病める時もすこや物語   作:足洗

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残酷な善意

 

 イジメから彼女を助けたのは、イジメという行為が法や倫理に照らすまでもなく厳然たる悪行だからだ。

 学校で孤立する彼女を気に掛けるのは一年間を共にするクラスメイトだからだ。

 家庭の事情の相談に乗り無い知恵を絞るのは彼女が友人だからだ。

 消しゴムを拾い教科書を見せ時に体調を気遣い同級生との仲を取り持ち一緒に下校もする。

 

 休日に街へ出掛け、買い物に付き合い映画を見て本屋を巡りゲームセンターで遊び流行りの洋食屋で食事をする。

 普通の事だ。

 過干渉の母御さんを懇懇と説得し、リストラと先行不安からDVに走ろうとする父御をこの身を呈して止め、崩壊し掛かった彼女の家族をあらゆる知識と努力と誠意によって繋ぎ止める。

 普通放置などできない事だ。

 

 彼女に好意を寄せる男子生徒と、その彼に懸想していたイジメ主犯格の女子生徒との仲人を勤め、両者から彼女に対する誠意ある謝罪を引き出し彼女の学内の不和を取り除くのは、それこそ己が友人として望み得る最良の結果でしかなかったからだ。

 彼女は公私共に不遇な立場を余儀なくされてきた。

 報われて欲しいと思う。心から。

 それが普通だ。

 

 俺は普通だ。

 俺がこれまでしてきたことは真人間なりの常識的努力に過ぎない。

 過剰に賛美される事でも実現を怠ってよい事でもない……筈だ。

 誰かに幸福であって欲しいと願う。

 叶うなら不幸を除きたいと(こいねが)う。

 それの何がいけなかったのか。

 俺は何を誤ったのか。

 俺はどうしてベッドに(はりつけ)にされなければならないのか。

 

 身動きできない俺に跨がる女子生徒。

 俺がなけなしの努力で幸福を願った彼女。

 俺は、間違えたのか。

 

「掛け値無しの善意をありがとう」

 

 彼女は微笑む。

 初めて彼女の笑顔を見た日を覚えている。夕食の帰り道、夕暮れの道、たしか俺の惚けた物言いに彼女が吹き出したのだ。

 ただ笑うことにすら躊躇を強いられた彼女の日々が、あの瞬間ようやく過去のものとなってくれたことを喜ばしく思う。

 だのに今、そこに浮かぶのは。

 

「ただ普通の、暖かい日常をありがとう」

 

 彼女は涙する。

 笑顔を殺し涙も許さなかった。屈することを自身に許さなかった。

 思えばその有様に俺は敬服を覚えたのではないか。すべきこと当然自然の普通と宣っておいてなんだが、俺が彼女を確と認めた最初の印象は、逆境に対するその高潔さだったのではあるまいか。

 彼女は、報われるべき人だと、勝手に評価し斟酌した。

 それが間違いだったとは思わない。

 思わないが。

 俺は傲慢だったのだろう。

 凡人を自覚していながら人を救うなどと、欠片でも思い描いてしまったが為に。

 今、見上げるその相貌は。

 瓜実形の綺麗な輪郭、きめ細かな頬は柔らかで、長い睫毛に縁取られた瞳は間近にすればなお一層、息を呑むほど美しい。

 綺麗な子だった。

 その綺麗な、瞳に今。

 

「でも酷いよ」

 

 瞳に宿る火。

 憎悪のように激しいそれは。一抹、微塵、寸毫も、想像だにしなかったもの。

 

「あれが全部、善意だけだなんて」

 

 それは紛れもない、愛情だった。

 

 

 

 

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