東方狂奏夏【~Phantasy “Hot” Orchestra~】 作:トカゲの妖怪
チルノと実々美は、大量の実々美達が渦巻く雲の中に突入する。
チルノは自分の弾幕で正面から迫る実々美達を倒し、周囲から向かってくる実々美達はファンネルが撃墜する。
背後から追ってくる傀儡達はチルノの背後にピッタリと着いた実々美が、槍と弾幕を使って迎撃する。
「この上だな!?」
「そうです! そのまま真っ直ぐです!」
「よし! しっかい着いて来いよ!」
チルノは周辺の実々美達を一掃しながら、どんどんと高度を上げていく。
そしてついに、分厚い実々美達の雲を抜けた。
「あれだな」
「もう戦ってます……!」
空の上では、巨大な山々が聳え立っていた。
霧が空間を濁らせ、その中でレーザーの光だけが飛び交っている。
その山々の頂上に、チルノは黒幕の姿を捉えた。
「ここで作戦の最終確認を」
「そんな場合じゃない!」
チルノは実々美を放ったらかし、ミズチの元に急いだ。
目下の山脈の間で、紅白や白黒がレーザーを避けて動き回っている。
仲間のピンチを遠巻きに見ながら作戦を確認できるほど、チルノは白状者ではなかった。
「パーフェクトフリィィィズ!!!」
自身の力をフルに使い、周囲の気温を一気に落とす。山々を凍らせ、霧は固形になり落下する。
一瞬で晴れ渡った空で、チルノはミズチと相対した。
「お前がミズチだな!」
「……あなたは?」
「よくぞ聞いた、あたいの名はチルノ! お前を倒し幻想郷を救う最強の妖精だ!」
背中に浴びる視線に、チルノは鼻息荒く興奮する。
本人はヒーローに向ける様な羨望と感謝の視線だと思っているが、事実は(なぜお前がここに?)という疑問の視線だった。
そんなチルノに、やっと実々美が追いつく。その実々美を一瞥し、ミズチは片眉をあげた。
「お前は……?」
「こいつはあたいの舎弟だ! 文句あるか!」
「……なるほど。共鳴を切った裏切り者が出たと言う報告は、貴方ですのね」
ミズチの鋭い視線が実々美の体を貫く。
実々美は唾を飲み込み、拳を強く握る。
「そうだッ! 私は油熊実々美! お前の道具でもなく、集合体の中の一つでもない! 一人の妖怪だッ!」
その瞬間、ミズチの顔に苛立ちが浮かぶ。
「不愉快ですわ!」
ミズチの姿が揺らぎ始めるより先に、チルノは氷弾をミズチに向かって撃ち込む。
氷弾はミズチを掠り、ミズチの体は空間にはっきりと映し出される。
「な、何!?」
「聞いたぞミズチ。お前は神様でも何でもない、蜃気楼を操る龍だってな!」
チルノは実々美から渡されたカンペを腕に隠して、大きな声で読み上げる。
「外の世界が冬だから……幻想郷を夏にして気温差を生む。そして蜃気楼を発生させ自分の力を増幅させる! これ、それ? それがお前の企みだ!」
「……全部バレていても、この私を倒す事は出来ませんわ」
「……」
チルノは実々美の方に視線をやる。
実々美は慌てた様子で小声で叫ぶ。
「今です! やっちゃってください!」
「……何だっけ?」
「もう全力でぶちかましてやっちゃってください!」
「わかった! ……【凍符『マイナスK』】」
チルノがスペルカードを発動し、ミズチに無数の氷弾が浴びせられる。
周囲の気温は氷弾によって急激に下がる。
「……あ。温度差が無くなれば、蜃気楼は使えない!」
「完璧です!」
「……【『インビンシブル・カルテット』】!」
ミズチが四人に分裂し、四方に散らばって逃げていく。
霊夢や魔理沙などの先に戦っていた奴らが、四組に分かれてミズチを追っていった。
チルノと実々美はその場に留まり、ただ空中を睨んでいた。
「カルテット……それは五人奏。分身四体私一人で奏でる攻撃を、今回は囮と脱出に使いたかった」
ミズチがベールを脱ぐ様に、その姿を現す。
「あなたなら、きっとそうすると思ってました」
