恋姫異譚-北郷一刀抹殺計画-   作:乾燥海藻類

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第六話 後ろ盾を求めて

候景は密かに莉音と一対一の勝負を行った後、実力を認められて団員たちに修行をつけることになった。

というのも、莉音は実力者ではあるが、他人を指導することには向いていなかったのだ。

こうして甘陵に滞在中に修行をつけることになった。まず候景が思いついたのは、左慈から受けた修行をそのまま行うことである。つまり――

 

考えるな、感じろ。

思考と反射を融合しろ。

後ろにも目を付けるんだ。

 

といったものであるが、これはやめておいた。左慈は求道者であり、その修行もそれに則したものだった。一般的な修行とは言いにくい。候景はそう考えていた。

とりあえず左慈から受けた修行内容をマイルドにしてみることにした。

 

気とは誰もが潜在的に備えている力だが、多くの人間はその存在に気づいておらず、気づいても扱うことは難しい。

また気は使用し続けると消耗するため、長期戦を想定するなら総量を増やすなり、ペース配分をするなり、色々と考えて戦う必要がある。この点は体力と同じだ。

 

(まともに使えそうなのは莉音と音遠くらいか)

 

残りの者はそこそこまでは育ちそうだが、一線級と戦うのは厳しいだろうと候景は判断した。それでもそこらの賊を蹴散らせるくらいではあるが。

そしてその日の修行を終えて、皆で夕食を囲っている時に、候景は莉音に問いかけた。

 

「数え役満姉妹には支援者というか、後援者のような人間はいるのか?」

「いや、そんなのは聞いたことがないな。彼女たちの収入はお布施とかおひねりとか、そういうものだろう」

「ふむ。そうなると、マズいかもしれんな」

 

候景の呟きに、莉音の杯が中空で止まった。

 

「どういうことだ?」

「人を集めるという行為には、為政者たちも敏感になっている。彼女たちが会場となる広場を使用するのに、ちゃんと官吏に許可を取っているなら問題ないが、土地の所有者だったり、無許可だったりした場合は面倒なことになる。それでなくとも、金になると分かれば、囲い込みに来る人間はいると思う」

「……なるほどな」

 

今はまだ小さな旅芸人であるが、すでに莉音のような追っかけも出来ている。

 

「で、おまえはどうしたらいいと思うんだ?」

「後ろ盾を得るべきだと思う。例えば、袁紹とか」

「渤海郡の太守か」

 

莉音がぼそりとつぶやく。袁紹は以前の外史では県令だったが、この外史では太守のようだ。左慈にも言われたことだが、外史が違えば差異が出てくる。全く同じ外史というものはない。候景は今さらながら、あまり前の外史を参考にし過ぎるのはやめようと、己を戒めた。

 

「だがなぜ太守なんだ? どうせなら州牧の方がいいだろう」

 

州全体を監督する長官のことを州牧という。以前は刺史ともいったが、同じ意味である。しかし州牧といえども頭ごなしに太守に命令できるわけではない。

 

「汝南に本拠地を持つ袁紹は、権力も財力も中華では一、二を争う。後ろ盾という意味ではこちらを頼る方がいい。それに袁紹は女だから、彼女たちの身体を求めるというようなこともないだろう」

「……ふむ」

「色々と制限はかかるだろうが、説得できないか?」

「私は熱心な愛好者の一人だが、言ってみればそれだけだからな。顔は知ってくれていると思うが、意見を聞いてくれるかは分からん」

 

莉音は顎に手を当てて考え始めた。

 

「だが、おまえの言うことも筋が通っている。話はしてみよう」

「頼んだ」

「ああ。しかしまぁ、おまえも彼女たちの歌に魅了されたようだな。最初に会った時は、随分と冷めたやつだと思ったもんだが……」

 

と、彼女は視線を下ろして、大きな手で候景の頭を撫でた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三姉妹の説得を莉音に任せた候景だが、正直なところどっちでもいいと思っていた。確かに彼女たちの歌に心を動かされたのは事実だが、歌が聞きたいだけならば、次の外史でも十分だった。むしろ深入りし過ぎては、前回の二の舞になるかもしれないという危惧の念すら抱いていた。

 

しかして幸か不幸か、候景の提案は受け入れられた。莉音からの報告では、地和は歌いながら大陸を制覇したいと思っていたらしく反対したが、人和は乗り気だった。結局のところ、地和が折れて、袁紹の治める南皮へ向かうことになった。

