東方狂奏夏【~Phantasy “Hot” Orchestra~】 作:トカゲの妖怪
夜の帷は既に降り、二人はかまくらの中で焚き火を焚いていた。
既に日が沈んで数時間が経過し、実々美の腕はおおよそ正しい形に戻っていた。しかし髪は脱皮直後の透き通った色のままで、実々美はしきりに自分の髪をいじっている。
熱に透かせば向こう側が見え、指を離せばまるで羽の様にふわふわと落下する。
そんな様子を見ていると、寝転んだままのチルノが口を開いた。
「体はどうだ?」
「え、あ。体はもう大丈夫です。全体的に安定してます」
「そりゃよかった」
チルノは安心したように微笑んだ。その時、二人のお腹が同時に鳴った。
「実々美も動ける様になったし、そろそろご飯を取りに行くか」
「私待ちだったんですね」
「抱きしめただけでぐちゃぐちゃになる舎弟をほっとけるかよ」
チルノは冗談めかしてそう言いながら、かまくらから外に出る。
外はすっかり真っ暗で、月明かりが空で輝いていた。
森の中にポツリと立ったかまくらは、外側だけが溶けて周囲に水溜りを作っていた。その水溜りは少しだけ暖かく、昼間の猛暑を物語っていた。
「今日は何を食べようかな。昨日は魚だったし、今日は肉が食べたい」
「ならこの時間は動かない鳥を狙うべきですかね」
二人は周囲を見回しながらかまくらから離れようとする。
次の瞬間、かまくらが爆発した。
高く舞い上がったかまくらの破片は雹の様に降り注ぎ、雹のシャワーの向こう側に紅く光る二つの目が見えた。
「肉は食べられない。なぜならここで終わりだから」
「……また遊びに来たのか?」
木々の間から月明かりが差し、その姿を照らしだす。
半身をビシャビシャにしながら、フランドール・スカーレットがそこにいた。
「もう一度、再戦よ。当然、今から!」
フランはすぐ側の木を癇癪で破壊する。
チルノは舌で唇を舐め、静かに息を潜める。数秒間、静かな森の中で二人は見つめ合う。
「いいぜ」
「壊れろ!」
チルノの言葉を聞いた瞬間、フランはチルノに向かって拳を握る。
空間が捩れ、チルノの胴体が捩れに巻き込まれる。その瞬間チルノは氷塊を作り、フランの方に投げつける。空間の捩れは氷塊に押し戻され、フランの目の前で氷塊ごと破砕する。
フランの能力は『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』、それは対象の『
だが
「ぐっ!?」
チルノの脇腹が弾け飛ぶ。即座に凍らせ応急処置をするが、その様子を見てフランは笑みを浮かべる。
「やっぱりお前は弱い! 昼間のは間違いだったんだ!」
フランの目にはチルノの破壊の目がはっきりと見えていた。
手の平を突き出し、チルノに向かって能力を発揮する。
「きゅっとして……!」
「く!」
チルノはフランとの間に氷壁を作り出す。
「ドカーンッ!」
その氷壁は一瞬で粉々になり、フランは満面の笑みを浮かべてゆっくりと歩いてくる。
「どうして昼間はあんな事になったのかしら。やっぱり太陽のせい?」
フランは骨組みだけの日傘を楽しそうに振り回しながら、倒れたチルノの前にしゃがみ込む。
「やっぱり吸血鬼は夜にこそ本領を発揮するのよね」
「パンツが見えてるぞ……」
「ッ!」
フランは慌てて立ち上がり、スカートの裾を握って隠す。
その瞬間チルノは飛び上がり、スペルカードを発動した。
「【雹符『ヘイルストーム』】!」
「しまった!」
渦巻く冷風がフランの肌を切り裂き、その風に振り回される雹が視界を塞ぐ。
素早くチルノは木の影に体を隠し、フランの視界から完全に消える。
「ち、チルノさん……」
「あぁ?」
チルノが姿を隠した場所には、既に実々美が隠れていた。
チルノは舌打ちを一つして、氷壁を作って体を隠しながら実々美から距離を離した。
フランは耳を澄ませ、チルノが走り抜けた氷壁を次々と破壊する。
「逃げ惑え! 恐怖しろ! これが吸血鬼、フランドール・スカーレットだ! 【禁弾『過去を刻む時計』】!」
「ッ! 【氷符『アイシクルフォール』】!」
