東方狂奏夏【~Phantasy “Hot” Orchestra~】 作:トカゲの妖怪
チルノ&実々美編 一話
チルノはこの夏休みに退屈していた。
最初は釣りに虫取り、散策に弾幕ごっことひっきりなしに遊び回っていた。だが猛暑が脅威になるにつれて、友人知人はチルノの誘いに乗らなくなっていた。
そんな中博麗神社にいつもの様に蝉を取りにきていたチルノは、ある会話を盗み聞いた。
「誰よりも早く解決した人には報酬があるから……」
紫は姿を消し、霊夢と魔理沙は異変解決に出かけた。
そして一人残されたチルノは、持っていた網と籠を投げ捨て駆け出した。
「あたいが異変解決をすればその報酬はあたいのものだ!」
お宝争奪戦、夏休み、冒険。チルノの中では、既に穴だらけの壮大な計画が出来上がっていた。
「とは言っても異変解決って何すればいいんだ……?」
無計画に駆け出したチルノは、早速道端の岩に座り込んでいた。
霊夢と魔理沙を途中まで追っていたが、すっかり見失ってしまった。それどころか、現在位置すら見失っていた。
そんな途方に暮れるチルノの耳に、遠くに蝉の羽音が聞こえる。
「逃げたぞ! 追え!」
「どこに行った!」
見た事もない妖怪達が、チルノの前を素通りしていく。槍を片手にゴーグルを頭にかけて、誰かを探すように飛んでいく。
「なんだあいつら……」
「もう……行きましたか?」
岩の裏から声が聞こえる。
岩にお腹をくっつけて回転すると、岩の裏にさっきの妖怪達と同じ姿の妖怪が隠れていた。
身体中に傷を作り、疲弊した顔で荒い息を整えている。
「なんだお前」
「……私は
「へ〜、そうなんだ。あたいはチルノ、最強の氷の妖精だぞ」
「最強……この幻想郷で一番強いんですか?」
「あぁ、最強だ!」
実々美は目を輝かせ、額を地面につけた。
「お願いします。この異変を止めてください」
「いいぞ!」
チルノは一瞬の間も作らず、そう返事した。
「それで異変ってなんだ? 何が起きてるんだ?」
「詳しく説明すると長くなるのですが。
「なるほどなるほど。それで?」
「奴は蝉の妖怪である
実々美は必死の訴えを投げかけた。
チルノはそれを聞き、一言一言に深く深く頷いた。
しかし、何を言っているかはほとんど分かっていなかった。事実チルノは夏休みをただ受け入れ、楽しんでいただけだった。そこに疑問や違和感など微塵もなく、こんな事もあるだろうという程度の認識だった。
それが急に色々説明されても、何もわからない。チルノが分かることは、三つ。
一つ、目の前の妖怪が困り果てている事。
二つ、この幻想郷が危険に晒されている事。
三つ、自分がヒーローとして必要とされている事。
だからチルノは自信満々に胸を張り、実々美に手を差し出した。
「任せろ! あたいがなんとかしてやる!」
無策。無知。無邪気。
それが幻想郷の命運を分けるとは、この時誰にもわからなかった。
「いたぞ!」
「しまった……!」
さっき素通りした妖怪達が戻ってきて、チルノと実々美を包囲する。全員が同じ姿で、見分けすら付かない。
「裏切り者だ」
「共鳴を切りやがった」
「我々にあるまじき蛮行、始末すべきだ!」
「おい実々美、こいつらはなんだ?」
チルノは不思議そうな顔で尋ねる。
名指しでチルノは尋ねたが、ここにいる全員が実々美なので誰に尋ねたか全くわからなかった。
チルノの隣の、ボロボロの実々美がゆっくりと口を開く。
「私達は蝉の妖怪で、全ての個体で一つの存在なんです。共鳴する程度の能力で全ての情報を開示・共有し、個体での自我は必要なく全員が同じ名前と姿なんです」
「ジジジ……そんな中共有を切って逃げ出した個体が出たのだ。情報漏洩を防ぐべく、裏切り者は排除されるのだ」
「なるほど……? つまり全員おんなじって事か?」
「ジジ……そうだと言っている」
チルノを囲む実々美はため息混じりに肯定した。
チルノは自身の置かれた状況を考察する。その結果導き出した答えは、正解とも不正解とも言い切れないものだった。
「お前らは悪い奴だな!」
「……やっちまおう」
チルノの一言で、実々美達が槍を向けた。
その瞬間、チルノは冷気を振り撒いて周囲の気温を下げた。
「っ!?」
「あたいに槍を向けたって事は、敵だな! 【氷王『フロストキング』】!」
周囲の温度が急激に下がり、槍を向けた実々美達が氷漬けになる。
チルノは拍子抜けした様子で、ため息をついた。
「また瞬殺してしまった様だな……あたいが最強なばっかりに!」
「本当に、最強……」
実々美は一瞬で氷漬けにされた同族の姿と、チルノを交互に見た。
正直な所実々美は、チルノが子供だからと大した期待を抱いていなかった。だがこの狭い幻想郷の知り合いに、強者が一人くらいはいるだろうと予想しての接触だった。
