東方狂奏夏【~Phantasy “Hot” Orchestra~】 作:トカゲの妖怪
熱波や火柱が収まった旧地獄は、大々的な消化活動に追われていた。
立ち並ぶ家屋に次から次へと火が燃え移り、一時は通り一面が火の海になっていた。だが鬼や妖怪が一丸となって協力し、今では燃え残りを見つけ出し踏み消すだけとなった。
相変わらず煌々と紅く輝く地霊殿には誰も踏み込めておらず、事態把握は完全にはできていない。
ただ私達が入って来た地下道がお空が落ち着いた事によって安全に使える様になり、薬や水の搬入が可能となったようだ。おかげで鬼や妖怪達の顔にも希望が見え始めている。
「いてっ!」
「動かんでください」
魔理沙は私の隣で、鬼の手で火傷の治療を受けている。流石にあの火柱の中にいたのが不味かったのか、全身至る所に軽度の火傷を負っていたようだ。
私も火傷は負っていたが、魔理沙よりかは軽傷で済んだ。
私達の目の前には、眠るお空とそれを心配そうに見つめるさとりが座っている。
「……」
さとりは石まみれの地面に黙って正座し、じっとお空を見つめている。
小さな呻き声と共に、お空の体が動く。
「お空……?」
「う……さとり様……」
起きあがろうとするお空を抑え、さとりは優しく頭を撫でる。
だがお空はその手を払い、体を起こして私達に顔を向ける。
「……覚えてはいる」
「そう。じゃあ何が聞きたいかも分かる?」
「分かるけど……分からない。ただ熱くて熱くて、苦しくて。でもどこかにずっと呼ばれてて……でも、ここを守らなきゃって思って……」
お空は頭を抑えながら、思い出す様にぽつりぽつりと言葉をこぼす。
どうやらああなっていた時の記憶はある様だが、体の制御を奪われていたのだろう。
となると、どこかに体の制御を奪った犯人。つまり異変の主犯がいるはずだ。
「どこに呼ばれてたか分かる?」
「……上の方?」
「上って事は地上か?」
「……もっと、上?」
「それ以外には何か覚えてる?」
「……」
お空は首を振る。
私はお空の発言をまとめ、整理するために口に出す。
「お空は誰かに暴走させられ、それに反抗した結果旧地獄はあの有様になった」
「死者は出てないっていうからマジで理性はあったんだろうな」
「……よかった」
お空はホッとした様子で、胸を撫で下ろした。
その様子を見たさとりはお空をギュッと抱きしめた。
「問題はその誰かね。お空に力を与えたっていうのなら、また早苗ん所かしら」
「う〜ん……二回もおんなじ事するか? それに暑さで参拝客が来ないって嘆いてたぜ?」
「じゃあ違う……? 地上よりも上だと天界……?」
「天界……が旧地獄を火の海にしてメリットあるのか?」
「じゃあさらに上で月?」
「なおさらこんな所に興味ないぜ」
「……いや、待って。呼ばれてたって事は、ここ自体には興味がないんじゃないの?」
「どういう事だ?」
「例えば力を与えて暴走状態になったお空が欲しかったとか? ……いや、八咫烏の力が欲しかった?」
「なるほど! 月の奴らは月の力だけじゃなく、太陽の力も欲しがったって事か!」
魔理沙は立ち上がり、箒にまたがる。
そんな魔理沙の足を掴み、地面に下ろす。
「まだそうと決まったわけじゃないし、それなら手駒としてまた機械やら玉兎を使ってくるわよ」
「確かにそうだ。じゃあ誰が犯人なんだ?」
「……手掛かりは無いってわけじゃ無いけど、これといった候補も浮かばないわね」
「あ〜完全に行き詰まったぜ。これじゃあ他の奴らに先に異変解決されちまうぜ」
魔理沙の愚痴に私は閃く。
