一気に進められなかった。
高度育成高等学校の特異的なシステム、Sシステムの詳細が明らかになった5月の初め頃。
俺が葛城と坂柳のよく分からん小競り合いを打ち止めて統率を図ったり、皆が日に日に近づく中間テストへの不安を募らせてゆく今日この頃…
俺たちはプールの授業準備をしていた。いや落差よ。
まだ5月なのにプールの授業って…絶対夏にやる方が気持ちいいのにな。
若干の不満を覚えつつ、俺は更衣室で水着に着替えていた。
「…おいおいおい!西園寺!お前なんつー体してんだよ!」
戸塚が俺の体を見て大きな声を出してきた。もっと褒めろ。
その声に乗じてクラスの男共がわらわらと周りに集まってきた。
やれスゴいだの、やれ硬いだの、やれ重戦車だの…き、気持ちいい!
「西園寺…なるほどね、そりゃ姫様からも気に入られる訳だ…とんでもねぇ肉体してやがるな…。」
「…っ!」
橋本と…こいつは鬼頭か、坂柳派の一員だな。…おや?鬼頭お前中々良い体をしておるな。どうだ、
…おい逃げんな。危機感知?
鬼頭に逃げられてムスッとしていた俺の近くに、我が友である葛城の姿が見えた。
「西園寺…やはりお前の筋肉は素晴らしい…。フィジーク選手のようだが、スポーツ全般に対応可能な絶妙な筋肉量。それでいて身体の至る所から、筋繊維の躍動感が溢れ、熱が伝わってくる…グスッ、すまん…何時もこうなるな俺は…。」
葛城はいつも俺の筋肉を見る度に目頭を抑えて泣き始める。
こいつの筋肉もだいぶいいものになってきたな…そろそろ清隆ですら音を上げた我流のトレーニングを教えてやろうか…。
「葛城、お前の筋肉も中々良い声を上げている。…次のトレーニングは少々強度をあげようか…。」
「ほ、本当か!?…恩に着るぞ西園寺…!」
うむ、くれぐれも死なないように。
談笑に花を咲かせていると、授業開始の5分前となっていたのでそろそろプールサイドへと出ることにした。
女の子の水着、それも同級生のものとなれば価値は国宝級だ。この目と頭にしっかり刻んでおくとしよう。
…そう思っていると、何やら視線を感じることに気がついた。
なるほど、刻まれるのは俺の方みたいだ。
一部の女子が完全にメスの顔しながら俺の方を向いていた。
…いやぁ中々にえげつないな…なんだろうこの感情は。
クソデカ乳をガン見される女の子の不快感がちょっとわかった気がする。
居心地の悪さに耐えかねていると、教師の号令のホイッスルが鳴り響き、俺は視線の的から解放された。
「今回の見学者はなんと1名のみか!参加率が高くて嬉しい限りだ!」
あ、そうか坂柳は泳げないのか…水着見たかったです正直。
「あのぉ…私、泳げないんですけど…。」
「安心しろ!水泳の授業が終わる頃には、必ず全員泳げるようにしてやる!絶対に役に立つからな!」
さっきまでメス顔をしていた女のひとりが、教師に懸念を表した。
…必ず、絶対ねぇ。
国語の選択問題なら真っ先に切るべき択の常套句だが、この学校においてはそうもいかないからな。何かしら泳ぎが必要になる場面があるのだろう。
俺たちは水泳の授業…と言っても泳ぎが得意でないもののみが講習を受け、泳げるものは各自自由に過ごしていた。
いくらか時間の経った頃、教師が号令し、文言を口にした。
「これから君たちには50m競泳を行ってもらう!男女別でな!それぞれ1位となったものには、俺から5000ポイント支払おうじゃないか!」
…!やるしかねぇなおい。
俺が静かに闘志を燃やしていると、何故か観覧席ではなくプールサイドに座って見学していた坂柳が、俺にちょいちょいと手招きをしていた。
俺は招かれるまま、坂柳の方へと向かって歩いていった。
「どうした坂柳?寂しいのか?」
「ち、違いますよ…!西園寺君、貴方絶対に本気を出さないでくださいね…!」
