【旧版・TS版】聖剣の守護乙女   作:きなかぼちゃん

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3.祝福

 こんなド田舎ではあまり娯楽もないので、わたしはそれなりに勉強している。

 

 辺境の村において教会は学び舎がわりでもあり、聖都の教皇庁が編纂した聖書をはじめとした学習教材に加えて、敬虔な信者が寄進した書物がささやかながらこの協会にも配給されている。

 

 なので、それなりに何かを勉強できる環境は田舎の割に整っていた。わたしたちでも文字の読み書きができるようになるのだから、この国の識字率はきっと高いのだろう。

 

 ちなみに聖書とは直接的にありがたい言葉が書き連ねられているのではなく、かつて人の世に墜ちた女神マルグレーテが、神である己を取り戻すまでの衆生済度の記録である。

 その旅路でマルグレーテはあらゆる人々を救済し、聖都たるラピスラズリを人のための安息地として遺し再び神へと昇った。

 

 その中のエピソードひとつひとつが、人が日々の暮らしを良くするための教訓として聖書に示されているわけである。

 

 この旅路でマルグレーテは奇跡で病める人々を癒やし、あるいは説法と共に祝福を与えその瞳に希望を灯した。

 それこそが、わたしたちが受けた祝福の儀式のはじまりだと言われている。

 

 晴れた日、教会の礼拝堂。

 

 寺子屋のような授業が終わるや否や、周りに座っていた子供たちは待ってましたと言わんばかりに立ち上がりバタバタと正面扉を勢いよく開け放って外に出ていく。

 

「礼拝堂は走らないように! 女神の御前ですよ!」

「ごめんなさーい! マザー!」

 

 何一つ反省していない適当な返事が返ってきて、教卓代わりになった祭壇の前でお母さんはやれやれと肩をすくめた。

 

 今日は聖書の読み聞かせの日だったので、聖女たるマザー・クラリエッタが先生だった。

 昔からこの教会では、教えられる村の大人が日替わりで先生を務めることになっている。

 

「先生、夕方までここで勉強しててもいい? この間届いた建国史も読みたくて」

「ええ、構いませんよ。私の手伝いは今日は必要ありませんから、夕餉の準備まではゆっくり過ごしなさい」

「はーい」

 

 さすがに授業の時だけはわたしもお母さんのことは先生と呼ぶ。流石にそのくらいの分別はあるからね。 

 

 歴史は好きだ。こんな中世ファンタジーみたいな古びた世界に転生しておきながら、その中で歴史を学んでいるのがなんだか不思議な気分で楽しくなる。

 

 この世界もあと500年か、1000年くらい経ったら前世みたいな世界になるんだろうか? そしてわたしの生きるこの時代も歴史の1つになるんだろうか。

 

「ユーリアは真面目ねえ」

 

 人もまばらになった礼拝堂で、からかうように傍に寄ってきたのは1歳年上の幼馴染のポプラだ。

 アッシュブロンドの髪をサイドテールにまとめた、勝ち気なつり目が特徴の女の子で、見た目通りあけすけに物を言うので諍いを起こすことも珍しくない。

 

「他にやることがないだけだよ」

「ヒマならわたしと遊びなさい。アドルに振られたのがそんなに悲しいわけ? バカみたい。スッゴイ祝福を貰ったらすーぐ調子に乗って友達を乗り換えるようなヤツなんてさっさと忘れなさいよ。勇者か何だか知らないけどさ、アイツ絶対モテないわよ」

 

 ポプラはわたしにまくし立てるとむすっと頬を膨らませた。

 

 きっとポプラは彼女なりにわたしを元気づけようとしてくれているんだろう。苦手な子も多いみたいだけど、わたしはポプラのさりげなく優しいところが好きだ。そしてそれをなかなか認めようとしないことも。

 

「ポプラは優しいなあ」

「はあ? 何でそうなるのよ。わたしはアイツが気に入らないだけ。ちょっとユーリア、なんで笑うのよっ」

 

 ちょっとだけ耳を赤くしてムキになったポプラから視線を外す。

 

 後ろの長椅子を見ると、同じく授業を受けていたアドルの姿はすでに無かった。あいつも元気だなあ。

 

