東方狂奏夏【~Phantasy “Hot” Orchestra~】 作:トカゲの妖怪
守矢神社に着く。境内では大天狗の飯綱丸龍と、この神社の神の八坂神奈子が鳥居の近くで話し込んでいた。
「お〜い龍!」
「む?」
百々世は龍に向かって大きく手を振り、鳥居の前に降り立った。
「よぉ龍、なんでこんな所にいるんだ?」
「あぁ、今ちょうど守矢神社に襲撃があったばかりでな」
「襲撃?」
「おや、小人の」
私に気づいた龍は名前を思い出そうと天を仰いでいる。
神奈子が耳打ちすると、龍は手を叩いた。
「針妙丸少名!」
「逆です、少名針妙丸です。それで襲撃って何があったんですか?」
「あ、あぁ。ついさっき土蜘蛛と蝉の妖怪がやってきてな、蝉は倒したのだが土蜘蛛には逃げられたんだ」
「蝉の妖怪? それって自分の事を大妖怪だとか抜かす、変なゴーグルを掛けてる妖怪?」
「あぁそうだ、知り合いか?」
「いいや、俺達もさっきそいつらを蹴散らしてきたばっかだぜ」
一瞬殺気を放った神奈子はその言葉を聞くと、安堵した様に息を吐く。
龍は最初から分かっていたかの様に、神奈子の方を見て笑っている。
神奈子は少し不機嫌そうに腕を組む。
「笑い事ではない。土蜘蛛をこのまま放っておけば病をばら撒くぞ」
「そうだな。ここの除染作業も残ってるし、私達は動けない。そこにいいタイミングで来たなぁ百々世!」
「おい、おい! 俺達に土蜘蛛を追えってのか?」
「どうせ暇だからいいだろ? ついでに針妙丸君も手伝っておくれよ」
「私は別にいいけど……」
驚いた様な顔をし、百々世は落胆した様に肩を落とした。
そんな百々世の肩を、龍はバシバシと叩く。
「なぁに心配しなくても大丈夫だ! お前は強いし信頼できる! 土蜘蛛なんてパパッと片付けられるだろう!」
「あのなぁ……お前がそんな風に無理に明るく振る舞う時がどういう時か、俺にはお見通しだ馬鹿天狗。この馬鹿頼むぜ、神様」
「え、あぁ……」
「あとこれもらっていくからな!」
百々世は龍の懐に手を突っ込み、そこから笹の葉の小包を奪い取る。
そして守矢神社に背を向け、境内から飛び去る。
「はぁ……厄介だな」
「な、何が?」
「あぁ。あいつがああいう態度の時は、大抵無理してんだよ。腕を隠してたし、土蜘蛛に噛まれでもしたんだろう」
「え!? 大丈夫なの……?」
「だから頼んできたんだよ。永遠亭にでも担ぎ込むだろうさ。はぁ……」
百々世は笹の葉を剥くと、中から三つの大きな握り飯が出てきた。
一つを私に渡し、もう一つを手に取る。そして残った一つを笹の葉に包み直し、おもむろに髪の毛の中に突っ込む。
髪の中で蜈蚣達が一斉に動き出すのが音でわかる。なるべく気にしない様に背中を向け、周囲の景色を見ながら握り飯を頬張る。
私の体よりも大きい握り飯はとても美味で、あっという間に半分を食べてしまった。
「ん?」
「どうしたの?」
「今地面が弾け飛んだ……あそこだ」
百々世は握り飯の残りを一口で飲み込むと、少し離れた沢の近くを指差す。
そこの地面は不自然に穴が空いており、地下に続いていた。
「なんだろ、間欠泉かな」
「いや、間欠泉はもっと山の麓だ。それにレーザーみたいなのも一瞬」
「あ! あれ!」
その穴から少し離れた沢の上流側で、土蜘蛛の黒谷ヤマメが水を飲んでいるのを見つける。
沢の水はヤマメを中心にゆっくりと濁っていく。
「オラァ! テメェが土蜘蛛かぁ!」
百々世はピッケルを振り回し、ヤマメに迫る。