こいつ…俺がそこそこ金にがめついことを何故知ってやがる…。
「えーだって5000円貰えるんだぞ?」
「…もし貴方が本気を出したら、どうなるのか考えられますか?」
「…水飛沫が水刃と化して横の人間は…」
「怖いです…やめてください。と、とにかく絶対に手を抜いてください!じゃなきゃ私、貴方のこと嫌いになりますよ。」
プイッと坂柳は横に顔を背けた。…ちょっと可愛いね。
うーん…というかやはりこの子、知性がどんどん落ちていってる気がするぞ…。
「…嫌われるのは嫌だから、わかったよ。本気出さないよ。」
「そ、そうですか。安心しました。」
「言いたいことはこれで終わり?」
「え、えぇ。早く行ってください…。」
坂柳の目が若干ふやけている…。思えば会話中、目を合わせてくれなかった。
肉体が雄々しくてごめんね…でも隠す努力をしてくれてありがとう坂柳…。
…てか待てよ?競泳における普通の記録ってなんだ?聞いておけばよかった…。
「…西園寺!あとレーンについてないのはお前だけだぞ!」
「すいません!」
ダラダラ考えてる時間ねぇのかよ。とりあえず怪我させないようにだけ、注意しよう…。
「それでは第1レース目を始める!よぉい…ピー!」
──ホイッスルが吹かれた瞬間、俺は台の上から水面に身体を突き刺すように、水飛沫ひとつあげずに入水する。
泳ぐ姿はまるでシャチ。他のものの追随を許さぬ捕食者のような泳法。
…よし、あとはとりあえず泳いどこう…。あ、ゴール見えた。
ザバッと水面から顔を出し、周りを確認する。
…え、あ、え?みんな遠くない?
「は?…12.8秒…!?…た、タイマーが故障してしまったようだな…ははは。」
…先生引き攣り笑いしてるし…そういえば俺息継ぎしてたか…?…不味い明らかにこの記録は普通じゃない…。
「ま、まぐれですよ…。」
いや無理があるだろぉ…。
結局俺の記録は最終レースになれども破られず、暫定1位になってしまったため、俺は目が死んでいた体育教師から5000ポイント貰う事になった…いや、なんかすいません…。
葛城はめちゃくちゃ褒めてくれたが、他の奴らは終始鳩が豆鉄砲食らったような顔をしていた。
後で坂柳から聞いたが、世界記録は23秒程らしい…。
俺は悲しきモンスターかよ。
俺にとって問題しかない水泳の授業が終わり、俺たちは来るべき中間テストに向けて勉強を本格的に始めていた。
葛城、坂柳、俺などの学力トップ層がそれぞれ中心となり、3グループに別れて図書館で勉強会を開いていた。
とは言うものの流石はAクラス、正直勉強会をする意味がないと言っても過言じゃない。
が、坂柳が他クラスとのポイントでの圧倒的な差をつけるべく、個人個人が高得点を取ろうとクラスを躍起にさせた結果、勉強会の開始を葛城が計画、グループの振り分けなどを実行した。
いいコンビネーションじゃないか、やっぱり。
「西園寺、ここちょっと詰まってるんだけど。」
坂柳の腹心である神室が俺に質問してきた。
彼女は水泳の授業では上位、学力も低い訳では無い、しかも孤高な性格なはずなのにどうして坂柳に付き従ってるんだろうか。
「英語か…一旦文型分けして考えてみ、その後代名詞に着目すれば回答できる思うぞ。」
「…なるほど、ありがとう。」
神室は問題を解き終えると、俺に話をかけてきた。
「…そういえばあんた、坂柳と結構仲良いよね。」
「お、まじ?そう見える?」
坂柳有栖との仲良し大作戦は、他者から見ても順調なようだ。やったぜ。
「あいつ、私たちと交流する時は女王みたいな感じなのに、あんたと話す時だけ普通の女の子に見えるんだよ。温度差でちょっと気持ち悪い。」
「お前らから見たら、そうなるのも無理ないな…。」
「坂柳のやつ、私について何か話してた?」
神室は少し神妙な面持ちで俺を見てきた。…弱みでも握られているのか?
