「………そうか」
ウズミ・ナラ・アスハはヘリオポリスでの襲撃事件―――ザフト強硬派による襲撃の話を聞いて僅かに眉間の皺を深くした。
『――――中立国でありながら、連合との共同での兵器開発――――何か言い分はございますかな?』
思い出すのはほんの数週間前。プラントの国防委員長、パトリック・ザラからの私的な連絡だった。
大西洋連邦ならともかく、Nジャマーを恐れつつもザフトとそう大きな戦いはしていないユーラシア連邦であればあるいは、と思ったのだが。
むしろコーディネイターへの反発が少ないことで情報が漏れやすかったか。
あるいは連合の上の方からの情報漏れか―――。
『ない。全ては私の責任だ』
『ふむ。潔いことですな。だが既に新技術の開発データは連合に渡っている。バランスを取ると言う意味で誠意を見せていただきたい』
『むぅ……。ビーム兵器と最新のPS装甲のデータを渡す』
『ふむ。まあ一番厄介なミラージュコロイドを渡したくない気持ちは分かりますが。いいでしょう、しかしそれならば我々も故意に情報を流しはしないが止めもしない』
一番知られたくないものを既に知られていての落ち着き払った対応に、むしろ見透かされたという嫌な感覚が抜けなくなる。
『………』
『申し訳ないが過激派も情報を掴んでいるようでね、警備には十二分に気を使って頂きたい』
『……くっ』
それはもう襲撃予告と言って差し支えなかった。
ザフトも一枚岩ではなく、パトリック・ザラとシーゲル・クラインが穏健派の筆頭であることも知っている。
しかしミラージュコロイドを渡せば何が起こるか分からない。プラントは理性的な対応に終始しており、ブルーコスモスの方がよほど危険というのはあるが。だからこそコーディネイター受け入れを公にしているオーブとしてはブルーコスモスにオーブを攻撃させない理由が欲しかった。
そして更に言えば、当初はMSの優位性によって一時的にザフトが有利に立っただけでまさかNジャマーで膠着状態にまで持ち込むとは思っていなかったというのもある。
これはもうアークエンジェルとG、ヘリオポリスにいる地球軍が防衛に成功することを祈るしかない。
『それとヘリオポリスには私の古い知人の娘がいてね。データ受領ついでに避難させるための人を寄越すのでオーブ軍の名前を借していただきたい。我々とオーブが繋がっていると、過激派に邪推されるのも面倒ですからな。……まあ、軍の依頼を受けたジャンク屋というところでしょうか。無論、緊急事態であれば地球軍やザフト過激派との戦闘になる可能性もあるが』
『…………』
共同開発したのだ、多少は向こうにも話を通しやすいでしょう? と、そんな脅しを聞きつつ悪用されはしないかと頭を痛める。
オーブの名前で戦闘などされては堪ったものではないのだが。
確かにジャンク屋であればギリギリ言い逃れできなくもない。ミラージュコロイドは『ある』というだけで抑止力にできるので、そういう意味では最悪の結果ではない。
と、思っていた。
まさかの娘が、カガリがヘリオポリスに乗り込んだと聞いた時は血の気が引いたが。
―――――――――――――――
戦闘後、破壊衝動が残ったままになってしまったため疲労を訴え早々に居室に戻ったアスランが見たのは、用意された夕食だった。
「えっと、おかえり……で、いいのかな」
「キラ。どうして――――」
なんとなくエプロンをして髪を結んでいるキラはとても家庭的に見える。女子力どころか人間性が危うかった昔を知っていても。
妙な精神攻撃を食らっていなければきっと素直に喜べただろう。
「アスランが部屋にいろって言ったんでしょ。……お疲れ様、ロールキャベツ作っておいたよ。好物でしょ」
「キラ、お前……料理できたのか……?」
「練習したんだよ。私だって女の子だし、一応」
「そうか……そうか」
あのダメダメだったキラが……部屋の片づけもできなかったのに…。
なんとなくシャンプーの匂いがするあたりちゃんとお風呂も入ったんだろう。
子どもの成長を見たような、そんな温かな気持ちになる。
「いやその反応はさすがにちょっと失礼じゃない?」
「さてロールキャベツ楽しみだな。……ありがとう、キラ」
「えへへ。はい、ケチャップかけてあげるね」
「多めで頼む」
