腐っても透き通るような世界   作:砂糖ノ塊

1 / 3
初めましての方は初めまして。砂糖ノ塊と申します。
久々の二次創作、ゆるりと更新していきますので良ければお付き合いください。



#1 早瀬ユウカと消臭剤

「うーん……あ! いえ、何でもありません先生。はい、大丈夫です」

 

 すみれ色のツーサイドアップがふわりと揺れる。一度逸らした目線を外したすみれ色の瞳は、また少しすれば彼を捉え始めた。

 少女の名は早瀬ユウカ。

 ミレニアムサイエンススクール生徒会『セミナー』の会計担当。

 今、その彼女はシャーレに訪れていた。

 

「うーん……」

 

 一見書類を睨みつけ、その内容にうなされているようにも見えるが、実の所そうでは無い。

 少女が見据えるのはその書類の向こう側、同じくパソコンに向かう『先生』と呼ばれる男だった。

 

「……?」

「いえ、何でもありません!」

 

 男は先生だった。

 清廉潔白、天衣無縫、質実剛健。

 生徒たちを愛し、生徒たちから愛される。

 男はそんな先生だった。

 

「(やっぱり何か引っかかるのよね……)」

 

 まともな大人の方が少ない学園都市、キヴォトスで暮らす彼女らにとっては、彼は数少ない頼れる大人であることは間違いない。

 しかし、そんな彼に今、早瀬ユウカは疑問を持っていた。

 

「(先生って何かが……変)」

 

 お世話になった人間に『変』というのは些か礼に欠ける。そんなことは聡い彼女に言うまでもない。

 しかも、彼女は少なからずこの男に好意を持っている。そんな彼女に『変』と言わせるほどの何かが、果たしてこの男にはあった。

 けれど彼女には分からない。

 まともな大人を、まともに見た事が少ないからだ。

 計算が得意な彼女にとって、与えられたサンプル数が少ないということは致命的である。

 

「(どこが変かって言われると困るけど……性格は、まぁ良い部類に入るわよね。優しいし気配り上手だし、変なこととかセクハラとかもないし……特にこれといって問題ナシ)」

「???」

「だ、大丈夫ですから! どうぞ私に気にせず作業を続けてください!」

「…………」

 

 たとえ先生でなくとも、そんなにジロジロ見られたら誰だって気づく。

 男は疑問に思いながらも、言われた通り作業に戻った。

 

「(後は外見? あまり人を外見で判断するのは気乗りしないけれど)」

 

「(……普通の成人男性、に見えるけれど。でも確か喉が悪くて声が出ないのよね)」

 

 そう、確かに体格は普通の成人男性だ。

 全身が緑色で、口が常時開いていて、所々肉が欠けていて、片方白目を向いていて、たまに手足が取れることを除けば──

 至って普通の成人男性である。

 

「ア゙……」

 

 さすがの熱視線に耐えきれなくなった男は、自分に何か用かと身振り手振りで尋ねる。

 

「いや本当! 何でもないですから!」

「ア゙……ア゙……」

「大丈夫ですから! それより今月の経費の計算はできたんですか?」

 

 無理やり早瀬ユウカは話題を変えた。

 男は身振り手振りで自分の仕事が終わっていることを早瀬ユウカに伝える。

 

「終わったんですね? では確認させていただきます」

 

 男がデータを早瀬ユウカに見せる。

 彼は先生だ。自分の生活費くらい集計するのは大人として当然のことである。

 

「……ちょっと、何ですかこれ!」

 

 早瀬ユウカの怒号が飛ぶ。

 彼の集計にこうして口を出せるのは、彼女の会計としての経験値が為せる技なのかもしれない。

 

「消○元20箱・脱○炭10箱・ファ○リーズ10箱……その他消臭剤締めて20万円!? バカじゃないですか!?」

 

 男は必要経費だと早瀬ユウカに訴える。

 事実、彼にとってはそれらの消臭グッズは生徒と関わる上での生命線だった。

 現に今いる部屋や机にも消臭グッズが設置され、換気扇は常時稼働中だ。

 もしこれらが無くなれば、生徒たち……それが女子生徒ともなると、誰一人として彼に近づこうとしないだろう。

 

「こんなに使ったら食費に影響が……え? 食べなくても大丈夫? むしろ食べると胃が破れる? どういう身体してるんですか!!」

 

 原因は彼の身体から発せられる腐臭。

 肉の腐った匂いなど、誰も好んで嗅ぎたくはないだろう。

 男はそう、早瀬ユウカに伝えた。

 

「ふ、腐臭ですか……? なんでそんなのが先生の身体から出るんですか?」

「ア゙ア゙……」

「先生はゾンビだからそれは当然……って待ってください、今なんて言いました?」

 

 ゾンビ。

 リビングデッド。ウォーキングデッド。屍人。色んな呼び方が存在するがどれもその性質はほとんど同じ。

 要するに『歩く死体』である。

 

「ぇぇええええええええ!!??」

 

 今度は隣の部屋にまで聞こえるくらいの声が響き渡った。

 

「え、ゾン、えぇ!? 一体いつから……連邦生徒会で初めて出会った時から!?」

 

 男は不思議そうに首を傾げる。無論、首が取れることのないよう、細心の注意を払いながら。

 

「別に隠してはないみたいですけど、なにか不都合とかは無いんですか? 日常生活で」

「ア゙……ア゙……」

「た、確かに、『ア゙……ア゙……』だけで、私には先生の仰っていることが大体分かりますけど……」

「ア゙ア゙……」

「いや! だとしてもこの消臭グッズの量は異常です! 大人なんですからもう少し節度というものを──」

 

 男は先生だった。

 キヴォトスの外からやってきた、連邦捜査部「シャーレ」担当顧問。

 男は大人だった。

 生徒を案じ、護り、支え、そして責任を取る。

 

 男は先生であり、大人であり、そしてどういうわけかゾンビだった。




【キャラ紹介】
・先生
ゾンビ。生前は教師だった。それ以外の記憶は無い。「ア゙……」ぐらいしか喋れないが身振り手振りでコミュニケーションは可能。身体が脆く、よく色んなものが身体からこぼれ落ちる。モラルと生徒を何より重んじる紳士。
好きな物は生徒
嫌いなものはPTAと銃火器
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。