【旧版・TS版】聖剣の守護乙女   作:きなかぼちゃん

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5.告白

「おまたせ、パン焼けたよー」

 

 教会の中に併設された生活スペース。

 畑で育てたジャガイモとアーティチョークを刻み、塩味を付けて煮込んだ温かい野菜スープを器に注ぐ。そして食卓で焼きたてのバゲットをざくざくとナイフで切っていると、座って見ていたポプラが感心したように呟いた。

 

「へえ、ユーリアも最初はまともに切れない石みたいなパンばっかり焼いてたのに成長したわね」

「あれはわざとだってば。カビ生えないように水抜いてるんだからそれが普通でしょ」

「そうだけど、カビが生えなくても食べられなかったら意味ないじゃない。昔のあなたが作ったパンってそんなレベルだったわよ」

「食べる物なくてお腹空かせるよりはマシじゃない?」

「スープに漬けてもまともに食べられなかったから言ってるのよ……」

「え、そこまで? そこまでダメだったの……?」

 

 そう言ってため息をつくポプラを見てわたしは愕然とする。

 マジか……昔のわたし、貴重な小麦を使って人が食えないレベルのものを作っていたのか……。

 

 わたし的にはアレでもギリギリ食べれるラインだと思ってたんだけど、その、ほら、腹に入れば何でも同じじゃん。さすがにそれは苦しすぎる? ともあれ、ポプラのお眼鏡には適わなかったらしい。

 

 教会にはパン釜があり、祈りに訪れる人向けのパンをいつも焼いている。

 昔はお母さんがやっていたけれど、今はわたしが引き継いでいた。共同利用できるパン釜として村民に貸し出したりもしている。

 

 お母さんからパン作りを習った当初は、ポプラが言う通りそれはそれは下手くそだった。だって前世でパン焼いたことなんてなかったし。

 ともかく今ではマシになり、こうやってポプラがわざわざ焼きたてを食べに訪ねてくる程度のものは作れるようになったのである。

 

「多分あなたが傷つくからみんな言わなかっただけよ」

「優しさが辛い! しかも今更すぎる!」

「別に今は美味しく作れてるからいいじゃないの」

「そうだけどさあ。その、過去に迷惑をかけてたのは変わんないわけでさあ」

「あなたって変なところで気にしいよね。そんな昔のこと、言われなきゃ誰も覚えてないわよ」

 

 ポプラはやれやれと肩をすくめた。

 昔、と言われて、わたしたちがまだ小さかったときのことを思い出す。

 

 アドルが旅立ったあの日から5年。わたしは15歳になっていた。

 

 変わったことといえば、あれからお母さんのことを常に「マザー」と呼ぶようになったこと。

 そして、村がすこしだけ賑やかになったことだ。

 

 《勇者》の祝福持ちを輩出した村ということで多少有名になったらしい。3ヶ月に1回来れば良い方だった行商人も月1で村を訪れるようになり、買い物が便利になった。

 

 南で作られている塩や海水魚の干物、野菜の種などの食料品が気軽に入手できるようになって、わたしたちの食生活もいくらか豊かになったのである。

 

 ポプラとお昼ご飯を食べながら適当に雑談していると、ふと感慨深くなる。

 

「明日帰ってくるのかあ」

 

 明日はアドルが5年ぶりにこの村に帰ってくる日だ。カーラさんとお母さんは頻繁に手紙でやり取りしてるらしく、聞く話では聖都で有望な聖騎士として着実に名を上げているという。

 

「勇者の凱旋だなんて大袈裟よね。出迎えの手伝いにかり出されてウンザリするわ。別に私たちは何もアドルに助けられてないんですけど」

「まあまあ、村の有名人が帰ってくるんだから歓迎してあげなきゃ。アドルのおかげでこの村も結構便利になったわけだし」

 

 するとポプラは言い淀むようにわずかに視線を逸らした。そして何かを決心したように、わたしの瞳をまっすぐに見つめた。

 

「ねえ、ユーリア。私、じきに村を出ようと思ってるの」

「そうなんだ。いいんじゃない?」

「止めないのね」

「ポプラらしくないね。止めても何も変わらないでしょ」

 

 ポプラは大人しく村で一生を送るタイプではないことは何となく察していた。

 

 やりたいことがあれば物怖じせずに飛び込んでいくような雰囲気がある。そして人から言われることにすぐ左右されるような女ではない。

 