「いや別に。神室、お前はなんか訳アリのようだな。」
はぁ…とため息をついた神室、頑張れ…。
「神室さん、西園寺君、ここらで1度締めましょうか。」
坂柳が少し離れた卓から俺たちの方へと足を運んで来た。あっぶねー聞かれなくて良かったな、神室。
「そうだな、みんな解散!お疲れ!」
俺がそう言うと、皆はまばらに席を立ち帰路へと着いていった。
「じゃあな、神室。」
「うん、またね西園寺。」
神室は今日結構頑張ってたからな、テスト期待してますよ。
「…いつの間に神室さんと仲良くなっていたのですか?」
「嫉妬?」
杖で足グリグリしないで…あ、そこ気持ちいい。
「…私の腹心を盗まないでくださいよ?」
「俺、別にグループとか作るつもりないから安心しろ。とりあえず帰ろうぜ、坂柳。」
群れる、という思考は俺の場合、既に死んでいるからな…。肉体強化しすぎた弊害です。
「そうですね、帰りましょうか。」
俺と坂柳は学生寮の方向へと帰っていった。道中コンビニがあったので、なんとなくチョコを2つ買っておいた。
「ほい、坂柳。」
俺は買ったチョコの1つを坂柳に渡した。
「え?ど、どういうことですか?」
「え、いや勉強会の主催お疲れ様記念、的な?」
坂柳は目を丸くして俺を見てきた。
「…意外と優しいところ、あるんですね。」
「坂柳…俺のこと怖いかもしれないけど、立派な人間なんだよ?俺。」
「ふふっ、…無理がありますよ。」
おい。
坂柳ははにかみながら毒を吐いてきた。…顔がいいから相殺されるとでも思ってたのか?
そんな談笑をしていると、風が段々と強くなってきていることに気づいた。
強風情報がそういえば出てた気がするな…。坂柳は足が不自由なため、度々よろついて歩いていた。
「…大丈夫か?坂柳?」
「え、えぇこのぐらい…!」
坂柳は風に煽られ、バランスを崩してしまったが、俺が腕を即座に掴むことにより、何とか転ばないようにはできた。
「ほら、気張ってるから危なかったじゃねぇか。」
「う、うぅ…」
バツの悪そうな顔を坂柳は浮かべていた。
…風強っ、これ坂柳歩いて帰れないぞ。
…っ!…待て、これは密かなる青春チャンスなのでは?
怪我をした女の子をおぶって保健室まで連れてゆく主人公のような、よく見るあの描写…!
…いける、今なら…!
「坂柳、もうこのレベルじゃ歩けないよな。おぶってやろうか、いやそうするべきだ、そうしよう。」
「え?…え、ええっ?」
坂柳が困惑している間に、彼女の小さい体を俺の背中に収めた。…なんか主人公とヒロインってよりも、兄妹みたいじゃないか?
「ちょ、ちょっと西園寺君…恥ずかしいです…。」
アッ!耳元で名前呼ばないで!惚れる!
「…うるせ〜行こ〜。」
腑抜けた麦わら船長のような台詞を吐きながら、俺は坂柳をおんぶして寮まで歩くことにした。
「…意外と背大きいんですね。」
「180cmありますので。」
「…本当は?」
「…174です…。」
「はぁ…サバを読みすぎでしょうそれは…ふふ。」
小馬鹿にするような声で笑うなっ!過酷な睡眠してたんだよ…!
