東方狂奏夏【~Phantasy “Hot” Orchestra~】 作:トカゲの妖怪
妖夢は刀を抜いたまま私達の横を素通りし、拘束されている実々美の前に立つ。
ゆったりとした動作で実々美の首に刀を運び、その首を切り落とそうとする。
私は咄嗟に刀を掴み、それを阻止する。
「ちょっと、危ないですよ」
「いいえ、無意味な殺生はいけません」
「無意味じゃ無いですよ、異変を起こす悪い妖怪を切ってるんです。実際そこの、あれ清蘭!? 気づかなかった……」
「いてて……妖夢、そんなに私に気づかないもんか?」
清蘭は薄く切れた腹に、包帯を貼り付けながら愚痴をこぼす。
妖夢は心配そうに清蘭を見ているが、刀を一向に引こうとはしない。
「だいたいこんな所で何やってるんですか?」
「異変解決の途中です。清蘭さんはそれの手伝いを」
「へぇ。じゃあ紫さんから依頼されて?」
「……いえ、それは初耳ですね」
「じゃあ勝手に動いてる人なんですね。まぁ私もそうなんですが」
妖夢はビクともしない楼観剣から片手を離し、短刀の白楼剣に手を伸ばす。
鞘ごと鍔を握り、抜けない様に力を込める。
「何ですかさっきから!」
「だから殺生はいけません!」
「さっき大量にぶっ潰してたじゃないですか!」
「そっちの刀は尚更ダメです! 中の魂ごと切るつもりでしょう!」
「幽々子様が春が来なくて悲しんでるんですよ! 異変に関わるこいつらを切っていれば、必ず犯人は出てきます! そいつも斬り伏せれば異変解決、幽々子様も私も幻想郷も嬉しい! はい議論終わり!」
「愚か者!」
力任せに刀を振るおうとする妖夢から、実々美を蹴り飛ばして距離を離す。
妖夢が刀を引くと、手の平が切れ血が滴り落ちる。
「どうしても邪魔するって言うなら、弾幕ごっこで決着つけましょうよ」
「聖さん! 妖夢、あんまりにも酷いぞ」
「うるさい。邪魔をするならたとえ幽々子様の行きつけの団子屋であれど切り捨てる、私はそういう奴だって友達なら分かるはずだ」
「く……」
「喧嘩はいけません。友人同士、話し合いで解決するべきです」
手の平に清蘭から渡された包帯を巻き、出血を抑える。
私の語りかけを聞いてもなお、妖夢は刀を納める様子はない。
妖夢は私達から距離を取りつつ、木の側で立ち止まる。清蘭の銃を警戒して遮蔽物を作っている、清蘭の手の内はバレている。
「どうしても、止めるつもりはないんですね」
「はい。幽々子様の為に私は蝉の妖怪を斬り続けます」
「清蘭さん、また援護射撃をお願いできますか」
「……難しい話だ。妖夢は私と何回かやり合ってる、手の内はバレてるし私は負け越している」
「大丈夫。私がいます」
清蘭を元気付け、前に進み出る。
妖夢は楼観剣を構え、私と睨み合う。
「【六道剣『一念無量刧』】」
周囲の温度が一瞬低くなる。冥界を思わせる風が頬を撫でると同時に、瞬きの隙も無く妖夢が切り掛かってくる。
掌底で刀の軌道を押し除け、楼観剣の切先は地面に突き刺さる。
妖夢は素早く白楼剣を抜き、私の腹に目掛けて振るう。
清蘭の放った銃弾が私の腹から飛び出し、白楼剣にぶつかり弾く。
「異次元経由のピンポイント狙撃は得意じゃないんだけどな……!」
「南無三!」
拳を握り、妖夢の胴に向けて放つ。
当たる直前で妖夢は刀を滑り込ませ、威力を最小限に殺す。
