「―――――なんだ、お前もデッキに出てたのか」
「……ん。ああ、カガリか」
バルトフェルド隊に牽制されつつも特に戦闘になることもなく。いつ戦闘になるかひやひやしていたブリッジクルーの疲弊と引き換えに無事に紅海に出たアークエンジェル。そんな微妙な緊張状態も終わってみれば「まあ私たちブルーコスモスじゃないし…」と納得してしまうあたり、どうもザフトの戦略は的中しているらしい。
それはそれとして、あんまり人に見られると緊張感がないのがバレそうなのでこっそりデッキで潮風を浴びていたらカガリに見つかってしまった。
「なんだお前、その反応」
「いや、大切な友達にカガリにそっくりなヤツがいてな。少し懐かしくなっていた」
「ふーん。どんな奴なんだ?」
「良いヤツだよ。優しくて、人のために頑張れる凄いヤツだ。まあその分繊細だし、好きじゃないことは絶対やらない頑固者だけど」
「お前に言われるなんて相当な頑固者だな、それは」
「カガリくらいかな」
「………おい、喧嘩売ってるのか?」
「素直な感想だが……」
ジト目で睨んでくるカガリだが、自分でも言われるだけの自覚はあったのか殴りかかってはこなかった。
「……お前は、なんで戦ってるんだ。友達のためってのは聞いた。でも、ザフトと……お前の仲間だろ? 友達だっているんだろ?」
「そうだな。けど、カガリだって思っただろ、いくらヘリオポリスに連合軍がいたからって、強引じゃないのかって」
本当は味方になってくれるはずのアークエンジェルクルーに生き残って欲しいとか、その方が先の展開が予想しやすいとか色々と言えない事情はあるのだが。
「それは、思ったけど。なんでこれまで大西洋連邦しか狙ってなかったザフトが?」
「そう、不自然なんだよ。Nジャマーを使って大西洋連邦だけを叩いて戦局を膠着状態にすることでザフトは連合と互角以上に戦っている。このまま勝てると思い込んだか、あるいは――――」
判定勝ちのような形になることが不都合か。
ナチュラルの上層部も経済的にNジャマーは受け入れられないため、発言力が急激に落ちている大西洋連邦以外は停戦も考慮に入れている。大西洋連邦にそれを止めるだけの力はない。そうなれば少なくとも、Nジャマーキャンセラーが完成するまでは平和が続くだろう。
そうなるとむしろプラントの方が問題で、『楽に勝てそうだしこのまま鬱憤を晴らしてしまえ』という層が一定数いる。Nジャマーに頼った薄氷の上の優勢だというのが理解できない……したくないのかもしれない。
もっと厄介なのが、ナチュラルとコーディネーターの全滅戦争を望んでいるヤツとか、ボロボロになった世界で全ての人類を制御下に置くことで平和にしようとしてるヤツとか、人類を導く者じゃあ!とか言いながら国を核で焼き払うヤツだが。
「お前、いつもこんなことを考えてるのか? 疲れないのか?」
「そうだな。それが俺の責任だ――――国防委員長の息子に生まれて、人より恵まれている俺の。けど、そんなことは関係ない」
「え?」
「俺は、俺が望んでこうしている。――――力が欲しいんだ。守りたいものを、想いを、守れる力が――――そのためには、まず知らなくちゃならない。何が必要で、何で俺たちは戦っていて、どうすればこの戦いが終わるのか」
「………やらなきゃならないことが、やりたくなかったら?」
「やらない。できるヤツに頼む」
ラクスとか。
本人は戦場に出れないからと気にしている節があるが、そもそもラクスがいないと団結できないのではと思われるくらいのカリスマ、政治力があるからな。ものすごく頼りにしている。
「できるヤツが、自分だけなら?」
「…………やりたくない理由による、かな。譲れないものは、俺にだってある」
なんとなく、二人で並んで海を眺めていた。
どこまでも広くて、それでいて目には見えなくても宇宙よりずっと生命にあふれてて。
「本当に大切なものは、いざという時になるまで目には見えないのかもな」