大判狂わせのダークホース。チルノは事実、この幻想郷で最強の力を手に入れていた。
「よし! 異変解決に出発するぞ! 舎弟の実々美!」
「え……舎弟っていうのは?」
「お前はあたいの舎弟だ! どうせまたこんな感じで襲って来る奴がいるだろうから、あたいが守ってやる!」
「……よろしくお願いします」
子供独特の超解釈に、実々美は混乱していた。だが流れに乗る事を重視し、笑顔のチルノの後を着いていく。
奇妙な二人組もまた、誰も知らない所で幻想郷の異変解決に動き出した。
「それで、どこに行けばいいんだ?」
「えっと……色々と指令がくだってまして」
実々美はそう言いながら、地面に幻想郷の大雑把な地図を書く。
そしていくつかのポイントに丸で印を付ける。
「太陽の加護という物がありまして、それを付与された者は絶大なパワーを得ます。ですがその代わり、気付かぬうちに周囲の温度を上げる副作用があって……」
「いいいい! よく分からないから結論だけ話してくれ!」
「あ、はい。つまりその加護を付けられた者が戦闘を行うと、幻想郷全体の熱度が上がるんです」
「……どういう事だ? ちゃんと説明してくれ」
実々美は頭を抱え、大きくため息をついた。
そして大きく深呼吸をし、チルノの目を真っ直ぐと見た。
「とりあえず、私達が与えられた指令は永遠亭という医療施設の襲撃です。治療施設を占領すれば、相手の戦力はガタ落ちします」
「じゃあその襲撃を止めればいいんだな!?」
「いえ、結界があって永遠亭に行けずにいた部隊がコイツらです」
実々美は氷像になった実々美を指差す。
チルノは眉を顰めながら、静かに首を捻る。
「じゃあ何でお前を追っていたんだ?」
「私もその部隊の一人だったんですよ。流石に医療施設を襲撃すれば死者が出ます、それは……あんまりにも酷い事でしたから」
「ふ〜ん。お前はいい奴なんだな」
「いえ、決していい奴という訳ではありません。同士である以上、私も同罪です」
「でもお前はもうコイツらの仲間じゃないんだろ? じゃあ大丈夫だろ」
チルノは平然とした様子でそう言い放つ。
実々美はその言葉に強い衝撃を受け、何も言えなくなった。
コイツらの仲間じゃないと言われた事による、生まれて初めての孤独。
大丈夫だと言われた事への、安心感。
二つの感情に板挟みになった実々美は、ただ黙ってしまった。
そんな自分の舎弟の様子を見て、チルノは優しく肩に手を置いた。
「おい」
「あぁ、はい。すいませ……ぷっ」
実々美が顔を上げると、変顔をしたチルノと目が合った。
実々美は咄嗟に顔を背けるが、吹き出してしまう。
チルノは満足そうに頷き、実々美の背中を叩いた。
「せっかくの夏休み、もっと楽しくやろう!」
チルノは万人に夏休みが与えられると思っている。だが、世の中には夏休みを謳歌出来ない者もいることをまだ知らない。
残酷だが無邪気な一言は、実々美の中に一種の諦めの心を生み出した。
「そうですね。せっかくですしね」
「よし! それじゃあ早速異変解決だ! まずは永遠亭の無事を確かめるぞ!」
チルノは意気揚々と永遠亭とは真逆の方向に歩き出す。
実々美はそれとなく方向を訂正しながら、チルノの後を着いて竹林の方に向かう。
数分も歩けば、すぐに迷いの竹林には辿り着いた。
「結界なくなってますね……」
「ふん、あたいにビビって結界も逃げ出すのさ」
チルノは自信満々に竹林に足を踏み入れる。実々美も遅れまいと、チルノの後を追う。
そして数十歩歩いた所で、チルノは立ち止まった。
「永遠亭ってどこにあるんだ?」
「……現地の人なのに知らないんですか?」
「お前は知ってるか?」
「いえ……でもいわゆる病院ですよね。なら分かりやすいですよ、きっと」
「……」
実々美はチルノの驚いた様な顔を見て、不自然さを感じた。
そして周囲を見回し、自分が歩んできた道を振り返る。そこはもう竹林の一部に溶け込んでしまっていて、どこから来たのかの判別ができなくなっていた。
「……あたいは知らないぞ」
「……今どこなんですか?」
「ここは竹林だよ、チルノ」
上空から声が聞こえる。
二人が見上げると、炎の翼を羽ばたかせる一人の少女が見下ろしていた。
不老不死の蓬莱人、藤原妹紅だ。
「こんな所で何やってんだ」
「あたいは異変解決だ!」
「そうか。じゃあ離れてろ」
妹紅は殺意の籠った視線を実々美に向けた。
その殺意に当てられ、実々美は体を震わせた。
「そいつは敵だ。私が殺す」
「コイツはいい奴だぞ! あたいの舎弟だしな」
「話が通じんな。一回休みになってもらうぞ」
妹紅は炎の翼を大きく羽ばたかせ、燃える羽を矢の様に飛ばしてくる。
チルノは氷壁を展開し、その攻撃を防ぐ。
妹紅はただその様子を見て、面倒そうに首を鳴らした。