 わたしが何気なく言うと、鼻で笑ったポプラは私を挑発するように言った。

 

「はっ、あなたはそうやってずっとこのつまらない村にいるつもり?」

「あいにく、今みたいなつまらない生活が好きなんだよね。だから村を離れることは考えてないかな~」

 

 静かでゆっくりした生活が好きなんだよね。スープにバゲットを浸してモシャモシャと食べる。うん、アーティチョークの甘みが塩味によく合ってる。今日のパンとスープはなかなか美味しくできた。

 

 そういえば、同じようなことを昔アドルにも言ったような気がする。

 

 ポプラは面食らったようにぱっちりとした瞳を瞬かせていた。

 

「それ本気? 私はてっきり……」

「てっきり?」

「はぐらかさないでよ。あなたの王子様のことはどうするのって聞いてるの」

「王子様ぁ?」

 

 怪訝な顔をすると、ポプラは取り繕うように咳払いをして、自分を落ち着かせるように野菜スープを飲んだ。ほんの少しだけ顔が赤らんでいる。

 

「調子狂うわね……アドルのことよ。あれほどやめておきなさいって言ったのに、あなた、あいつが帰ってくるのをずっと待ってるんじゃなかったの?」

「待ってるって言われてもなあ。そりゃ久しぶりに会えるのは普通に嬉しいけど……アドルは幼馴染ってだけで、別に気があるとかじゃないよ。ていうか聖都ならいくらでも綺麗な女の子くらいいるだろうし、とっくにいい人見つけてるでしょ」

「でも、言い寄ってくる男をことごとく袖にしてたらそうも思うわよ」

「王子様だなんて、ポプラもたまには女の子らしいこと言うんだねえ」

「からかわないでちょうだい。それあなたの悪い癖よ、ユーリア」

 

 クスクスと笑ってみせると、ポプラがむっとしてわたしを睨み付けた。これは別に怒ってない時の顔だ。

 

「つまりポプラは幼馴染を健気に待ってるわたしが失恋して落ち込まないか心配してくれてるわけね」

 

 この村にいつまでいるつもりかと挑発的に聞いてきたのも、アドルにこだわらなくても村を出ればいくらでもいい男はいると暗に言いたかったのかもしれない。

 

「ち、違うってば! 勘違いしないで。私はこの村のつまらない生活で満足しているあなたをバカにしただけよ!」

「本当に人をバカにしてる人はそんなこと言わないよ」

「ぐぬぬ……」

 

 ぐぬぬじゃないよ。年上なのにこういう意地っ張りなところがなんとも可愛らしい。

 

 かつて男と殴り合いをするヤバ女と呼ばれていたわたしだったが、成長するごとになぜか同年代の男子から告白されることが増えた。

 

 恋愛感情が薄いので全て断っていただけなんだけど、ポプラからはそんな風に見られていたらしい。

 

 たぶん前世が男だった記憶があるから男に対して恋愛感情がうまく抱けないのだと思う。アドルに対しても同じだ。といっても、女の子が好きかと言われるとそういうことでもない。

 

「はぁ……まあ、いいわ。ユーリア、つまらない生活が好きって言うけど、何かやりたいことはないの?」

「うーん、一生独り身かもしれないし、どうせなら聖女でも目指してみようかな」

「貴女が勝手にそうなろうとしてるだけじゃない。意味わかんない。というか、そんな動機で聖女になりたがってたらマザーが怒るわよ……」

 

 ポプラは「なんだこいつ……」とでも言いたげな目で完全にドン引きしていた。

 

 そうかな~? お母さんは怒るかな。そうかも。()()()()()()()()

 

 そういえばずっと前に、アウグストゥス卿からも聖女の学校に通わないかって言われてたんだっけ。

 あの時は断ってしまったけど、聖女になってからこの村に帰ってきてお母さんの後を継ぐのも悪くないかもな、なんて今更ながら思う。

 

 

 

 

「マザー、明日の出迎え用の花ってまだ用意してないよね? 今から採りに行ってくるね」

「ええ、お願いします。夕方には戻るようになさい」

 

 ポプラが帰ったあと、いつも通り白い法衣を纏い、長いヴェールを被ったお母さんが礼拝堂の床を箒で掃きながら淡々とわたしに答えた。

 

