『闇より
それは、陽光が光輝く粒子となって拡散していくように見えた。
「これはねー、声を届ける方術なの。なんとか仙人さんに教えてもらったんだよー」
「南華老仙でしょ。天和姉さん」
と、人和がツッコミを入れる。張三姉妹は方士だったのだ。といっても、使える方術はこの一つだけらしいが。
「この方術でみんなに声を届けてるってわけよ」
地和が小さく胸を張る。莉音たちがパチパチと拍手を送った。
そんな中で、候景は仙人について考えていた。
修行中の雑談で、左慈は自分と于吉は道士だと言った。道士とは仙人の見習いのようなもの。于吉はよく分からないが、左慈はかなり高い能力を有していた。少なくとも戦闘という分野においては。
(あの二人以上の存在など、にわかには信じられないが……)
そう思いつつも、否定する材料もないので候景は素直に認めるしかなかった。
下準備を終えて、観客を入場させる。最初に招かれたのは、袁紹と従者たちだった。莉音が緊張した様子で、ひと際高い場所に設置されたVIP席に案内している。
それが終わって一般客を入れる。
あっという間に会場は満員になった。
二時間ほど行われた公演は、万雷の拍手で終了となった。
その内容は袁紹も満足した様子で、破顔して手を打った。
こうして、張三姉妹は名実ともに袁紹の庇護下に入った。
旅芸人から南皮の歌姫となり、生活は大きく変わった。大きな屋敷が用意され、俸給も発生するようになった。
旅はできなくなったが、野宿することもなくなり、定期的な収入もできたことから、張三姉妹
はおおむね満足していた。特に、袁家の看板を利用すれば、安全に大陸を行脚できると聞いた三姉妹は、いずれ歌いながら中華一周することを夢見ていた。
候景は三姉妹のファンを賊にさせないために、様々なことを献策した。まず始めたのは仕事の斡旋である。まず相談所を設置して、防波堤とした。
集団を制御するために必要なもの、それは
特に中央の目が届きにくい地方の官吏はやりたい放題やっている。そしてそれがバレないように監察に賄賂を贈っているのだ。これが政治腐敗を招き、後漢は衰退した。
(それを考えると、南皮は良く治められている。袁紹って結構まともだったんだな)
と、候景は若干失礼なことを考えた。
太学で主席を修めたことからも、袁紹は決して頭がからっぽなわけではない。幼い頃から家庭教師が付き、しっかりとした教養を身につけている。
曹操が覇道を進むタイプならば、袁紹は王道を進むタイプだと言えよう。ただ思考が常人の域にないというか、斜め上に進むことがよくあるだけだ。
それを補佐しているのが、田豊を筆頭とした有能な家臣団である。
数え役満姉妹の
ちなみに、莉音以下傭兵団の面々は袁紹軍の兵に志願した。
「良くできているわ、この帳簿は。どこにどれだけのお金が使われたか分かりやすい。それに、着服もない」
田豊は柔和な笑みを浮かべて、候景に視線を戻した。お金の流れをあえて不明瞭にして、
「ありがとうございます」
田豊は候景のことを憎からず思っていた。袁紹に
仕込めば良い内政官になるだろう。自分の下で鍛え、いずれは辣腕を振るってもらいたいとも思っていた。
あの三姉妹も兵たちの慰労にも役立っている。田豊が思っていたよりもずっと収穫は大きかった。
「アレはどうなりましたか?」
報告を終えた後、候景は私事へと話を移した。
「今のところ収穫はなしね。西方にいるのかもしれないわ」
候景は袁家の情報網を使って、天の御遣いの居場所を探っていたのだ。とりあえずこれまでの傾向から確率の高い場所を選んだ。すなわち、公孫賛、曹操、孫堅である。しかしいずれも空振りだった。
「そもそも本当にいるの? ただの流言飛語の可能性だってあるのでしょう?」
「います。確実に」
断言する候景の視線に、田豊は気圧された。
「まあ、あなたの言う条件に合致する男がいなかったことは事実よ」
候景が伝えた北郷一刀の特徴は、黒目黒髪で端正な顔立ちをした十代後半の男。輝くような白い衣をまとっている、というものだった。
一番目を引くのはその衣服であるが、着替えられていたら探し出すのは困難になる。端正な顔立ちが目を引くとはいえ、黒目黒髪の十代男性などごまんと存在するのだから。
(天の御遣いという称号を前面に押し出すかどうかは、拾った者次第だからな。隠されていると面倒だ。まさかまた董卓のところか? ありえなくもないが……)
連続で同じ場所にいたというのは、稀にだがあった。今回もそうでない保証はない。もちろん、網に引っかからなかったという可能性もあるが。
「それと、郭嘉という者を雇ったと聞きましたが?」
「ええ。もしかして知り合いだった?」
「いえ、正式に仕官したのですか?」
「いいえ、客将として雇ったわ。なかなか優秀だから、正式に仕官してほしいところだけど……」
候景が最初に思ったのは、曹操から送られてきた間者ではないかということだった。というのも、郭嘉は曹操の軍師というイメージが候景の中に出来上がっていたのだ。
しかしその実態は、ただの路銀稼ぎである。郭嘉はまだ旅の途中で、曹操に仕官してはいなかった。
「正式に仕官するのならばそれで良いのですが、そうでないならば、殺しておくべきかと」
「随分と高く評価しているのね。彼女が商鞅に並ぶ才覚だと?」
商鞅は法家思想をもとに秦の国政改革を進め、後の秦の天下統一の礎を築いた政治家であり、卓抜した軍事指揮官でもあった。
これはまだ商鞅が秦に渡る前、魏国の宰相のもとで食客をしていた時の話だ。商鞅の才覚を見抜いた宰相は、王に自分の後継として商鞅を推挙した。その際、登用されないのならば、他国に行かせてはなりませんと述べたのだ。
「彼女がそこまで有能だとしても、時代が違うのよ。仕官を断ったからといって誅殺などしたら、麗羽様の徳が疑われるわ」
「ならば賊に襲われたということにすればよろしいかと」
その言葉に、田豊は呆気にとられたような顔で候景を見つめた。
「出過ぎたことを申しました」
と、候景は素直に頭を下げた。よく考えれば、ここまでやる必要はないと思い直したのだ。北郷一刀が曹操のもとにいないのであれば、曹操が力をつけようが自分には関係ない、と。
(そういえば曹操は天の御遣いという称号にはあまり価値を見い出していなかったような気がする。もしかしたら……いや、今さら撤回はできんか)
とそこで、慌てた様子の文醜が訪れた。
「お~い真直。麗羽さまが呼んでるぜ。今から軍議なんだとよ」
「軍議? なにかあったの?」
「あー、なんかさ、張純ってやつが烏桓のやつらと組んで幽州を荒らしてるらしいぜ。劉虞さまがウチに逃げて来たんだと」
「なん……ですって!」
田豊は絶句して息を呑んだ。
(黄巾の乱が起こらなかったことの揺り戻しか? 歴史の修正力ってやつかね)
三国志に