「………私は……オーブが、ずっと平和でいて欲しい。………お父様だって、あんなことする人じゃなかった! 地球軍とのMS開発なんて――――オーブの人たちは、争いなんて望んでない!」
「そうだろうな」
「お父様が、一番平和を望んでたんだ! オーブをいい国にするために、いつだって一生懸命で……だから、皆がお父様を応援してくれてて………私のことだって、皆可愛がってくれて………」
きっと、本当は誰よりもカガリこそがウズミ様を慕っていたのだろう。
「けど、お父様が裏切った…! MS開発なんてしたから、ヘリオポリスも……お前の友達も! お前も! みんな巻き込んで――――」
「カガリ。………この、馬鹿野郎」
男同士ならぶん殴っているところだが、流石に可愛そうなのでデコピンにしておく。
「っ!? な、何をするんだお前っ!」
「言ったばかりだろう、やらなきゃならないことと、やりたいことは違うって。お前の父上……父さんだってそうだと思わないか」
「………お父様が、平和を願ってるって?」
「それは、一番近くでみたカガリが。お前が、一番よく分かっているんじゃないのか」
ウズミ・ナラ・アスハの行動は全てオーブか、あるいは娘のためだ。コズミック・イラだからかとても過激だが、それでも行動は一貫している。信じて良いと思う。
「なら、なんでMSなんか……」
「オーブはコーディネーターの受け入れを表明している。地球軍に対して手柄があれば、争いたくないコーディネーターを受け入れやすくなると思わないか?」
まあ実際は本当にMS開発なんて知らなかったかもしれないが。
でも国の責任者だし仕方ないよね。
「………っ。でもっ! 責任を取るって言って、口だけだ! なんで何も言ってくれない!? オーブのためだって! みんなのためだって! 何も言ってくれなきゃ、何も分からないじゃないか…っ!」
「ふんっ」
「あいたっ!?」
さっきよりちょっと強めにデコピンする。
額を赤くしたカガリが掴みかかろうとする前に手で止める。
「正しい戦争なんて無い。正しさが人を、国を救うとは限らない。俺たちから見て正しくても、人から見て間違ってることなんて日常茶飯事だ。カガリ、お前にとっての正しさは、お前が見つけていかなきゃいけない」
「……………」
「お前がお父様大好きっ子だから、きっと離れて冷静になって欲しかったんだろう」
「なっ!? こんの、アス――――アレックス、お前っ!」
「考えを止めるなよ、カガリ。相手を思いやって怒れるお前なら、きっといい為政者になれる才能がある。……冷静さと思慮深さと公平さと視野の広さは足りないが、経験と部下で補えばいい」
「馬鹿にしてるのか!?」
「していないさ。むしろ褒めてる」
「どこが!」
「俺にはできないことだ。俺は、俺の大切な人しか守れない。でも、お前にはできるかもしれない。国を、民を、平穏を守ることが」
「………」
「想いだけは――――優しさは、思いやる心は、お前を育ててくれた環境が、お前を思いやってくれた人の優しさがくれた大切なものだ。それだけ多くの人が、きっとお前を思いやってくれた」
ウズミがオーブを愛して、そんな国民がそんなウズミを、娘のカガリを愛したから。きっとカガリはオーブのみんなを愛しているのだろう。
「想いだけでも、力だけでも駄目なんだ――――連鎖するのは、憎しみだけじゃない。想いだって、きっと伝わる。きっと繋がっている」
「………お前、意外とロマンチストなんだな」
カガリはデコピンで赤くなったところを摩りながら、呆れて怒りは何処かに行ったのかまた並んで海を眺める姿勢に戻る。
「そうか? よく面白くない男とは言われるが……」
「嘘つけ。友達には面白がられるタイプだろ、お前」
まあ確かに仏頂面とか真面目君とか言ってくるのは大して親しくもない相手だが。
いやイザークにもつまらんとか……いや最近はあきれ顔でいい加減にしろと怒られることが多くなってきたが。これはもしかして親しくなっていた?