『ユーリア、今後いついかなる時も一切、私のことを母と呼ぶことを禁じます。2人だけの時でも同様です。破れば問答無用で馬屋で生活してもらいます。分かりましたね』

 

 お母さんはあの日からわたしにどこか壁を作って接するようになった。

 

 試しに1度だけお母さんと呼んでみたことがある。そしたらぞっとするくらいの無表情のまま首根っこを掴まれ、無言で馬屋の藁の山の中にぶち込まれた。そして1週間くらい教会の中に入ることを禁じられた。

 

 あれほど怒ったお母さんを見たのは、かつていじめっこと殴り合いの喧嘩をして顔にあざを作って帰ってきた時くらいだ。

 

 だから本気なのだと思った。それ以来、常にわたしはお母さんのことをマザーと呼んでいる。

 

 表面上の態度は昔とほとんど変わらないけれど、それでもどこか余所余所しいのはわかる。一緒にご飯を食べていても以前よりずっと事務的な会話が増えた。

 

 心当たりはある。聖女は子を持ってはならぬという戒律。

 

 もしかすると、わたしとの関係について枢機卿に何か咎められたのかもしれない。

 でも、それは仕方ないことだ。わたしが一方的にお母さんと呼んでいただけなのだから。お母さんがわたしを娘だと言ったことは一度も無い。

 

 でも、わたしは今なお心の中でマザー・クラリエッタのことを今生の母だと思っている。

 口に出さなければ許されるというのなら、それでいいと思う。

 

 礼拝堂から出ようとして、思い出して振り向く。

 

「マザー、わたしが聖女を目指したいって言ったら、どう思う?」

「それが貴女の意思なら、私がそれに反対する理由はありませんよ。ユーリア」

 

 変わってしまったのはこういうところで、少し悲しくなる。理由を聞かれない。聞こうとしない。

 

「……アウグストゥス卿とは今でも手紙でやり取りさせていただいています。貴女の気持ちがそちらに向いているなら、今でも卿は中央聖女学院への門戸を貴女のために開くでしょう」

 

 そう言ってわたしを見る浅黄色の切れ長の瞳からは、あまり感情が読み取れなかった。

 

 

 

 

 次の日、予定通り帰ってきたアドルは村民の歓声とともに迎えられた。

 

 村に入るなり、アドルはあっという間に友達に取り囲まれて再会を喜び合っていた。わたしはそれを遠巻きに他の村民たちと一緒に眺めている。

 

 アドルは帰ってくる前にちょうど魔物の討伐任務があったらしく、2人の仲間を連れ立っていた。

 

 1人は飄々とした雰囲気を纏った茶髪の逞しい騎士だった。友達にもみくちゃにされているアドルを「うちの若様は人気者だねえ」と他人事のように茶化している。

 革と金属を綴り合わせた動きやすそうな軽鎧を纏い、両腰に2本の直剣を帯びていた。騎士というよりは、どこか傭兵のようにも見える。

 

 そしてもう1人。その姿を見た村の皆は、総じて目を離せずにどこか戦いていた。わたしも同じだった。

 

 その女の人は、黒い布にきめ細かい金色の装飾が施されたタバードを纏ったすらりとした美人だった。RPGの魔法戦士じみた恰好だな、なんて思ったけれど武器はとくに帯びていなかった。

 

 淡い桜色の長髪が風で揺れて、日の光で生糸のように輝く。黄金色の双眸はどこか人間離れしたような、見る者を引きつけるような存在感があった。

 

 なにより驚いたのは、人より長く尖ったその耳の形だった。

 

 エルフ。長命で強大な魔法力を持つという、只人とは隔絶した種族である。

 それも本で読んだだけでわたしも実際に見たのは初めてだった。

 

 思わず見惚れてしまっていると、その人もわたしに気づいたようで、ふいっと顔を背けられてしまった。

 じろじろ見すぎて気を悪くしてしまったのかもしれない。慌ててぺこりと頭を下げるとわたしは視線を外した。

 

 やがてようやく友達の輪から解放されたアドルがわたしに気づいたようで近寄ってきた。

 もはやわたしより背が高いし、白銀の鎧を纏った堂々とした姿はかつて弱々しい泣き虫だったアドルと全く結びつかない。

 

 きっと血の滲むような努力をしてきたのだろうと見ただけで分かった。

 

 なんて言ってやろうか。「立派になったな」とか「いい男になったな」とか。

 いやまずは「おかえり」かな。

 

 口を開こうとすると、なぜか目の前でアドルは片膝をついてわたしを見上げた。皆の視線がわたしたちに集中する。公衆の面前である。

 

 そして、アドルはわたしの手を取った。

 

「ユーリア、僕と結婚してください」

 

 ……何言ってんだこいつ?

