時系列的には戦争が終わった直後なので第一章の最終話前になります。
戦後、ア・バオア・クーは連邦軍に接収された。それに際して大量のスクラップと要塞内の資産全てを手に入れた訳だが、この要塞を要塞として再度利用するには少々損傷が激しかった。
「…で、忙しい我々に追加で仕事が来たわけか」
「プロパガンダ周りのお仕事ですね、例の学徒兵帰還振興キャンペーンです」
「そう多くを助けられた訳では無いんだがな、仕事であるなら受けるが」
損傷はあるものの、船員と補給能力が健在だった第二〇一補給艦隊は要塞に駐留していた。帰還したいのは山々だが、広報戦略的には最後の戦場での一件を使えるうちに使い倒そうということだろう。
「面倒なことに投降させた部隊の兵器の整理が終わっていない、本隊はもっと価値のある代物を抱えて帰ったからか手が足りん」
「艦船の扱いにも困っています、何が仕掛けられているのか分からないので要塞の外に係留してありますが」
「投降しなかった部隊の海賊行為も早速報告が来たぞ、戦後の治安維持は地獄だな」
亡命の道すがらに遭遇した輸送船を襲ったのだろうか、なりふり構っていられない事情があったに違いない。何はともあれ彼らの処遇には悩むところだ、今の連邦軍艦隊は追撃出来るだけの体力が無い。
「取り敢えずだ、そのプロパガンダの仕事とやらを終わらせるしかないな」
「担当者を待たせてもいけませんよ」
「分かっている」
補修痕が目立つサラミスに一隻の連絡船が向かって来ている。残念ながら艦内の清掃は完全に行き届いてはいないが、記者殿には我慢して貰おう。
ーーー
ーー
ー
頼りないランチの窓から見えたサラミス級は一目で分かるほどに損傷していた、右舷の武装を丸ごと喪失しているのだ。要塞での戦闘が如何に激しかったのかはこれまで見た映像や、兵士達にして来たインタビューで知ったつもりだった自分が恥ずかしい。
「…血痕?」
エアロックを通じて艦内に入ると、構造材の隙間には茶色く変質した有機物がこびりついていた。少し道順を外れて別の通路を覗くと掃除用具がテープで壁に貼り付けられている、ここも掃除の途中ということなのだろうか。
第二〇一補給艦隊は小規模ながら多数の負傷者を抱え、敵味方問わず治療を施したと噂の船だ。問題を避けるために敵と味方で処置する船は変えたとのことだが、未だにその痕跡は残っている。処置に使ったであろう医療器具は一つたりとも落ちてはいないが、何かを運んだらしい担架は目的の部屋に辿り着くまでの道中に残されていた。
ふらふらと周囲を見て回る自分だったが案内役の船員は目的の部屋、今回のインタビュー相手である一人の艦長が待つ場所まで案内してくれた。少し早くに着いたからか時間はピッタリだ、入室の許可を貰ったことで自分は部屋のハッチを開けた。
「今回の件については…」
「資料に目は通してあります、頂いた質問についても回答できるかと」
「忙しい中すみません、よろしくお願いします」
彼はサラミス級巡洋艦ナガノⅡの艦長、名前は言うまでもないだろう。巡洋艦乗りにしてMSが主役となった戦場を若くして戦い抜いた男だ、戦争の影響もあってか年齢以上に老けているように見える。戦時のプロパガンダでは連邦軍の正当性を示すため、敵味方問わず救助を行った彼の存在は大きく取り上げられたのは記憶に新しい。
「では早速始めさせていただきます。形式的な始まり方で申し訳ないのですが、事前にお送りした質問から順に聞かせていただければと思います」
「分かりました」
「まずは一つ目ですね、ア・バオア・クーでの決戦までにどのような活躍を?」
「ルウム戦役の終わりがけに参戦し、友軍の救助を行いました。ヘリオン作戦では乗艦を失いましたが一矢報い、ソロモンでは補給艦隊として参加しましたね」
MSの登場により、宇宙艦艇の損耗率は想定を遥かに上回る高さとなった。彼もヘリオン作戦にて乗艦を一度失っており、壮絶な戦いをくぐり抜けてきたことは確かだ。
「ありがとうございます。ルウム戦役時に行った、ミノフスキー粒子下での大規模な救助活動は初との記録が残っていますが、やはり難しいものでしたか?」