 森に入ったあの日を境に、アドルはあまりわたしの所へ来なくなった。

 避けられているというわけじゃなくて、友達が増えたというべきか。

 

 あの後、アドルは自分ひとりでガキ大将たちに謝りに行ったらしい。

 やりすぎてごめん、と。

 

 その結果が今である。

 

 自分をいじめていたはずの子供たちといつの間にか楽しそうにチャンバラごっこで遊んでいるのを見かけて、男って喧嘩するとなんだかんだその後仲良くなるんだよなあ、なんて懐かしい気分になったのが昨日のこと。

 

 本来いるべき場所を、アドル自身の勇気で作り出せたことがなんだか嬉しくなる。

 でも、もしかするとわたしがお節介しなくたって自分の力だけでなんとかなったのかもね。

 

 どちらにしろあの様子ならきっと聖都に行ってもやっていけるだろうし、わたしが心配することも特になくなったかな。

 

「ユーリア、ポプラさん、では私は少し外に出ますので、どなたか訪ねてこられたら村長のお宅に伺っていると伝えていただけますか?」

 

 はーい、と2人で返事をすると、お母さんは「外に遊びに行っても大丈夫ですからね」と付け加えて、かつ、こつ、と2つの足音が重なったような音を鳴らしながら正面玄関から外へ出て行った。

 

 お母さんが出て行ったのを見計らって、ポプラがわたしに耳打ちする。

 

「ねえユーリア、マザーが義足って本当なの?」

「そうだよ。足音が左右で違うでしょ」

「そうだけど……あんなに綺麗に歩いてるのに、信じられないわ」

 

 ポプラが納得できなそうな顔で腕を組んだ。

 気持ちはわかる。お母さん、めちゃくちゃ姿勢いいからね……。

 

 法衣の裾が長くて隠れてるからなかなか気づけないけれど、お母さんは左足が無い。

 

 義足を付けているので歩くことに支障はないけれど、それでも木の棒をそのまま義足にしたような簡素なものなので、人並みに速く走ることは難しいようだった。

 

 事故で怪我をしたから、とお母さんは笑っていたけれど、たぶん違う理由なのだろうとわたしは察している。

 

 時々夜更けに、外に出て武器を持ち鍛錬していることがあるからだ。

 多分お母さんもわたしがそれに気づいていることも知っているだろうけれど、お互いにその話をしたことはない。たぶん、触れられたくないのだろう。

 

 きっと左足も戦いか何かで失ってしまったのだろうと思う。

 

 でもお母さんが月の光のもとで、背丈ほどもある柄の長い鎌を舞うように振り回す姿をこっそり覗いては見惚れたものだ。だってめちゃくちゃカッコいいじゃんね。

 

 

 

 

 数日後、どんよりとした曇り空に覆われた村の入り口に、白木で装飾された仰々しい馬車と、白いサーコートを纏った兵士の一団が到着した。

 

 あらかじめ今日のこの時間帯に村を訪れることは早馬で知らされていた。

 そしてお母さんと村長を先頭に、わたしたちはぞろぞろと適当に並びながら村人総出で出迎えをしている。

 

 こんな田舎に聖都から使者が来るなんて今までなかったことらしく、ビビり散らした村長と村の大人たちで相談して「もう全員でお迎えすればいいんじゃないかな」という結論に至ったのである。

 

 馬車から出てきたのは、日差しが無くとも輝きが衰えない白銀の鎧を纏い、深い青色のマントをたなびかせた騎士然とした長身の男だった。

 

 暗銀の長髪を後ろで束ね、淡い紫色の瞳は見ているだけでも怜悧さがある。

 ぞっとするような美丈夫だけれど、どこか声を掛けづらいほどの完成された雰囲気があった。

 

 見ただけでもとんでもなく偉い人だということはわたしでも分かる。聖騎士というものを当てはめるなら、こういう人のことをいうのかもしれない。

 

 進み出た騎士と、お母さんが向かい合う。隣に居る村長のただでさえ小さな背中は後ろから見てもどこか縮こまっていた。頑張って!

