東方狂奏夏【~Phantasy “Hot” Orchestra~】 作:トカゲの妖怪
プロローグ
幻想郷に夏休みがやってきた。
人間、妖怪、妖精、神様。その全てに夏休みは等しく微笑みかけた。
長い冬を越したばかりの幻想郷の空には太陽が輝き、気温は真夏の猛暑日と同等になった。
人々の心の中には幻想郷に存在しない【夏休み】と言う概念が芽吹き、子供達ははしゃぎ回り大人はいつもと変わらない生活を送る。
そんな生活に人々は順応していった。毎日の様に縁日を開き、スイカやそうめんを食べ夏を満喫する。虫取りに駆け回り、水遊びに興じる。
変化は意外にも早く訪れた。
植物は急な温度の変化に耐えられず枯れ始め、冬眠から目覚めたばかりの動物は食べる物がなく飢える。
飢えた獣は凶暴になり人里に降り、作物を荒らし人間に危害を加える。
日を追うごとに気温は高くなり、湖や川の水位が下がり始めた。
幻想郷はやっと危機を感じ取り、夏休みになって一ヶ月が経とうとした時。
正式に異変解決に向かって動き出した。
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「ったく、夏休みだってのになんで私が働かないといけないわけ?」
「まぁまぁ、博麗神社はいつも夏休みみたいなもんだぜ」
紅白のリボンを揺らしながら、水筒の中を確かめる。氷の入った麦茶は、水筒から溢れんばかりに入っている。
黒白の魔法使いはその水筒を奪い取り、無遠慮にグビグビと飲む。
「か〜っ! やっぱ夏は冷たい飲み物に限るぜ!」
「魔理沙、勝手に飲まないでよ!」
「冷たいこと言うなよ霊夢〜! こんな暑いのに心は冬景色か?」
睨む霊夢をおちょくりながら、魔理沙は水筒を霊夢に投げ返す。
そんな二人の前に立ち、紫は手を叩く。
「はいはい。やり合うのもいいけど、異変解決は早めにね」
「大体なんで紫がいるのよ」
「そうだそうだ。そんなに困るんなら自分で解決しろ〜!」
「出来たらやってるわよ。こんなに暑いのは冗談じゃないわ」
紫は扇子で自分に風を送りながら、スキマから首と手だけを出して愚痴をこぼす。
どうせ体は水風呂にでも浸かってるんでしょと思いながら、霊夢は巫女服の袖を外す。
「それで元凶は?」
「わからないのよ。使い魔も暑さでやられて動けないし、幻想郷の至る所で力が増幅する気配を感じるし……自称異変解決のプロは夏休みだからって動こうとしなかったし」
「悪かったわね! でも夏休みってそう言う物じゃない?」
「霊夢。学生でもない私達に、夏休みはないぜ」
「……それもそうだけど」
「とにかく! 今回の異変を名付けるなら【夏休み異変】。幻想郷中に夏休みという概念をばら撒き、気温を滅茶苦茶にした犯人がいます。その犯人を見つけ出し、その企みを阻止すること」
「は〜い……」
怠そうな返事が蝉の大合唱でかき消される。
紫はため息をつき、心配そうに二人を見つめる。
「一応誰よりも早く解決した人には報酬も用意してるから、なるべく早く解決してちょうだいね」
そう言い残し、紫はスキマを閉じて消えてしまった。
二人残された霊夢と魔理沙は顔を見合わせる。
「誰よりも?」
「私達以外にも声をかけたのか?」
「異変は私が解決するものよ! 私『
「夏のお宝争奪戦だ! 誰よりも早く首謀者をとっちめる!」
「魔理沙!」
「霊夢!」
「「同盟だ!」」
夏の太陽が二人を見下ろす。
神社の境内で、二人は熱く同盟の握手を交わす。
誰よりも早く犯人を捕まえ、二人で報酬を得るため。そしてあわよくば出し抜き、報酬を独り占めしようと。
異変解決のプロは手を組んだ。そんな二人の様子を木の影から見ていた妖精がいた。
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「なるほど。霊夢さんは対して役に立たないと言うことですね!」
「まぁそう言う事なんだけど、霊夢に聞かれたら大変よ?」
「大丈夫です! 正しい夏休みを知っている私に不覚はありません!」
河童特製クーラーに直当たりしながら、カエルとヘビの紙飾りを付ける。