艦長は少し目を瞑った後、何から話したものかと呟いた。彼は応接間に置かれていたサラミスとコロンブスの模型を机に置き、それを見て記憶を整理しながら話すことにしたらしい。事前に考えてきた回答が思い起こされた当時の記憶で吹き飛んだと彼は笑うが、その表情は固かった。
「やはり無線やレーダーが使えない、というのは非常に厄介でした。光を用いた通信や連絡は辛うじて行えましたが、航行不能に陥った艦艇の状況が近付くまで分からないのですから」
優先順位を立てるにしても、救難信号を拾うことが出来ない。その結果救助が間に合わなかった船も多くあり、救助作業に当たった船員を危険な状態の船に向かわせてしまったこともあったという。
「信号弾を常に打ち上げていたことが功を奏しまして、母艦を失った戦闘機隊をある程度収容することが出来ました」
「なるほど」
「救難信号を正確に拾うことが出来なかったため、救助活動としての効率は悪いものでした。本来は戦闘後の補給を主とした艦隊でしたから、救助も有り合わせのもので行うしかなく…悲惨でした」
あまりの被害とミノフスキー粒子による通信の断絶、救助したとしても精神病を患い戦場を去った人々は少なくなかった。当時は宇宙での大規模な戦闘など前例がなく、このような事態に対する対応力も低かったのである。
「末期にジオンが使ったという負傷者を丸ごと入れて処置をするパック、あの存在を知ってからは連邦軍にも導入してくれと意見書を送りました。戦後に色々と明らかになるにつれ、末期ジオンの医療関係の充実ぶりは羨ましくなりましたよ」
ルウムで助けられた者たちの殆どは、ランチなどで脱出したものの、撤退する際に置いて行かれてしまった者達だった。自力での脱出ができず負傷していた人々の生存率は低く、また時間的制約から、遺体の回収はほとんど行うことが出来なかった。
「ルウムで軍用艦を動かせるベテラン軍人を多く失いましたから、その後は医療設備にも敏感になりました。やはり人が減るとなれば、死ぬ数を減らす方へ力を入れるのはどこも同じ、ということですかね」
こういった貴重な情報はこの後の救助体制へ少なからず影響を与えた。既存の艦艇に必要な改修を行うとなればその労力は大きいが、その施すための船が殆ど沈んでいたのだ。
ビンソン計画によって新造された艦艇群は、旧来よりも大きな医療区画が用意され、要救助者を運び込み、処置する際の動線も、これまで以上に重要視されるようになる。
「話がそれましたね、すみません。ええと、サラミスは一瞬にして病人で埋まりましたが、一つの報告が入ったんです。まだ中身が無事なマゼランが一隻居ると、無事と言うには酷い有様でしたが」
負傷者は多く、瞬く間にベッドは埋まる。サラミスの重力区画は人であふれ、士官に割り当てられていた部屋は臨時の病室となっていた。そんな中、戦艦一つ分の空間が用意できるとなれば、話は変わってくる。
「爆発の危険があったエンジンを無理やり外しましてね、解体用の装備を持っていたボールでも中々骨が折れました。内部は損傷で穴が幾つか開いていましたが、隔壁を閉じることでどうにかできる範囲でした」
「エンジンが使えないとなると、移動は困難に思えるのですが…」
「曳航したんです、過積載のサラミスで。逃げ遅れのランチを無理やり船体に張り付けて、中には定員を遥かに超える人員を抱えた状態で。操艦を担当していた者は、舵が重いって悲鳴をあげていましたね」
「この写真ですね」
「ああ、そうです。入港しようとした際に撮ったんでしたかね」
今でこそ笑い話だが、最寄りの拠点へ駆け込んだ彼らの姿は写真におさめられている。コバンザメの如く大量のランチがサラミスとマゼラン、コロンブスに張り付いている。ルウムでの大敗を示す決定的な写真として、その姿は連邦とジオン双方で使われたという。
「いやはや、恥ずかしい話です。私はルウムに間に合わなかった身ですが、死んだ人々を尻目に勲章を受け取ることになるとは思いもしませんでした」
連邦軍は多くの将兵を救った英雄として彼をプロパガンダに使うため、この写真を感動的な一枚として扱った。ルウムでの大敗は最早隠せず、宇宙で戦う兵士達の士気を向上させるためには、このような方向で喧伝した方が良いと開き直ったからだ。