 

「祈りを」

 

 お母さんの凛とした声が響く。

 その声と同時に、騎士たちを含めその場に居合わせた者全てが一斉に跪き、祈りを捧げた。

 

 女神マルグレーテの慈愛の前では誰しもが平等に地位も、年齢も、性別も、何もかも剥ぎ取った只人でしかないという誓い。これはこの国のあらゆる儀式において優先されるものだった。

 

 つまりこの一団の到来そのものが儀式と同等の格をもって扱われる、尊いものであることを意味する。

 

「女神マルグレーテよ、青き海原に満ちる御心が我ら只人にもまた行われますよう乞い願いお祈り奉る」

 

 今まで何度も聞いたお母さんのその祈りを合図に全員が立ち上がる。

 

「聖都枢機卿及び教皇庁祝福審査機関局長、オルハイム・アウグストゥスである。女神マルグレーテより《勇者》の祝福を下賜されし者が現れたと報告を受け、かの聖人を迎えに参った!」

 

 そう猛々しく名乗った騎士は一転、優雅に青いマントをはためかせて一礼し、人好きのする柔らかい笑みを浮かべた。

 

「……と、格式張ったやりとりはここまでです。聖女クラリエッタ、並びに村長ブラッドリー、そして親愛なる村民の皆様、このように盛大にお出迎えいただき我ら一同、深く感謝を」

「は、アウグストゥス卿、遠路はるばるお越しいただき、感謝申し上げます」

「申し上げますッ」

 

 最後の村長の声が裏返っていた。お母さんの声も緊張でどこか固くなっているのを感じる。

 わたしたちも慌てて礼をした。

 

 それもそうだ。わたしも焦った。

 

 枢機卿とは教皇に次ぐ12人の権力者だ。教皇から地方統治を委託された大司教たち*1をも凌ぐ権限を持つ。基本的にこの国の政治を動かしているのはこの枢機卿たちであることをお母さんから教えられたことがある。

 

 アドルの《勇者》の祝福を確認するためだけにこの国の最高権力者のひとりがこんなド田舎に来ているのである。今更だけどとんでもない話だった。 

 

 アウグストゥス卿はその後も「そんなに身構えなくても良いのですよ」なんて言って笑っていたけど、普通に無理だと思う。わたしたちから見たら雲の上の人だし。

 

 

 

 

 アドルの祝福が無事本物と認定されたと聞いたのは、ちょうどわたしの祝福の有無を審査してもらう直前だった。

 

 そして今、礼拝堂の中でわたしはアウグストゥス卿とたった2人で向い合っている。

 

 祝福審査機関が行う「試し」は秘技扱いであるらしく、お母さんですら入室を許されなかった。礼拝堂の外では兵士たちが見張っている徹底ぶりである。

 

 教皇庁から認定された審査官と被審査者のみによって取り行なわなければならず、今回はその審査官がアウグストゥス卿ということになるらしい。

 

 彼は持っている小さな銀色の手鏡をわたしに差し出し、なんの変哲も無い鏡の表面を指差した。

 

「ここに指を触れてみなさい」

「これで祝福の有無が分かるのですか?」

 

 言ってからハッとする。無駄な疑問は不敬だと気づいた。思わず口を押さえるとアウグストゥス卿は面白いものを見るかのようにくすりと笑った。どんな表情でも絵になる男だ。

 

 軽く装飾はされているけれど、ところどころ表面が錆びていて黒ずんでいる部分がある。とても祝福を見通すような高尚な道具だとは思えなかった。

 

「ああ、この手鏡は女神マルグレーテの遺物なのだよ」

「えっ!?」

 

 思い出したかのように言われて、伸ばそうとした指が止まる。それがマジなら女神の持ち物を脳内で侮辱するという確実に不敬罪になることを今考えていたわけだが……。

 

「えっと……これ、秘技なんですよね? そんなことわたしに教えていいんですか?」

「大丈夫だ。ここにいるのは君と私だけだからな」

 

 相変わらず人を安心させるような笑みを浮かべてアウグストゥス卿は言う。

 むしろ枢機卿と2人でいる方が怖いわ!

