東方狂奏夏【~Phantasy “Hot” Orchestra~】 作:トカゲの妖怪
「【滅罪『正直者の死』】」
妹紅は怠そうにスペルカードを発動し、弾幕の嵐がチルノに向かう。
チルノは冷静に氷の壁を作り、実々美と自分の身を守る。
「危ないからガキは帰れ」
「嫌だ!」
妹紅は忠告するが、チルノは氷の壁の裏で首を振った。
巨大なレーザーが竹林ごとチルノの氷壁を破壊する。弾幕も一つ一つが熱を持ち、チルノが苦し紛れに放った氷球を蒸発させていく。
「そいつは危険な奴だ、同じ姿の奴が至る所に潜伏してやがる。手当たり次第に結界を見つけては、ぶっ壊そうと画策してやがる」
「それとコイツは関係ない!」
「そんな事は知らない。手駒を減らし続ければこの異変の元凶も焦るだろって話だよ」
「コイツはもう他の奴とは関係ない!」
「どう言っても無駄か。やっぱり子供は苦手だ。【呪札『無差別発火の符』】」
妹紅は懐から手書きの札を放り投げ、札は風に乗ってチルノの方に向かう。
氷壁にピタリと張り付き、途端に札が発火する。一瞬で氷壁が溶け落ち、チルノと実々美は目の前に迫る大量の札に目を見開く。
「復活したらなんか奢ってやるから、許せよ」
チルノは無防備な実々美の前に両手を広げ、札を一身に受ける。
一瞬の間の後、チルノの体に張り付いた札が発火する。液体を通り越し大量の蒸気でチルノは包まれる。
「チッ、やり損ねたか」
妹紅は怠そうに実々美の前にやってくる。
実々美は怯えて腰を抜かし、目の前に突きつけられた妹紅の指を見つめる事しか出来なかった。
「何企んでるのか知らねぇけど……今回の異変はやりすぎだぞ、余所モン」
指の先に炎が点き、巨大化した炎は実々美を飲み込もうとした。
そんな妹紅の指を、誰かが押さえ込んだ。
「……待て」
「おいおい……結構本気だったんだぞ?」
立ち上る蒸気が一気に凍り、その氷を割ってチルノが現れる。
掴んだままの妹紅の腕を実々美から離させ、自分の方に向ける。
「あたいが最強だって事、忘れたのか?」
「たかだか氷精が……! おもしれぇ! 【蓬莱『凱風快晴 -フジヤマヴォルケイノ-』】!」
妹紅の足元から螺旋状の炎が立ち上り、チルノと妹紅を飲み込む。
炎の螺旋の中からではレーザーが飛び交い、二人の体を休む事なく焼き切っていく。
「【吹氷『アイストルネード』】!」
次の瞬間、炎の螺旋は燃え上がったまま氷に閉じ込められた。
一瞬だったが故に、氷漬けにされた妹紅も何が起こったか分からなかった。
ただ氷の螺旋の中で、チルノが得意げな顔をしている事が少し気に食わなかった。
「よっと」
チルノは氷の螺旋を叩き割り、外に出る。太陽の光を浴びて氷の螺旋は溶けだし、妹紅はすぐに自由の身になった。
だがチルノに負けたという驚きで動けず、ただ実々美を心配するチルノを見つめる事しか出来なかった。
「大丈夫か? 怪我とかしてないか?」
「は、はい……でもめちゃくちゃ燃やされてましたけど……」
「あぁ、体は氷で薄く包んでたから無傷だぞ! 名付けて、アイシクルアーマーなんてどうだ!」
「あぁ……なら良かったです」
「な、なぁチルノ。お前ってこんなに強かったか?」
妹紅の言葉にチルノは満面の笑みで振り返った。
「あたいは最強、誰でも知ってることだぜ!」
「……そ、そうか」
妹紅は氷漬けにされたせいか、チルノに負けたショックかで今までになく冷静になっていた。
不老不死とは言え猛暑は堪えるし、蝉の妖怪達は妹紅を見つけ次第襲ってくる。脅威と感じられている事自体は問題ないが、あまりにも数が多かった。
端的に言えばうんざりしていた。その鬱憤をチルノにぶつけていた自分に深く自戒の念を抱いた。
「なぁ妹紅」
そんな妹紅の耳に、チルノの声が届く。
顔を上げると、チルノが竹林の奥を指差している。