「それよ! 他にも異変解決に動いてる奴らに話を聞けばいいのよ!」
「おぉ! おぉ……? それは誰だ?」
「……紫に聞けばいいのよ!」
私は通信用の陰陽玉を取り出して、何度か手の平で叩く。
「もしもし紫? 聞こえる?」
「……使い方合ってるのか?」
「多分こうだったはずよ! もしも〜し!」
『はいはい、何? 霊夢?』
陰陽玉の中から、紫の返事が返ってくる。
魔理沙と顔を見合わせ陰陽玉を引っ掴み、旧地獄で起きた出来事を伝えた。
「それで旧地獄の調査が終わったんだけど、他に異変解決に向かっている奴らから何か報告は入ってない?」
『今の所は無いわね。というか簡単に見つかれば私も苦労しないわよ』
「まぁそれはそうよね……」
『でも旧地獄の方は調査完了だって事は他の組にも伝えておくわ。ちなみに報告が来たのは貴方達が一番乗りよ』
「おぉ、一番乗り! つまり私達が今一番異変解決に近いぜ!」
『やる気があるようで結構ね。調査の続き、二人とも気をつけてね』
紫がそういうと、陰陽玉は静かになってしまった。
私は陰陽玉を魔理沙のカバンに突っ込み、地図を取り出す。
「時間的にはお昼過ぎ……後半日かけて調べれても一箇所ってとこね」
「ここから近いのは妖怪の山か? いや、魔法の森も同じくらいだな」
「じゃあ魔法の森ね。どうせ異変解決に駆り出されてる奴に早苗もいるでしょ」
「なるほど。妖怪の山は調査の必要がないってわけか」
「もう出発するんですね?」
さとりが心配そうに話しかけてくる。
私は腕を回して元気さをアピールしつつ、笑って見せた。
「……ありがとう。お空を助けてくれて」
「お礼は後日私の家に届けてくれよな!」
「ちょっと、私の手柄よ!」
「いいや私の火力のおかげだ!」
「ふふ……これ、よかったら持っていって頂戴」
さとりが手を叩くと、私の水筒と真新しい竹の水筒を持った鬼がやってくる。
水筒を受け取ると、中身には水が満杯に入っているのかずっしりと重かった。
「こんな事しかできないけど、役立ててくれると嬉しいわ」
「うお〜! 私の水筒! 実は霊夢の水筒羨ましかったんだよな〜!」
「そっちは急拵えで小ぶりだけど、鬼の酒を少量混ぜているわ。人間が飲んでも酔いが回らないくらいの薄さで、飲めば力が湧くはずよ」
「まるでポーションだな!」
魔理沙は目を輝かせながら、水筒の中身を覗いている。
私は水筒を首から掛け、腰のあたりで固定する。
水筒を持ってきた鬼の顔を見ると、さっき水を配っていた鬼だった。
「……さっきはすまんかった。それと……ここを救ってくれてありがとう」
「……いいのよ、巫女の役目だから」
「よっしゃあ霊夢! 次行くぞ次!」
急かす魔理沙に乗せられ、旧地獄に開いた天井の穴に向かう。
背後では大勢の鬼や妖怪達が手を振って私達を見送っている。
私は軽く手を振り返し、地上に飛び出る。
久々の太陽は眩しく、思わず腕で日光を遮る。
「眩しい……」
「お昼時だぜ? サングラスは持って来てないのか?」
魔理沙はドヤ顔で、サングラスを自慢してくる。
サングラスは何故か星形で、何だか見てるだけでぶん殴りたくなる。
「暗い所にいたせいでさらに眩しく感じるわ……」
白く染まる視界を手で保護し、地上の明るさに目を慣らす。
ぼんやりと見え始める視界の奥で、何かがこっちに向かって飛んできている。
「魔理沙! 誰か来てる!」
「あ〜? ……誰だ?」
「博麗の巫女ォ!」
近寄ってくる人影は次第にはっきりしていくが、それでもパッとしない。
「と、白黒魔法使い!」
「誰が添え物だ!」
