れた。

 

「ははっ」

 

渇いた笑いが空に響く。何もない。何もなくなってしまった。おそらくここにも孫堅や皇甫嵩はいるだろうが、自分の知っている炎蓮と楼杏ではない。

 

「別に現地の人間と接触するなとは言いません。北郷一刀の居場所を突き止めるためには、現地の協力者は必要ですからね」

 

その声は、随分と久しぶりに聞いたような気がした。

 

「しかし本来の目的を見失っては困りますね。外史が消滅すれば、人間関係など意味がない。持ち越せなどしないのですからね。利用する程度に留めておくのが無難ですよ」

 

飄々とした声。

 

「外史に存在するすべての北郷一刀を滅する。そうしなければ、あなたは永遠にこの円環から脱することはできない」

 

腹に一物抱えたような声。

 

「では、また」

 

それきり、声は聞こえなくなった。

心の中に風が吹く。盧生は無意識に瞑目し、胸に手を当てた。

 

「……これが虚しさか。悲しさか。ああ、無常。まさに(あざな)の通りだな」

 

人はそれを、愛と呼ぶのかもしれない。

 

「北郷一刀を、殺しに行こう」

 

呟き、空を見上げた。

しかし、身体は動かない。

仰向けに倒れたまま、ゆったりと流れる雲を眺めていた。

 

「行き倒れか?」

 

自分に近づいて来る足音には気づいていた。

だが敵意がないことから、盧生はそのままにしていたのだ。

過ぎ去るか、立ち止まるか。どうやら後者だったようだ。

 

盧生の顔に影が落ちる。

視界を覆ったのは、傷の多い面貌(スカーフェイス)の女だった。髪の後ろに大きな黄色の髪留め(リボン)が見える。

 

首を傾け、女の後ろに視線を向ける。

男が四人、女が二人。頭、腕、腰など箇所は様々だが、全員が黄色い布を身につけていた。

 

(黄巾……か? この女と、後ろの女……だな)

 

盧生は一行の戦闘力を測った。一番腕が立ちそうなのが、自分に声をかけてきた大柄の女。とはいえ、一線級の武将には一段劣る。楼杏相手ならば、五合持つかどうかといったところだろう。

だが同時に疑問を持った。敵意がない。悪意がないのだ。純粋にこちらを心配しているように感じた。

 

「水、飲むか?」

 

問われて、盧生は初めて喉の渇きを自覚した。

 

「もらおう」

 

差し出された竹筒に口をつけ、水を流し込む。殊の外美味に感じられた。

 

「ありがとう。ところで、ひとつ聞きたいんだが……」

 

竹筒を返しながら、盧生はぐるりと一行を見渡した。

 

「あんたら、誰が推しなんだ?」

 

そう問いかけると、一行の顔つきがガラリと変わった。

 

「俺は王道を行く天和ちゃん!」

「あたしは地和ちゃんよ! 飛び跳ねる姿が一番かわいいんだから!」

「俺は人和ちゃんだ。前の公演で目が合ったんだよ。絶対俺に気があるね!」

「戯言抜かすなボケェ!」

「ほげぇっ!?」

「おいおい、喧嘩はやめろ。みんなの数え役満姉妹(しすたぁず)だろ」

『うっす! すいません(あね)さん!』

 

大女が声をかけると、皆は一斉に姿勢を正して拱手した。

 

「すまんね、うるさい連中で。私は程遠志。推しは地和ちゃんだ。あんた、名前は?」

「俺は……侯景だ」

「侯景ね。で、あんたは誰が推しなんだ?」

「ああ、天和……ちゃんかな」

 

盧生は少し迷った挙句、最初の男が口にした王道を行くことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なし崩し的に候景は行動を共にすることになった。一行は甘陵(かんりょう)へと向かっていた。そこで次の公演が行われるらしい。

ここで初めて、候景は自分が冀州にいることを知った。

到着した街はそこそこ栄えており、会場となる広場には大勢の人が集まっていた。

 

「あちゃ~、前の席は取れそうもねぇな」

「前の仕事がゴタついて遅れましたからね。今回は後ろで応援することにしましょう」

 

簡素といえ、舞台のようなものは用意されていた。後方からでも十分に観覧できるようだった。

そして、舞台の横に設置されている小さな天幕から、三人の乙女が飛び出し、舞台へ駆け上がった。

歓声が上がる。

 