 

 脈絡がなさ過ぎて意味が分からなかったわたしはつい、思ったことをぽろっとそのまま言ってしまった。

 

「えっ? 嫌です……」

 

 

 

 

 昼下がり。わたしは川向こうにある見慣れた遊び場の近く、ちょっとした高台にある草原でだらしなく座りながらぼうっと村を見下ろしていた。

 

 周りに人は誰もいない。いないというか、わざわざそういう場所に逃げてきたという方が正しい。

 

 アドルの出会い頭の意味不明なプロポーズのおかげでわたしは一瞬にして針のむしろになっていた。

 

 わたしははっきり嫌だと言った気がするのだが、いきなりのプロポーズにわたしが恥ずかしがっただけということになり、皆それが冗談だと思っている。特に大人が悪ノリしまくっているのは頭が痛い。

 

 本当に大人たちはすぐに式の準備を始めそうな勢いがあり怖かったので、本気で嫌がっていることを分かっているポプラはじめ、わたしを信じてくれる同年代の子供たちに庇われながらなんとかここまで逃げてきたのである。

 

 特にポプラはカンカンに怒っていて「本当にバカでしょあいつ。絶対にモテないって思ってたけどあそこまで能なしだとは思わなかったわ」なんてめちゃくちゃ悪態をついていた。

 

 この間にお母さんやポプラが大人たちを説得してくれていることを祈ろう……。

 

「ユーリア」

 

 しばらく草原に寝そべっていると、遠慮気味な懐かしい声が上から聞こえた。声変わりしててもなんとなく誰かは分かるもんなんだな、なんて思う。

 

「来たってことは、釈明の言葉は用意してきたわけ? アドル」

「その……ほんとにごめん。久しぶりにユーリアに会えて、それで僕舞い上がっちゃって……」

「はあ……まあいいよ。勘弁してあげるから。ほら、隣座りな」

 

 もう声だけでメチャクチャ落ち込んでいるのがわかる。せっかく男らしくなったなって言ってやろうと思ったのに、こんな風では昔と変わらない。まあ、反省はしてるんだろうし許してやるか。

 

 起き上がってぽんぽんと手で右側を示す。

 鎧を脱いできたのか、動きやすいチュニック姿になったアドルが神妙な様子で横に座りこんだ。

 

「ポプラに叩かれたよ。頭冷えたらユーリアに謝れ、自分のことしか考えてない最低野郎だって」

 

 そ、そこまで言うのかポプラ。いや、わたしのために怒ってくれるのは嬉しいけど……。

 ぽつりと言うアドルの顔を見れば左頬が少し赤くなっていた。

 

「メチャクチャキレてたからね。でもまあ、わたしもさっきのアドルは普通に最低だと思う」

 

 ああいうのはさあ、お互いの同意が取れてからやるサプライズみたいなもんでしょ。そうじゃなきゃただの押し売りだよ……。

 

「うう……ごめん」

「ま、次はちゃんと確実に結婚してくれそうな人相手にやることだね。わたしじゃなくてさ」

 

 そう言って笑いかけてやると、アドルはなぜかまた泣きそうな顔になってしまった。

 

「……本当はわかってたんだ。ユーリアが僕のことなんて何とも思ってないって。1人で舞い上がっちゃって、バカみたいだ」

「いや、そんなことはないけど……」

 

 恋愛感情がないだけで、お前に幼馴染としての愛情はあるよ。

 だからそこまで落ち込むなよ……。

 

「本当?」

 

 泣きそうな顔を引っ込めたアドルがわずかな喜色を秘めてわたしを見つめた。

 こ、こいつ、誘導しやがった……。姑息な……。

 

「アドルのことは幼馴染として大切に思ってるよ。まあ、その、望んでる形じゃないだろうけど、そういう関係でもいいなら、結婚してもいいとは思う」

「どういうこと」

「普通に結婚して股開いて子作りするのは気が進まないなあってことだよ」

 