驚いた様な顔をし、ヤマメはその場で五体投地する。
「ひえ! ごめんなさい! ごめんなさい……!」
「テメェさっき神社に襲撃かけた土蜘蛛だなオラァ!」
「待って待って百々世! 何か様子が変だよ」
「許して〜!」
ヤマメは顔を上げず、その場に縮こまる。
百々世が恐る恐るピッケルで突くと、びくりと体を震わせた。
私は百々世の肩から降り、ヤマメの頭に近寄る。
「どうしたの? 何があったの?」
「さ、さっき襲撃をかけました……でもあれは、こう、変だったんです」
「変?」
「おい姫様、こいつは危険な土蜘蛛だ。さっさと退治するべきだ」
「百々世はちょっと黙って! 聞こえない!」
ヤマメは少し顔をあげ、私の後ろの百々世に驚いて頭を抱えて蹲ってしまった。
私は優しく頭を撫で、落ち着けるように静かに話しかける。
「大丈夫、何が変だったか言える?」
「……旧地獄に蝉の妖怪が襲撃をかけてきて、その時に鳴き声を聞いてから変で! 使命感とか一体感が心地よくって、蝉の妖怪と一緒になって行動してて……!」
「蝉の妖怪……? それって一緒に襲撃をかけた蝉の妖怪?」
ヤマメは何度も頷く。
私は違和感を感じて周囲を見回す。何の音も聞こえない、あれだけうるさかった蝉の声も。
「百々世」
「なんだ」
「もし、もしだよ。もしあの蝉の妖怪に他人を操る力があったら?」
「あったら?」
「その他人は何が対象だと思う? 何を基準に操れると思う?」
私は針の剣を手に取り振り返る。
肩にピッケルを乗せた百々世が、じっと私を見下ろしていた。
「蝶の妖精、蛍の妖怪、大量の虫、土蜘蛛。みんな様子がおかしい。共通点があるとすれば……」
「あるとすれば……?」
「……虫」
「そうだな、それで?」
私は百々世の足の間を抜け、反対側に回り込む。
髪の中から、蜈蚣達がじっとこちらを見ている。
「……百々世は、大丈夫なの?」
「あぁ? 大丈夫だよ、何も問題はない」
百々世はピッケルを振り下ろし、地面に突き立てる。
そして振り向き、私の前にしゃがみ込んだ。
「何にビビってんだ、お姫様」
「……」
「あぁ、分かった。ここで俺と別れるか、これからも同盟か。好きに選べ」
「……!」
百々世は地面に座り込み、沢をじっと眺めている。蜈蚣達は慌てた様に髪から這い出て、心配そうに百々世と私を交互に見ている。
私は地面で蹲ったままのヤマメを見る。ゆっくりと怯えながら、這いずって百々世から距離を取ろうと後退している。一瞬目が合うと、助けを求める様に涙を流す。
針を握る私の手に、じんわりと汗が浮き出てくる。太陽は高く傾き、お椀の帽子を抜けて目を焼く。
「……」
「……百々世」
「あいよ、何だい?」
「百々世は信用出来る。私の目に狂いは無い!」
百々世は私の言葉を聞くと一瞬で私を掴み、天高く放り投げる。
私はされるがままに投げ飛ばされ、空中で百々世に受け止められる。
「流石は俺のお姫様だ! 信じてたぜ相棒!」
「クソ! 騙せると思ったのに!」
ヤマメがゆっくりと起き上がると、周囲の木々の影から実々美達が姿を現す。
百々世はピッケルを構え、大きく口を開ける。
「全員食ってもいいよな、姫様」
「ダメ、握り飯でも食べてて」
私は隠し持っていた握り飯の残りを百々世の口に放り込む。
百々世は美味しそうに握り飯を咀嚼する。
「おい蝉! お前達の目的は何だ!」
「我々は安息の地を得る為に幻想郷支配に加担する! その為に同士を増やし、地上を焼くのだ!」
「無理だよ! お前らなんかどうせ巫女に計画ぶっ潰されて泣く羽目になるんだ!」