刀が拳の皮膚を裂き、私の顔に血が飛び散る。妖夢は吹き飛ばされ木に叩きつけられるが、すぐに体勢を立て直す。
「【転生剣『円心流転斬』】」
妖夢は弾幕を放ち、それを輪切りにして細かくし飛ばしてくる。
私は清蘭の正面に立ち、地面を引き抜いて盾にする。
「【空観剣『六根清浄斬』】」
妖夢が分裂し私を取り囲み、同時に刀を振り翳し攻撃してくる。
思わず飛び上がり回避するが、その瞬間策略にハマった事に気づく。
「【剣技『桜花閃々』】」
空中で既に刀を構えていた妖夢は、刀を振い私に斬撃を浴びせる。
咄嗟に魔力で防御して防ぐが、振り返った時には妖夢は既に次の技の準備を終えていた。
「【断迷剣『迷津慈航斬』】」
巨大なオーラを纏った刀が振り下ろされ、全身を焼かれる。
「【人鬼『未来永劫斬』】!」
妖夢は止まる事なく私を切り刻み続け、弾き飛ばされ地面に叩きつけられる。
傷の具合は軽症といったところ、何ら問題はない。
「聖さん!」
「大丈夫、魔法と肉体で受け止めました」
「えぇ……?」
清蘭は困惑した様子を浮かべつつも、上空で待ち構える妖夢に向けて銃口を向ける。
その瞬間、妖夢が真っ直ぐ刀をこちらに向ける。
「【獄界剣『二百由旬の一閃』】」
妖夢が光となって鋭い突きを清蘭に向かって放とうとする。
私は刀の切先を掴み、妖夢の動きを止める。
「今です!」
「【弾符『鷹は撃ち抜いた』】!」
弾幕が至近距離の妖夢に全弾当たり、妖夢は吹き飛ばされる。
しかしすぐに空中で体勢を立て直し、こちらに顔を向ける。
「あ、あれ……?」
清蘭が困惑した声を上げる。見ると、さっき妖夢を撃った銃がバラバラに切り裂かれている。
放たれた弾幕も空中で制御を失い、細切れになって消滅する。
撃たれた瞬間に弾幕と銃を切り、追撃を警戒して離れたのだろう。
私は瞬時に地面を蹴り、妖夢に接近する。妖夢は落ち着いた様子で納刀し、私を真っ直ぐと見つめる。
「【飢王剣『餓鬼十王の報い』】!」
一閃の光と見紛う程の速度で抜刀された刀は、私の首をしっかりと捉えた。
その刀を人差し指と親指で摘み、首に到達するスレスレで止める。
「な……クソ!」
「ごめんなさいね。今私手加減が出来ない状態ですので」
「手加減とか本気とか、そう言う次元を超えてるでしょ……!」
妖夢は悔しそうに刀をもう一度納刀し、空中で深く腰を落として構える。
もう一度鋭い光となって抜刀された刀は、私には当たらず目の前の空間だけを切り裂く。切り裂かれた空間は歪み、まるで花が咲く様に弾幕が噴出する。
密度もそれほど高くない弾幕を避けつつ、弾幕の裏に消えた妖夢を探す。
「後ろだ! 聖さん!」
清蘭が地上で叫ぶ。振り返った瞬間、妖夢は抜刀の準備を終えていた。
そんな妖夢を、清蘭の弾丸が貫いた。
「っ!? 違う!」
「【人神剣『俗諦常住』】……弾幕で作った鏡像です」
背後から妖夢の声と、刀の鯉口を切った音が聞こえる。
「【奥義『西行春風斬』】」
体がバラバラに裂かれる様な殺気を感じ、思わず懐から魔人経巻を取り出す。
片方を上げて浅く持ち一瞬広げて流し開き、下の手で受け止め転読する。
「【天符『三千大千世界の主』】!」
魔力で顕現させた独鈷杵で、妖夢の一撃を受け止める。
だが妖夢は止まる事はなく、白楼剣を抜き取り楼観剣と共に独鈷杵に振り下ろす。
