病める時もすこや物語 作:足洗
ご容赦ください。
「……やあ、今日も来たね」
「いつものでいい? 砂糖はスプーンに半分。ミルク無し。少し薄め、だったかな」
「え?そりゃ数少ない常連さんの注文だ。覚えてたって損はないだろ?」
「こんな裏ぶれた喫茶店によくも通い詰めてくれる。君も物好きだねぇ」
「あぁ馬鹿にしてる訳じゃないよ」
「ふふ、面白がってるだけ」
「私の淹れたコーヒーがよほど君の口に合うのか。それとも、他に目当てが?たとえば……」
「私とか」
「……ふ、ふふふ! 冗談だよ。そんな押し黙らないでよ。はぁ、まったくそんな態度」
「期待しちゃうじゃないか」
「……さあ、どういう意味でしょう」
「どうとでも好きに受け取ってくれればいい」
「就活はどう。上手くいってる?」
「そっか。まあ焦ったって仕方ないさ」
「腰を据えて時間を掛けて準備して、じっくり決めればいい」
「……と、親譲りの店を継いだ長女は無責任に
「あはは、そんな顔しないでよ。ごめんごめん。君にとっては死活問題だもんね」
「そうだな……じゃあこういうのはどう?」
「もし君にどこにも貰い手がなかった時はウチで雇ってあげよう」
「店の掃除炊事、給仕に買い出し、その他諸々をこなすだけで特製ブレンドと美人な店主さんからの労いの言葉を拝領できる」
「悪くはないだろ?」
「……本気にするって? それは、す、すればいい」
「一体誰に、何を
「ここには私と、君だけなのに」
「……ごめんね。ちょっと意地悪だった」
「困らせたかな」
「わかってる。大丈夫だから。もう、そんなに謝らないで」
「ちょっと調子に乗って口が滑ったんだ」
「さあ、冷める前に飲んで……そう、飲み干してしまえ……」
「君が初めて店に来たの、大学一年の頃だっけ?」
「結構長い付き合いじゃない? 私達。だから私が……勘違いしてた」
「まだ」
「まだこの期に及んで私って奴は及び腰でさ」
「自然と、いずれはなんて言い訳してた」
「何言ってるかわからないでしょ?そうだよね」
「ごめん」
「私はさ、待っていればいいと思ってたんだ」
「この店で、君がブレンドを飲みに来てくれるのを」
「親も死んで遺されたこの店を抱えて守っていくだけの人生だった」
「前話したっけ? そっか」
「馬鹿らしいでしょ。とっとと手放して自由になればよかった。そうするべきだった、けど」
「思い出は捨てられないんだ」
「この店は畳めない。手放せない」
「私が死ぬまで」
「だから、君が、ここに」
「来てくれるのが待ち遠しくて」
「外の風を引き連れて吹き入れて、つれて来てくれる君が」
「私と、私の淹れたコーヒーを飲んでくれる君が」
「救いだった」
「なのに」
「君は次に進む準備を始めたね」
「社会に上がって、新しい世界に生きるんだ」
「私を置いて」
「……そう、そうだよ。被害妄想。後ろ向きなんだ。卑屈なんだ」
「君が慕ってくれた歳上のお姉さんはね、ただの出不精の根暗の社会人限界説間近の、先のない女」
「年下の若い男の子に将来の不安を拭ってもらおうとしてる」
「浅ましい女」
「……幻滅したでしょ」
「言わなくてもわかるよ」
「いい。いいから。やめて。聞きたくない」
「別れの挨拶も、下手なフォローも、惨めになる」
「……そろそろかな」
「どう? 体調は」
「あっ、急に立ち上がっちゃ……あぁもう。ほら掴まって」
「どこか打たなかった? 痛いところない?」
「無理しないで。かなり強めの眠剤なんだ」
「えっ? うん、そうだよ」
「君のカップに」
「もう随分前から不眠症でね。医者は言えば言うだけ薬をくれたよ」
「さ、ソファーに横になって」
「ネクタイ外すよ」
「ふふ、やっぱりスーツの君も素敵だな」
「瞼、重いでしょう」
「ゆっくり閉じて」
「深呼吸して」
「私の声だけに耳を澄ませて」
「瞼の裏の闇の中を」
「静かに泳ぐんだ」
「ゆっくり、ゆっくりと」
「目を開けてはダメ」
「ん……ん……熱い」
「……熱いのは私の唇?それとも君の瞼?」
「ふふふ」
「大丈夫、大丈夫だから」
「眠ってる間に全部、終わる」
「シャツ、脱がすね」
「胸板、厚い。熱い……君の体全部、熱いよ」
「ごめんね」
「許して、ね」
「ずっと好きだった」
「苦しいくらい」
「私とは違った人生を歩んでいける人」
「羨ましくて、眩しくて」
「……好きになるんじゃなかった」
「ごめん」
「好き」
「卑怯者でごめん」
「こんなことでしか、私は君を繋ぎ止められない」
「んっ、ちゅ……ふふ、君の唇」
「コーヒーの、味がする……」