「えぇ。だから口封じをする為に、今ここに私はいますわ」
「あたいを無視して舎弟と話すのはやめてもらおうか? ミズチ」
チルノはファンネルを自分の周囲に展開しながら、ミズチと実々美の間に割り込む。
ミズチは自分の心を落ち着ける為に大きく深呼吸をし、鋭い視線をチルノに向けた
「チルノ……と言いましたね。あなたは何故私と敵対するのですか?」
「幻想郷を救って英雄になるためだ!」
「なるほど、子供らしい純粋な考えですね。ですが大人の世界には複雑な事情があるのです、ここはお引き取りくださいな」
「断る!」
チルノは断言した。
ミズチは小さくため息を吐き、弾幕を展開する。
「なら排除しなければいけませんね。【伝説『水平線の竜宮城』】!」
「【氷塊『コールドスプリンクラー』】!」
ミズチが弾幕を放つと同時にチルノはスペルカードを展開。
神がかり的な速度でミズチの弾幕を氷塊で撃ち壊す。
巨大な城の様に聳え立っていたミズチの弾幕も、一瞬で凍りつく。
「ッ!? 何故太陽の加護が!? いや似ているが違うッ!」
「太陽なんかあたいの敵じゃないぜ! 【氷符『クールサンフラワー』】!」
チルノが氷で形作った向日葵弾をミズチに発射する。
ミズチは大剣でそれを弾き飛ばす。
しかし一瞬迷い、自ら向日葵弾を受けに行く。氷の向日葵の花弁が皮膚を切り裂き、受け止めた衝撃でミズチは吹き飛ばされる。
「……そういう事か! 氷の妖精!」
「なんだ? 命乞いなら聞いてやってもいいぜ」
ミズチは大きく息を吸い、周囲に炎を吐き散らす。
チルノは咄嗟に実々美を氷で守るが、自分自身は炎の中に呑まれる。
「うわぁ!」
「チルノさん!」
炎を止めたミズチは、チルノの事を注意深く観察する。
チルノの体は溶け始めるが、すぐに冷気を使って自分の体を繋ぎ止める。
「……そんなもんか!」
「いいえ、全て分かりましたわ。あなたの秘密が」
「何だ、何言ってるんだ?」
炎の予熱とチルノの冷気が混ざり合い、周囲に蜃気楼が立ち込める。
屈折した光はミズチの姿を歪め、一瞬で姿を消した。
「どこ行った!」
「冷気を! 冷気を使って蜃気楼を消し飛ばして!」
「分かった!」
チルノは冷気を発生させ、周囲の温度を下げる。
だが、どこを見てもミズチの姿は見えない。
「勇者。その呼び名が相応しいですわね」
「何だ?」
「その強さもさる事ながら、何よりも特筆すべき点は選ばれた者という点ですわ」
「選ばれた? 何の話だ?」
「耳をかしちゃダメです! きっとどこかからチャンスを伺っているはずです!」
実々美は槍を片手に、周囲を警戒する。
ミズチの声は聞こえども、姿は一切見えない。
「英雄は何かを成し遂げた者、ですが勇者は選ばれた者。チルノ。あなたは英雄ではなく、間違いなく勇者ですわ」
「危ない!」
実々美がチルノを突き飛ばす。
その瞬間背後に現れたミズチが、大剣で振り下ろす。
実々美は槍を使ってミズチの大剣を受け止める。
「実々美ィ……ッ! 裏切り者の末路は想像がつきますわよね!」
「分かってる……! それでも現状を変える可能性があるのなら、私はそれに賭けた! チルノさんに全部賭けてやる! 命も、未来も、何もかも!」
「叶う事のない幻想を抱えて、死んでいきなさい!」
ミズチの大剣が槍を真っ二つに切り裂き、実々美の胴を切り裂く。
実々美は崩れる様に落下し、その後ろで構えていたチルノとミズチの目が合う。
「【氷符『アルティメットブリザード』】!」
ミズチとチルノは氷の球体に閉じ込められ、内部で吹雪が吹き始める。
氷の様な雪はお互いの体にぶつかり、二人は吹雪越しに見つめ合う。
「何の真似ですの……?」
「お前を捕まえた。それが事実だ」
「ふん。実々美一体を犠牲にしてですわよね。ですが残念、私本体ではありませんのよ」
「……何だって!?」