いかに仏の力を借りているとは言え、耐えられそうにもない。
「聖!」
何かを清蘭が投げ上げる。
それは細い鉄の小筒で、確か名前は……
「フラッシュバン!」
「南無三!」
清蘭が銃を構える。その狙いはフラッシュバンに向いている。
私は目を瞑り、魔法で耳と目の防御を固める。
瞼越しに激しい閃光が目の前で発せられる。二振りの刀を受け止めていた独鈷杵が一瞬軽くなる。
すかさず独鈷杵を投げ、フラッシュバンで怯んだ妖夢に突き刺す。
「ぐっ!?」
独鈷杵を抜き取ると同時に振りかぶり、独鈷杵に魔力を込める。
振り下ろそうとした瞬間、手に握り込んでいた独鈷杵だけが手から弾き飛ぶ。
振り向けば地上では清蘭が焦った様子で、煙を上げた銃からこちらを覗いている。そのすぐ側の地面には、魔力で出来た焼け跡が森を分断していた。
気絶した妖夢を受け止め、清蘭の元に降りる。
降りるなり清蘭は妖夢の体を触り、無事を確かめている。
私はただ、呆然と燃える森を見つめる事しかできなかった。
そんな森に、静かに雨が降り始めた。
「……とりあえずは無事だ」
「それは良かったです……」
「ビビったよ……聖が振り翳した瞬間ビームみたいなのが伸びて、私のすぐ横を焼き払ったんだから……」
「……申し訳ありません」
「……当たってたら死んでたよ。私も、妖夢も」
「……」
「なぁ、何を隠してるんだ? 聖白蓮、アンタは何者なんだ?」
私は清蘭から顔を背ける。
空は煌々と晴れ渡りながらも、雨は魔法の森に降り注ぐ。数週間ぶりの降水に、生命の喜ぶ声が聞こえる。
それと同時に、私を呼ぶ声も。
「この異変を解決しなければ……話せません、そういう縛りなんです。せめて太陽が隠れていればヒントくらいは……」
「……そうかい。ま、私の仕事は変わらないしね」
「うぅん……」
妖夢が呻き声と共に目を覚ます。顔に当たった雨の雫を舐め、不味そうな顔をする。
体をゆっくりと起こし、刀を拾って鞘に収める。
「あの……」
「まぁ挑んだのは私ですし、ズルもご自分の意思じゃなさそうなので文句は言いませんけど……いつかリベンジはさせていただきますね」
「妖夢……大丈夫か?」
「ご心配なく」
妖夢は不機嫌そうにそう言い放つと、顔を雨で濡らしながら背を向ける。
足を軽く引き摺りながら、ゆっくりと私達から離れていく。
「あの……申しわ」
「紅霧異変、紅い霧が幻想郷を覆った異変です。太陽は遮られ、地上は冷気に襲われた異変。今の気温ならちょうど快適かもしれませんね、紅魔館の人達に頼んでみるのも手ですね? ……それじゃ」
まるで独り言を呟く様に吐き捨て、妖夢は魔法の森に消えていった。
私はただ頭を下げる事しかできず、自分の無力感に打ちのめされた。
雨が止み、また大地を灼熱の太陽が焼き始める。
さっきの言動を思い出し、清蘭を見つめる。
「……」
「……なに?」
「随分フランクになってくれたなと思いまして」
「……いや、咄嗟だったし。アドレナリンとかで」
「いいえ、少し距離が縮まったようで嬉しいですよ。清蘭さん」
「ならアンタも清蘭でいいよ、聖」
清蘭はバラバラになった銃をかき集め、まとめて異次元に放り込む。
そして次の目的地がわかっているかの様に、軽快な足取りで歩き出す。
私も清蘭の隣を歩き、紅魔館を目指して歩き出した。