「この写真について、ジオンでは酷い扱いだったと聞きましたが、私個人はそこまででしたね。…MSのエースパイロットと比べればよっぽど注目度は低かったと思います。戦艦ならまだしも、巡洋艦の艦長はそこまで個人としては有名になり得ませんからね」
ジオンもルウム敗残兵の姿としてこの写真を扱ったが、艦長に着目した連邦とは違い、ただその写真のインパクトを使っただけのものに終わった。ルウムで生まれたエースパイロット達を宣伝するのに忙しかったのか、それともレビル将軍の捕縛があまりに大きなニュースだったのか。それについては、別途調査を進める必要があるだろう。
「では次の質問ですが、ア・バオア・クーで起きた大規模な投降についてお聞かせください」
「ああ、なるほど。そうですね…アレは艦隊が被害を受けて、戦力が手薄なEフィールドで体勢を立て直そうとしていた時のことです。そのフィールドで戦っていた艦隊の旗艦が沈められまして、その穴を埋めるために前進していた時でした」
Eフィールドは比較的戦力が集中していなかった場所だが、戦闘が起きていなかったわけではない。彼の指揮する第二〇一補給艦隊は満身創痍とも言える損害を受けており、ルウム同様船内は地獄だった。
「赤いMAが居たんです、それはもう巨大な。モビルポッドと一緒に部隊を組んでいるように見えましてね、ビーム攪乱幕を展開してこちらからの攻撃は受け付けない厄介な相手でした。ですが戦う前に、ジオン側が変な通信を発しましてね」
「あの停戦命令ですか」
「停戦命令というには、なんともいえない内容でしたが。戦い続ける部隊もあるにはあったようですが、MAは戦いを望んでいないようでした。周囲のモビルポッドに乗っているのが若い学徒兵たちだった、ということを知ってからは、こちらもその判断に感謝しましたね」
巨大なMA、ビグ・ラング。投降した後に彼の手によって鹵獲されたそれは、周囲のモビルポッド、オッゴへの補給能力を有していたことが明らかとなった。現在も要塞の壁面にワイヤーで無理やり固定した状態で調査がされているが、解体や移送は決まっていないようだ。
「赤いMAということで、最初はあのシャア・アズナブルの乗機かと思い狼狽えました。実際に乗っていたのは若い技術士官でしたが、メガ粒子砲をはじめとした各種武装を見るに、戦っていたらどうなっていたかは…あまり考えたくはありませんよ」
「どのようにして投降に至ったのかを詳しくお聞きしてもよろしいでしょうか」
「もちろんです。停戦命令が出ていたのは通信の傍受で知っていたので、使える手段を用いてMAとの交信を試みました。彼からの攻撃が無かったのも大きいですね、彼の投降する意思を聞き、その受け入れを行う方向で艦橋の中も意見が固まりました」
誰も巨大なMAとは戦いたくはない、戦わずに済むならばその方が良かった。満身創痍になりながらも交渉を進めた彼の艦隊は、MAの無力化に成功する。
「指揮権を持つ人間が現場にいないというのには驚きましたが、投降自体は粛々と進みました。武装解除をどうするかには悩みましたが、この巨大なMAが両手を上に挙げて投降している…ということは、私が思った以上の効果を生みました」
「それが大規模な投降につながった、と」
「Eフィールドは配置されていた戦力が手薄だったことから、ジオン軍の撤退ルートとして使われました。それ故に残存していた艦船はこのフィールドに押し寄せ、投降しているMAを見る。こちらは分かりやすく複数の帯域で投降を呼びかけていたので、信号弾を打ち上げると数隻の巡洋艦がこちらに来ました」
ア・バオア・クーでの大規模な投降は、今や歴史的な一幕だ。停戦命令が出てもその内容の曖昧さから、連邦軍は戦闘を継続していた。戦いをやめたとしても、攻撃される心配がジオン側には付きまとう。
しかし彼らは投降した兵を守るように部隊を展開させ、周囲の艦隊からの手出しを許さなかった。負傷兵の受け入れも積極的に行い、軍医達は所属などなしに働いたのである。
「ジオン側の医療設備がやけに整っている、ということに気が付いたのもこの時です。最終的には要塞内部にまで行くことになりましたので」
