東方狂奏夏【~Phantasy “Hot” Orchestra~】 作:トカゲの妖怪
「それで、そのミズチって人に依頼されて我々は動いている」
「なるほどなるほど。そいつを倒せば異変は解決するって事だな?」
チルノは首以外を氷漬けにした実々美から情報を聞き出す。
しかし、お供の実々美はうんざりとしてその場に座り込んでいた。
「さっきも説明しましたよ、私が」
「え? ……いや、聞いてないな」
「あぁそうですか……」
「ジジジ……裏切り者め、お前に未来は無いぞ」
凍った体を捩りながら、実々美は不気味に笑う。
しかしその顔も一瞬で凍らされ、ただの氷像に成り果てた。
「う〜ん……みんなおんなじ様なこと言って分かりづらいな」
「だからぁ! 私達はそのミズチって奴の手下として雇われてるんですよ!」
「なるほど?」
「命令としてはいくつか部隊によって変わりますけど、大体は三つです。一つ、幻想郷の強者と重要拠点の監視・必要ならば捕縛や占領。二つ、太陽の加護を与えられた者への勧誘・戦闘行為の誘発。三つ、共鳴の能力によって幻想郷の熱度を上げる事!」
「……つまりあたいは強者だから、お前に監視されてるって事か!?」
「ちがッ! グゥゥゥ!」
何度説明しても理解しないチルノに堪忍袋の尾が切れたのか、実々美は地面に倒れバタバタと暴れる。
チルノは頭を抱え、頑張って理解しようとする。だが夏休みによって学問から離れていたチルノの頭は、いつもの数倍悪くなっていた。
「う〜ん……?」
「ふぅ……ふぅ……とりあえず、どこが分からないか教えてください。一つ一つ整理しましょう」
「はいはい! 質問!」
黒い帽子を被った少女が、ひょこひょこと手を動かす。
「どうして夏にする必要があるの?」
「幻想郷内の温度を上げて外の世界との温度差を作り出し、蜃気楼を発生させてミズチの力を底上げする為です!」
「は〜い! じゃあなんで幻想郷を狙うの?」
「それは……何ででしょうか。正直ミズチと直接やりとりしてるのは実々美の中でも力を持っている四天王だから、詳しい事は分からないです!」
「って事は操り人形って事?」
帽子の少女は首を傾げる。
実々美は一瞬口を固く結ぶが、意を決した様にまっすぐな視線を向ける。
「その通りです。復活するからと命を軽んじられ、オリジナルが何も干渉しないのをいい事に油煮という個体が全権を握っています。私はそんな現状を打破する為に今、こうして群体から離れて活動しているのです」
「お〜! どうやって打破するの?」
「……えっと、あんまり考えてませんでした」
帽子の少女はずっこけ、チルノに耳打ちする。
「この子大丈夫? 多分真っ先に敵陣に突っ込んで死ぬタイプだよ?」
「まぁそうなった時は、あたいも突っ込んで敵陣を壊滅させるから大丈夫だよ」
「ダメだ、馬鹿しかいない!」
額に手を当てながら、悩む様な顔をする少女。
すると、やっと実々美が違和感を覚えた。
「誰!?」
「やっぱり馬鹿しかいない!」
「あ、意識不明の奴!」
「無意識の古明地こいしだよ! それだと植物人間になっちゃうじゃん!」
こいしはツッコミながら、頭を押さえて姿を見せた事を後悔し始める。
森の中を呑気にぶらついていたら、面白そうな二人がいると混ざってみたが最後。既にこいしは姿を消して帰りたくなっていた。
「こんな所で何やってるんだ?」
「それは私のセリフだよ……チルノはともかく、あなたは見ない顔だけど?」
「あ、油熊実々美と申します。幻想郷に攻め込んできた蝉の妖怪達の、離反者です」
「……?」
一瞬頭にはてなマークを浮かべるが、こいしは自分の中で整理し易い言葉に変換して難を逃れる。
こんな自己紹介程度で脳をショートさせてしまっては、姉の様に立派になれない。そう心の中で思いながら、自分の頬を軽くつねり正気を保つ。