「あなたとは相性が悪そうだったので、本体は……確か博麗の巫女が追いかけていった者でしょうかね」
「マジか……お前って頭が切れるんだな」
ミズチは急に称賛された事に驚き、不自然そうにチルノを見た。
「お友達を切られたのに随分とフレンドリーですのね」
「後ろ、見てみなよ」
「後ろ?」
ミズチは後ろを向く。
すると吹雪の向こう側、氷の向こうにさっき切ったはずの実々美がいた。
「何故!? さっき切ったはず……!」
「あたいの氷の鎧を着せてたんだ。実々美から不意打ちを使ってくるって聞いていたからな」
「……まさかこの氷の球体に私を確実に閉じ込める為に!?」
チルノはゆっくりと吹雪の中を、ミズチの方に近寄っていく。
「本当は捕まえるだけで良かったんだ。でも、分身なら容赦はいらないな」
「全て作戦の内だったと……! そういう事ですの?!」
「その通り! お前は頭が切れる! ならもっと頭が切れるあたいが負けるはずがない!」
「このっ!」
ミズチは大剣を振り上げ、チルノに切り掛かる。
しかしチルノは大剣を片手で受け止める。
ミズチはその手ごと切り落とそうとするが、大剣はぴくりとも動かない。それどころか、大剣から手が離れない。
「超超超低温の世界にようこそ。ここじゃ蜃気楼も発生しないし、感覚だって凍って消える。全てがゼロの世界だ」
「くくく……ハハハハハ! 完敗ですわね、見事としか言いようがありませんわ」
ミズチは諦めたかの様に、柔和な笑顔を浮かべる。
「ここなら誰にも届かない。少しくらい本心でもバチは当たらないですわね」
「ん?」
「実のところほっとしていますのよ。これだけ強い者がいれば、きっと大丈夫だって」
「何の話だ?」
チルノが聞き返すと、ミズチが顔をまっすぐ向ける。
しかし、凍った口の端が砕けて落ちる。
凍ってしまった手足も、だんだんと吹雪に削られて形がなくなっていく。
「……時間がありませんわね。後の話は本体からでも聞いてくださいませ」
「そうか……なぁ、実々美は私がもらってもいいか?」
「あの子ですか? あの子本人がいいと言うならいいですわよ。というか私は雇っているだけで、私の所有物ではありませんし」
「なら良かった。悪の支配者・卑怯の体現って聞いてたが、案外話せばわかる奴だな」
「ふふ。よく言われますわ」
笑顔で笑うミズチの顔が崩れる。
氷塊が吹雪に削られ、どんどんと形がなくなる。
「あぁ、そうですわ」
残った口と喉が、言葉を吐き出す。
「あなた、夏に由縁があったりいたします?」
「夏……? 夏じゃなくって冬ならあたいの季節だぞ。前に異変で日焼けした事はあるけど」
「なるほど……今の季節は冬、それに加えてその夏の由縁があなたの力の源の様ですわね」
「力の源……?」
「本来相入れない二つの季節の力が混ざり合い、本来あり得ない程の力を出した……ふふ、反動には気をつけてくださいませ」
「……よく分からんが、分かった!」
チルノが返事をすると、ミズチは笑顔を浮かべて崩れ去った。
チルノは氷の球体を蹴り破り、外に出た。
「お疲れ様です、チルノさん」
「あぁ、でも本体じゃない。分身体だった」
「なら急いで本体を探しに行きましょう」
「いや、その必要はない」
チルノは急ごうとした実々美を静止する。
そしてキメ顔でこう言った。
「あいつらに手柄を譲ってやるのさ!」
「おぉ……!」
実々美が感心した声を上げた瞬間、チルノは崩れ落ちる様に実々美にもたれ掛かる。
そしてすやすやと寝息を立て始めた。
「……お疲れ様です」
実々美はチルノを背負って、ゆっくりと地面に降下した。
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チルノを背負い、かまくらへの帰路を行く実々美。
その目の前に、スキマが開いた。
「あら、ご帰宅かしら?」