「竹林の事を知り尽くしてるんだろ? なら永遠亭に案内してくれよ」
「構わないが……どうして?」
「蝉の妖怪達が永遠亭を狙ってるらしくて、無事を確かめに行きたいんだ」
「……そういう事か」
妹紅は今朝から急増した、竹林の近くを彷徨くやたら好戦的な蝉の妖怪達に納得した。
「ならその役目は私が引き受けるよ」
「いいのか?」
「あぁ、だからとっとと家に帰りな」
「じゃあ頼んだぞ、妹紅!」
チルノは大きく伸びをし、何事もなかったかの様に竹林の中を歩き出す。しかしすぐに踵を返し、戻ってくる。
「ここどこだ?」
「ここを真っ直ぐいけば竹林は出れるぞ」
「オッケー!」
元気に走り去るチルノを横目に、実々美の肩を掴む。
怯えた実々美は、小刻みに震えながら妹紅を見上げる。
「何か悪さしてみろ、お前を探し出して燃やし殺すからな」
「……は、はい」
その返事を聞くと、妹紅は突き飛ばす様に実々美を離す。
実々美は振り返らず、チルノを追って竹林の中を駆けて行った。
妹紅はそんな二人の背中を見守り、足音も立てずに永遠亭に向かった。
一方チルノは少しずつ寄り道をし、順調に真っ直ぐのルートから外れ始めていた。
「長くないか?」
「どこまで歩けばいいんでしょうか……」
「もういい! あたい疲れた!」
チルノは駄々をこねる様に、大きな岩の上に寝転がった。
実々美も困った顔をし、その岩の側に腰を下ろした。その時、風がお尻を撫でた。
「ん? あ、この岩の下に空洞がありますよ」
「キョーミナイ! あたいは休憩してるんだからな!」
「なんか暖かいですね……」
実々美が空洞に顔を近づけた瞬間、空洞の奥が赤く光った。
そしてその明かりはどんどんと明るさを増し、空洞から熱気が噴出する。
「あつッ!?」
「なんだ? どうした?」
「何か熱い空気が」
実々美が空洞から顔を離し、チルノの近くに寄ろうと岩にしがみ付く。
その瞬間、二人の乗る岩が上空に吹き飛ばされる。岩の下方には巨大な火球が付いており、勢い衰える事なく二人を上空に打ち上げる。
「な、なんだ!?」
「何かに押し上げられてます!」
「こんなものッ! 一瞬の間もなく凍らせてやる!」
チルノは岩に手を当て、下の火球ごと一瞬で凍らせる。
だが上昇は止まらず、二人を乗せた氷塊は加速を続ける。
「こうなったら飛び降りるぞ!」
「えぇ〜!」
「ほら楽しめ! キャノンボール!」
チルノは実々美の手を掴んで、氷塊から飛び降りる。
チルノは完成を上げながら背中の羽で落下点を微調整し、目下に霧の湖を捉える。
「ほらお前も声出せよ!」
「せめて、せめて減速しましょうよ! 羽が凍って……!」
「大しぶき上げるにはスピードが大事って魔理ッッッ!!!」
二人が霧の湖に着水。もとい激突した衝撃で、大水柱が立ち上る。
そしてチルノは水面から顔を出し、実々美を両手で持ち上げる。
「楽し〜!」
「ゲホッゴホッ……なんで私生きてるんですか……」
「あたいが守ったからな! もう一回やろう!」
「やらない! 絶対やりません!」
実々美は這う様に水から上がり、湖のほとりで水を吐き出す。
チルノは濡れた服を絞りながらも、水面を凍らせながら湖から出る。
そんな二人に、日傘を刺した少女が近づく。
「あれ、バカ妖精じゃん。こんな所で何してるの?」
「あぁ? げ、パツキン吸血鬼!」
「フランドール・スカーレットよ、名前覚える気ある?」
フランはため息をつきながら、呆れた様子でチルノの頭を小突いた。
そしてその視線をゆっくりと、隣にいる実々美に向けた。
「それで……こいつは?」
「あたいの舎弟」
「ふ〜ん。最近暴れてる蝉の妖怪に見えるけど?」
「もうそいつらの仲間じゃないから平気だ」
何が平気なの?とフランは思いながら、実々美を回転しながら観察する。
