これはもし、あの時《彼》が奇跡的に生き残ったら。そんなお話だ。
龍の体は光となり散る。そして再び収縮して人のような形に代わる。
八雲紫はその光景に声を漏らす。綿月豊姫はその扇子を落とし、八意永琳は涙を流す。
うそだ、だって、彼はあの時…
綿月依姫の頭の中で色々な感情が入り乱れる。彼が生きていた喜び、あの日何も言わずに消えた怒り、悲しみがこの上がる。
だが今するべきことは感情の整理ではない。己の師である八意永琳に叫ぶ。
「八意様!まだ…まだ息をしています!!」
綿月依姫の言葉で我に返り、すぐにと彼の容態を見た。
「妖力も脈も安定してる…先ほどまでの暴れっぷりが嘘のよう…」
その言葉に安堵した全員は一度永遠亭へと戻った。まだ解決しなければいけないことが山程あるからだ。
「八雲紫、手が足りないわ。貴方の死神を貸してくれるかしら?」
「あら、貴方には優秀な助手も弟子もいるでしょう?それでも足りないの?」
「えぇ、足りないわ」
そう言い八意永琳は八雲紫と何かを話しながら先に戻っていった。
綿月依姫は彼を抱き抱えたまま永遠亭へと向かう。
「再会できて…よかったわね」
ふと姉である綿月豊姫がそう呟いた。彼との再会は夢にも思っていなかった。龍が暴れている、彼を止めてくれ。二人はてっきり彼が何か暗躍しているのではと思っていたからだ。
「あの頃からちっとも変わっていませんね…この人は」
「ふふふ…さて、それはこの人だけなのかしらね」
そう綿月豊姫は笑っていった。
永遠亭に戻り、綿月姉妹は八意永琳の手伝いを始めた。負傷した妖怪や人の手当てをした。
「あ、依姫。ここはもういいわ。彼を見てあげて」
そう言われて綿月依姫は彼が眠る部屋へと向かった。部屋の扉を開けて中に入ると彼は寝息を立てて寝ていた。
「………」
彼が寝ているうちにと綿月依姫はやらなければいけないことをする。今後の彼についてだ。
穢れを嫌う月の都に住まわせることは不可能に近いだろう。かといってまた別れたくない。それに彼の名前も思い出さなければならない。
「まずは穢れをどうにかしなければ…」
八意永琳なら彼を妖怪で無くすことができるかもしれない。だがそれを彼が望まない可能性だってある。
「いっそ、私が月の都を出ていくというのは…」
もう反対されるだろう。月の都から反逆者として出れば姉である綿月豊姫の立場が危うくなる。
「どうすれば…!」
今後について考えていると布と布が擦れるそんな音がした。今考えている事から目の前の彼を見る。
「空耳…?」
だがもし空耳でなければ!
綿月依姫は彼の手を握る。奇跡が起きないとは限らない。
そのまま彼の手を握っていると微かに手が動いた。
「!!」
彼の目がゆっくりと開かれる。それを見て思わず立ち上がった。物音を立ててしまったからか、彼と目が合う。
「よ、りひ…め?」
あぁよかった。彼が目覚めた。
その事実に涙が零れる。声を上げて泣きそうになるがこらえ、彼を抱き締める。
「あ…ぇ…?」
温かい、彼の温もりが感じられる。これは夢ではない。夢なんかじゃない。
「おかえりなさい…おかえりなさい…!!」
それに応えるかのように彼が言う。
「あぁ…ただいま…依姫」
あれから数日、月の民は地上の民は穢れを持つ下賎な輩ばかりという認識を改めた。事実、彼が出会ってきた人々は下賎な輩だけではなかったからだ。そして彼もまた自らが生み出していると思っていた穢れは月の民が嫌う穢れとは違うエネルギーだった。それを自在に操ることで彼は能力を使用することができていたらしい。
「それにしても…奇跡というのは実際にあるのですね」
彼は暴走で命を落とす。そういう選択をしていたらしい。だが結果は違う未来となった。彼曰く最後に会った人間が奇跡を起こせる能力を持っていたらしく、もしかすればその人間の能力のおかげかもと言っていた。
「それで…貴方はいつまでこうしているつもりですか?」
あの後、綿月依姫はあの日からずっと胸の内に秘めていた気持ちを想いを彼へと伝え、また彼もあの時からの変わらぬ願いと言ってくれた。
そんな彼は現在綿月依姫の膝の上に頭を乗せて休んでいた。
「数え切れない年月を得てようやく戻ってこれたあの日常にもう少し浸っていてもいいじゃないか…」
「これからは少し変わりますよ。私達の日常は」
「…そうだな」
そしてこれから始まるであろう物語は彼らが運命を覆しその手で手にした未来。そして取り戻した日常だ。
これにて本当の終わりを迎えました。もっと拗らせを上手くしたいですね