「……その。ありがとな」
「いつか俺がオーブに行った時に、過ごしにくい国だと困るからな」
「はぁ~? オーブを舐めるなよ、お前の想像なんて軽く超えてやる!」
「言ったな。なら観光案内は期待してる」
あとケバブみたいな美味しい食べ物も。
「ふんっ。そのくらいなら特別にしてやる! いいか、特別だぞ。私だって一応、ウズミ・ナラ・アスハの娘なんだからな!」
これまでにないくらい輝く笑みを浮かべたカガリに、やっぱりお父様大好きっ子じゃないかと心の中で呟いた。
―――――――――――――――――
『CPG設定完了、ニューラルリンケージイオン濃度正常メタ運動野パラメータ更新、原子炉臨界パワーフロー正常全システムオールグリーン……』
『出力問題なしウイングパックも正常に稼働できているな原子炉とNジャマーキャンセラーの数値チェック怠るなよ何かあればすぐに私に言え!―――キラさん、理論上これでこの機体は想定されたスペック全てを発揮可能ですがまだ“アレ”は完成していません、無理はなさらないよう』
「……キラ」
ザフトは軍ではないので、ラクスが無理やり捻じ込めば(シーゲルとパトリック・ザラの力もあって)、キラを新型MSのテストパイロットとして採用することも難しくはない。ちょうど別の新型を急進派に無理やり持っていかれた直後であればなおさら。
新型フェイズシフト装甲を起動し、黄金色に輝く関節部分、鮮やかな蒼の翼を背負った白い機体――――仮称、フリーダム改。
今にも発進しようかというところで、クライン派の青年が慌ててラクスに駆け寄る。
「ラクス様、申し訳ございません。アフリカ方面の“砂漠の虎”から至急電です。アレックス・ディノからのメッセージだと――――」
「えっ――――貸してくださいっ!」
ビデオレターに、見慣れた筆跡で書かれた名前を見たラクスは、慌ててキラに通信を繋いだ。
「―――キラ!? キラ、戻って下さい! キラ!」
『……ラクス?』
「アレックス――――アスランから、メッセージが!」
『え――――』
『中止! 発進中止だ! Nジャマーキャンセラーの出力落とせ!』
『了解。フリーダム改、アイドリングへ。コックピット開きます』
即座に空気を読んだハインラインとスタッフたちによりフリーダム改のコックピットが開き、どこか呆然としたままやって来るキラ。
それを見守りながらも、ビデオレターの再生を手伝おうとしてくれる他スタッフを押し退ける勢いでラクスは再生ボタンを押して―――――。
「キラ! さあ早く、一緒に見ましょう」
「…………本当に? 本当にアスランから――――」
最初は、真っ暗な画面だった。
けれど、そこから聞こえてくるのはアスランの声で。
『キラ、ラクス。落ち着いて聞いて欲しい。君たちがこのビデオメッセージを聞いているということは、俺は―――――』
「……アスラン?」
「……っ」
『俺は―――――アフリカを満喫している頃合だ』
「「………」」
―――――瞬間、画面に映ったのはアフリカの街で。アロハシャツにグラサンを掛けて知らないおっさんと肩を組んでピースしてるアスランだった。
『キラ! 聞いてくれ、ケバブはいいぞ。ヨーグルトソースもチリソースも甲乙つけがたいが、どちらも美味いんだ! 地球が生み出した最高の文化だ。お前も食べに来い!』
『いやー、チリソースは邪道だと思っていたが……まさかヨーグルトソースの前座にするとは参ったよ。これは最高だ!』
『いやヨーグルトソースが前座に決まってるだろ!?』
画面にキラそっくりな女の子が映った。
しかもなんかアスランに馴れ馴れしい。
ミシリ、と何かが軋む音がした。
『すまないラクス、立場的にこういうのが難しい君にこんな映像を送り付けるのは申し訳ないとは思ったんだが………けどこれが、俺たちの守れたものなんだ』
『もしNジャマーを地球全土に散布されていたら、こうはいかなかっただろうね。世界規模の電力不足で餓死者は膨れ上がり、もっと争いと憎しみは激しくなっていた』