その視線には吸血鬼特有の命を軽んじる感情が籠っているが、本人にその自覚はない。だが、その視線を向けられた者にはその感情を感じ取ってしまう。敏感に感じた体は恐怖に支配され、蛇に睨まれた蛙の様に動けなくなる。
「ふ〜ん……まぁいいや。ねぇチルノ、私退屈してるんだよね」
「あぁ? あたいはガキの相手する程暇じゃないんだよ、異変解決で忙しいんだ」
「はぁ? ……この猛暑でみんな遊んでくれないし、外に行くのも一苦労。私ストレス溜まってるのよ」
フランはチルノに立つ。
魔術や日傘で太陽対策をバッチリしたフランは、まるで薄い膜に包まれた様な異様さを放っていた。
「遊んでよ、拒否権はないからね」
「チッ、これも最強故の苦労ね。少し離れてな、巻き込まれると」
「ドカーン!」
言葉を紡ぐ途中で、チルノの周囲の空間にヒビが入る。
チルノは咄嗟にその空間から抜け出すが、次の瞬間その空間は破裂した様に砕け散る。
世界にぽっかりと穴が空いた様に抜け落ちた空間は、まるで虚無を埋める様に周辺の空間が引き延ばされ元に戻る。
「あれ、避けるって知能あったの?」
「あっぶな……あたいじゃなきゃやられてたぜ」
「はは、面白い冗談じゃん! 妖精にもジョークの才能があったなんて驚きだわ! 【禁忌『クランベリートラップ』】!」
フランは大きく飛び上がり、しっかりと片手で日傘を握ってもう片方の手で弾幕を放つ。
真っ赤な弾幕は一瞬で霧の湖を埋め尽くし、水面を這う様に低空でチルノに迫る。
「【氷符『フェアリースピン』】!」
「なんて優雅なのッ!」
チルノは凍らせた水面を滑り、まるでアイススケートを踊る様に弾幕を避ける。
回避不能と判断すれば氷柱を立て弾幕を防ぎ、弾幕に合わせて湖上を回転しながらジャンプする。
フランは平然な顔をしていたが、内心は焦っていた。
(な、なんで当たらないの!? というかコイツこんなに強かった!?)
チルノはどんどんと凍らせた湖上を滑りながら、フランとの距離を詰める。
フランは咄嗟に背中に隠したレーヴァテインを取り出し、魔力を流してチルノ目掛けて投げつけた。
「【氷符『ソードフリーザー』】!」
氷の剣を振り、チルノはレーヴァテインを弾き返す。
弾かれたレーヴァテインはフランの持つ日傘に突き刺さり、日傘に火が付く。
「あっ……! あぁッ!」
「とうっ!」
チルノが回転しながら高く飛び上がり、フランの頭上に巨大な氷のバリアを作る。
一瞬でレーヴァテインの炎で日傘は骨組みだけになるが、フランはただ氷のバリアの下で呆然としていた。
「また完勝してしまった……最強は辛いぜ!」
「完全に負けた……」
フランにとっては弾幕ごっこで負けた事もだが、チルノに命を救われた事がショックだった。
いつも馬鹿にしていた最弱妖精が、自分よりも強い。その衝撃でフランの心は怒りに満ちていた。
「いえ〜い! 勝ったぞ!」
「な、何かズルしたんだ! じゃなきゃ負けるはずがない!」
「負けを認めないのはすっごくダサい事だぜ、あたいが最強だって事は揺るがぬ世界の真実だ」
「〜〜ッ! 【禁弾『スターボウブレイク』】ッ!」
フランは背を向けたままのチルノに、弾幕を浴びせる。
チルノは一瞥すらくれずに、手だけをフランの方に向けた。
チルノの手から氷柱が空気を凍らせながら伸び進み、フランの放った弾幕ごとフランの半身を凍らせた。
「スペカを使うまでもない、あたいは最強だから」
「な……なんなの……?」
「その日傘はプレゼントだぜ」
チルノはそう言って、実々美を連れて炎天下の中を歩いていく。
フランは頭上を見上げる。自分の半身の氷から伸びた氷柱が、日傘の様に太陽から自分を守っていた。
「……絶対やり返してやる」
フランは密かにそう呟き、凍って動かし辛い羽を使ってチルノの後を追い始めた。