見栄張ったっていいだろ別に…気にしてるんだよ俺だって…。
…あ、いいこと考えたぜ。ちょっと仕返ししてやろう…。
「そういえば、坂柳って運動したことないんだよな?…つまりは走ったこともない?」
「む、藪から棒ですね…えぇそうですよ、走ることすらままなりません。現にこんな風に移動しているのですから…。」
坂柳は少しムスッとした顔をしていることだろう。
「…1度だけでいいから、全力で動いてみたいって思ったことはないのか?」
「…ないと言えば嘘になります。けれども、出来ないものは仕方ありません。とうの昔に諦めがつきましたよ。」
ふーん、そりゃいけないな坂柳ぃ…。
望ってのはな、叶えるものなんだよ…ニチャニチャ…。
「…なら、坂柳…風に成ろうぜ。」
「…は?」
「ここから寮まで約徒歩10分ってところだろう?俺が全力で走れば、ものの数十秒だ、時間短縮は効率の極だよな?」
「え…いやいやちょっと、何考えているのですか…?」
「しっかり捕まってろよ坂柳!!」
身長をちょっといじられた俺からの報いを受けろ、坂柳。
──両足全体に力を結集させ、大地を踏み荒らすように蹴る。
1人の少女を乗せた男の人影は、瞬く間にその場から消えていった。
「ちょ、ちょっと!!!いや!きゃぁぁ!!」
坂柳有栖は悲鳴をあげる。
ジェット機に生身を縛り付けられているのと同義の状態であるからである。
辺りにある木々は、西園寺の速度によってその幹をしならせていった。
強風が追い風となり、予想よりも早く目的地に着いたようだ。
「坂柳!着いたぞー!」
…返事がない、どうしたんだろうか。
「坂柳…?」
背中から坂柳を下ろして彼女の様子を見る。彼女はプルプルと震えていた。
「馬鹿ぁ!馬鹿馬鹿馬鹿!馬鹿なんですか貴方は本当に!いきなり何をしでかすのですか!!怖かったのですよ!!」
坂柳は俺に罵声を浴びせながら、手持ちの杖でポコポコ叩いてきた。ちょっとやりすぎたか?
「…でも、坂柳も途中ちょっと楽しそうだったじゃん…。」
「っ…そ、そんなことないですよ別に?」
「…ほんとに?」
「…ちょ、ちょっとだけ楽しかった…です。」
ほらぁ。
「でも、いきなりこんなことするなんて西園寺君は本当に馬鹿です!…次は、ちゃんと事前に言ってくださいね…ふふっ。」
…いつもとは違う、怯えているような、自尊心を示すような笑い方ではなかった。
坂柳有栖の年相応な無邪気な笑顔が、俺の脳に張り付いた。
え、可愛い…。
…清隆さん、俺、青い春が始まるかもしれない…。
俺が若干惚けていると、坂柳が何やら取り乱しはじめた。
「…あぁ!帽子!帽子がありません!西園寺君さっさと探してきてください!」
「…え?まじ?!…やばいやばい探してくる!」
俺は強風の中で1人、坂柳のベレー帽を探すことに1番集中力を使った。
坂柳ごめんね…。
以下、西園寺のOAA的なやつです。学籍番号はテキトー。
生徒名 …西園寺廻那
学籍番号 …S01T004652
所属 …Aクラス
学力:A
知性:B-
判断力:A-
身体能力:(測定不可) *詳細は補足1を参照
協調性:B
<面接担当からのコメント>
入学試験において首席と肩を並べる程の回答、点数を叩きだしており学力に問題はない。面接の際のフランクな話し方により、知的な要素が不透明であったが、極めて高い自己客観能力や判断力を保有していると考えられる。
以上の観点により、Aクラス所属とする。
<担任からのコメント>
クラスの中心を支える1人として目まぐるしい活躍をしております。
それと、薬局の特売期間を求めたい。
*補足1
西園寺廻那の身体能力においては、表面上はA評価として判定を下す。
尚、坂柳理事の意向により教員データベース上での西園寺廻那の身体能力における評価は、測定不可として扱われる。
坂柳と西園寺の関係性をどうするか。
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付き合え。
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このままで。
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作者の自由でも良し。
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最早別キャラと付き合え。