 真顔で言うと、アドルの顔が真っ赤になった。お前もう15歳だろ……。わたしが前世でお前くらいの時はただのエロガキだったぞ。普通逆やろがい。

 

「そ、そんなことしないってば」

 

 アドルが口ごもってわずかに目線を逸らしたのがわかった。相変わらず分かりやすいやつだな。

 

「いやするね。したくなるね。今は考えもしないかもしれないけど、数年後には絶対に後悔するよ。だからわたしと結婚するのはやめておきな」

「僕はユーリアがされて嫌なことは絶対にしない!」

「アドル、あんたはわかってない」

 

 できるだけ冷たく突き放す。セックスレスは立派な離婚理由になるんだよ? ほんとにわかってる? きっと若い男にはマジで苦しいぜ。

 

「わかってないのはユーリアの方だよッ! だったら、なんで、そんな……!」

 

 アドルが泣きそうな顔で怒鳴った。

 わたしの両肩を掴んで、そのまま地面に押し倒される。

 

 服越しに肩に指が食い込む。ものすごい力だった。聖騎士として日々鍛えているのだから当たり前だ。

 いつの間にか背筋もわたしを追い越して、がっしりした肩幅とその太く日焼けした腕は完全に男のそれだった。

 

 わたしだってそうだ。もう15歳の女なのだから出るところは出ている。ほんの一瞬だけ、アドルの視線がわたしの胸元に移ったのを見た。

 

 男なのだからそれは仕方ない。そしてこの場でアドルがわたしに何かするわけがないと分かっていても。

 

 それでも、少しだけ怖くなった。

 

「アドル、痛い」

「ッ! ご、ごめん……」

 

 アドルはぱっと手を離してほんの少しだけ後ずさった。

 両手を震わせたまま、後悔に塗れた顔をしている。

 

「……そんなわたしにこだわらなくたって、聖都にはわたしより可愛くて家柄もしっかりした優秀な女がいくらでもいるでしょ。選びたい放題なんだから、いい加減幼馴染離れしなさい」

 

 居づらくなったわたしは目を逸らして立ち上がると、無言のままのアドルを置いて足早にその場を去った。

 肩に残る痛みは、ただ掴まれたからだけでないような、そんな気がした。

 

「自分で蒔いた種、か」

 

 アドルにとってわたしは初恋の相手なのだろう。そしてわたしは心のどこかでこうなることを予想していた。

 そのうえで放っておいたのだ。そのうちわたしのことなど忘れるだろうという希望的観測だけを根拠にして。

 

「バカだなあ、わたし」

 

 だったら、なんで、そんな思わせぶりなことを言うんだよ。

 最初から期待させるようなこと言うなよ。

 

 アドルが言いたかったことが手に取るように分かる。

 

 思えば、ずいぶんとひどいことを言っていた気がする。

 男目線で見るなら、わたしほどに都合のいい女はいない。

 

 端から見ればポプラの言うとおり、男の影すら見せずただ幼馴染の帰りを待つ健気な女にしか見えない。

 勇者の祝福にふさわしい男になったら「大人しくわたしだって守ってもらうことにするからさ」なんて言っておいて、期待するなという方がおかしいだろう。

 

 アドルにわたしを諦めさせるなら、そういう行動をしなければいけなかった。

 なんならこの村で協力してくれる男を見つけて形だけでも恋人になってしまえば、そういうフリだけだったとしてもアドルは諦めただろう。あいつは優しいからな。

 

 だから、それすらもしてこなかったわたしが悪い。

 

 なぜ?

 

 本当に嫌ならそうしたはずだ。

 あるいは、誰もが羨む勇者たる男を虜にしている自分に酔っていたのか。

 

 そんな感情が、あったとしたら。

 

 ふと、自分の掌に目を落とす。

 アドルのそれより小さくて、色白の細い指。柔らかそうな手だ。

 中指に小さく青い宝石があしらわれた細い指輪が光る。

 

 わたしを産んだ母親が持っていた唯一の形見だと、お母さんからは教えられた。

 

「女なんだよな。わたしは」

 

 ごく当たり前のことを口にする。

 前世が男だからといってそれが何なのだろう。

 

 自覚する。きっとユーリア(わたし)は、自分で思っているよりずっと女だ。

 

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