団員たちは大盛り上がりで護衛を申し出て、馬を三頭調達して彼女たちを乗せることを提案した。

その道中で、候景は地和に忠告する。

 

「公演が盛り上がっても、大陸を獲るだの制覇するだのとは口にしないように。世が乱れている今、真に受ける者はいるだろう。下手をすれば民を扇動した罪で死罪になる。大通りで首を刎ねられるか、車裂きにされるか……」

 

その言葉に、地和は顔を青くして震えあがった。その後、莉音に肘鉄を喰らい、候景は肩をすくめた。

渤海郡に入り、河沿いに北上して南皮に向かう。渤海郡はそれなりに安定して統治されているようだった。

最後の打ち合わせを行い、一行は袁紹のもとへと向かった。

 

謁見の間には主だった群臣が集められていた。その中には候景の見知った顔もある。玉座の両脇にいる文醜と顔良。候景は繰り返した外史の中で、文醜には何度か殺されていた。

 

(大仰なことだ)

 

候景は心中で嘆息した。三姉妹はただの旅芸人である。交渉など部下に任せておけばよい。

それでも袁紹は自らが会うことを選んだ。群臣を並べているのも、威容を見せつけたいだけなのかもしれないと候景は邪推した。

 

「袁本初様、参られました」

 

田豊の言葉に、一同が姿勢を正した。袁紹は優雅な歩みで玉座に近づき、腰を下ろす。ぐるりと周囲を見渡すと、満足したようにまなじりを動かし、正面の三姉妹と候景に視線を向けた。

この場に莉音はいない。口の上手くない莉音は、それを理由にして交渉を候景に任せたのだ。

 

「よくこの袁本初を頼られましたわね。慧眼ですことよ」

 

豪放磊落な性格そのままに、その表情は生気に満ちていた。袁紹に限らず、頼られて嫌な気分になる人間は少ないだろう。

威圧感はさほどなく、むしろ愛嬌を感じる笑みだった。

 

(さて、楼杏のところで学んだ付け焼き刃がどこまで役に立つか……)

 

候景はふっと息を吐き、交渉に入る。先触れにてある程度は説明していたので、挨拶もそこそこに本題へと切り込む。

 

「都の太学にて主席を修められました袁太守には、孔子に論語を説くが如き愚行でございますが、あえて説明させていただきます。音楽の素晴らしさは孔子の六経のひとつとして当然のことと思われますが、これは儀式音楽としての意味合いが強く、庶民にはあまり触れる機会のないものでした」

 

秦の始皇帝の行った焚書坑儒により、六経は五経となり、楽は失われたと言われているが、一部の経師たちが口頭で伝承したり、竹簡を隠すことによって漢代に経書を伝えたとされている。

 

「孔子は音楽が美しく演奏されると、物事の筋道が明らかに感ぜられて、人の感覚や知覚の作用が強められ、身体の健康状態が安定し、その結果風俗が一層善美となり、天下は太平となるのであると説いております」

 

何人かの臣下が反応を示した。この後有名な「楽は楽なり」と続く。要するに君子は音楽をしっかりと理解して国民に広げればいい、ということが礼記に記されているのだ。

袁家の臣ともなれば、礼記くらいは目を通している。

 

「音楽を保護することで、袁太守の徳化はさらに広く知れ渡るでしょう。彼女たちは失われつつある音楽の素晴らしさ、ひいては孔子の教えも庶民に伝えたいと思っているのです」

 

演説じみた候景の言葉に、天和と地和はポカンとしているが、人和は感心するようにうなずいていた。

 

「また彼女たちに援助することで、徳だけではなく利も生まれます。彼女たちの歌には人を惹きつける魅力があります。人が集まれば物が集まり、経済が潤います。南皮はますます発展することでしょう」

 

利、という言葉に、居並ぶ臣下たちも興味を示しだした。当の袁紹は利には反応が薄かったが、徳という言葉には強く反応した。

 

「此度の出会いは、我らにとっても袁太守にとっても良きものだと思っております。小人(しょうじん)なればこの意味が分からず、好機を取り逃がしてしまうでしょう。袁太守の温情と英断に期待いたします」

 

こうして候景は言葉を締めくくった。最後にさらりと挑発めいた言葉を言ってみたが、袁紹は気にした風には見えなかった。

 

「よろしい。このわたくし、袁本初の名において、あなた方を庇護いたしますわ。真直(まぁち)さん。あとはよしなに」

「ハッ!」

 

こうして、数え役満姉妹は袁紹の庇護下に入った。

 

 

 

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