スキマ妖怪は困った様な顔をしながら、かき氷を口に運ぶ。
「まぁ異変解決に乗り出してくれるなら頼もしいわ」
「里の皆さんも困っていますから、今ここで守矢の信仰心を集めるチャンスですから!」
「……一番早くに解決した人にはお礼も用意してるから、よろしくね?」
不安そうな顔をしながら、スキマ妖怪は姿を消す。
今までのやり取りを黙って見ていた八坂神奈子と飯綱丸龍が大きなため息をつく。
「心配だ……」
「うん……」
「何を心配する要素があるんですか! この異変解決なら、東風谷早苗にお任せください! っていう張り紙見ていないんですか?」
「いや、人里に貼ってあるやつだろ? 早苗は頼もしいが……」
神奈子は早苗の姿を上から下までじっくりと見る。
ギラギラのサングラス、巫女服の原形を少し感じるくらいの薄着、小さなポシェットには日焼け止めや小道具だけ。
異変解決と言うより、遊びに行くの方がしっくりくる格好だ。
「もうちょっと格好をだな……」
「任せてくださいよ、夏休みなら何度も経験してきましたから!」
「……まぁ早苗がいいならいいけど」
「一応うちからも助っ人を出す、異変解決に役立ててくれ」
龍が手を叩くと、死ぬ直前の様な顔をした鴉天狗が部屋に入ってくる。
「なんで私……?」
「鴉天狗の姫海棠はたてだ。ちょうど手が空いているらしいから、存分に使ってやってくれ」
「よろしくお願いします! はたてさん!」
「なんで私……?」
はたては同じ言葉を呟きながら、自然とクーラーに吸い寄せられていく。
早苗はそんなはたての腕を掴み、外へと引っ張り出そうとする。
「それじゃあ行ってきます!」
「嫌だ、涼しい部屋にいたい……! いっその事ここで殺せぇぇ!」
キラキラと眩しい早苗の笑顔に対し、悲痛な叫びをあげるはたて。
龍と神奈子は心が痛むが、致し方ない。これも異変解決のための必要な犠牲だ。
正反対の二人は異変解決に赴くために、真夏の空へと飛び出した。
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「聖〜! 暑いよ〜!」
「暑くありません」
「聖ぃ〜! 河童に頼んで冷房つけてもらおうよ〜!」
「ダメです。体が鈍ります」
「聖! 酒瓶の中身が蒸発してる!」
「一輪は後で説教です」
命蓮寺の中は阿鼻叫喚の地獄だった。
蒸し暑い命蓮寺の中では熱中症で倒れるものが後を絶たなかった。
聖は積極的な水分補給を推奨したが、聖と共に鍛錬に励む信者からは毎日の様に熱中症患者が出ていた。
「聖〜……暑い〜……」
「……」
船幽霊の村紗水蜜は床に半分埋まりながら、亡者の様に呟く。
「妖怪も人間もこの暑さでは生きていけない。ここは一旦命蓮寺を閉鎖し、信者には自宅待機を命じるべきだ」
「……」
頭に濡れタオルを巻いたナズーリンが、聖に進言する。
「聖ぃ……響子が暑さで倒れた事で、まだ自分を責めてるの?」
「……」
尼姿の雲居一輪は、空の酒瓶を抱いて床に転がる。
つい五日前、寺の入り口を掃除していた幽谷響子が暑さにやられ倒れた。
永遠亭の医師曰く軽い熱中症だと言っていたが、聖は気づいてやれなかった自分を強く責めた。
それからずっと寝食も取らずに座禅を組んでいる。
響子はその日のうちに目を覚ましていたが、冷房のある永遠亭に入院させている。
「……そうですね、そろそろですかね」
聖は座禅を解き、立ち上がる。
そして命蓮寺の入り口に向かって歩き出す。
「聖、河童のことろへ行くのか?」
「いいえ、ちょっと異変を解決してきます」
その場にいた全員が頭の上に『?』マークを浮かべた。
「なぜ?」
全員を代表するかの様に、ナズーリンが呟く。
「冷房を取り付けるより手っ取り早いので。解決するまで私の代理を寅丸に、命蓮寺は閉鎖しておいてください」
「え、ちょっと!」
ナズーリンが止める間もなく、聖は命蓮寺を飛び出した。
同時刻、人里からある問題を抱えた兎が命蓮寺に向かっていた。
暑さによってすぐダメになる団子の在庫を抱え、訪問販売をしていた清蘭だった。
そんな清蘭は命蓮寺から飛び出す聖をぼーっと見届け、閉まっているとも知らない命蓮寺に向かって歩いていく。