精神攻撃を受けた直後だとキラにも攻撃的になりそうだったが――――こんないい子にそういうのはダメだな。うん。
あとで戦闘シミュレーションでもしてなんとかしよう。
ロールキャベツはよく子どもの頃に家にお邪魔して食べなれたキラの母さんのと同じ味がして、とても美味しかった。
―――――――――――――――――――――――
「――――水が足りない?」
「ええ、まあ………その、十分に補給ができていなかったので……」
ヘリオポリスは崩壊しなかったものの、実は外交方面から圧力を掛けられたアークエンジェルは早々にヘリオポリスを脱出せざるを得なかった。ザフト強硬派は、即座に出航しなければオーブは連合に与したとみなすと宣言していたのである。Nジャマーを恐怖している大西洋連邦の上層部も泡を食ってアークエンジェルに早く出航しろと言ってきていた。ザフトの攻撃を受けた影響もあって積み込みも不十分。
そのためどこかで補給を受ける必要があるのだが……。
「ここからだと月面か、あるいはアルテミスか。うへぇ、面倒だねぇ」
フラガ大尉の面倒くさそうな態度にも今回ばかりは激しく同意したい。
月面なんて向かってたら遠回りが過ぎるし、アルテミスといえばユーラシア連邦所属。ユーラシア連邦とアークエンジェルの(本来の)所属である大西洋連邦の仲は拗れまくって最悪な上に、極秘作戦のためにアークエンジェルとGには大西洋連邦所属であることを示す識別コードがないと来た。
そこにGなんて持ち込んだら飢えたピラニアの群れにご馳走をくれてやるようなものだろう。大西洋連邦を名乗る不審な勢力として拿捕されるのが関の山。
「ですが友軍です。確実に補給が受けられるのはそこしかありませんが」
「ええ、そうね……」
真っ当な軍人としての立場から言ってくれるCIC担当のバジルール少尉に、艦長とフラガ大尉は目線を合わせて気まずそうな顔になった。
「実際問題、どうなんです? 識別コードがない大西洋連邦の機体を友軍として受け入れてくれるものなんですか?」
「いや流石にこんな状況になったことは俺らもないからな。ただ、まあ……エイプリルフール・クライシス以前ならまだしも、今は正直……無理じゃね?」
「そんな馬鹿な、同じ地球軍の軍人ですよ!?」
「いやー、まあ少尉は知らんかもだけど、何ならザフトより憎たらしいって言う奴もいるくらいだから、なあ?」
「ザフトは敵軍ですよ!? 何をそんな―――」
多分フラガ大尉は『エンデュミオンの鷹』の勇名があるから現場では受け入れられたのだろうが。それで愚痴を聞く機会もあったのだろうか。
「実際、俺ら大西洋連邦はザフトを攻撃したから執拗に狙われてるのに、物資ばかりは要求してくる乞食なんだとさ」
憎まれれば憎しみで返したくなる。
ユーラシア連邦、東アジア共和国の兵たちも殆ど戦闘していないザフトより喧嘩腰の大西洋連邦がそもそも戦争激化の原因ではと考えていて。
「それは! ……しかし、我々が判断することでは」
「まあそうだな。とはいえ、ユーラシア連邦からの認識はそうってことだ」
「そしてユーラシア連邦も東アジア共和国も積極的には戦闘を行っていないものね……Nジャマーが落とされれば、経済が崩壊しかねないから」
大西洋連邦だけならまだしも、地球全土でNジャマーの影響を受ければ大規模飢饉で未曾有の餓死者が出かねない。だからザフトを刺激するわけにはいかない。大西洋連邦に支援物資は出す。そんな大義名分で、実質大西洋連邦を見捨てていると言われているのが現状なのだ。
更にザフトはそれほど影響の大きい場所――――大西洋連邦の本拠地などは狙わず、経済的にではなく資源的に価値の高い場所だけを狙ってじわじわと侵攻していたので、余計にである。
元々ザフトよりユーラシア連邦、東アジア共和国単独でも物量では上回っているのだ。MSという新兵器さえ開発すればいつでも対処できるし、大西洋連邦でもそれほど“死傷者は”増えているわけではないというのがユーラシアと東アジアの言い分だった。
なんなら『ザフトは大西洋連邦(ブルーコスモス)と違って理性的なのでNジャマーを他の場所には散布しないはず。それなら通常兵器でも十分対処できる』という声さえあった。