 

「それに君なら無闇に話すことは無いだろう?」

「ええ、まあ……そうですが……」

 

 やや引き気味に呟く。言わないけどさ。どんな信頼だよ。わたしとあなたはまだ出会ったばかりだよ。

 

 ええいままよ。わたしは言われたとおりに鏡の表面を人差し指の腹でつついた。

 すると不思議なことに銀色の鏡面が薄く波紋で波打ち、やがて消えた。

 

「えっと、これは」

 

 様子を伺うと、背筋にぞくりと悪寒が走った。

 アウグストゥス卿は何の感情も読み取れない無表情で鏡を見つめていた。わたしの視線にすら気づかないほどに。

 

 そして呟く。

 

「本当に残念です。ユーリア、君は祝福を得られなかった。……女神マルグレーテよ、なぜ幼子にこのような運命を課せられるのか?」

 

 そしてひどく無念そうな顔を浮かべて祭壇の向こう側にある女神像を見た。

 たった今の無表情は何だったのだろう。結局祝福がなかったわたしを哀れに思ったのだろうか。

 それなら気にしなくていいのに、とわたしは口を開いた。

 

「あの、わたし別に落ち込んで無いのでだいじょうぶですよ! 祝福がなくたって暮らしていけないわけじゃないですし、できることはたくさんありますからね」

「ほう?」

 

 アウグストゥス卿は意外そうに目を丸くしてわたしを見た。その表情は既に見た者を安心させるような柔らかなものに変わっていた。

 

 それにつられてわたしはにっこりと笑ってみせる。

 

「どれだけ優れていたって、人間、1人じゃできないことの方が多いでしょう?」

 

 優れた祝福を持っていたところで、なんでも1人でできるわけではない。アドルの持つ《勇者》の祝福だって身体能力が上がるだけのものだ。あらゆることを1人で完結できる超人になれるわけじゃない。

 

「君は面白いことを言うのだね」

「そうですか?」

「己に祝福が無い上、友達が優れた祝福を手に入れたのを目の当たりにしてなお、一欠片の嫉妬すら見せないとは」

 

 ああ、そういうことか。そんな降って湧いた宝くじみたいなものが外れたからって、わたしにとって落ち込む理由にはならない。ま、前世の記憶があるから子供らしい嫉妬が湧かないだけかもしれないけれど。

 

「無い物ねだりしても仕方ないですから。わたしは目の前にあるやるべきことをやるだけでいっぱいいっぱいなだけです」

 

 それは事実だ。

 日々の暮らしを送るだけでわたしは普通に忙しい。お母さんの手伝いもしなきゃいけないし、歴史の勉強とか聖書読むのも結構楽しいからね。

 

 アウグストゥス卿は屈んでわたしに目線を合わせると、じっとその薄紫の瞳で私の目を射貫いた。

 笑みを消して、ひどく誠意を感じさせる真面目な表情だった。

 

「……改めて、名乗ろう。私の名はオルハイム・アウグストゥス。君の青き意思*2を侮ったことを詫びよう。ユーリア」

「えっ、わたしの名前お教えしましたっけ」

「いいや、マザー・クラリエッタからきみのことは手紙で聞いていてね。君のことをとても褒めていたよ。ぜひ祝福の再審査を受けさせるべき者だと。まるで《勇者》の祝福を見つけ出した事などどうでもよいかのようだった」

 

 お母さん、そこまでしてわたしに再審査を受けさせたかったのか……。

 それを知ってしまうと、なお祝福を与えられなかった自分自身が少し申し訳なくなる。

 

 そんなことを気にする人じゃないことはわかってるけどね。

 

「だが、それほどする理由が私にも分かったよ。ユーリア、エル=ラピスの未来を担うのは君のような……たとえどのような祝福を得ようと、あるいは祝福そのものすら無くとも己のなすべき事を為せる人間であると、そう思っている。これからも励みなさい」

 

 壮大な話すぎるだろ! というか、仮にも枢機卿がそんな祝福を蔑ろにしていいんだろうか。わたしはこの村で静かに生きていくつもりなんだけどなあ……。

 

 

*1
封建制度とは異なる

*2
美しい、気高い等の意。エル=ラピスでは青色が尊ばれる

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