「あたいはチルノ!」
「知ってる。それで何してるの?」
「異変解決!」
「異変解決ごっこね。ふむふむ」
「今からその……なんだっけ」
「ミズチ?」
「そう! そいつが悪い奴だから倒しにいく!」
「ちゃんと理解しているじゃ無いですか!」
勝手に感動する実々美、それに対してチルノは訳もわからずふんぞり帰っている。
こいしはもうダメだと思い、自分の能力をフル活用して空気に溶け込む。無意識を使ったステルス、古明地さとりですら見破れるか分からないレベルだ。
そしてゆっくりと後退り、背を向けて駆け出そうとした瞬間。
「どこ行くんだ? 厠か?」
「え……?」
チルノが優しくこいしの肩に手を置く。
こいしは初めての経験に戸惑っていた。だが、触れられた瞬間に全てを理解した。
「無意識の領域に何かある……」
「?」
こいしはチルノの体の中に、何か強大な力を見た。
無意識領域下に存在するその力は、この幻想郷に降り注ぐ力と同じ物を感じた。
だが本人に自覚はなく、無意識を操るこいしでさえギリギリ感じ取れた力。そんなものがチルノの潜在能力を高めているのか。
こいしの中に、好奇心が湧いた。
「釣りの予定はキャンセルよ」
「なんだ?」
「私と少し戦ってよ、興味が出てきたから」
「またか!? さっきも絡まれたって言うのに……」
「少しでいいから……さッ!」
こいしは能力で姿を消し、一瞬でチルノから距離をとる。
そして素早くスペルカードを発動する。
「【『サブタレイニアンローズ』】!」
「【冷符『瞬間冷凍ビーム』】」
チルノの手からビームが発射され、こいしの放った薔薇の弾幕が凍りつく。
こいしは素早く凍った薔薇の裏を駆け抜け、チルノの背後に回り込む。
「無意識を使った不可視の移動、これが防がれれば……!」
ナイフを取り出しチルノの背中目掛けて両手で押し出す。
チルノの背中にナイフが触れた瞬間、ナイフが真ん中からパッキリと割れた。
チルノの背中、ナイフとの接触点には分厚い氷のパネルが張り付いていた。
「……やっぱり見えてる」
「ずっと変な動きで動いてるだけだったな。あれじゃ隙だらけだぞ?」
「ううん。もういいの、色々分かったし」
「そうか。でも弾幕ごっこでナイフを使うのはやめた方がいいぞ」
「あ、ごめん。無意識で……」
こいしは折れたナイフを地面に捨てる。そして興味深そうにチルノを観察する。
「えっと……さっきから一人で何してるんですか?」
こいしは実々美の方を向き、新しいナイフを目の前に突きつける。
しかし実々美は驚きもせず、まるで見えていないかの様に振る舞っている。
こいしは頷きながら、ナイフを大事そうに帽子の中に仕舞う。
「ねぇ、また今度遊んでよ」
「別に暇な時ならいつでもいいぞ」
「やった! じゃあまた今度ね!」
こいしはスキップしながら森の中を進んでいく。
チルノは首を傾げながら、その背中を見つめていた。
そして実々美は無意識下にいるこいしを見る事は出来なかったため、ずっとどこかを見ているチルノの事を不気味に思っていた。
そんな実々美の胸を、背後から槍が貫いた。
「裏切り者め」
「ここだ! ここが救難信号の発信源だ!」
「囲め囲め! 一人も逃すな!」
「実々美!」
チルノが焦った顔で実々美に駆け寄る。
背中から刺された槍は胴を貫通し、腹から飛び出ている。
実々美はその場に崩れ落ち、チルノの腕の中に収まる。
「しっかりしろ! 今傷を凍らせて……!」
「……やっぱり、悪い事するとバチは当たりますね」
「何言ってるんだ! 別にお前は悪い事してないだろ!」
「幻想郷に来るまでに、外の世界で色々悪い事をしました……幻想郷でもこの気温のせいで色んな人が困ってます……一瞬でも手を貸した私は、大罪人ですよ……」
チルノは実々美の傷を凍らせ、止血する。槍を削って飛び出た部分を取り除き、実々美を抱えたまま周囲に目をやる。