「こりゃ都合がいい。ちょうど俺もやる気になって来たんだ!」
ピッケルを担ぐその人物は、ギラつく牙を光らせる。
その肩に、小さな人影が現れる。
「ちょっと事情があって、戦ってもらえない?」
「針妙丸!? 事情って何?」
「実は輝針城の私の部屋が正邪に占領されちゃって、それを取り返すために倒されて欲しいんだ」
「……はぁ?」
「アイツ暑さでおかしくなったのか?」
「とにかく幻想郷を手に入れないと私の部屋がめちゃくちゃにされるんだよ!」
針妙丸はワタワタと肩の上で説明するが、今いち何を言っているのか分からない。
「どうやら交渉は決裂、戦闘止むなしだなぁ!」
「霊夢、あいつアビリティカード異変の時の奴だ! 龍珠を掘ってた蜈蚣の親玉!」
「やっと思い出してもらえた様で何よりだ! 俺は姫虫百々世、縁あって小さなお姫様の幻想郷侵略を手伝っている身だ! 今度こそ二人共喰らい尽くしてやる!」
「今は疲れてるっていうのに……!」
「チャチャっと二秒で片付ける!」
百々世はその場で大きく周り、うねるような軌道でこちらに向かってくる。
「【彗星『ブレイジングスター』】!」
「蜈蚣共! 出番だ!」
魔理沙が弾幕の軌跡を描きながら、百々世に向かっていく。
百々世も負けじと、小さな妖怪蜈蚣を大量に放つ。
「大きくなぁれ!」
「マジかよ!」
百々世の肩に乗った針妙丸が小槌を振ると、小さな蜈蚣達は瞬く間に巨大化し魔理沙に向かっていく。
魔理沙は急下降し蜈蚣を避けるが、今度は避けた蜈蚣がこちらに飛んでくる。
結界を張り真正面から蜈蚣の大群を受け止めるが、その蜈蚣の群れの中から百々世が結界に飛びつく。
「針妙丸!」
「はいはい! 小さくなぁれ!」
針妙丸の小槌が結界に叩きつけられ、結界が小さくなる。
針妙丸はもう一度振り上げ、結界めがけて小槌を振り下ろす。
私は結界の裏に札を張り、その場を離れる。
「発!」
印を結びお札を爆破する。
蜈蚣達は元の大きさになって地上に落ちていくが、二人の姿は見えない。
「ここだよここ!」
耳元で百々世の声が聞こえる。
顔を向けると、親指程度の大きさしかない百々世が目の前で笑っていた。
「大きなぁれ!」
「博麗霊夢打ち取ったりぃ!」
「そこだぁ!」
魔理沙が箒で百々世を轢き、視界から百々世が消える。
「あんなに小さいのに見えたの?!」
「勘!」
「【蠱毒のグルメ】」
百々世の声が響くと同時に、魔理沙の箒が柄の方から木屑になって空に散っていく。
「【小槌『もっと大きくなあれ』】!」
どこからか小槌を振る音が聞こえると同時に、何かが太陽の光を遮る。
見上げると、巨大化した針妙丸が私達の真上を陣取っている。
「やばい落ちる!」
「魔理沙!」
箒が飛行能力を失ったのか、落下する魔理沙を受け止める。
大きな針妙丸は何かを掴み、小槌を振る。その手の上には、口元の木屑を袖で拭う百々世がいた。
「こんなものか? 俺は満足してねぇぞ!」
「魔理沙、行ける?」
「ちょっとまずいかも……!」
魔理沙が珍しく弱音を吐く。魔理沙を両手でしっかり抱えているため、これじゃあお祓い棒も弾幕さえも十分に扱えない。
魔理沙も私の腕の中では存分に動けないのか、落ちないように私の首に手を回している。
「降参なら今のうちだよ!」
「そうだ! 俺らは勝ったという事実があればいい!」
百々世はそう言っているが、その目は確実に最後まで戦い抜く者の目をしている。
逃げる事も降参する事も出来ない。そうすると、残る道は一つだ。
「魔理沙、やるわよ!」
「……絶対落とすなよ!」