弾幕で形作られた時計が暗い森の中に現れる。
チルノは咄嗟に弾幕を張り打ち壊そうとするが、灼ける様に紅い時計はチルノの弾幕を全て飲み込む。そしてゆっくりと回転を始め、地面を焼き切りながらチルノを追いかけ始める。
「キャハハハハ! 嬲り殺してやる!」
フランは上空に飛び上がり、地上のチルノに向かって弾幕を放つ。
チルノは車輪の様に転がる時計を避けて見送るが、時計は斜めに地面を抉り方向転換を行う。
空から降り注ぐ弾幕は木々を撃ち抜き、チルノの視界も塞ぐ結果となった。
「どこだ……! 何も見えない!」
「きゅっとして……!」
フランの声に反応し、上空に向けて巨大な氷のバリアを張る。
「危ない! 避けて!」
「ッ!」
実々美が弾幕の雨から逃れながら、チルノに向かって叫ぶ。
チルノはそれに従いバリアを投げ上げ、手から氷柱を生成しその場から急速に離れた。
「ドカーン!」
氷のバリアが粉々に砕け散ると同時に、さっきまでチルノがいた場所を複数の時計が通り抜ける。
チルノが生成した氷柱は細切れになり、粉雪の様に儚く散った。
「邪魔者もう一匹みーっけ!」
フランは見通しの良くなった森の中に、実々美の姿を見つける。
そして手の平を向け、ゆっくりと狙いを定めた。
「きゅっとして!」
「【氷符『アイシクルマシンガン』】!」
チルノは上空のフランに向けて、指を突き出し氷の礫を次々と放つ。
フランの攻撃を妨害しようと試みるが、フランは一瞬も目を逸らさず拳を握りしめた。
「ドカーン!」
「うッ! ……あれ、生きてる?」
実々美は恐怖からしゃがみ込んだが、何も起こらない。
恐る恐る目を開けると、千切れた髪の毛がふわふわと目の前を落ちていった。
「あれ? 破壊し損なったかしら?」
「隙だらけだ!」
チルノは狙いを付けて氷の礫を発射する。
フランは身を丸め、氷の弾丸を避けて森の中に降りてチルノとの射線を切った。
「実々美! 無事か!?」
「ぶ、無事です!」
「よし! ならあたいの命令を聞け!」
「えぇ!? 何を命令するんですか?」
「これから伝えるからこっち来い!」
チルノは実々美を呼び出す。
大声で繰り広げられるその会話を聞きながら、フランは氷の弾丸が掠った部分を摩る。
「……冷たい。と言うか凍っている? どうして……?」
フランは氷の弾丸が掠った部分を爪で触ると、パリパリとまるで薄氷の様に割れた。
指で摘み上げ、両手で擦り潰す。
「ふん、まぁいいわ。すぐに戻ってバラバラにしてやるから!」
フランは宝石の様な羽を月明かりに広げ、大きく振るって森の中を飛ぶ。
進行を邪魔する木々は破壊して薙ぎ倒し、自分の位置を知らしめるかの様に弾幕を前方にばら撒き続ける。
その時、森の奥。木の影に月明かりが反射した氷の刃が見えた。
「そこ! きゅっとして、ドカーン!」
能力をフル活用し、木の裏にいるであろうチルノごと空間を破壊する。
フランは鼻歌を歌いながら、ゆっくりとその木々の残骸に近づく。
「〜〜〜♪ かくれんぼが下手ね、もっと頭を使ったら?」
木々の残骸を力任せに蹴り飛ばし、チルノの残骸を探す。だが、そこには氷の刃の残骸しか埋もれていなかった。
「今度はあたいが鬼だ」
背後からチルノの声が聞こえ、振り向きざまにレーヴァテインを振る。
しかしそこには何もおらず、フランの頭上で何かが木に隠れる音が聞こえた。
「うわっぷ!?」
フランが見上げると同時に、何か透明なものがフランの顔にかけられる。
蜘蛛の巣の様な触り心地で、取っても取ってもその透明な物は取りきれない。
「ウガァァァ!」
能力を使ってその透明な物を破壊するが、何十本もある糸の一本が破壊されただけでまだまだまとわりついている。
「足元注意だぜ」
「チルノォォォ! どこだぁぁぁ!」
一瞬で森の中の気温が下がる。
夜露は凍り葉を地に垂らし、地面に残った水分は一瞬で霜や薄氷に変わった。
チルノが散々振り撒いてきた雹や、フランが破壊してきた氷壁は既に夏の夜の暑さで溶け出していた。
フランの足元には分厚い氷の床が出来上がり、フランの足を飲み込んでいた。