すっかり実々美達に囲まれ、ニヤついた視線と槍の先端を向けられている。
「私達はみんなで一つの妖怪……みんなの罪も、私が償えたらいいですね……」
少しだけ清々しい顔をして、実々美は目を瞑った。
チルノはゆっくりと実々美を地面に寝かせ、ゆっくりと拳を握る。
「裏切り者は排除完了」
「これより情報を聞き出した不穏分子を排除する」
「【凍符『マイナスK』】」
チルノが小さく腕を振ると、周囲の実々美達の大半が凍りつく。
繊細な氷は風が吹けばすぐに崩れ、凍った実々美達は粉々になった。
「つ、強いぞ! こいつ!」
「警戒しろ!」
「この異変は全部あたいが解決する、お前達も逃さない全員絶対零度の刑だ」
「やるぞ! 【絶叫『時雨5000ヘルツ』】!」
実々美達は一斉に、大きく息を吸い込む。
その瞬間を逃さず、チルノは手の平に息を吹きかける。氷の飛沫が中を舞い、息を吸い込んだ実々美達の口に吸い込まれる。
「カ、カハッ!」
「コホッ! ゲホッ!」
「つ、冷たいぃ!」
「痛い痛い痛い! 肺が痛い!」
氷の飛沫を吸い込んだ実々美達は胸から喉を掻きむしり、パニック状態に陥る。
吸い込まなかった実々美達も共鳴によって苦痛を共有され、苦しそうにもがく。
「『体内氷結』そして『内臓機能不備』。肺から氷結し、これから数時間耐え難い苦痛がお前達を襲う。助かる方法はない」
「ふざけ……ゲホッ!」
「共有を! 切れ! カス共!」
「私を助けろ! 助けろぉ!」
実々美達はお互いを罵り合いながら、掴み合いの喧嘩を始める。
それを哀れに思いながら、チルノはスペルカードを発動する。
「【氷塊『グレートクラッシャー』】!」
氷塊を作り出し、周囲の実々美達にぶつける。
体内が凍った実々美達は氷が砕け、口から砕けた氷の粉末を吐き出しながら氷塊に潰されてぺちゃんこになる。
その場に立つ実々美がいなくなると、チルノは自分の足元に倒れる実々美に手を当てる。
「……ごめんな、あたいお前を守れなかった」
チルノは自分の無力感から、胸に当てた拳を強く握った。
すると、ふにょんとした柔らかな感触が帰ってくる。
チルノは不思議に思いながらも、実々美の体を起こす。
「……なんだこれ、背中に亀裂が入ってる?」
実々美の背中には亀裂が入り、体は全体的に薄い皮膜の様なもので包まれていた。
そしてゆっくりと、実々美の体の亀裂から裸の実々美が排出された。
「……はっ! ここは!?」
「い、生きてたのか〜!」
チルノが脱皮したての実々美に強く抱きつく。
すると実々美はぐにゃりと折れ曲がる。
「うわぁぁぁぁぁ!!!」
「うわぁぁぁぁぁ!!! 私の体どうなってるんですか!?」
「うわぁぁぁぁぁ!!! どうしよう!」
「と、とりあえず手で広げてみてください! なんとかなるかもしれません!」
チルノは慎重に、実々美の体を手で引き伸ばす。
しかし不器用なチルノにはうまく出来ず、不恰好な姿になってしまった。
腕は変な方向に折れて、腹は捩れて折り目がついている。
そしてチルノは実々実の体の感触が、どんどん固くなった事で引き伸ばす事もできなくなってしまった。
「……ごめん」
「……いや、まぁ。嬉しかったのは伝わりましたから……」
実々美は折れた腕を骨折を治す時の様に添木をして、破った服の切れ端を巻く。
捩れた腹はどうしようもないので、倒れている実々美から服を奪って隠す。
「でもなんで生きてたんだ?」
「分かりません。脱皮したとかいう話も聞いた事ないですし……」
実々美は自分の体を不思議そうに見回しながら、動作を確認する。
だがその途中で地面に膝をつく。
「うん……でもすごく疲れてます」
「分かった。じゃあ少し休もうか」
チルノは氷でかまくらを作り、中に実々美を運び込む。
夏の太陽は姿を隠し、ゆっくりと夜がやってきた。