実戦経験者からすると戦艦に積まれたNジャマーだけで十分すぎるほど脅威なのだが。
「嫌だぜ、身ぐるみ剝がされて宇宙に放り出されるのは。それならまだザフトに降伏した方が――――」
「フラガ大尉!」
「あー、悪い悪い。けどそれくらい悪いと思ってるってことは知っといてくれよ。現場はな」
「では、どうするのです……このままでは水が持ちません」
沈痛な空気になったところで、アレックスが手を挙げた。
「話が煮詰まってきたようですね――――我に秘策あり!」
―――――――――――――――――――――
『暗礁宙域といえばジャンク屋の縄張り。不要な弾薬などを売り払って水を買いましょう。……まあ、ザフトに奪われた技術の機密保持を考えなければ更に色々と買えそうではありますが、そのあたりはそちらに任せます』
あっけらかんと言うアレックス君に、バジルール少尉は怒っていたけれど。それでも他に解決策はないのではと思える。
実際物資は不足している。地球まで無補給と考えると弾薬もそれほど余裕があるとは言えない。
生き延びるためには――――どうしたらいいのか、開発に携わった人間として悩みは尽きない。
「俺がどうこう言えた口じゃないけど、今ならまあ、ザフトのせいにできそうだけどな」
「………」
問題なのは、艦を守ってくれているのが大尉と、そして本来は何の関係もないはずのアレックス君ということだ。キラちゃんとその友人たちを守るために命を懸けてくれている相手に、自分にできることは―――…。
なお実際は、オーブ経由でその殆どのデータはザフトに渡るのだが。
誠意にはそれなりに返したいというだけの話だった。
…………
……
…
妙にぴっかぴかの、ジャンク屋らしからぬ船だなー、と思ってはいた。
出て来た人物も妙に輝いていた。
「――――どうも皆様、ごきげんよう。ジャンク屋のラクス・ディノですわ」
『てやんでい! 認めたくない!』
「……いやあの、ラクス。なぜここに……?」
「わたくしはジャンク屋のラクス・ディノですわ」
ジャンク屋とは。
たぶんアークエンジェルの格納庫にいた人物の心は一つだった。
「お嬢様、お待ちを!」
「お邪魔させてもらうぜ」
「すみません、失礼します」
「イザーク、ディアッカ……ニコルまで。お前たち揃って何してるんだ」
「黙れ! 貴様のせいでな――――」
「ラクス様がお前に会いたかったんだと」
「ええと、とりあえず挨拶から先に済ませませんか…?」
なぜかとんでもなく可愛らしいピンク色の子が出て来た。
銀髪色白と金髪褐色、そして緑髪の少年の護衛もついている。
どう見てもジャンク屋に見えない集団だった。
どこのお姫様とおつきの従者か、と言いたくなる光景に、ピンク髪の少女ラクスは言った。
「普段はオーブの方々とお取引させていただいております。アレックスはわたくしといずれ結婚する方ですわ」
「「「え゛っ」」」
ああ成程、これ実際はオーブと取引してるザフトの派閥かなんかだな……とかなり正解に近いことをフラガ大尉あたりは察しつつ、続けて投下された爆弾に、キラと並んで浮かんでいるアレックスに視線が集中する。
「ええ、まあ。親に決められたとはいえ、婚約者ですね」
「このような感じなのですが……アレックスは相変わらずのようで安心いたしましたわ」
「まあそんなに日付も経っていないですからね。そうそう人は変わりませんよ」
ラクスとアレックスを交互に見てたキラは、ショックを受けつつも静かに離れようとして―――。
「ああ、そうだ。ラクス、こっちが前から話してたキラだ」
「まあ。お話は常々伺っておりましたわ。とても優しくて、ついつい世話を焼きたくなってしまう可愛らしい方だと」
「いや可愛らしいとは……言ったか」
「後でゆっくりとお話したいですわ。わたくしの知らないアレックスのことなども」
「え゛っ……いや、その…………はい」
いや婚約者いたんかい!
そんな周囲からの目線を気にした様子もないアレックスは相当な大物かダメ男か、あるいはただの朴念仁か。
そんな視線を気にも留めないアスランに、キラはちょっと目線が遠くなった。
ラクスさんも似たような目をしていた。
……なんだか、もしかしたら仲良くなれるかもしれない。
どう考えても修羅場?なのに、どうしてかそんなことを考えたキラだった。