「要塞に接近したんですか、それは何故です?」
「武装解除のため、パイロットはMSから降りてもらいました。一部の船も同様で、置き場に困ることになりまして。その結果、あのMAと同じく要塞の表面にワイヤーで固定を」
鹵獲された機体の多くは、連邦軍が調査のために後方へ移送した。要塞内部へ突入した部隊がより価値の高い目標を確保していたため、ザクやムサイ級といった既に調査し終わっている兵器については、どんどんと回収が後回しにされていく。
「で、要塞の近くにまで来れば別の救援要請が聞こえるわけです。こちらとしては手一杯の状況でしたが、ジオン側の衛生兵が潤沢な医療物資を持っているとなれば話は別です」
負傷者への応急処置とトリアージを船の外で行い、本格的な処置は船内の重力区画で行う。要塞へ取り付く形となった第二〇一補給艦隊は、ジオンと共同で負傷兵への対処へ当たった。
「私達が落ち着いて救助を行えたのは、その区画が比較的安全だったからです。末端に近く、弾薬庫などの誘爆に巻き込まれることはありませんでした。MSも利用して負傷者の後送を行いつつ、内部で抵抗を続けていた部隊の鎮圧へ向かう兵士を送り届けることもありました」
比較的安全かつ、入り口を友軍の艦隊が完全に制圧しているポイント。その上ある程度の規模を持つ衛生兵の部隊が居る、処置が難しい宇宙空間において、突入する歩兵部隊にとっては心強い存在だったことは明らかだ。
ア・バオア・クーでの戦闘は、双方に大きな損害を与えた。ソーラ・レイによる大損害、指揮系統の混乱、指揮官の死亡、和平が可能と思われた外交ルートの消失。連邦軍、いや連邦は、未だにこのダメージを負ったままだ。
「やはり大変だったのは、戦闘が終わってからでしたね。この要塞はあまりに広い」
だがインタビューは続く、彼の数奇な運命をたどり切るまでは。
ーーー
ーー
ー
インタビューを行ったのは艦長だけではない。船のクルーやMSのパイロット、関わりのある人々を時間が許す限り調査した。結果として、彼は「信用に足る一軍人である」という評価を大多数から受けている、と言えるだろうか。だが調査した項目は、連邦軍上層部が持つある懸念について深く関わるものも含まれていた。
「あの艦長は恐らくニュータイプではない、と。この報告で何人が胸をなでおろすことになるやら……」
広報のためにインタビューを行った、というのは噓ではない。目的が二つあったというだけだが、調査員は少々罪悪感を感じていた。多くの人材を失った連邦軍では、広報の顔として使えるあの艦長の存在は有用なのだから、調べておきたい気持ちも分かる。
「軟禁や監視の対象者は多いが、あの艦長はそうもいかないか。今後の治安維持を行う上で、必要になってくるだろうしな」
上層部は詳細が不明かつ今までの常識に囚われないニュータイプを、昇進させてより強い権限を与えるわけにはいかないと判断した。未知故の怖さというのは正常な判断力を失わせる、ジオンから接収したニュータイプ研究にも手を出しているとかいないとか。まあ一調査員に過ぎない彼には、首を突っ込んだところでいいことなどない。
「ジオンとの繋がりもなし、残党軍も同様。スペースノイドにあまり肩入れするようでは困るといいたげな調査項目だが、彼は生真面目なだけだったな」
彼は平和主義者ではない、軍に対し忠実な歯車の一つだ。こんなことをしなくとも、オデッサから脱出したHLVを血祭りにあげるという『踏み絵』には従っているではないか。彼がジオンの兵を多く助けたのは事実、だが友軍の救助よりも優先したことはないのもまた事実だ。
恐らく一部の心配性な人間を黙らせるため、それ以外がこの調査を行わせたのだろう。彼を便利に使うことができれば、戦後の戦力再編は楽になる。各コロニー、そして共和国となったジオンとの交流においても、強力な手札になることは間違いない。
「彼を重用することが悪い結果に繋がる懸念点は、今のところ発見できていない」
調査員はありのままを書き記し、報告書をその一言で締めくくった。
マゼランの方もよろしくお願いします!
お待たせしてしまって本当に申し訳ない…作者の投稿作品一覧から行けると思うので……