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「今こそ! 幻想郷を支配する時である!」
天邪鬼の鬼人正邪は天高々と拳を振り上げる。
目の前に並べられた椅子には誰もおらず、みんな扇風機の前に集まっている。
「正邪、この暑さで誰もやる気になってないよ」
「うるさいうるさい! 夏休みでみんな腑抜けになってる今こそ、幻想郷の支配者達を地に引き摺り下ろすチャンスなんだ!」
少名針妙丸は正邪を見上げながら、大きくため息をつく。
正邪が暇そうな妖怪やらなんやらに冷房を餌に集まってもらったが、実際この輝針城で用意されていたのは数台の扇風機だけだった。
買ってきた氷で冷風を出していたがその氷も溶け、集まった妖怪達はパラパラと解散し始めていた。
「今回は夏の異変だ! なので力のある協力者を用意した!」
「なぁ、これなんの集まりなんだ? 俺はもう帰っていいか?」
「かの神さえ貪り尽くした最強の大蜈蚣! 姫虫百々世大先生だ!」
「帰っていいか?」
正邪が大声を張り上げるが、冷房前に集まった妖怪達はチラと視線をやってすぐに冷房に向き直る。
正邪は小さなナイフを投げ、扇風機のコードを切断した。
妖怪達からブーイングの嵐が巻き起こるが、正邪は咳払いをし話を続けようとする。
「この姫虫百々世大先生は蜈蚣の妖怪だ。蜈蚣と言えば夏の虫、本人も体の底から力が湧いてくるとおっしゃっている!」
「まぁそれは本当だけれども」
「よってこの方を主戦力とし、幻想郷の有力者達に宣戦布告を行う! この異変に便乗し、我々妖怪が幻想郷を支配するのだ!」
冷房を目当てにやってきていた妖怪達は、白けた顔をして次々と帰っていく。
正邪はその様子を見て、腹を抱えて大笑いする。
「この薄情者共が! うまい汁は全部私のモンだぞ!」
「……正邪、みんな帰っちゃったよ」
「……」
正邪は残った百々世と針妙丸に視線を向ける。
百々世は帰るタイミングを無くし、気まずそうに顔を背ける。
「や〜めた! もう知らね〜!」
正邪は顔を隠し、輝針城で唯一クーラーのある針妙丸の部屋に帰ってしまう。
取り残された針妙丸と百々世は気まずそうにその部屋に向かう。
扉に手をかけるも、扉はビクともしない。
「正邪? 鍵かけた?」
「へっへーん、もうこの涼しい部屋は私のもんだ。最初からこの部屋を独り占めするのが私の目的だったのさ! ずびび……」
鼻声の正邪は扉越しにわかりやすい虚勢を張る。
正邪にも聞こえる様にわざと大きくため息をつき、針妙丸は扉をガタガタと揺らして開けようとする。
「この部屋を返して欲しかったら幻想郷を手に入れてこい! そうすれば返してやらんでもない!」
「俺が扉をぶち抜いてもいいか?」
「私の部屋だから……気遣いはありがたいけどやめておく」
「そうか……」
「はっはぁ! この部屋涼し〜!」
正邪を放置し、針妙丸は初対面の百々世に正邪の代わりに頭を下げる。
「正邪の変な企みに巻き込んじゃってごめんなさい」
「いや、俺もなんだかよく分からんうちに連れて来られたから……お前に落ち度はないよ」
「……」
「……」
二人の間に気まずい時間が流れる。
百々世が気まずさに耐えかね、思いついた様に言葉をかける。
「そういえば、この部屋が帰ってこないとお前もまずいんじゃないのか?」
「え、うん……でも正邪の事だから、すぐに開けてくれる。と思う」
「開けない!」
「本人もあぁ言ってるが?」
「絶対開けないからな! トイレもここで済ませてやる!」
「はぁ!? おいふざけるなよ正邪! それはダメだろ!」
「うるさいうるさい! 嫌なら幻想郷を手に入れてこい!」
「く……! 覚えてろよ!」
針妙丸は扉を怒りに任せて蹴り付け、輝針城を飛び出す。
取り残された百々世は、大きくため息をついてその後をついてくる。
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幻想郷の各地で、それぞれの思惑を持った者達が動き出す。
こうしていくつもの派閥入り混じる幻想郷【夏休み異変】が幕を開けた。