東方狂奏夏【~Phantasy “Hot” Orchestra~】 作:トカゲの妖怪
「はたてちゃん!」
背を向けこちらに一瞥もくれないミズチに、はたてがカメラを向ける。
携帯のカメラが鳴ると同時に、ミズチの体が空間に一瞬固定される。
「ぐっ!」
「はぁっ!」
止まったミズチの背中に守矢の札を浴びせる。
ミズチの背中に刺さった札は大爆発し、爆煙の中からミズチが降下していく姿を捉える。
「逃しません!」
空気を蹴り飛ばし、地面に向かうミズチを追いかける。
「【神出鬼没『救済のオアシス』】!」
「水!?」
ミズチが地面に着くと同時に、まるで水に潜るかの様に姿を消した。
水滴の様に跳ね飛んだ地面が私の頬にへばり付く。水面にはミズチが入った地点から波紋が広がっている。
私は速度を緩めず、ミズチの後を追って水面の様な地面に飛び込む。
「危ない!」
シャッター音と共に体の動きが止まる。水面を抜けた私の目の前には本物の地面が広がっている。
蜃気楼で地面の数センチ上に偽の地面を作った事に気づいたのは、一瞬時間が必要だった。
「掛かりましたわね」
大剣が地面を水平に抉りながら、私に向かって振り切られる。寸でのところで頭を水面から引き抜いた事で、まだ首と胴体は繋がっている。
荒れた息を一瞬整えた瞬間、水面からミズチが飛び出す。
「あなた、聞けば外の世界の人間なんですわよね」
「それがどうかしましたか」
「でしたらこの幻想郷の素晴らしさが分かるのではありませんか? 神秘的な面でも、資源的な面でも」
「なるほど。あなたはこの幻想郷が素敵だから自分の物にしたくて、この異変を起こした。そういう事ですか?」
ミズチは笑みを浮かべながら、自分の口元を扇子で覆い隠す。
そしてゆっくりと歩き、偽の地面に波紋が広がる。
「これ以上のひけらかしも無粋でしてよ。それともビジネスの話が分からないほどお子様でしたか?」
「ビジネス?」
「えぇ。ここを支配して全住民の抹殺……そんなのは醜悪の極みではないですか。なので支配した後は、幻想郷の住人には今まで通りの生活を送ってもらいたいのです」
「……? それでなんのメリットが?」
「この幻想郷に憧れる神様や外国の妖怪などを呼び込み、レジャー施設として運営するのです。あなたには特別待遇で、マネージャーの席を用意しましょう。どうですか、見逃す気になりましたか?」
ミズチは両手を広げ、熱弁して見せた。
私はお祓い棒を片手に、首を傾げた。
「いいえ、全く」
「やっぱり即興の嘘ではダメですわね」
「【奇跡『ミラクルフルーツ』】!」
「【現符『熱望のコンクリートジャングル』】!」
お互い同タイミングでスペルカードを発動する。
ミズチの周囲から幻想郷には似つかわしくないビル群が生えてきて、一瞬で周囲を囲まれる。
地面はいつの間にかコンクリートになっており日光を反射させ、一瞬で周囲の温度が急上昇したのを感じる。
「早苗さん!」
はたてがビルの間を颯爽と飛び抜け、私を掴んでビルの合間を抜ける。
周囲を見渡すが、どこにもミズチの姿がない。
「はたてちゃん、もっと上に行けますか!」
「ッ上ですね!」
ビルの窓に光が反射し、私達を全方向から焼く。
はたては全身に汗をかきながら、私を抱えてビルの屋上にまで飛び上がる。
私がビルの屋上に着地しようとすると、まるでゲームのバグみたいにビルの中を落下する。
「早苗さん!」
「ま、幻ッ!?」
浮遊しすぐにはたてのいた高度まで戻る。
だがこのビルが幻、正確には蜃気楼なのだとしたら、姿の見えないミズチはきっとビルの中に隠れているのだろう。
「……いや」
「ど、どうしたんですか?」
「そんな簡単じゃない」
私は考える。今までのミズチの攻撃は、基本的には不意打ちばかり。
それにさっきも偽の地面を使って、地面にぶつかる事故を誘っていた。
この事からミズチを弱者と決め付ければ、ここでの行動はビルの中に入っての待ち伏せだろう。
しかし、八雲紫との交渉。初接触時のレーザーの威力。何より私含めた手練を複数人相手しても、決して倒れなかった底力。
頭脳実力を共に兼ね備えた、私と同レベルの天才。
「はたてちゃんは、もしミズチだったら何を狙います?」
「え……? う〜ん……万全を整える為に逃げたいですね」
「逃げる……万全……」
周囲を見渡すと、ビル群はこの周囲にのみ生えている。
蜃気楼の範囲はそこまで広くない。おそらくこのビル群のどこかにミズチがいるはずだ。
私はさらに考える。頭を捻り、指を噛む。
「……」
はたてが周囲を見渡しながら写真を撮る。
私は無意識的にその携帯を握るはたての手を握った。
「……」
「な、なんですか」
「写真! さっき私を止めた時の写真見せてください!」
「あ、あれで撮った写真はデータに残らなくって……! でも念写なら!」
はたては目を瞑って唸り声を上げ、祈る様にシャッターを切る。
画面にはさっきの私を上空から撮影した写真が表示されていた。
「少し借ります!」
私ははたてから携帯を借りると、周囲の景色と照らし合わせながら座標を確認する。
写真の隅に写った地形が、視界の端に映る。
私はビルの間に浮かびながら、コンクリートの地面を見下ろす。
「少し変だなって思ったんですよ。なんであんな場所で嘘を話す必要があったのか」