「……誰ですか?」
「この幻想郷の管理者、八雲紫です」
実々美は紫を睨みながら、静かに呼吸を整える。
いつでも逃げられる様に足に力を込め、紫の行動を注視した。
「……」
「分かっているわ。あなたは他の蝉の妖怪とは違う」
「っ!」
「労いに来たのよ、二人をね」
紫はスキマを開き、小さなビチャビチャの氷塊を手に乗せる。
実々美には、その氷塊に見覚えがあった。
「あっ!」
「そう、二人が今日の朝から幻想郷にばら撒いた氷塊の一つ。これをやったのはあなた達ね? 理由を聞いてもいいかしら?」
「……氷塊を置く事で幻想郷の気温を下げ、少しでも蜃気楼の発生を抑える。それでミズチの力を削ぐ作戦でした」
「なるほど……」
紫は実々美の目の前に歩み寄り、実々美の手を握った。
「捕らえたミズチが話したわ、前日よりも蜃気楼が発生しづらかったと。あなたこそ幻想郷を救った英雄よ」
「いえ、私じゃありません」
実々美が、すやすやと寝息を立てるチルノを前に出す。
「出せる限界まで氷塊を出した上に、ミズチの分身も倒した。この人こそ真の英雄ですよ」
「あら。力を使い切って、疲れて寝ちゃったのね」
紫は優しくチルノの頬を突く。
「じゃあ報酬はどうしましょうか」
「報酬?」
「誰よりも早く異変解決した人に渡す報酬。願いを一つ叶えようと思ってたんだけど」
「願い……ですか……」
そんな時、チルノが寝言を呟く。
「舎弟……どこか行くのか……?」
「行きませんよ。私はあなたの舎弟ですから」
実々美は顔を上げた。
「私がこの幻想郷でも生きていける様にしてください。それが願いです」
「……分かったわ。新たな仲間として歓迎するわ、油熊実々美。幻想郷へようこそ」
紫はそう言って、スキマに消えた。
チルノを背負ったまま、実々美はまた歩き出した。
~後日~
チルノはふかふかの布団の上で目を覚ました。
側に座っていた上白沢慧音が顔を覗き込み、静かに微笑んだ。
「やっと起きたか。一週間まるまる寝ていて心配だったんだぞ」
「ここは?」
「ここは私の家だ、八雲紫からお前達の身を任されてな。お〜い目覚めたぞ〜!」
慧音が大声を上げると、廊下をバタバタと走り誰かが部屋に飛び込んでくる。
そこには、透き通った髪の実々美が一人。粥を持って立っていた。
「よかった〜〜〜!!!」
「お、舎弟の実々美! 久しぶりだな!」
「ずっと目を覚さないかと心配だったんですよ〜〜〜!」
泣きながらチルノに縋り付く実々美に、慧音は不思議そうな顔をした。
「詳しくは聞いていないが、何があったんだ?」
「チルノさんは私の命を救ったり、幻想郷を救った英雄なんです!」
「そうだ! あたいはすごいんだ!」
「ははは! そりゃすごいな!」
慧音は笑いながら、チルノの頭を撫でる。
実際慧音は信じていない。新聞にもチルノの事は書いていないし、誰もその活躍を見ていないからだ。
だが、チルノにはそんな事はどうでもよかった。一夏の冒険が素敵な思い出となった事が大事だった。
「あぁそうだ。ちょうどチルノにお客さんが来てたんだ」
慧音がそう言うと、部屋の襖が勢いよく開く。
「おうチルノ! 竹林でのリベンジさせてくれよ!」
「ちょっともこたん、私が先に遊ぶ約束してたんだから! ね、遊ぼう!」
「わざわざ私が昼間に来てあげたんだから。私を優先すべきよね、チ・ル・ノ!」
そこには妹紅、こいし、フランの三人が目を輝かせて待っていた。
チルノは布団を跳ね除け、自信満々に立ち上がった。
「あたいの実力、改めて見せてやる! 着いてこい実々美!」
「はい! どこまでも着いていきます!」
二人は寺子屋の外に駆け出す。
だがチルノは知らない。自分の力を底上げしていた夏の力は消滅し、さらには季節は冬を通り過ぎて春になっていた事を。
その日、氷の雨が人里に降り注いだという。
~END~