機動戦士ガンダムSEED-アネモネの花言葉- 作:ピーチフィズ
カシスは目を閉じたまま、静かにラクスの歌声に聞き入っていた。
水のように澄んだ歌声は優しく鼓膜を震わせる。
何処までも透き通る歌声。
カシスはラクスの歌う『静かな夜に』が大好きだった。
が、静かな時間はつかの間、場の空気は一変した。
───「総員、第一戦闘配備!繰り返す、総員、第一戦闘配備!」
アークエンジェル内に、コンディションレッドのアラートがけたたましく鳴り響いた。
「···お姉様」
アラートを聞いた瞬間カシスは一瞬肩を震わせ緊張感を走らせた。
ラクスに座るよう促すが、逆にドアに近づいて開けてしまった。
「危険です、お姉様。部屋にお戻りください!」
と警告した所で、丁度部屋の前を通ったのかキラが慌てた表情でラクスの所に引き返した。
「何ですの?急に賑やかに」
「第一戦闘配備なんです!さぁ、中に入って」
と、キラはラクスの肩をやんやりと推し、部屋に戻した。
「···ここの鍵はいったいどうなってるんだ?」
言わずもがなハロの仕業である。
(···ごめんなさい、キラ様)
勝手に鍵か空いてしまう部屋のドアに、カシスは内心謝罪した。
「戦闘配備って、戦いになるんですの?」
中に戻したはずのラクスが身を乗り出し、キラに問いかける。
「そうですよ。てか、とっくにそうです」
「···キラ様も戦われるんですか?」
ラクスは気になる様子で、憂いを含んだ声で問いかけた。
「···、とにかく、部屋から出ないでください。今度こそ、いいですね?」
その答えにキラは答えずに、ラクスの安全だけを考えて格納庫へと急ぐ。
キラの背中を見送ったラクスは、隣で跳ねながら騒いでいたハロを捕まえた。
「···歌いましょうか、ハロ」
「お姉様、そろそろ本当にに中へ。艦が揺れるでしょうから座っていてください」
時折、戦闘中の衝撃に艦が揺れたが、ラクスはただただ静かに歌を口ずさむ。
散っていく命が、穏やかに安らぐ事の出来るようにと祈りを込めて。
カシスも何も言わず、ラクスの隣でベッドに腰掛けてラクスの歌声を聞いていた。
が···。
「何か、御用でしょうか。今は戦闘中のはずですが···?」
突如、シュンっと開いたドアにカシスが真っ先に近づいた。
赤い髪の少女、フレイ・アルスターは思い詰めた表情でカシスの後ろにいるラクスを見ていた。
フレイの後ろにはサイ・アーガイルが立っており、カシスには二人が揉めているようにも見えた。
「···どいて!
「通しません!」
カシスを押しのいてラクスに近づくフレイの腕を取り、カシスは力を加減しながらも、問答無用で捻りあげた。
「いっ!痛い!離して!」
今まで体感した事の無い痛みが腕に走り、フレイは悲鳴を上げてじたばたと暴れた。
「フレイ!君、いくら何でもここまでしなくてもいいじゃないか!」
サイは声を荒らげてカシスに叫んだ。
「私はラクス様の護衛です。···この意味がわかりますね?」
ぱっと手を離し、サイにフレイを突き飛ばしたカシスは冷たく言い放つ。
裏を返せば「この程度で済んだのはあなたが民間人だから」だ、と言う意味だ。
「聞きましょう。何故、ラクス様があなたに必要なのです?このアラートに何か関係でも?」
「······、パパが、パパが乗ってる艦がこの艦の近くにいるの!早くしないとザフトに撃たれちゃうかもしれないの!だから···!」
「だからラクス様を人質にしようと···?」
「だってその子は、ザフトの子じゃない!!」
「随分、身勝手極まりない。それにラクス様はザフトの軍には所属してはおりません。あなたと同じ、民間人です」
「だから何なのよ!アンタの父親はザフトの人間なんでしょう!?」
ここまで来ると、カシスも胸を痛めた。
───戦争は、こうも人を変えてしまのだと。
フレイに罪は無い、しかし、大切な人を守るために手段を選べなくなっている。
「カシス」
そっと、カシスの肩にラクスの手が添えられた。
振り返ればラクスが悲しげに笑みを浮かべているのがわかった。
「なりません、ラクス様」
酷な事を思うが、人質にしたとしても果たして戦果は変わるだろうか、と言われれば無きにしも等しい。
ラクスはカシスに首を振り微笑んだ。
「···、あなたのお父様が、乗られているのでしょう?」
ナチュラル、コーディネーター、分け隔て無く接する。
それがラクス・クラインだった。
ラクスはフレイに手を差し伸べた。
「でしたら、私も一緒に向かいます。異論はありませんね?」
カシスは3人に向け、涼やかに声を投げた。
*
戦闘中の揺れる艦の中を移動し、管制室へと向かった。
管制室へ付いた途端、フレイがラクスの腕を掴み中へ入った。
「ラクス様!」
「この子を殺すわ!!パパの艦を撃ったらこの子を殺すって!そう言ってぇ!!」
フレイには殺意が微塵も無い事はわかっていた。
彼女の胸の内にあるのは、大切な人を無くす恐怖と焦燥感。
その証拠に、ブルーグレーの瞳からは大粒の涙が溢れていた。
しかし、フレイが叫んだ瞬間、ザフト軍のナスカ級ヴェサリウスにより、フレイの父親が乗った艦が撃ち抜かれた。
「···!」
誰もが言葉を詰まらせ、為す術なく艦は大破した。
「いやァァァァァァ!!!」
目の前で父親の乗った艦が大破した瞬間、フレイは悲鳴を上げてサイに肩を抱かれたまま、壊れた玩具ねように「あ、あぁ···」と言葉を繰り返していた。
「···、戻りましょう。ラクス様」
自信がショックを受けたようにフレイを見つめるラクスの手を取り、カシスは管制室を出ようとしたが、ナタルの行動によりそれは阻止された。
「艦長!!」
ナタルがカズイのインカムを奪い取り、耳に装着した。
「バシルール少尉!!」
マリューはナタルが何をしようとしているのか一瞬にして理解したが、遅かった。
「ザフト軍に告ぐ!!こちらは地球連合軍所属艦、アークエンジェル。当艦は現在、プラント最高評議会議長、シーゲル・クラインの令嬢、ラクス・クラインを保護している」
ラクスとカシスの捜索に来たヴェサリウス、イージスの通信回線には、ラクスとカシスの姿が映し出されており、その姿を確認したラウ・ル・クルーゼは笑みを浮かべた。
「偶発的にポッドを発見し、人道的な立場から保護したものであるが、以降、当艦に攻撃が加えられた場合、貴艦のラクス・クライン嬢に対する責任放棄と判断し、当方は自由意志でこの件を処理するつもりである事をお伝えする」
これでこの艦の危機は逃れたが、···。
「誰か、ラクス嬢を部屋へ」
「それには及びません。私が連れて行きますので」
去り際に、カシスはナタルに冷ややかな視線だけを残した。