『君のお陰だ、俺がこうして呑気に過ごせるのも』
『アフリカ方面のザフトを代表して、俺からも礼を言わせてほしい』
街は綺麗で、子どもたちが元気に駆けまわっている。
活気があって、バルトフェルドを見ると親し気に挨拶してくれる人も多い。
いつの間にかキラは泣いていた。
ラクスも多分泣いていた。
「馬鹿……アスランの、馬鹿……っ」
「………っ」
『ヨーグルトソースも、チリソースも……ナチュラルも、コーディネーターも……憎しみじゃなく、思いやりを積み重ねていくことだって、きっとできる。俺たちみたいに』
きっと自分の安全とかそんなことより、ラクスの成し遂げた成果を見せてあげたいと思ったのだろう。――――それはそれとして絵面が酷いが。なんで男二人でケバブにソース掛け合ってるのか。
怒ればいいのか泣けばいいのか。
なんだかもう何も分からなくなったキラとラクスは二人で抱き合いながらアスランの悪口を叫んだ。
「アスランのばか!」
「あほー、ですわ…!」
『おい、何してるんだお前。口元にソース付いてるぞ』
『ん。ああ、ありがとう。カガリ』
「「…………へぇ」」
底知れない冷気を漂わせ始めたラクスとキラに、周囲のスタッフは一歩下がって。
ビデオレターを持ってきてくれた青年が恐る恐る、いかにもお土産ですという感じのブローチと髪飾りを手紙つきで差し出す。
「あの、こちらなんですが……」
「………どうも」
「………ありがとうございます」
『――――キラへ。
お前が女の子だと気づけなかったのは正直悪かったと思っている。
けど今のままだと宝の持ち腐れだから、お前に似合いそうな髪飾りを選んでみた。要らなかったら捨てて良いが、ちゃんとするように』
『――――ラクスへ。
何を選んでも君には負けるだろうから、とりあえずお土産感のあるものを選んでみた。平和なアフリカの市場より』
宝の持ち腐れとは。
とりあえず? お土産感?
『見てくれ、キラ! 木刀だ! なんでこんなところに木刀が――――うぉっ、謎の龍アクセサリー……これ父さんに送るか? いや流石に怒るか……』
「……………会いたいな、アスランに」
「………わたくしも」
会いたいな、会ったらどうしようかな。
そんな無邪気な乙女みたいなことを口走りながら、キラとラクスはハイライトの消えた目で貰ったアフリカお土産を身に着けて。
ぐしゃぐしゃにされた情緒をなんとか修復しようと、髪飾りとブローチを握りしめた。
「あー、その。……フリーダム改の発進準備急げ! で、よろしいですかラクス様?」
「はい。ではキラ、……アスランのこと、よろしくお願いしますね?」
「うん。行ってくるね……ラクスの分もちゃんと取っておくから」
想いだけでも、力だけでもなく。
自分のためだけでも、誰かのためだけでもなく。
大切な人と、大切な友達と。仲間と。
少しでも良いと思える未来を選び取るために―――。
『X
「キラ・ヤマト、エールフリーダム――行きます!」
ZGMF-X10A2 フリーダム改(仮称)
先に組み立てられていたフリーダムの量産型試作機、という名目で建造された新たなる翼(ラクス的には戦うためというよりはアスランを支える、キラを運ぶという気持ち)。名目上はフリーダムと『ほぼ(全ての性能において、圧倒的に)同等以上』のスペックを誇る、核動力の最新鋭機である。
オーブからの情報提供(お詫び)されたものを、アルバート・ハインラインの手で改良、キラ・ヤマトの手で調整された新型PS装甲を使用。また一部の装備に互換性あり。
その装備はストライカーパック形式で換装可能であり、フリーダムガンダムのウイングバインダーを調整・改良したウイングパックを装備した状態はエールフリーダム(仮称)。
全体的に機体は白っぽくなっているがウイングパックはフリーダムと変わらず蒼色。
ストライクフリーダムほどではないものの、被弾しないことを前提にしていることとPS装甲の性能が向上したことで本来より更に細身のシルエットになっている。