『ほわぁぁぁっ! ほわぁぁぁっ!!』

 

声援に応えて、乙女たちが手を振る。

 

「みんな大好きーー!」

『てんほーちゃーーん!!』

「みんなの妹!」

『ちーほーちゃーーん!!』

「とってもかわいい!」

『れんほーちゃーーん!!』

 

恒例となった掛け合いから公演は始まった。

 

『ほわぁぁぁっ! ほわぁぁぁっ!!』

「みんなありがとー。じゃあいくよー」

 

彼女たちが歌い出す。

候景は何度となく黄巾の乱を繰り返したが、彼女たちの歌を聞くのは初めてだった。そんな余裕もなく、機会に恵まれなかったというのもある。

アカペラだというのに、様々な音色が声に重なって聞こえてきた。

 

遠雷のように響く歓声の中であっても、彼女たちの声はしっかりと候景の耳に届いた。

勇気の歌、希望の歌、愛の歌。どれも活力に満ちた歌だった。

それは候景の荒んでいた心に、毛細管現象のようにしみ込んで来た。

 

「おいおい、おまえ泣いてるのか?」

 

程遠志の言葉で、候景は自分が泣いていることに気づいた。

候景は初めて、歌の力を知った。

三姉妹の歌に感動した候景を気に入ったのか、程遠志は候景を仲間に誘った。

彼女たちは傭兵業を生業としており、主に商隊を護衛することで収入を得ている。その途中で数え役満姉妹という旅芸人に出会い、追っかけのようなことをしているらしい。

 

「おまえ、かなり強いだろ? そういうのって見りゃ大体分かるんだよ」

 

豪快に酒を飲みながら、程遠志は呵々と笑った。

そして武人の(さが)というべきか、彼女と手合わせすることになった。入団テストでもあるのだろう。

程遠志の得物は青龍戟という、槍の発展型とも言える武器だった。斬る、突く、叩く、薙ぐ、払う、といった複数の用法を持つ万能型の武器だ。

 

とはいえ、さすがに入団テストでは使わない。二人が持っているのは木の棒だった。そもそも、候景はこちらの外史に来たばかりで、武器はおろか銭すら持っていなかった。

何をやるにしてもお金は必要である。左慈との修行である程度のサバイバル術は身につけていたが、やはりあるに越したことはない。

 

「はじめっ!」

 

鄧茂の合図で、試合は始まった。

候景が本気でかかれば、おそらく一撃でケリがつく。

だからこそ、候景には相手の面子を考えるくらいの余裕があった。

 

六割ほどの力で前に踏み込む。

それでもその速度は、驚きの喚声(かんせい)が上がるほどだった。

袈裟斬りの一撃を払いのけ、程遠志が候景の肩口目掛けて突きを繰り出す。

候景はしゃがみながら回転してその一撃をかわす。返す刀で程遠志の足を狙ったが、彼女はジャンプしてその攻撃をかわした。

そのまま上段から木の棒を振り下ろす。候景は斜めに立ち上がりながら、木の棒を振り上げてその一撃を弾いた。

両者の距離が開く。お互いに一息入れたところで、拍手が起こった。

 

「すげぇ! 目が追いつかねぇ速さだ!」

音遠(ねおん)より強ぇんじゃねぇか!?」

()った! そんなバシバシ背中叩かないでくださいよ!」

 

場が盛り上がったのを確認して、程遠志は木の棒を下げた。

 

「合格だ。こいつは今から私たちの仲間だ。文句ないね!」

『当たり前でさぁ!!』

 

こうして、候景は傭兵団の仲間と認められた。

 

「私のことは莉音(りおん)って呼んでくれ。もしくは姐さん。団長でもいいぜ。んでこいつは副長の鄧茂だ」

「鄧茂です。音遠と呼んでください」

「ああ。俺の真名は、(うつろ)だ」

 

二人と真名を交わしたところで、他の団員たちも集まってきた。

酒場に戻って宴を再開しようということになって、団員たちが歩き出す。

とそこで、莉音が虚の肩に手を回し、ガッと掴んだ。

 

「おまえ、手加減してただろう? そういう気遣い、嫌いじゃないぜ」

 

そう言って、ニカッと笑った。

傷の多い顔だが、端正で愛嬌のある顔だった。

 

 

 

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