「黙れ! 同士ヤマメよ、奴らを麻痺させなさい!」
「いやだ! もうあんな痛い目には遭いたくない!」
「黙れ!」
実々美がヤマメを囲み、鳴き声を上げ始める。
すると百々世も不愉快そうな顔をして、髪の中から取り出したヘッドホンを付ける。
数秒鳴き声を浴びせられたヤマメは目を見開き、私たちに狙いを定める。
「……【毒水『アンサンタニーレイン』】!」
ヤマメが毒の唾を口から噴き出す。私達を通り過ぎると上空で爆発し、雨となって降り注ぐ。
「うわ!」
百々世が珍しく狼狽え、あたふたと回避する。
激しく揺れる肩に捕まりながら地上を見ると、実々美達が私達に向かって飛び立った瞬間だった。
「下!」
「クソ!」
百々世は下から向かってくる実々美達を避け、服の毒の雨に触れた部分を引きちぎった。
「どうしたの、百々世らしくない」
「俺達蜈蚣はこう……唾ってものが嫌いなんだよ!」
「そうなの? でもあれ唾じゃないよ?」
「溶けるってのが嫌なんだよ、百足酒を思い出すから!」
「なら溶けなきゃいいんだね!」
ヤマメが地上からもう一度唾を吐く。今度は私達のすぐ側を通り、さっきよりも低い位置で展開される。
その上実々美達も槍を構え、私達に向かって急降下してくる。
私は小槌を振り上げ、百々世の肩に振り下ろす。
「小槌よ小槌よ! この者を大きくせよ!」
「おぉぉぉぉ!」
小槌を三度も振ると、あっという間に百々世は小さな山を跨げるほどの大きさになった。
百々世は毒の雨をあっという間に突き破り、実々美達を弾き飛ばした。
「これなら怖くねぇぞ!」
百々世は実々美を片手で纏めて握り、手の中で捻り潰した。
地上のヤマメはその様子を見て、腰を抜かしていた。
百々世は足を振り上げ、ヤマメに狙いを定める。
「待って、もう戦意は無さそうだよ!」
百々世が足を下ろすと同時に、小槌の効果が切れたのか百々世は元のサイズに戻った。
気絶したヤマメを踏みつけ、百々世は少し残念そうな顔をした。
ひとまずヤマメを縛り、近くの木に括り付ける。これで気が付いてもしばらくは動けないだろう。
「まぁこれで用事も片付いた。早く博麗の巫女探しに戻ろうぜ」
「え、このままでいいの?」
「あぁ、問題ないだろ。さっきの俺を見て白狼天狗が集まってくるだろうよ」
百々世は私を掴んで肩に乗せ、ヤマメを置いて飛び上がる。
私は百々世の肩に乗ったまま、百々世の首にもたれかかった。
「ねぇ百々世」
「なんだい姫様」
「さっきは疑ってごめん」
「あぁ、その事か」
百々世が耳に指を突っ込む。
すると、丸まった小さな蜈蚣が這い出てくる。
「うわぁ……」
「少し前から妙に蝉の声がうるさくてな、耳に入ってもらって音を減らしてたんだよ」
「だからあの蝉の妖怪に操られなかったの?」
「そうかもな。ちなみにこれは採掘用ダイナマイトを爆破する時、耳を保護する奴だ。龍にもらったんだ」
百々世はヘッドホンを自慢げに見せてくる。
その姿はとても無邪気で、なぜだか正邪に重ねて見てしまう。
その顔がさっきは恐ろしい物に見えたが、元から怖い顔だった。
結局私は騙されやすい体質なのだろう。
大きなため息を吐き出す。
「おい姫様」
「どうしたの?」
「あれなんだ?」
百々世が先の方を指差す。私はお椀を少し上げ、百々世が指差す方を見る。
魔法の森に向かう方角、妖怪の山の麓。そこの上空に、見覚えのある紅白と白黒の人影が見えた。
「行こう!」
「おう!」
百々世は速度を上げ、二人の人影に近づいた。