「さ、早苗さん、どうしたんですか急に」
「時間を稼いでも、援軍が来る訳でもない。では何故?」
私はお札を取り出し、弾幕と共に地面のコンクリートに一斉に放つ。
「な、何もいませんよ!」
「いいや! ここはさっきのオアシスがあった場所です!」
「それが何の関係が?」
「おそらくあのオアシスには回復効果がある! だからそこを覆い隠す様に周囲を偽装したんです!」
お札や弾幕がコンクリートの地面をすり抜ける。
「【砂符『大怪虫サンドワーム』】!」
爆発を背に、砂で出来た巨大幼虫達を引き連れてミズチが地面から飛び出す。
巨大幼虫達の口はミキサーの様に回転し、掠った瞬間に私のお祓い棒を粉々にした。
「数が多い……!」
巨大幼虫達で視界が塞がる。私は咄嗟に、神奈子様からもらったお守りを突き出した。
『【祟符『ミシャグジさま』】!』
諏訪子様の声がお守りから鳴り響くと同時に、巨大な白蛇が飛び出す。
一瞬で巨大幼虫達を砂の山に変え、蜃気楼のビルを次々と薙ぎ倒していく。
「く、別種の神は面倒ですわ……!」
ミシャグジ様を避け、ミズチは蜃気楼のビルの中に飛び込む。
私はそのミズチを追って、ビルの中に飛び込もうとする。
その瞬間、ミズチの思惑が手に取るように分かった。
「ここで大剣を投げる!」
私が先に避けると、ビルの中から大剣が飛んでくる。
私は速度を落とす事なくビルの中に飛び込み、ミズチの姿を正面に捉えお守りを使う。
「【『風神様の神徳』】!」
『【『風神様の神徳』】!』
お守りの神奈子様と声を合わせる。
一斉に放たれたお札はミズチの逃走ルートを絞る様に細かな隙間を残し、周囲を埋め尽くす。
ミズチは札に掠りながらも逃げまどい、誘導されるままに私の目の前に戻ってきた。
ビルを構成していた蜃気楼はミシャグジ様に残らず散らされ、お札は尽きる事なく放たれミズチの進路を塞いでいる。
「……何故私が剣を投げると?」
「単純な話、私がどちらを選んでも当たる攻撃だったからです。最初に蜃気楼を抜けた時に激突する経験をさせる、そして二度目同じ様に蜃気楼を前にした私には二つの選択肢があります。一つは失敗に学び、慎重に蜃気楼を抜ける。もう一つは同じ手は使わないと考え蜃気楼にそのまま突っ込む選択肢です。だからそのどちらを選んでも、剣を投げれば当たります。それを読み切りました」
「ふ……完敗ですわね」
ミズチは両手を大きく広げ、私の方を向く。
その瞬間カメラのシャッター音が鳴る。
「無駄ですよ」
「……っ!」
「剣が戻って来る予定だったんでしょうけど、はたてちゃんに止めさせました。私がわざわざ大声で知らせたんです、はたてちゃんなら分かってくれると信じてましたよ」
「何から何まで……読まれていたと?」
「えぇ、最初からではありませんが。これで十分です」
私はミズチを囲むお札を狭め、開いた海が閉じる様にミズチを飲み込む。
最後の最後までミズチは私から目を離さない。
「⬛︎⬛︎・⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎、⬛︎⬛︎⬛︎、⬛︎・⬛︎⬛︎」
周囲の時間が止まったかの様に、世界にミズチの声だけが響く。何を言っているかは分からないが、呪文の様な言葉を発す。
「【『あの夏に君は何を見た』】」
一瞬で世界が変わっていく。
いや、きっと正確には、私の見える世界が変わっていく。
ミズチはずっとそこにいたまま、私から目を離さない。
「私の能力は蜃気楼を操る程度の能力。人は蜃気楼に存在しない物を投影し、蜃気楼は無限の力を得る。しかし裏を返せば蜃気楼は、相手が想像できるものでなければ見えない。だから外の世界で作った技などは持ち込めなくって困った物でした」
世界は歪に歪み、広大な海がミズチの背後に広がる。空には雲一つない晴天が広がり、太陽が輝いている。
私達を隔てる踏切が、喧しくカンカンと音を立てる。
私は踏切の外から、線路に立つミズチをただ眺める。
「だから外の世界を詳しく想像出来るあなたがいて助かりました。私はこれから来る電車に捕まって逃げさせてもらいます」
ミズチの言葉通り、遠くから電車の音がする。遮断機が降り、私の視界は一瞬塞がれる。
その瞬間、体の自由が効く様になる。
「ならそれまでにトドメを刺します」
「……やれるものなら」
私は一歩を踏み出し、踏切を超える。線路に足をかけ、ゆっくりとミズチに向かう。
「ねぇ」
突然後ろから手を引かれる。
振り返ると、そこにははたてが心配そうな顔をして立っていた。
「危ないよ、帰りましょう」
「……でもミズチが」
はたてに強く手を引かれ、踏切の外に出る。
振り返ると、線路には誰も立っていなかった。
私の目の前を、砂で出来た巨大幼虫が過ぎ去っていく。
「……」
「……」
私の手を握ったまま、はたては私を抱き寄せた。
「危ないですよ、早苗さん」
「……うん。ありがとうね、はたてちゃん」
どこまでが本当かは分からない。
だが、ミズチの魔力はもう感じない。お守りは機能を失い、ただのアクセサリーとなった。
はたても効力の切れたお守りを取り出し、携帯に括り付ける。
「……お揃いですね」
「確かに!」
不器用に笑うはたてに全力の笑顔を返す。
はたての携帯を天高く掲げ、私達は笑顔で自分達を撮った。