「足がッ!? こんなものッ!」
「後ろがガラ空きだ!」
フランは体を捻って背後に視線と腕を伸ばす。
チルノを見つければ一瞬で破壊するという決意を固めて。
「……ぶっ壊れろ! ドカン!」
人影が一瞬視界に映った瞬間、フランは目標を破壊した。
ガラガラと崩れ落ちる氷塊、その後ろには実々美が立っていた。
「違う! これは……!」
「あたいは危ないから隠れてろって言ったんだ」
フランは自分の両手が凍らされ、巨大な氷塊の重さに腕が下がる。
「でも私はそれじゃ納得出来なかった。私だけ安全圏で見学なんて、あまりにも薄情だから」
「あたいの作戦は完璧だったが、お前の補助も見事だったぜ!」
チルノと実々美は違いにハイタッチする。
フランは重い両腕を持ち上げ、チルノの方に向ける。しかし凍った手の平は握れずに、破壊の能力は発動しない。
「悪いな、お前の髪の毛を目隠しなんかに使って」
「いえ、お役に立てて何よりですよ」
実々美は短くなった髪をさらさらと撫でながら、月明かりに晒す。
チルノは額を実々美に付き合わせ、実々美の後ろ髪に指を通す。
「あたいと一緒だな」
「そうですね!」
フランは月明かりに照らされた二人を見つめながら、己の心の鎮まり様に驚いていた。
チルノに二度負けたこともそうだが、あのチルノに【作戦】を使われ負けた事実が今後一生ない程の激情だった。
だがそんな感情の大洪水はフランの心の許容量の何倍も沸き起こり、一周回って冷静になっていた。
静かに凍った空気を吸い込み、フランは訳も分からず一粒だけ涙を流した。
「よーし、それじゃあ吸血鬼! お前の負けだ! 分かったな!?」
「……うん、分かった。負けでいい」
「え? ……あんなに怒ってたのにもういいのか?」
「うん……なんだかどうでも良くなっちゃった。早く紅魔館に帰りたい」
「……そうか。なんだかすごく大人な対応をされている気がする!」
チルノはフランの体に付いた氷を取り除き、顔に付いた実々美の髪の毛を取り除く。
フランはパッパッと服の汚れを払い落とす。
「あーっ! 妹様!」
「美鈴? なんでこんな所に?」
茂みを掻き分け紅魔館の門番、美鈴がフランに駆け寄った。
そして無事を確認すると、頭に優しくチョップした。
「こんな時間まで何してるんですか! 帰ってこないからみんな心配してますよ!」
「……ごめん、なさい。ちょっと遊んでもらってたの」
「そうなんですか? って氷精と……誰ですか? 似てますけど……」
美鈴は目を細め、実々美を観察する。
実々美は急いでチルノの背後に隠れる。
「恥ずかしがり屋なんだ、そっとしといてくれ」
「……気の形が違うから違いますかね。さぁ妹様、早く帰りますよ! 紅魔館が襲撃されたせいで今大変なんですから!」
「襲撃!? 襲われたの誰に!?」
「安心してください妹様、みんな無事です。でもお嬢様が妹様がミズチに攫われたんじゃないかって大慌てで……」
「ミズチ!? もう出てきたんですか!?」
実々美がチルノの背中から乗り出す。
美鈴は驚きながらも、思い出す様に目を瞑る。
「急に現れて、明日幻想郷を支配する! とか言ってたの聞いてませんでしたか?」
「……かまくらの中だったから聞こえなかったのかな」
「明日のお昼頃には決断しろ〜とか言ってましたよ。異変解決には巫女達も動き出してるので、お二人とも巻き込まれない様に気をつけてくださいね。さ! 妹様帰りますよ!」
「ちょっ! やめて!」
美鈴はフランをお姫様抱っこし、素早い動きで森の中を駆け抜けていった。
二人が暗い森の中に姿を消すと、チルノはポリポリと頭を掻いた。
実々美は焦った様な様子で、何かをぶつぶつと呟いている。
「早い、早すぎる……巫女が動き出した……? 太陽の加護が無くても戦闘で熱度は上がる?」
「おい、大丈夫か?」
「……どうしましょう。もう手を付けられないくらいミズチは成長しているかもしれません」
「落ち着けって。ひとまず夜ご飯を取りに行こうぜ、もうお腹ペコペコだよ」
チルノはそう言って、暗い森の中を歩き出した。